機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第2巻 第5章 「父の場所」

夜の海岸は、

もう“戦場”ではなかった。

 

 

もっと別の何かへ、

変わり始めていた。

 

 

砂は焼け。

 

潮の匂いは消え。

 

代わりに、

金属と爆煙の臭いが満ちている。

 

 

波音だけが遠い。

 

 

まるで海そのものが、

この場所を拒絶しているようだった。

 

 

 

■海岸線

 

白い機体が立っている。

 

 

フィロメラ。

 

 

赤いサイコフレームが、

装甲の奥で脈動していた。

 

 

鼓動。

 

 

そう表現するしかない。

 

 

機械の発光ではない。

 

 

生きている。

 

 

そんな錯覚だけが、

周囲の空気へ染み込んでいた。

 

 

レイジは、

その前に立っていた。

 

 

開かれたコクピット。

 

空席。

 

 

だが。

 

 

そこに誰かがいる、

とは思わない。

 

 

ただ。

 

 

何かが待っている。

 

 

そんな感覚だけが残る。

 

 

「……俺を呼んでるのか」

 

 

答えはない。

 

 

だが、

拒絶もなかった。

 

 

その時。

 

 

後方で爆発が起きる。

 

 

ザクがまだ前進していた。

 

 

ジェガン隊が応戦する。

 

 

だが。

 

戦線は押し込まれ始めている。

 

 

爆炎の向こうで、

避難車両が横転する。

 

 

「くそっ……!」

 

 

レイジの視線が揺れる。

 

 

助けに行くべき場所。

 

 

目の前の場所。

 

 

その両方が、

同時に存在していた。

 

 

 

■ベルトーチカ

 

「乗ったら」

 

 

静かな声だった。

 

 

「もう戻れないわよ」

 

 

レイジは振り返らない。

 

 

ベルトーチカも、

それ以上は近づかなかった。

 

 

近づけば。

 

 

届かなくなる気がした。

 

 

「それはモビルスーツじゃない」

 

 

「あなたの人生を巻き込む、

何かよ」

 

 

レイジは苦く笑う。

 

 

「……最初からさ」

 

 

小さく呟く。

 

 

「選べるような人生じゃ

なかったんだよ」

 

 

短い沈黙。

 

 

ベルトーチカの目が揺れる。

 

 

「あなたはアムロじゃない」

 

 

震える声。

 

 

「だから」

 

 

「アムロにならなくていい」

 

 

レイジは答えない。

 

 

答えられなかった。

 

 

その瞬間。

 

 

フィロメラのサイコフレームが、

一段深く赤く光る。

 

 

空気が変わる。

 

 

海が静止する。

 

 

波が止まり。

 

雨音だけが、

遅れて聞こえる。

 

 

世界の位相が揺れる。

 

 

レイジの視界が白く染まった。

 

 

宇宙。

 

 

光。

 

 

質量。

 

 

押し返す腕。

 

 

叫び。

 

 

『行けぇぇぇ!!』

 

 

レイジは膝をつきかける。

 

 

だが。

 

倒れない。

 

 

「……やめろ」

 

 

息が乱れる。

 

 

「俺の中に入ってくんな……!」

 

 

その叫びと同時に。

 

 

海が裂けた。

 

 

深海の奥から、

巨大な反応が浮上する。

 

 

黒い巨影。

 

 

ジオン系MSのシルエット。

 

 

だが。

 

 

正しくない。

 

 

輪郭が崩れている。

 

 

装甲の一部が、

ノイズのように欠落していた。

 

 

存在そのものが揺れている。

 

 

 

■アマテラス艦橋

 

警報が跳ね上がる。

 

 

『レヴナント反応急速増大!』

 

 

『存在座標固定不能!』

 

 

『観測値、維持できません!』

 

 

オペレーター達の声が飛ぶ。

 

 

セラーナが低く呟く。

 

 

「記憶が……形になってる」

 

 

ミライは海を見る。

 

 

黒い巨影。

 

 

赤い脈動。

 

 

そして。

 

 

白いフィロメラ。

 

 

全てが。

 

十九年前の続きを始めていた。

 

 

 

■海岸線

 

レイジは、

その巨影を見た瞬間に理解する。

 

 

敵じゃない。

 

 

現象だ。

 

 

戦争そのものが。

 

 

形を持ってしまった。

 

 

そんな存在。

 

 

そして。

 

 

巨影の砲口が、

海岸線へ向く。

 

 

避難している人々。

 

 

崩れた道路。

 

 

ジェガン部隊。

 

 

全部まとめて、

消し飛ばせる角度。

 

 

ベルトーチカが息を呑む。

 

 

「……レイジ!!」

 

 

その声と同時に。

 

 

レイジは走っていた。

 

 

迷いはない。

 

 

正義感でもない。

 

 

使命感でもない。

 

 

ただ。

 

 

見ていられなかった。

 

 

それだけだった。

 

 

フィロメラへ向かう。

 

 

背後から声が追う。

 

 

「戻りなさい!!」

 

 

レイジは一瞬だけ止まる。

 

 

振り返らない。

 

 

ただ小さく言う。

 

 

「……もう選んでるよ」

 

 

 

コクピットへ飛び込む。

 

 

その瞬間。

 

 

世界が揺れた。

 

 

光。

 

 

記憶。

 

 

感情。

 

 

無数の残響が流れ込む。

 

 

白いガンダム。

 

 

戦場。

 

 

宇宙。

 

 

アクシズ。

 

 

そして。

 

 

ひとつの後ろ姿。

 

 

レイジは息を止める。

 

 

「……親父」

 

 

モニターが起動する。

 

 

『認証開始』

 

 

『サイコフレーム同期』

 

 

ノイズ。

 

 

無数の記録。

 

 

無数の声。

 

 

誰かの名前が、

浮かびかける。

 

 

だが。

 

 

定着しない。

 

 

消えていく。

 

 

フィロメラは、

名前を呼ばない。

 

 

ただ。

 

 

レイジを見ていた。

 

 

レイジの目が揺れる。

 

 

見られている。

 

 

そんな感覚だけが残る。

 

 

だが。

 

 

何を見られているのかは、

分からない。

 

 

 

■アマテラス艦橋

 

ミライが小さく呟く。

 

 

「……始まったわね」

 

 

その声に歓喜はない。

 

 

祈りでもない。

 

 

ただ。

 

 

覚悟だけがあった。

 

 

ベルトーチカは、

静かに目を閉じる。

 

 

「やっぱり……」

 

 

続きは、

言葉にならなかった。

 

 

 

■海岸線

 

フィロメラが立ち上がる。

 

 

白い巨人。

 

 

赤い残響。

 

 

動きはぎこちない。

 

 

初めて歩くみたいに。

 

 

レイジの呼吸と。

 

 

フィロメラの鼓動が。

 

 

まだ完全には揃わない。

 

 

それでも。

 

 

少しずつ重なり始めていた。

 

 

白い機体が、

海岸の戦場へ一歩踏み出す。

 

 

その瞬間。

 

 

海が鳴った。

 

 

低く。

 

 

深く。

 

 

そして。

 

 

どこかで。

 

 

誰かが、

振り返った気がした。

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