海は静かだった。
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さっきまでの戦闘が、
嘘みたいに。
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波が寄せる。
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風が吹く。
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焦げた匂いだけが、
現実として残っていた。
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■海岸線
避難誘導が続いている。
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消防車。
救急車。
連邦軍。
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誰もが慌ただしく動いている。
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それなのに。
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レイジだけが、
その流れから取り残されていた。
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フィロメラの足元へ座り込む。
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疲れていた。
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身体じゃない。
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もっと奥。
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何かが擦り減っている。
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「……終わったんじゃ
ねぇのかよ」
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小さく呟く。
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返事はない。
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波音だけが続く。
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それで良かった。
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今は、
誰の声も聞きたくなかった。
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■フィロメラ
白い機体は動かない。
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赤かったサイコフレームも、
今は穏やかだった。
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まるで何事もなかったみたいに。
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ただ。
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完全な沈黙ではない。
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時折。
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本当に時折だけ。
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微かな脈動が走る。
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レイジはそれを見つめる。
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「お前も疲れんのかよ」
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苦笑する。
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もちろん返事はない。
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だが。
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少しだけ気持ちが楽になる。
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■アマテラス艦橋
艦内は慌ただしかった。
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被害確認。
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救助活動。
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戦闘記録整理。
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誰も休んでいない。
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その中で。
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ミライだけが、
海を見ていた。
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モニターではない。
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窓の向こう。
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本物の海。
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「妙ね……」
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小さく呟く。
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セラーナが振り向く。
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「何が?」
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ミライは少し考える。
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説明できない。
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だから。
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「静かすぎるの」
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それだけ言った。
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セラーナは答えない。
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ただ。
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同じ海を見る。
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■海岸線
レイジが立ち上がる。
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帰ろうと思った。
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母が待っている。
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ベルトーチカが。
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その時だった。
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違和感。
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レイジが足を止める。
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風景は変わらない。
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波も。
空も。
人も。
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何も変わらない。
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それなのに。
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何かが違う。
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「……なんだ?」
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振り返る。
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誰もいない。
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だが。
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見られている。
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そんな感覚だけが残る。
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背中。
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首筋。
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呼吸の隙間。
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どこかに。
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確かに。
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レイジは周囲を見回す。
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誰もいない。
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それでも。
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消えない。
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■アマテラス艦橋
警報が鳴る。
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一瞬だけ。
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本当に一瞬。
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そして止まる。
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オペレーターが首を傾げる。
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「……誤作動?」
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記録を確認する。
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何も残っていない。
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異常なし。
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だが。
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艦橋の空気だけが、
妙に重かった。
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■セラーナ
窓の外を見る。
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海がある。
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静かな海。
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けれど。
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本当に静かなのだろうか。
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そう思った瞬間。
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胸の奥が小さく揺れた。
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「……近い」
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誰にも聞こえない声。
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それ以上は言わない。
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言葉にすると、
何かが形になってしまう気がした。
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■海岸線
レイジはまだ立っていた。
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帰るはずだった。
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なのに。
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足が動かない。
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見られている。
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その感覚だけが離れない。
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やがて。
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海風が吹く。
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その瞬間。
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誰かが、
すぐ後ろで息をした気がした。
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レイジが振り返る。
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誰もいない。
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海だけがある。
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静かな海。
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それでも。
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海はまだ鳴っていた。
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低く。
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深く。
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まるで。
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何かがこちらへ近づいているように。