機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

30 / 120
■第2巻 第8章 「ブライト・ノア」

宇宙世紀0112年。

 

第七拘束軌道ステーション。

 

⸻

 

そこには、

昼も夜もなかった。

 

⸻

 

時間だけがある。

 

⸻

 

止まることもなく。

 

進むこともなく。

 

⸻

 

ただ、

積み重なっていく。

 

⸻

 

⸻

 

■拘束ブロック

 

白い部屋。

 

⸻

 

窓はない。

 

⸻

 

景色もない。

 

⸻

 

静かな空間。

 

⸻

 

その中央に、

ひとりの男が座っていた。

 

⸻

 

ブライト・ノア。

 

⸻

 

かつて、

多くの人間を送り出した男。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

多くの人間を、

帰せなかった男。

 

⸻

 

目は閉じている。

 

⸻

 

だが。

 

眠ってはいない。

 

⸻

 

彼は、

ただ考えていた。

 

⸻

 

何度も。

 

何度も。

 

⸻

 

終わったはずの戦争を。

 

⸻

 

帰れなかった者達を。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

あの日の光を。

 

⸻

 

⸻

 

ブライトが静かに目を開く。

 

⸻

 

「……海が鳴っているな」

 

⸻

 

誰もいない部屋。

 

⸻

 

返事はない。

 

⸻

 

それでも。

 

⸻

 

彼には聞こえていた。

 

⸻

 

遠く。

 

⸻

 

とても遠く。

 

⸻

 

地球の海が。

 

⸻

 

⸻

 

■アマテラス艦橋

 

艦橋は慌ただしかった。

 

⸻

 

被害確認。

 

救助活動。

 

機体点検。

 

⸻

 

誰も休めていない。

 

⸻

 

その中で。

 

⸻

 

ミライだけが、

海を見ていた。

 

⸻

 

窓の向こう。

 

⸻

 

夜の海。

 

⸻

 

静かな海。

 

⸻

 

その時だった。

 

⸻

 

通信パネルが点灯する。

 

⸻

 

誰も触っていない。

 

⸻

 

誰も呼んでいない。

 

⸻

 

それでも。

 

⸻

 

静かに回線が開く。

 

⸻

 

オペレーターが顔を上げた。

 

⸻

 

「艦長……」

 

⸻

 

「これ……」

 

⸻

 

言葉が続かない。

 

⸻

 

ミライは立ち上がる。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

通信画面を見る。

 

⸻

 

⸻

 

ノイズ。

 

⸻

 

長い沈黙。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

声が聞こえた。

 

⸻

 

『……ミライか』

 

⸻

 

艦橋の空気が止まる。

 

⸻

 

誰も動けない。

 

⸻

 

ミライの指先が、

わずかに震えた。

 

⸻

 

「ブライト……?」

 

⸻

 

二年。

 

⸻

 

いや。

 

⸻

 

もっと長く感じる時間だった。

 

⸻

 

⸻

 

再び沈黙。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

ブライトが静かに言う。

 

⸻

 

『海はどうだ』

 

⸻

 

ミライの目が揺れる。

 

⸻

 

思わず笑いそうになる。

 

⸻

 

泣きそうにもなる。

 

⸻

 

久しぶりに聞いた。

 

⸻

 

あまりにも、

ブライトらしい言葉だった。

 

⸻

 

「相変わらずよ」

 

⸻

 

「静かじゃないわ」

 

⸻

 

ブライトが小さく笑う。

 

⸻

 

本当に小さく。

 

⸻

 

『そうか』

 

⸻

 

⸻

 

その一言だけで。

 

⸻

 

ミライは理解してしまう。

 

⸻

 

帰りたいのだ。

 

⸻

 

この人は。

 

⸻

 

ずっと。

 

⸻

 

帰りたいまま、

そこにいる。

 

⸻

 

⸻

 

■拘束ブロック

 

ブライトは目を閉じる。

 

⸻

 

海を思い出していた。

 

⸻

 

アマテラス。

 

⸻

 

艦橋。

 

⸻

 

仲間達。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

帰る場所。

 

⸻

 

⸻

 

『ミライ』

 

⸻

 

「なに?」

 

⸻

 

長い間。

 

⸻

 

ブライトは答えない。

 

⸻

 

言葉を探している。

 

⸻

 

そんな沈黙だった。

 

⸻

 

やがて。

 

⸻

 

『……すまんな』

 

⸻

 

ミライが息を止める。

 

⸻

 

『また待たせている』

 

⸻

 

その瞬間。

 

⸻

 

ミライは目を伏せた。

 

⸻

 

怒りたかった。

 

⸻

 

笑いたかった。

 

⸻

 

泣きたかった。

 

⸻

 

全部混ざっていた。

 

⸻

 

「本当よ」

 

⸻

 

小さく答える。

 

⸻

 

「帰ってきたら、

ちゃんと文句言うから」

 

⸻

 

ブライトが少しだけ笑う。

 

⸻

 

『それは怖いな』

 

⸻

 

⸻

 

■通信回線

 

だが。

 

⸻

 

そこへ別の声が入る。

 

⸻

 

静かな声。

 

⸻

 

けれど。

 

⸻

 

どこか怒っている声。

 

⸻

 

『ブライト』

 

⸻

 

ミライが顔を上げる。

 

⸻

 

その声を知っていた。

 

⸻

 

『あなた、

また抱え込んでる』

 

⸻

 

⸻

 

■ベルトーチカ

 

声だけだった。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

そこにいる気がした。

 

⸻

 

『何でも自分で背負おうとする』

 

⸻

 

『昔から変わらないのね』

 

⸻

 

ブライトは黙る。

 

⸻

 

否定できなかった。

 

⸻

 

⸻

 

『レイジを巻き込まないで』

 

⸻

 

その声だけが強い。

 

⸻

 

母の声だった。

 

⸻

 

『あの子は、

あの子なの』

 

⸻

 

『誰かの代わりじゃない』

 

⸻

 

⸻

 

ブライトは静かに目を閉じる。

 

⸻

 

「分かっている」

 

⸻

 

小さく呟く。

 

⸻

 

それは反論じゃない。

 

⸻

 

理解だった。

 

⸻

 

痛いほど。

 

⸻

 

理解している。

 

⸻

 

だからこそ苦しい。

 

⸻

 

⸻

 

『……ならいいの』

 

⸻

 

ベルトーチカの声が少しだけ柔らかくなる。

 

⸻

 

『あの子を、

アムロにしないで』

 

⸻

 

⸻

 

通信が途切れる。

 

⸻

 

静寂。

 

⸻

 

⸻

 

■拘束ブロック

 

ブライトは天井を見上げる。

 

⸻

 

白い天井。

 

⸻

 

何もない空間。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

その目だけは遠くを見ていた。

 

⸻

 

地球。

 

⸻

 

海。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

まだ会えていない少年。

 

⸻

 

⸻

 

「レイジか……」

 

⸻

 

その名を呟く。

 

⸻

 

会ったこともない。

 

⸻

 

それでも。

 

⸻

 

どこか気になってしまう。

 

⸻

 

⸻

 

■アマテラス艦橋

 

通信は終わった。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

誰も動けなかった。

 

⸻

 

ミライだけが、

静かに海を見ている。

 

⸻

 

帰ってくる。

 

⸻

 

必ず。

 

⸻

 

そう思いたかった。

 

⸻

 

⸻

 

海が鳴る。

 

⸻

 

低く。

 

深く。

 

⸻

 

まるで。

 

⸻

 

帰る場所を忘れるなと、

誰かが囁いているように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。