機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

30 / 33
■第2巻 第8章 「ブライト・ノア」

宇宙世紀0112年。

 

第七拘束軌道ステーション。

 

 

そこには、

昼も夜もなかった。

 

 

時間だけがある。

 

 

止まることもなく。

 

進むこともなく。

 

 

ただ、

積み重なっていく。

 

 

 

■拘束ブロック

 

白い部屋。

 

 

窓はない。

 

 

景色もない。

 

 

静かな空間。

 

 

その中央に、

ひとりの男が座っていた。

 

 

ブライト・ノア。

 

 

かつて、

多くの人間を送り出した男。

 

 

そして。

 

 

多くの人間を、

帰せなかった男。

 

 

目は閉じている。

 

 

だが。

 

眠ってはいない。

 

 

彼は、

ただ考えていた。

 

 

何度も。

 

何度も。

 

 

終わったはずの戦争を。

 

 

帰れなかった者達を。

 

 

そして。

 

 

あの日の光を。

 

 

 

ブライトが静かに目を開く。

 

 

「……海が鳴っているな」

 

 

誰もいない部屋。

 

 

返事はない。

 

 

それでも。

 

 

彼には聞こえていた。

 

 

遠く。

 

 

とても遠く。

 

 

地球の海が。

 

 

 

■アマテラス艦橋

 

艦橋は慌ただしかった。

 

 

被害確認。

 

救助活動。

 

機体点検。

 

 

誰も休めていない。

 

 

その中で。

 

 

ミライだけが、

海を見ていた。

 

 

窓の向こう。

 

 

夜の海。

 

 

静かな海。

 

 

その時だった。

 

 

通信パネルが点灯する。

 

 

誰も触っていない。

 

 

誰も呼んでいない。

 

 

それでも。

 

 

静かに回線が開く。

 

 

オペレーターが顔を上げた。

 

 

「艦長……」

 

 

「これ……」

 

 

言葉が続かない。

 

 

ミライは立ち上がる。

 

 

そして。

 

 

通信画面を見る。

 

 

 

ノイズ。

 

 

長い沈黙。

 

 

そして。

 

 

声が聞こえた。

 

 

『……ミライか』

 

 

艦橋の空気が止まる。

 

 

誰も動けない。

 

 

ミライの指先が、

わずかに震えた。

 

 

「ブライト……?」

 

 

二年。

 

 

いや。

 

 

もっと長く感じる時間だった。

 

 

 

再び沈黙。

 

 

そして。

 

 

ブライトが静かに言う。

 

 

『海はどうだ』

 

 

ミライの目が揺れる。

 

 

思わず笑いそうになる。

 

 

泣きそうにもなる。

 

 

久しぶりに聞いた。

 

 

あまりにも、

ブライトらしい言葉だった。

 

 

「相変わらずよ」

 

 

「静かじゃないわ」

 

 

ブライトが小さく笑う。

 

 

本当に小さく。

 

 

『そうか』

 

 

 

その一言だけで。

 

 

ミライは理解してしまう。

 

 

帰りたいのだ。

 

 

この人は。

 

 

ずっと。

 

 

帰りたいまま、

そこにいる。

 

 

 

■拘束ブロック

 

ブライトは目を閉じる。

 

 

海を思い出していた。

 

 

アマテラス。

 

 

艦橋。

 

 

仲間達。

 

 

そして。

 

 

帰る場所。

 

 

 

『ミライ』

 

 

「なに?」

 

 

長い間。

 

 

ブライトは答えない。

 

 

言葉を探している。

 

 

そんな沈黙だった。

 

 

やがて。

 

 

『……すまんな』

 

 

ミライが息を止める。

 

 

『また待たせている』

 

 

その瞬間。

 

 

ミライは目を伏せた。

 

 

怒りたかった。

 

 

笑いたかった。

 

 

泣きたかった。

 

 

全部混ざっていた。

 

 

「本当よ」

 

 

小さく答える。

 

 

「帰ってきたら、

ちゃんと文句言うから」

 

 

ブライトが少しだけ笑う。

 

 

『それは怖いな』

 

 

 

■通信回線

 

だが。

 

 

そこへ別の声が入る。

 

 

静かな声。

 

 

けれど。

 

 

どこか怒っている声。

 

 

『ブライト』

 

 

ミライが顔を上げる。

 

 

その声を知っていた。

 

 

『あなた、

また抱え込んでる』

 

 

 

■ベルトーチカ

 

声だけだった。

 

 

だが。

 

 

そこにいる気がした。

 

 

『何でも自分で背負おうとする』

 

 

『昔から変わらないのね』

 

 

ブライトは黙る。

 

 

否定できなかった。

 

 

 

『レイジを巻き込まないで』

 

 

その声だけが強い。

 

 

母の声だった。

 

 

『あの子は、

あの子なの』

 

 

『誰かの代わりじゃない』

 

 

 

ブライトは静かに目を閉じる。

 

 

「分かっている」

 

 

小さく呟く。

 

 

それは反論じゃない。

 

 

理解だった。

 

 

痛いほど。

 

 

理解している。

 

 

だからこそ苦しい。

 

 

 

『……ならいいの』

 

 

ベルトーチカの声が少しだけ柔らかくなる。

 

 

『あの子を、

アムロにしないで』

 

 

 

通信が途切れる。

 

 

静寂。

 

 

 

■拘束ブロック

 

ブライトは天井を見上げる。

 

 

白い天井。

 

 

何もない空間。

 

 

だが。

 

 

その目だけは遠くを見ていた。

 

 

地球。

 

 

海。

 

 

そして。

 

 

まだ会えていない少年。

 

 

 

「レイジか……」

 

 

その名を呟く。

 

 

会ったこともない。

 

 

それでも。

 

 

どこか気になってしまう。

 

 

 

■アマテラス艦橋

 

通信は終わった。

 

 

だが。

 

 

誰も動けなかった。

 

 

ミライだけが、

静かに海を見ている。

 

 

帰ってくる。

 

 

必ず。

 

 

そう思いたかった。

 

 

 

海が鳴る。

 

 

低く。

 

深く。

 

 

まるで。

 

 

帰る場所を忘れるなと、

誰かが囁いているように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。