空が変だった。
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割れている訳じゃない。
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崩れている訳でもない。
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ただ。
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そこに在ってはいけないものが、
在る。
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そんな感覚だけがあった。
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■海岸線
人々は空を見上げていた。
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誰も説明できない。
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言葉にできない。
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それでも。
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何かがおかしい。
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それだけは分かる。
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海の上。
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黒い裂け目。
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夜より暗い。
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影より深い。
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何も映していないはずなのに。
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見ているだけで、
視線を感じる。
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■フィロメラ コクピット
レイジは息を詰めていた。
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嫌な感じがする。
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理由は分からない。
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だが。
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本能が警鐘を鳴らしていた。
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逃げろ。
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近づくな。
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見るな。
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そんな声が、
頭の奥で繰り返される。
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「……何なんだよ」
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喉が渇く。
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フィロメラのサイコフレームが、
不安そうに脈動する。
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赤。
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白。
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赤。
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白。
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呼吸が乱れているみたいだった。
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■アマテラス艦橋
警報が鳴り続ける。
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だが。
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誰もその意味を説明できない。
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オペレーターが呟く。
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「攻撃じゃない……」
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「でも、
何かが来ています……」
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ミライは海を見る。
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黒い裂け目。
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見ているだけで、
胸が苦しくなる。
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まるで。
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そこにいてはいけないものを、
見てしまったように。
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■レイジ
視界が揺れる。
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一瞬だけ。
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本当に一瞬だけ。
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世界の色が消えた。
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海も。
空も。
フィロメラも。
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全部が薄くなる。
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そして。
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声が聞こえた。
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いや。
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声じゃない。
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もっと曖昧な何か。
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意味だけが落ちてくる。
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『確認』
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レイジの背筋が凍る。
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『確認』
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再び。
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感情はない。
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怒りもない。
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優しさもない。
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ただ。
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何かを調べている。
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そんな感覚。
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『不一致』
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レイジの呼吸が止まる。
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『不一致』
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『定義不能』
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「……何だよ」
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手が震える。
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「何の話だよ……」
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意味が落ちてくる。
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冷たく。
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容赦なく。
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『お前は誰だ』
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レイジの心臓が跳ねる。
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誰だ。
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そんなこと。
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自分だって知らない。
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ただ。
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レイジ・イルマだ。
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そう答えようとして。
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言葉が出ない。
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なぜなら。
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相手は名前を聞いていない。
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もっと別の何かを見ている。
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『お前は誰だ』
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三度目。
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レイジは歯を食いしばる。
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「知らねぇよ……!」
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叫ぶ。
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「そんなもん!」
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フィロメラが震える。
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サイコフレームが脈動する。
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赤い光。
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激しく。
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苦しそうに。
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『定義不能』
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『不整合』
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『再判定』
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「やめろ……」
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レイジの額を汗が流れる。
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「勝手に決めるな……」
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黒い裂け目が脈打つ。
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海が揺れる。
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空が軋む。
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世界そのものが、
何かを探しているみたいだった。
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そして。
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その瞬間。
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別の何かが割り込む。
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怒りではない。
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優しさでもない。
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もっと強い拒絶。
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ただ。
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「違う」
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そう言うような気配。
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世界が揺れる。
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黒い裂け目が、
ほんの一瞬だけ沈黙する。
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レイジは息を呑む。
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今のは何だったのか。
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分からない。
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誰なのかも分からない。
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ただ。
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自分を否定する何かと。
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それを否定する何か。
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その間に。
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自分が立っている。
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それだけは分かった。
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■海岸線
風が戻る。
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波が戻る。
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音が戻る。
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だが。
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黒い裂け目は消えない。
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まだそこにある。
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静かに。
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こちらを見ながら。
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レイジは震える手を握り締めた。
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「……ふざけんな」
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小さく呟く。
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「俺は俺だ」
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その言葉は。
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誰かに向けたものではなかった。
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自分自身へ向けた。
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精一杯の抵抗だった。
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海が鳴る。
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低く。
深く。
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まるで。
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世界のどこかで、
何かが目を覚ましたように。