■アマテラス艦橋
艦橋は静かだった。
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警報もない。
怒号もない。
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それなのに。
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誰もが、
これから始まるものを理解していた。
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戦闘ではない。
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もっと重い何か。
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ミライ・ノアは、
艦長席の隣に立っていた。
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誰も座っていない席。
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ずっと空いたままの席。
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そこへ視線を向ける。
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ほんの一瞬だけ。
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それだけだった。
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「……ブライト」
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小さな呟き。
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誰にも聞こえない。
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聞かせるつもりもない。
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本当なら。
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ここにいるはずだった。
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こんな時こそ。
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誰より先に立ち。
誰より最後まで残る人だった。
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だが今はいない。
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だから。
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自分が立つしかない。
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ミライは静かに顔を上げた。
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■艦橋
オペレーター達が、
それぞれの持ち場へ着いている。
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緊張している。
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不安もある。
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だが逃げてはいない。
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その姿を見て。
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ミライは少しだけ微笑んだ。
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変わらない。
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昔から。
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人はいつも、
不安を抱えたまま前へ進む。
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「発進じゃないわ」
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艦橋が静まる。
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誰もがミライを見る。
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「私達は戦いに行くんじゃない」
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一拍。
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「迎えに行くの」
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静かな声だった。
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だが。
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その言葉は、
誰の胸にも届いた。
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ブライト。
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帰れなくなった人。
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置き去りになった人。
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その人を迎えに行く。
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それが今回の航海だった。
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「ノアズアーク作戦領域へ移行します」
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誰も異議を唱えない。
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唱える理由がなかった。
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ミライは続ける。
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「艦長代行として」
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一度だけ、
空席へ目を向ける。
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「全指揮権を引き継ぎます」
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■セラーナ
後方で静かに目を閉じる。
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海鳴りが聞こえる。
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ここは宇宙なのに。
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不思議と聞こえる。
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「ここから先は……」
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小さく呟く。
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「帰る場所を忘れたら駄目」
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誰へ向けた言葉でもない。
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レイジへ。
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ミライへ。
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そして。
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まだ見えない誰かへ。
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■フィロメラ
レイジは前方スクリーンを見ていた。
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難しいことは分からない。
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観測も。
構造も。
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そんなものはどうでもよかった。
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ただ一つだけ。
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分かることがある。
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「迎えに行くんだな」
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誰に言うでもなく呟く。
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ブライトという男を。
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みんなが迎えに行こうとしている。
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だから進む。
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それだけだった。
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レイジはゆっくり息を吐く。
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少しだけ。
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本当に少しだけ。
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自分がここにいる理由が見えた気がした。
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■アマテラス
艦体が動き始める。
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振動はない。
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衝撃もない。
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それでも。
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確かに前へ進んでいた。
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まるで海を渡る船みたいに。
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静かに。
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ゆっくりと。
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誰かの帰りを迎えに行くために。
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■ミライ
艦橋の正面を見据える。
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ブライト。
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帰ってきなさい。
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声にはしない。
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だが。
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その想いだけは、
確かにそこにあった。
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アマテラスは進む。
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赤い海の向こうへ。
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閉ざされた場所へ。
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帰れなくなった人を迎えに行くために。
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静かに。
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確かに。
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最初の航海が始まった。