機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第1巻 第2章「残響」

サイド6近傍宙域。

 

民間輸送ルート。

 

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宇宙は静かだった。

 

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静かすぎた。

 

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レイジ・イルマは、

ジェガン改修型のコックピットで小さく息を吐く。

 

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モニターの向こうには、

輸送艦《ヘカテー》。

 

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その周囲には、

漂流デブリすら少ない。

 

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綺麗な宙域だった。

 

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だからこそ、

気味が悪い。

 

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「……静かすぎんだろ」

 

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通信越しに、

同僚が笑う。

 

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『平和ってやつだよ』

 

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レイジは返事をしない。

 

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昔から。

 

こういう“妙な静けさ”は嫌いだった。

 

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何かが起きる前は、

決まって静かになる。

 

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孤児院にいた頃もそうだった。

 

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誰かが泣く前。

 

誰かが消える前。

 

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決まって、

空気が静かになる。

 

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レイジは視線を外へ向ける。

 

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暗い宇宙。

 

遠くの恒星光。

 

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その景色を見ていると、

時々おかしくなる。

 

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宇宙なのに。

 

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どこか、

“海”みたいだと思ってしまう。

 

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底が見えない。

 

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音も届かない。

 

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何かが沈んでいる。

 

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そんな感覚だけが残る。

 

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レイジは眉をしかめた。

 

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「……くだらねぇ」

 

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考えすぎだ。

 

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そう思った瞬間。

 

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通信へノイズが走る。

 

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『――え?』

 

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同僚の声が途切れる。

 

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レイジの表情が変わる。

 

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レーダー正常。

 

熱源反応なし。

 

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なのに。

 

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視界の奥で、

空間が“揺れていた”。

 

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まるで。

 

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水面みたいに。

 

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「……何だよ」

 

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宇宙空間が、

波打っている。

 

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あり得ない。

 

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だが確かに。

 

そこだけ、

現実がズレていた。

 

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その瞬間。

 

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耳の奥へ、

誰かの声が流れ込む。

 

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『──下がれ!!』

 

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レイジの身体が反応する。

 

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考えるより早く、

操縦桿を叩き込む。

 

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スラスター全開。

 

機体を横へ跳ばす。

 

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直後。

 

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輸送艦《ヘカテー》後部が、

音もなく消えた。

 

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爆発じゃない。

 

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破壊でもない。

 

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“そこにあった存在”だけが、

切り取られていた。

 

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『うわああああ!?』

 

『何だ今の!!』

 

『逃げろ!!』

 

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通信が悲鳴へ変わる。

 

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空間が裂ける。

 

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黒。

 

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そこに、

“何か”がいる。

 

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形は分からない。

 

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だが本能だけが理解していた。

 

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これは、

見ちゃいけないものだ。

 

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レイジの喉が乾く。

 

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「ふざけんな……

何なんだよ、これ……!」

 

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その時。

 

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再び声が聞こえる。

 

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今度は、

少し近かった。

 

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『レイジ!!』

 

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レイジの背筋が凍る。

 

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知らない声。

 

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なのに。

 

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なぜか、

懐かしい。

 

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視界の端。

 

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白い残光。

 

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一瞬だけ。

 

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白い“何か”が、

こちらを見ていた。

 

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モビルスーツにも見えた。

 

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だが。

 

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人影にも見えた。

 

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そして。

 

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次の瞬間には消えている。

 

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静寂。

 

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歪みも。

 

黒い影も。

 

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最初から存在しなかったみたいに、

消えていた。

 

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残されたのは、

半壊した輸送艦と、

荒い呼吸だけ。

 

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レイジは震える手で通信を開く。

 

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「……今の、

何だったんだよ」

 

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返答はない。

 

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ただ耳の奥にだけ、

まだ“残響”が残っていた。

 

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『──下がれ』

 

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それは命令じゃなかった。

 

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もっと別の何か。

 

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まるで。

 

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ずっと昔から、

自分を知っている声みたいだった。

 

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宇宙は静かだった。

 

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だがレイジはもう、

知ってしまっていた。

 

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この静けさの奥には。

 

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まだ、

“何か”が沈んでいる。

 

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まるで。

 

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深い海の底みたいに。

 

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