サイド6近傍宙域。
民間輸送ルート。
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宇宙は静かだった。
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静かすぎた。
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レイジ・イルマは、
ジェガン改修型のコックピットで小さく息を吐く。
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モニターの向こうには、
輸送艦《ヘカテー》。
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その周囲には、
漂流デブリすら少ない。
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綺麗な宙域だった。
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だからこそ、
気味が悪い。
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「……静かすぎんだろ」
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通信越しに、
同僚が笑う。
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『平和ってやつだよ』
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レイジは返事をしない。
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昔から。
こういう“妙な静けさ”は嫌いだった。
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何かが起きる前は、
決まって静かになる。
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孤児院にいた頃もそうだった。
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誰かが泣く前。
誰かが消える前。
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決まって、
空気が静かになる。
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レイジは視線を外へ向ける。
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暗い宇宙。
遠くの恒星光。
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その景色を見ていると、
時々おかしくなる。
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宇宙なのに。
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どこか、
“海”みたいだと思ってしまう。
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底が見えない。
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音も届かない。
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何かが沈んでいる。
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そんな感覚だけが残る。
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レイジは眉をしかめた。
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「……くだらねぇ」
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考えすぎだ。
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そう思った瞬間。
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通信へノイズが走る。
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『――え?』
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同僚の声が途切れる。
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レイジの表情が変わる。
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レーダー正常。
熱源反応なし。
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なのに。
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視界の奥で、
空間が“揺れていた”。
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まるで。
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水面みたいに。
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「……何だよ」
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宇宙空間が、
波打っている。
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あり得ない。
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だが確かに。
そこだけ、
現実がズレていた。
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その瞬間。
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耳の奥へ、
誰かの声が流れ込む。
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『──下がれ!!』
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レイジの身体が反応する。
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考えるより早く、
操縦桿を叩き込む。
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スラスター全開。
機体を横へ跳ばす。
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直後。
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輸送艦《ヘカテー》後部が、
音もなく消えた。
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爆発じゃない。
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破壊でもない。
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“そこにあった存在”だけが、
切り取られていた。
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『うわああああ!?』
『何だ今の!!』
『逃げろ!!』
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通信が悲鳴へ変わる。
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空間が裂ける。
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黒。
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そこに、
“何か”がいる。
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形は分からない。
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だが本能だけが理解していた。
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これは、
見ちゃいけないものだ。
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レイジの喉が乾く。
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「ふざけんな……
何なんだよ、これ……!」
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その時。
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再び声が聞こえる。
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今度は、
少し近かった。
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『レイジ!!』
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レイジの背筋が凍る。
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知らない声。
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なのに。
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なぜか、
懐かしい。
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視界の端。
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白い残光。
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一瞬だけ。
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白い“何か”が、
こちらを見ていた。
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モビルスーツにも見えた。
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だが。
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人影にも見えた。
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そして。
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次の瞬間には消えている。
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静寂。
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歪みも。
黒い影も。
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最初から存在しなかったみたいに、
消えていた。
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残されたのは、
半壊した輸送艦と、
荒い呼吸だけ。
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レイジは震える手で通信を開く。
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「……今の、
何だったんだよ」
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返答はない。
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ただ耳の奥にだけ、
まだ“残響”が残っていた。
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『──下がれ』
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それは命令じゃなかった。
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もっと別の何か。
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まるで。
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ずっと昔から、
自分を知っている声みたいだった。
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宇宙は静かだった。
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だがレイジはもう、
知ってしまっていた。
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この静けさの奥には。
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まだ、
“何か”が沈んでいる。
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まるで。
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深い海の底みたいに。
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