雨は、
朝になっても止まなかった。
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空も。
海も。
世界そのものも。
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全てが灰色に沈んでいた。
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海沿いの家。
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窓辺に、
一人の女性が立っている。
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セイラ・マス。
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白いニット。
淡い色のロングスカート。
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年齢を感じさせない、
整いすぎた横顔。
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艶の残る金髪。
整えられた指先。
微かな香水。
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彼女は、
今も美しく在ろうとしていた。
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誰かが、
いつ戻ってきてもいいように。
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ただ。
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その瞳の奥だけが、
長い時間を生きていた。
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セイラは動かない。
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ただ、
遠くの海を見ていた。
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波は静かだった。
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だが。
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その静けさが、
どこか不自然だった。
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まるで海が、
“息を潜めている”。
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そんな感覚。
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昨夜の声が、
まだ耳の奥に残っていた。
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『アルテイシア』
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セイラの瞼が、
わずかに揺れる。
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あり得ない。
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その声は、
もうこの世界には存在しないはずだった。
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死者の声。
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あるいは。
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記憶の残滓。
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だが。
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本当に恐ろしいのは、
“聞こえたこと”ではない。
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自分がそれを、
疑っていないことだった。
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(……私は、いつから)
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(現実を疑えなくなった?)
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雨音が響く。
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波音が重なる。
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その二つの境界が、
曖昧になっていく。
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まるで世界全体が、
深い海へ沈み始めているようだった。
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その時。
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窓の外が、
一瞬だけ歪む。
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海面の輪郭が、
わずかにズレた。
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気のせいではない。
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空間そのものが、
僅かに“遅れた”。
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セイラは目を細める。
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だが。
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すぐに視線を戻した。
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──見なかったことにする。
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それは、
長く生き残るために覚えた習慣だった。
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世界の異常を、
深く観測しない。
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定義しない。
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触れない。
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そうしなければ、
人は壊れる。
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チャイムが鳴った。
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セイラはゆっくり振り返る。
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扉を開く。
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そこにいたのは、
ミライ・ノアだった。
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雨に濡れた髪。
疲れ切った顔。
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だがその目だけは、
まだ人を見失っていない。
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「久しぶりね」
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ミライが言う。
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セイラは、
うまく返せなかった。
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時間の距離が、
言葉の形を壊していた。
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居間。
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紅茶の湯気だけが、
静かに揺れている。
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しかし二人とも、
ほとんど口をつけない。
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雨音が近い。
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まるで家の中にまで、
海が入り込んできているようだった。
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ミライは、
膝の上で手を握っている。
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小さく震えていた。
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「主人は……」
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その名前で、
セイラの目がわずかに伏せられる。
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ミライは続けた。
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「連邦保安局に“保護”されたの」
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保護。
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その言葉は、
今の時代ではもう別の意味を持つ。
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拘束。
監視。
隔離。
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セイラは静かに理解していた。
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「研究施設へ移送されるかもしれない」
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ミライの声が、
そこで崩れかける。
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セイラの指先が、
ほんの僅か動いた。
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サイコフレーム研究機関。
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“残響現象解析施設”。
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人の記憶。
思念。
死の残滓。
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それらを、
再現可能な兵器へ変換する場所。
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奇跡を。
祈りを。
喪失を。
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軍事技術へ変える施設。
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セイラは目を閉じる。
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(また……)
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また奪うのか。
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人類は。
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ミライが俯く。
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「私……もう分からないの」
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「ハサウェイの時も……」
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言葉が止まる。
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セイラは反応できなかった。
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その名は、
過去ではない。
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今もなお、
終わっていない傷だった。
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ミライが小さく呟く。
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「守れないの……」
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その瞬間。
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部屋の空気が変わる。
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セイラの胸の奥が、
静かに軋んだ。
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守れない。
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その言葉は、
ずっと自分の中にあった。
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アムロも。
兄も。
時代も。
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守れなかった。
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選ばなかった。
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そして。
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逃げた。
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セイラは立ち上がる。
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椅子が小さく鳴った。
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ミライが顔を上げる。
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「セイラさん……?」
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短い沈黙。
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セイラは静かに言う。
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「行ってくるわ」
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決意ではない。
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確認だった。
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“まだ終わっていない”。
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その事実を、
確かめに行くような声。
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セイラが背を向ける。
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その時。
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ミライの声が、
静かに響いた。
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「待って」
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セイラが振り返る。
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ミライは俯いたまま、
震える指を握り締めていた。
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「私も行くわ」
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雨音だけが響く。
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セイラは何も言わない。
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ミライが続ける。
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「もう……待っているだけなのは嫌なの」
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その声は弱い。
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だが。
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長い時間を越えて、
ようやく零れ落ちた本音だった。
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「誰かが居なくなるのを……」
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「ただ見ているだけなのは……もう……」
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言葉が崩れる。
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セイラは、
静かにミライを見つめていた。
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ロンド・ベル。
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あの戦場を生き残った者達。
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だが。
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誰一人として、
戦争から帰ってはいなかった。
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セイラはゆっくり目を閉じる。
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そして小さく頷いた。
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夜。
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海辺の家の地下。
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重い隔壁が開く。
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冷たい空気が流れ込んだ。
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そこには、
巨大な昇降シャフトが存在していた。
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地下ではない。
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もっと深い。
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海の底へ続く、
秘匿ドック。
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ミライが息を呑む。
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「……セイラさん、
これ……」
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セイラは答えない。
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ただ静かに、
下を見つめている。
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やがて。
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暗い海底の奥で、
巨大な灯火が点った。
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低い駆動音。
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まるで海そのものが、
呼吸を始める。
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そして。
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蒼い海を割るように、
巨大艦が浮上する。
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白い艦体。
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長大なシルエット。
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その姿は、
まるで海底に沈められていた
“もう一つのロンド・ベル”。
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ミライの瞳が揺れる。
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「……戦艦?」
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セイラが静かに答える。
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「違うわ」
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一拍。
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「帰る場所よ」
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艦首へ、
白い文字が浮かび上がる。
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《AMATERASU》
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その瞬間。
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さらに奥。
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格納区画の一角で、
白いモビルスーツが静かに立っていた。
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MSN-RX-R00
フィロメラガンダム。
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セイラが、
長い年月をかけて封印していた機体。
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本来。
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自分自身が乗るために、
作らせた機体だった。
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白い装甲。
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その内部へ。
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“二つの残響”が眠っている。
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アムロ。
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そして。
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シャア。
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セイラは静かに、
フィロメラを見上げる。
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「もう……
誰も失わせない」
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その声は、
決意ではなかった。
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もっと静かな。
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長い後悔の果てで、
ようやく辿り着いた覚悟だった。
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その時。
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フィロメラ内部で、
微かな駆動音が鳴る。
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ミライとセイラの呼吸が止まる。
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次の瞬間。
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ツインアイが、
わずかに発光した。
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緑。
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そして、
ほんの一瞬だけ白く揺らぐ。
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まるで。
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返事をするように。
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あるいは。
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長い眠りの底で、
“誰か”が目を開いたように。
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雨音だけが、
静かに響いていた。
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