機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第1巻 第4章 「覚醒」

「覚醒」

 

 

地下格納庫。

 

 

冷たい空気が、

コンクリートの奥へ沈んでいた。

 

 

白い巨人が、

暗闇の中で静かに立っている。

 

 

フィロメラ。

 

 

セイラは、

発光するツインアイを見上げたまま動けなかった。

 

 

起動していない。

 

 

そのはずだった。

 

 

エネルギーラインは遮断済み。

 

制御系も停止状態。

 

 

なのに。

 

 

機体は、

まるで呼吸しているみたいに微かに脈動していた。

 

 

胸部フレーム奥。

 

 

赤い光が、

静かに明滅している。

 

 

鼓動。

 

 

そう見えてしまう。

 

 

セイラは目を伏せる。

 

 

「……嫌な感じね」

 

 

その時。

 

 

格納庫奥の隔壁が開く。

 

 

「また反応しておりますなぁ〜」

 

 

低く落ち着いた声。

 

 

マルクだった。

 

 

黒い執事服。

 

白手袋。

 

 

だがその手には、

整備用端末が握られている。

 

 

執事。

 

 

そして。

 

 

フィロメラ整備主任。

 

 

セイラは小さく息を吐く。

 

 

「“また”って言うの、

やめてくださる?」

 

 

マルクは苦笑する。

 

 

「しかし事実ですので」

 

 

彼はフィロメラを見上げる。

 

 

白い装甲。

 

静かな巨体。

 

 

だが。

 

 

胸部フレーム奥では、

赤い光だけが脈動している。

 

 

マルクの表情が、

わずかに曇る。

 

 

「……妙ですな」

 

 

セイラが振り返る。

 

 

「何が?」

 

 

「電源は落ちております」

 

 

「制御系も停止状態です」

 

 

一拍。

 

 

「ですが……」

 

 

マルクは小さく目を細めた。

 

 

「どうにも、

そう見えんのです」

 

 

セイラは再びフィロメラを見る。

 

 

白い装甲。

 

金のライン。

 

 

そして。

 

 

鼓動のように脈打つ赤い光。

 

 

「……そうね」

 

 

短い返答。

 

 

だが。

 

 

二人とも同じ違和感を抱いていた。

 

 

機械を見ているはずなのに。

 

 

まるで。

 

 

誰かが眠っているような感覚。

 

 

マルクは静かに呟く。

 

 

「長いこと見ておりますが……」

 

 

「こんな反応は初めてですな」

 

 

沈黙。

 

 

格納庫の空気が重い。

 

 

やがて。

 

 

マルクは小さく息を吐いた。

 

 

「まるで」

 

 

一拍。

 

 

「誰かを待っているようです」

 

 

セイラの呼吸が、

わずかに止まる。

 

 

アクシズの光を思い出す。

 

 

あの時も。

 

 

世界は、

こんな色をしていた。

 

 

セイラの呼吸が浅くなる。

 

 

その瞬間。

 

 

格納庫の空気が、

わずかに“ズレた”。

 

 

セイラの視界が揺れる。

 

 

ノイズ。

 

 

一瞬だけ。

 

 

“誰か”がこちらを見ていた。

 

 

そんな感覚。

 

 

セイラは反射的に振り返る。

 

 

誰もいない。

 

 

だが。

 

 

確かに何かがいた。

 

 

 

別室。

 

観測ブロック。

 

 

薄暗いモニタールームで、

セラーナ・カーンは無言のまま波形を見つめていた。

 

 

フィロメラのサイコフレーム波形。

 

 

数値自体は異常じゃない。

 

 

だが。

 

 

構造が違う。

 

 

波形が、

まるで“自分自身を観測している”。

 

 

セラーナは小さく息を吐く。

 

 

「……接続が始まってる」

 

 

背後の技術員が振り向く。

 

 

「何がです?」

 

 

セラーナは答えない。

 

 

答えられなかった。

 

 

まだ。

 

 

言葉に出来る段階じゃない。

 

 

だが理解していた。

 

 

これは戦闘兵器じゃない。

 

 

もっと曖昧で。

 

 

もっと深い場所へ触れている。

 

 

“記録”そのものへ。

 

 

その時。

 

 

警報。

 

 

基地全域が赤く染まる。

 

 

『高高度降下艇接近』

 

 

『所属不明部隊確認』

 

 

観測ブロックの空気が変わる。

 

 

技術員達が一斉にモニターへ向かう。

 

 

警報音。

 

 

通信ノイズ。

 

 

走る足音。

 

 

静かだった施設が、

一瞬で軍事施設の顔を取り戻していく。

 

 

セラーナはモニターへ視線を向ける。

 

 

高高度から接近する複数の降下艇。

 

 

識別信号なし。

 

 

だが。

 

 

その飛行パターンには見覚えがあった。

 

 

「……来たか」

 

 

誰にも聞こえない声。

 

 

技術員が振り返る。

 

 

「敵ですか?」

 

 

セラーナは少しだけ考える。

 

 

そして。

 

 

静かに首を振った。

 

 

「違う」

 

 

一拍。

 

 

「これは回収よ」

 

 

技術員が顔を曇らせる。

 

 

その意味を理解したからだ。

 

 

回収。

 

 

保護。

 

 

管理。

 

 

連邦はいつだって、

都合の悪いものへ別の名前を付ける。

 

 

モニター映像が切り替わる。

 

 

海上。

 

 

雨の中を降下する黒い輸送艇。

 

 

重厚な機体。

 

 

軍用仕様。

 

 

中央には、

赤い識別コードが表示されていた。

 

 

サイコフレーム管理局。

 

 

近年設立された、

サイコフレーム関連技術を管理する

連邦直属機関。

 

 

表向きは研究管理組織。

 

 

だが。

 

 

実際には違う。

 

 

異常を隔離し。

 

 

解析し。

 

 

管理する。

 

 

そのための組織だった。

 

 

セラーナは小さく目を閉じる。

 

 

嫌な予感がしていた。

 

 

ずっと前から。

 

 

フィロメラの反応が始まった時から。

 

 

連邦は必ず動く。

 

 

そう思っていた。

 

 

 

格納庫。

 

 

同時刻。

 

 

警報音が鳴り響く。

 

 

赤色灯が点滅する。

 

 

セイラとマルクが同時に振り返る。

 

 

『高高度降下艇接近』

 

 

『所属不明部隊確認』

 

 

『警戒レベル上昇』

 

 

機械音声が続く。

 

 

マルクの表情が引き締まる。

 

 

「お客様ではなさそうですな」

 

 

セイラはモニターへ目を向ける。

 

 

そこに映っていたのは、

雨雲を切り裂きながら降下する黒い輸送艇。

 

 

そして。

 

 

赤い識別コード。

 

 

セイラの表情が僅かに変わる。

 

 

「管理局……」

 

 

マルクが低く呟く。

 

 

「思ったより早かったですな」

 

 

セイラは答えない。

 

 

ただ。

 

 

静かにフィロメラを見る。

 

 

白い機体。

 

 

静かな巨人。

 

 

その胸部では今も。

 

 

赤い光が脈動している。

 

 

まるで。

 

 

何かを知っているように。

 

 

何かを待っているように。

 

 

その瞬間。

 

 

フィロメラの赤い光が、

一段階強く明滅した。

 

 

セイラの目が見開かれる。

 

 

マルクも息を呑む。

 

 

誰も触れていない。

 

 

誰も起動していない。

 

 

それでも。

 

 

機体は反応していた。

 

 

赤。

 

 

白。

 

 

赤。

 

 

一瞬だけ。

 

 

ツインアイが白く揺らぐ。

 

 

ほんの一瞬。

 

 

見間違いだと、

言い切れない程度の時間。

 

 

だが。

 

 

確かに。

 

 

何かがそこにいた。

 

 

セイラの胸が強く鳴る。

 

 

アクシズ。

 

 

あの光。

 

 

あの日の記憶。

 

 

忘れたことなど一度もない。

 

 

そして。

 

 

フィロメラの奥で。

 

 

誰にも聞こえないはずの声が、

微かに響いた気がした。

 

 

それは言葉にならない。

 

 

音ですらない。

 

 

ただ。

 

 

長い海の底から届く。

 

 

海鳴りのような何か。

 

 

セイラは目を閉じる。

 

 

祈るように。

 

 

願うように。

 

 

そして。

 

 

誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

「……もう少しだけ待っていて」

 

 

返事はない。

 

 

だが。

 

 

フィロメラの胸部フレームは、

もう一度だけ静かに脈動した。

 

 

まるで。

 

 

その問いへ応えるように。

 

 

雨音だけが、

静かに響いていた。

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