機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

90 / 119
■第5巻 プロローグ 「静かな波」

地球。

 

⸻

 

夜明け前。

 

⸻

 

地中海沿岸。

 

⸻

 

海はまだ、

夜の色を残している。

 

⸻

 

風は弱い。

 

波も穏やかだった。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

その静けさには、

“音が足りない”。

 

⸻

 

世界そのものが、

息を潜めているような静寂。

 

⸻

 

⸻

 

■地中海沿岸・セイラの館

 

館に灯りは無い。

 

⸻

 

長い廊下にも、

人の気配は薄かった。

 

⸻

 

それでも。

 

⸻

 

キィ、と。

 

⸻

 

古い扉が静かに開く。

 

⸻

 

⸻

 

■マルク

 

「……お嬢様」

 

⸻

 

穏やかな声。

 

⸻

 

執事服姿の男が、

廊下から静かに一礼する。

 

⸻

 

その背後には、

整備用工具ケース。

 

⸻

 

どうやら、

また徹夜作業帰りらしい。

 

⸻

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

窓辺に立ったまま、

振り返らない。

 

⸻

 

視線の先には海。

 

⸻

 

そして——

 

その向こう側。

 

⸻

 

“まだ接続されていない何か”。

 

⸻

 

⸻

 

■マルク

 

「また、

お休みになっておられませんね」

 

⸻

 

責める声ではない。

 

⸻

 

確認だった。

 

⸻

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

「……眠る意味を、

忘れてしまいそうなの」

 

⸻

 

小さな声。

 

⸻

 

マルクは何も返さない。

 

⸻

 

ただ静かに、

ティーカップを窓際へ置く。

 

⸻

 

⸻

 

■マルク

 

「冷えます」

 

⸻

 

それだけ言う。

 

⸻

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

「ありがとう」

 

⸻

 

その瞬間。

 

⸻

 

セイラの指先が止まる。

 

⸻

 

⸻

 

■意識深層

 

白い光。

 

⸻

 

赤い燐光。

 

⸻

 

波のように揺れる、

幾重もの感情。

 

⸻

 

孤独。

 

恐怖。

 

祈り。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

■少女の声

 

『……エリシア』

 

⸻

 

⸻

 

セイラの呼吸が、

僅かに揺れる。

 

⸻

 

その名は、

もう“与えたもの”ではない。

 

⸻

 

こちら側へ、

戻ってきた名前。

 

⸻

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

「あの子は……」

 

⸻

 

続きを、

言葉に出来ない。

 

⸻

 

あれは希望なのか。

 

それとも——

 

⸻

 

⸻

 

■マルク

 

静かに海を見る。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

■マルク

 

「最近、

海の音が変です」

 

⸻

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

「……貴方にも分かるの?」

 

⸻

 

⸻

 

■マルク

 

「分かりません」

 

⸻

 

即答。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

■マルク

 

「ですが、

整備中の機械が、

時々止まるんです」

 

⸻

 

「まるで、

何かを聞いているように」

 

⸻

 

⸻

 

沈黙。

 

⸻

 

海は静かだった。

 

⸻

 

だがその下で、

確かに別の流れが動いている。

 

⸻

 

世界の深度だけが、

少しずつ変わり始めていた。

 

⸻

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

ゆっくり目を閉じる。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

「戻ってきなさい、アムロ」

 

⸻

 

祈りではない。

 

⸻

 

願いでもない。

 

⸻

 

それは、

長い時間を生き残った者の、

静かな確認だった。

 

⸻

 

⸻

 

■遠い宇宙

 

応答は無い。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

“拒絶も存在しない”。

 

⸻

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

「……まだ、

終わっていないのね」

 

⸻

 

その瞬間。

 

⸻

 

海面が、

僅かに揺れる。

 

⸻

 

波ではない。

 

風でもない。

 

⸻

 

■“意志”

 

⸻

 

⸻

 

マルクが、

ゆっくり振り返る。

 

⸻

 

背後には誰もいない。

 

⸻

 

それでも。

 

⸻

 

確かに、

“何か”がこちらを見ていた。

 

⸻

 

観測するように。

 

⸻

 

確かめるように。

 

⸻

 

⸻

 

■マルク

 

「……お嬢様」

 

⸻

 

「来ます」

 

⸻

 

⸻

 

■セイラ・マス

 

「ええ」

 

⸻

 

静かな声。

 

⸻

 

そこに恐れはない。

 

⸻

 

あるのは、

受け入れる覚悟だけだった。

 

⸻

 

⸻

 

■海中深部

 

光。

 

⸻

 

白。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

その奥に滲む、

黒い揺らぎ。

 

⸻

 

⸻

 

まだ、

戦場ではない。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

■“戦争は、

終わり方を探し始めている”

 

⸻

 

白い光が、

深海で静かに脈動する。

 

⸻

 

まるで。

 

⸻

 

“接続前の呼吸”のように。

 

⸻

 

■機動戦士ガンダム:残響⑤

 

プロローグ 「静かな波」 END

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。