地球。
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夜明け前。
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地中海沿岸。
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海はまだ、
夜の色を残している。
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風は弱い。
波も穏やかだった。
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だが。
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その静けさには、
“音が足りない”。
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世界そのものが、
息を潜めているような静寂。
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■地中海沿岸・セイラの館
館に灯りは無い。
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長い廊下にも、
人の気配は薄かった。
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それでも。
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キィ、と。
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古い扉が静かに開く。
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■マルク
「……お嬢様」
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穏やかな声。
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執事服姿の男が、
廊下から静かに一礼する。
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その背後には、
整備用工具ケース。
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どうやら、
また徹夜作業帰りらしい。
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■セイラ・マス
窓辺に立ったまま、
振り返らない。
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視線の先には海。
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そして——
その向こう側。
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“まだ接続されていない何か”。
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■マルク
「また、
お休みになっておられませんね」
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責める声ではない。
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確認だった。
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■セイラ・マス
「……眠る意味を、
忘れてしまいそうなの」
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小さな声。
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マルクは何も返さない。
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ただ静かに、
ティーカップを窓際へ置く。
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■マルク
「冷えます」
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それだけ言う。
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■セイラ・マス
「ありがとう」
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その瞬間。
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セイラの指先が止まる。
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■意識深層
白い光。
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赤い燐光。
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波のように揺れる、
幾重もの感情。
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孤独。
恐怖。
祈り。
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そして。
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■少女の声
『……エリシア』
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セイラの呼吸が、
僅かに揺れる。
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その名は、
もう“与えたもの”ではない。
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こちら側へ、
戻ってきた名前。
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■セイラ・マス
「あの子は……」
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続きを、
言葉に出来ない。
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あれは希望なのか。
それとも——
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■マルク
静かに海を見る。
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そして。
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■マルク
「最近、
海の音が変です」
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■セイラ・マス
「……貴方にも分かるの?」
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■マルク
「分かりません」
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即答。
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だが。
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■マルク
「ですが、
整備中の機械が、
時々止まるんです」
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「まるで、
何かを聞いているように」
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沈黙。
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海は静かだった。
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だがその下で、
確かに別の流れが動いている。
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世界の深度だけが、
少しずつ変わり始めていた。
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■セイラ・マス
ゆっくり目を閉じる。
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そして。
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■セイラ・マス
「戻ってきなさい、アムロ」
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祈りではない。
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願いでもない。
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それは、
長い時間を生き残った者の、
静かな確認だった。
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■遠い宇宙
応答は無い。
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だが。
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“拒絶も存在しない”。
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■セイラ・マス
「……まだ、
終わっていないのね」
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その瞬間。
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海面が、
僅かに揺れる。
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波ではない。
風でもない。
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■“意志”
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マルクが、
ゆっくり振り返る。
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背後には誰もいない。
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それでも。
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確かに、
“何か”がこちらを見ていた。
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観測するように。
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確かめるように。
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■マルク
「……お嬢様」
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「来ます」
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■セイラ・マス
「ええ」
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静かな声。
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そこに恐れはない。
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あるのは、
受け入れる覚悟だけだった。
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■海中深部
光。
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白。
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そして。
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その奥に滲む、
黒い揺らぎ。
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まだ、
戦場ではない。
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だが。
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■“戦争は、
終わり方を探し始めている”
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白い光が、
深海で静かに脈動する。
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まるで。
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“接続前の呼吸”のように。
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■機動戦士ガンダム:残響⑤
プロローグ 「静かな波」 END