【……続いてのニュースです。
地球連邦政府が発表したところによると、地球圏協定時昨日正午過ぎ、オーストラリアの連邦軍トリントン基地において大規模な爆発があったとのこと。被害の規模は不明、当局は事故、テロの両面から調査を開始しています。
この件を報じた会見の席上、連邦軍ジャミトフ・ハイマン准将は、現時点で本件について語れるところは少ないながらも、ジオン公国残党に対処する専門部局を軍内に設けるべきであるとする以前からの自説に触れ、これを受けて関係者の間に波紋が広がっています。】
既に多くの人から、いつものアレ、扱いされつつあるニュースを聞き流しつつ、ボクは首を傾げた。
この3年間、地球圏征服を試みたとされる自称ジオン公国の残党が今なお蠢動している、という報道は、忘れたころに聞こえてくる定例行事と化していて、そういう連中がいるらしいという話は既成事実と化しているが、当地グラウビュンデンでは、何か
むしろボクが疑問に思うのは、何らかの目論見からこのニュースを流している人にとって、ジオン公国残党とやらの士気、それ以上に兵站は、どういう設定になっているのだろうという点だ。
古来より、失われた旧主の大義を掲げて戦う人々の物語はたくさんあって、それは一定数の読み手の共感を呼びこそするものの、それと、実際にそのように行動するかはまったくの別問題。写真で見たジオン公国の指導者だ、とされる人物は恐ろしく酷薄な印象
兵站の問題はより深刻で、どれだけ事前に秘匿していたとしても敗戦から三年も経れば
それとも語り手にとってのジオン公国残党は。
宇宙から
兵役を卒なく終え、何事にも動じぬ胆力がある、と、本人としてはどうにも実感の湧かない評価から予備役伍長の肩書を得て、ボクは
もっともこれは、文字通り兵役を終えた五人に一人が引き当てる貧乏
ともかく何か事あれば、動員されたボクは五人一組の分隊の長の務めを果たさなければならないが、日々の費えを得る手立てとしては、教習事業所で世話になった
父さんのような鉄道関連技術者の道に後ろ髪引かれなかったわけではないが、
「鉄道技術は既に頭打ちで向こう数十年に革新はない。
一方で、州の送電設備の多くは旧世紀来のものが未だに利用されていて近く大刷新の時代がやってくる。キミのような有望な若手はそこに加わっていくべきだよ。」
と
どうも、親方を紹介してくれた時点で、父さんも同じ考えを
かくしてボクは、赴任地の都合からサメーダンの家を出て、アルブラ峠を越えたフィルズールのアパートメントで独り暮らしを始めた。ボクも父さんも互いにシフト勤務なので、二、三週に一度非番の日を合わせて、どちらかの家で落ち合い共に食事と会話を楽しんでいる。
兵役が明けてすぐにギエリが結婚した。
突然のことで休日の調整がつかずボクは結婚式に参加することが叶わなかったが、式の時点でお嫁さん……スタスィアでもビニャでもなく、兵役中に知り合った
ギエリらしい、と言ってしまえばそれまでだが、こいつらときたら、よりによって兵役中に何をやってたんだ!という思いもある。
だが、その後の顛末の驚きについてはペイデルの方が遥かに格上だ。ペイデルは見習い生の間に職を辞して、自ら起業したのだから。
そして呆れたことに、売っているのはあの、HOスケールのザクの模型だ。
ボクの感性からはまったく理解に苦しむのだが、ペイデルのご両親を訪ねてくる模型愛好家の間であのザクは大層評判だったらしく、廉価化のために一部稼働ギミックをオミットした未完成キットを試しに売りに出したところ瞬く間に完売したらしい。
これに気をよくしたペイデルは両親の伝手で銀行からの融資を獲得し、宇宙初のモビルスーツ模型専門店、ペイデル商会を名乗るに至った。自身が兵役に就いた時点で既に数人雇っていて、兵役の間は社員たちに通信販売を任せていたのだそうだ。
結構な話ではあるが、元ネタはザクと連邦の
最初の試みは成形色を赤に換えたザクで、これは伝統的に鉄道車両と言えば緑か赤で、ご両親に赤の樹脂素材のストックがあったかららしいのだが、何を思ってかペイデルはこの赤いザクの額に
兵器に糞目立つ赤はないだろ!とか、なんだよその
調子に乗ったペイデルは、さらに外装に手を加えた砂漠戦用の
流石にここまで手広くやると当局が黙っていないんじゃないか、とボクは気を揉んだものだが、ペイデル商会のモビルスーツ模型はザンクトモリッツで連邦関係者の土産物としても好評を博しているそうで、しかもこちらでもGMはあまり売れずにザクばかり売れていると聞かされて、ボクは突っ込む気力を失ってしまった。
ドゥーリの物語……はまだ読めていない。と言うか、しばらく読めそうにない。
と言うのも、ドゥーリは兵役半ばで体調を崩し目下ダヴォスの軍病院に入院しているからだ。
統合失調症、ということになっているが、兵役中の休暇に見舞いを試みたものの、事前の可否の問い合わせに「患者は現実と妄想の区別がつかない状態で、今、以前の知人と交流することはかえって病状を悪化させる恐れがあるので控えて欲しい」と応じられ、断念せざるを得なかった。
友人を襲った不幸にボクは大きく心を動かされはしたが、その一方で、いささか訝しく感じているところがないでもない。
と言うのも、ボク自身、兵役が始まってすぐのオリエンテーションでこのことを知ったのだが、兵役開始から180日以内の傷病による落伍は、原則としては軍務不適格と見做されて不名誉除隊となる一方、181日目以降のそれは正規の軍務中の傷病として快癒まで軍病院で保護されるという制度がある。
と言えば想像がつくと思うが、ドゥーリがおかしくなったのは、きっかり181日目の話なのだ。
そんなあからさまな詐病を軍病院が見過ごすはずはない、と思う反面、あいつなら巧みにやり通しかねない、という思いもある。いやこれは、ドゥーリが精神を病んでしまったという事実を受け入れたくがないためにボクがこねくり回している虚構であるのかも知れないが、彼の公務員志望の動機が若年隠居であったことを知るのは本人の他にはボクだけなのだから、他の人はこういうことを疑ったりはしないだろう。
なのでボクとしては、ボクを彼の書く物語の最初の読者にしてくれる、と言った彼の言葉を信じて待つほかない。願わくは、汝亡霊を装いて戯れなば汝亡霊となるべし、との古人の箴言が成就しないことを祈るのみだ。
*
ボクは一旦仕事の手を
今ボクはフィルズールの町を見下ろす送電鉄塔に整備点検のために登っていて、丁度足元を走った
奇しくも今ボクのいる高さは地上高15mと少しで、もしこの位置にザクが立っていて、あの一つ目が正しくカメラアイなのだとすれば、コックピットのモニタに映る情景もまさにこんな感じになるのだろう。
その空想は、まったく現実味を欠いていつつも、同時に
ティラーノの廃墟の
ボクはどうしてもその開封に踏み切ることができなかった。一見したところそれはペイデルが造ったザクよりは一回り小さい。あれは鉄道模型に倣ってHOスケールだったから、ボクの見つけた遺物の縮尺は1/100といったところか。いや、縮尺を論じるのはナンセンスであるかも知れない。
やはり中に何が書かれているのかは確認しないままだが、封入された組み立て手順書と思われる紙片の表紙には、
MOBILE SUIT
MS-06F-2
ZAKUⅡ
PRINCIPALITY OF ZEON
MASS PRODUCTIVE MOBILE SUIT
と確かに書かれていた。つまり、これは偶然の類似では決してない。
モビルスーツはもちろんのこと、ジオン公国、という名もせいぜいここ十数年の間に生まれたものであるはずだが、どう考えてもティラーノの街は数十年、人が暮らした形跡はなかった。これは何を意味しているのか?
ボクなりの仮説……は、なくはない。
が、ボクはそれを言葉にすることをずっと恐れ、拒み続けている。
複雑怪奇、奇妙奇天烈でありこそすれ、仮説構築自体が決して難しいことでないのはわかっている。が、どうすれば検証できるか皆目わからない仮説を明文化し、抱え込んだまま生きていく覚悟はボクにはなかった。
それは、グラウビュンデンは上澄みで構成された極めて人工的な準世襲社会であり、自分はそれに積極的に関与することを
それに。
わからないこと、は別にこの謎の遺物だけではない。
今なおボクはしばしば月の出る夜に夜空を見上げ、双眼鏡でラグランジュ点に浮かぶ、天球とは独立して動く疑似恒星を観察し続けているが、あれが本当にスペースコロニーであるのかについては確信が持てないままだ。こうして見えているからには何かがそこにあるのは間違いない。が、それがスペースコロニーであるとは限らない。
情報端末からは、スペースコロニーでの暮らしだ、とされる映像を数多見ることはできる。空にも街の明かりが見える世界で暮らす人々の日常。だが、そんな映像はいくらでも恣意的に創れるものだ。宇宙艦艇の艦橋に向かって砲を構えたザクのように。
どうして……
ギエリはよりによって兵役中に妻を孕ませるなどという大胆なことをしでかしたのか。
ペイデルの模型事業がかくも大盛況で当局からの御咎めもないのは何故か。
何がドゥーリをそこまで追い詰めたのか、いや、そもそも本当に正気を失ったのか。
母さんは何故死んだのか、本当に死んだのか、何処へ行ってしまったのか。
それらの疑問は、原理的には究明を阻む壁はなく、適切な手段と相応の労力を賄えば真実に辿り着けるものであるように思える一方、現実的には解明不能だ。ボクの手はそんなに長くないし、時間も資力も極めて限定的なのだから。
今思えば、大胆にも廃線跡を辿ってティラーノの廃墟まで至った……あのあたりがボクの限界だったのかも知れない。あれ以降、父さんはもちろん、当局から何か追及されたりということは一切なかったが、少し覚悟を決めさえすればボクにあれができたくらいだから、他にも同じことをやっている人はたくさんいて、あれは秘密でも何でもないのかも知れない。
父さんも当局もボクがあの夏に何をしたのかは承知していて、それでも、それ自体は問題でも何でもないから見過ごしてくれている、という可能性だってあり得るだろう。
結局のところ、何一つとして確かなものなどないのだ。
が、ただ一つだけ。
ただ一つだけ疑いようのない真実がある。
父さんのあの言葉だ。
「私もおまえも、月の向こうでも地に落ちたコロニーでも不誠実渦巻く連邦でもなく、自主自律のグラウビュンデンに生を
この言葉が結果的に、ボクに、真実の重力の引きに抗って現実を周回するに足る軌道を与えた。
ティラーノの駅からボクが辿った廃線とは別の線路が南西に向けて走っていることにはもちろん気づいていて、やろうと思えばボクはそれを追ってさらに先へ、世界の外へ、外へと進むことが……たとえ双曲線軌道を
だがそれは、ボクにとっては最早、世界の探求ではなく、自分が踏みしめるべき大地からの逃避でしかないように思えた。そう思わせてくれたのはまさに父さんの言葉であり、だからボクは、謎の遺物のみを持ち帰って自分の世界へと帰還したのだった。
ボクの判断は正しかったのか。
世界の真実にただ背を向けただけではないのか。
これについてもまた確信はない。
父さんの言葉通りこの大地を踏みしめて、自分のできることを一つ一つしっかりとやっていこう、と誓うのみ。
唯一気掛かりであるのは。
いつの日かボクも子を持つ日がやって来るだろう。
その息子、あるいは娘が、ボクがそうであったように、目に見える世界が本当に見たままの世界なのかと疑いを
父さんがそうであったように、ただ確かであると信じることのみを語り聞かせ、あとは子自身の判断に委ねて見守るべきか。
あるいは、あのひと夏の小冒険を語って聞かせ、認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを、とでも嘯くべきだろうか。
これまた答えのない問いだが。
まだ時間はたっぷりあるように思うので、じっくり考えてみよう。
完