機動戦士ガンダム0080FUMO   作:wash I/O

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3.Juni / zercladur 0079

 6月も半ばを過ぎると、エンガディンの谷は色とりどりの花に埋め尽くされ始める。

 小さなお日様のようなタンポポ、未だ山頂に残る薄氷を思わせる青い釣鐘草、雪のように白いマーガレット、そしてそこに点々と血のような赤さを見せる撫子の花。

 

 ボクは、当人の自己申告に従って、花をこよなく愛する優しい紳士、筋骨隆々としたカドゥフ先生が、一面の花畑の中を恍惚とした表情をして歩む姿を思い浮かべてみる。

 

 ……薄気味悪いや。

 

 とまれ、グラウビュンデンの短い夏が始まるのだが、ボクは正直なところこの季節があまり好きではなかった。

 頭上を飛び交う飛行機がうるさいからだ。

 

 ボクの暮らすサメーダンの町に隣接してグラウビュンデン唯一の空港があり、町の名前のままにサメーダン空港と呼ばれているが、生涯を通して州外へ出ることのないボクたちがここを利用することはなく、実際、空港を管理しているのは地球連邦軍だ。

 普段、空港は閑古鳥が鳴いているが、短い夏、そしてクリスマス休暇の前後にたくさんのジェット機が飛来する。来訪者が目指すのは、グラウビュンデン州の南端、旧世紀以来有数の避暑地、スキーリゾートとして知られるザンクトモリッツだ。パリやロンドンの特別市からやって来るという訪問客は、サンモリッツ、と呼ぶことを好むらしい。

 

 一つ目の巨人の映像に色めき立ったのも束の間、以降、()()についての情報は、依然として予断を許さぬ状況にある、以上でも以下でもないものが散発的に届くのみ。父さんが、そんなことは物理的にあり得ないと断じた、コロニー落とし、についても続報はなかった。ドゥーリに言わせれば、真珠湾(パールハーバー)は一度きり許された大戦果だった、といったところになるのだろうか。

 そんなだから、ボクら子どもは当然のこととして、大人たちも、気にしても仕方のないことに一喜一憂しても詮もなし、といった態度を隠しもせず、紛争開始以前とほとんど変わらない日常が続いていた。

 

 ボクは、流石にこういう時節だから今年はあのゴーゴーとうるさい飛行機の音に悩まされずに済むのではないか、との淡い期待を(いだ)いていたのだが、呆れたことに、この夏も訪問客の数は変わらないか、期待が裏切られた反動でそう感じるのかもしれないが、むしろ増えたような気すらしたものだ。

 空港同様にザンクトモリッツは地球連邦の直轄地で、基本的にボクらは立ち入ることがないが、訪問客への各種サービス提供を飯の種にしている人はたくさんいるので、そういった大人たちは常と変わらぬ飛行機の飛来に胸を撫で下ろしているようだったが、ボクは大きな違和感を覚えていた。

 

 これはどういうことなんだろう?

 

 宇宙移民事業開始以来79年といえども道半ば、これを取り仕切る地球連邦高官と取り巻く人々も所詮は同じ人間、たまの息抜きが必要だ、ということを否定するつもりは毛頭ないが、報じられる通り、月の向こう側でジオン公国を名乗った人々が、コロニー落としや一つ目の巨人といった剣呑な手段を繰り出して世界征服を目論んでいてこれに徹底抗戦しているという連中が、バカンスなんかに出掛けるものだろうか。

 あるいは、ドゥーリが旧世紀の事例を示して嘯いたように、圧倒的な物量差を背景に地球連邦には既に紛争終結の算段が整っていて、グラウビュンデンの大人たちがそうであるように、気にしても仕方のないことに一喜一憂しても詮もなし、と常と変わらぬ日常を過ごしているものなのだろうか。

 

 だが、気にしても仕方のないことに、についてはボクとて他人(ひと)をどうこう言えるものでなかったのも事実だ。

 というのも、2ヶ月後には最終11年次を迎えるボクにとっての喫緊の関心事は、頭上の飛行機でもましてや月の向こうの侵略者でもなく、自身の将来をほぼほぼ決定づける進路選択だったからだ。

 

 

                    *

 

 

「では、教習事業所(レーア・ベトリーブ)はお父様が差配してくださるのね?」

「はい、そういうことになります、カトーメンさん(フラウ・カトーメン)。」

 

 相談室で向かい合う相談員(ベラーター)のカトーメン夫人に、彼女の理解が誤ってはいない旨をボクは告げた。

 

「あなたの成績であれば、職業学校(ベルーフスシューレ)の適正試験も特に心配はないとは思うけれど、油断は禁物よ。」

「はい、わかっています。最後の年次も気を抜かず、学んでいく所存です。」

 

 彼女は教師ではなく、10年次から11年次の子どもたちの進路決定に助言を与え、場合によっては進学先や職業訓練先の紹介もおこなう専門家で、その辺りが定まらずにふわふわしている手合いからすれば心強い味方だが、父さんの背を追うと既に腹を括っているボクからすれば、親身であってはくれこそすれ面倒なお節介おばさんに過ぎない、という面もある。

 万が一にも彼女の機嫌を損ねることのないよう、品行方正な生徒を演じながらボクは面談をやり過ごした。

 

 グラウビュンデンには4歳に始まる11年間の義務教育があり、よほど特殊な欠格事由がない限りは15歳で将来の選択の岐路に立たされることになる。

 もっとも標準的なモデルコースでは、ここから2年間、自身が希望する職業の実際の現場に見習い生(レルネンデ)として週の半分就労しつつ……これは歴とした労働であり正規雇用には及ばぬものの給与も支払われるが、そのほとんどは学費で相殺される……紐づく職業学校で専門的な知識を学ぶ。

 18歳になればすべての男子、そして女子の希望者は引き続き職業学校に学びつつ1年間の兵役に就き、これが明ければ教習事業所、または関連する企業と正式な雇用契約を結び、晴れて、市民皆兵の招集にも応じ得る一人前のグラウビュンデン人が出来上がる、という寸法だ。

 

 建前上、職業選択はまったくの自由だが、ボク自身がそうであるように、両親のいずれか……ボクは片親なので父さんの、ということになるが……の職業、またはその関連のそれに就くことが多い。教習事業所の紹介斡旋は相談員もやってくれるが、親のコネを利用した(ほう)がいろいろと条件面で有利だし何より話が早いからだ。

 また、ボクはそうではないが、相応の地所を私有していたり事業を経営している家門の子弟であれば、それを後継していくことが、義務でこそないもののほぼ必然となる。

 

「所詮、ここは旧世紀中世よろしくの世襲社会なのさ。」

 

 小さな小売店を営む家の次男であるドゥーリは、既にお兄さんが家業を継ぐことが決まっているので諦観半分でそんなことを言っているが、一族で酪農家をやっている家の長男のギエリからすれば、

 

「おまえは何のしがらみもなくて結構なことだ!」

 

となるようだ。

 そんな具合で、11年次を待たずにほぼ進路が決まっているボクとギエリに対し、ドゥーリと、銀行員ながらも鉄道模型に興じる奇矯な趣味人で知られる両親を持つペイデルは、この時期まだ進路を決めかねている様子だった。もっともそれはごく普通のことで、むしろこの時点でそれが決まっているボクらの(ほう)が珍しい、といえなくもない。

 ボクとしては、ペイデルはともかくとして、成績優秀でしかもそれを単なる知識の羅列とせずに深い洞察をしばしば発揮するドゥーリは、思い切って士官学校を受験すればいいんじゃないか、などと考えてもいた。

 兵役のみの経験者は、父さんのような特殊技術を買われての准尉任官を除けば、最高位は軍曹、士卒止まりだ。対して、職業学校の適正試験とは比べるのも馬鹿げた難関ではあるが、16歳から士官学校へ進めば最短19歳での少尉任官があり得る。

 さりとて、ボクがこの考えをドゥーリに伝えたことはなかった。そういう規則があるわけでもないし誰かに教えられるわけでもないが、たとえ気の置けない友人であっても、この時期に他人(ひと)の進路に口出しすることを禁忌(タブー)視する傾向は根深い。

 ましてや、父さんがいうように州軍がただいまの紛争に加わることがあり得ないのだとしても、まさに戦いが日々報じられる中で友人に専業軍人への道を勧められるほど、ボクは無邪気ではなかった。

 

 そういう背景があったので、今朝方からギエリが何やら不穏な空気を漂わせていることが、ボクはずっと気になっていた。

 

 彼には何人か年上の従兄がいて酪農一族の後継は順調に進展しており、決して品行方正でこそないものの農業学校の適性試験に落ちるほどの阿呆ではなく、これに追って加わるギエリには何も心配事はないはずだ、とボクは思っていたからだ。

 常ならば「どうしたギエリ、そんな苛立った顔をして」とでも声をかけるところだが、とにかくその日の彼は、触れれば切れるナイフのようなとげとげしさを放っていたので(つい)ぞ声を掛ける機会を逸してしまった。

 教室にいてもしばしば彼方に聞こえる着陸機のジェット音に気分を害されつつ、そうこうするうちに終業となって、それでも何となく気になったボクは気取られないように下校するギエリの後を追ったのだが、果たせるかな、彼が向かう方向は彼の家とは真逆だった。

 何が気に食わないのか肩を(いか)らせて歩くギエリは、真っすぐ前を睨んだままズンズン進んでいて、少し離れて追いかけるボクにまったく気づく様子がなかった。隠れて友人を尾行することに若干の後ろめたさを覚えつつ、それでもやはり今日のギエリはどこかがおかしい、と確信してもいたボクは、ただ黙って彼の後を追ったのだが、どうも行く先はエレカーの走る大通り、歩車分離が行き渡っているサメーダンの中学生が、普通は敢えて近づく必要のない場所だ。

 

 思った通り、辿り着いたのは空港とつながる幹線道路。その道際で足を止めて背負っていた鞄を地面に降ろしたギエリを、ボクは並木の唐松(レルヒェ)(かげ)から覗っていたのだが、既に頭の中は嫌な予感でいっぱいだった。

 ここは、幹線ではあるが車はもちろん人通りもほとんどない。当地の住人の大半は空港になど用がないからで、もっぱらここを通るのは、空港に降り立ってザンクトモリッツへ向かう訪問客を乗せたリムジンだ。今は見えないが、下校直前もジェットの着陸音は聴こえていたので遅からずそれはやって来るはずだ。

 そして、ギエリが地面をきょろきょろと見まわして、手の平に丁度納まるくらいの大きさの石を拾い上げたのを認めて、ボクの不安は極限に達した。

 

 訪問客を乗せたリムジンは、ボクらの暮らす市域に立ち寄ることなくザンクトモリッツを目指すのが常だが、稀に何かの用事で入り込んでくるものがあって、これは頗る評判が悪かった。と言うのも、こういったリムジンは、(みな)(みな)でこそないものの、制限速度や横断歩道前の一旦停止を悉く無視しがちだったからだ。

 大人たちが、口にこそしないもののこれに不満を感じていることは自然と子どもにも伝わるもので、これに投石で応じ拳骨で以て報いを受けるのは低学年次の男子にとって通過儀礼のようなものになっていて、ボクもやったことがあるし、ギエリだってそうであるに違いない。

 が、やんちゃ坊主がいたずらでやるそれと、ボクらの中ではもっとも成長が早く背丈だけでいえばカドゥフ先生にも近いギエリがやるそれは意味合いが変わってくる。リムジンに地球連邦高官でも乗っていれば、武装した護衛の兵卒が同乗していることはままある。彼らからすれば、その前に立ちはだかって投石してくる大人の体格の何者かがあれば、それは要人テロ以外のなにものでもない。

 

 いや、いくらなんでもギエリとはいえ、そこまでの無茶は……。

 

 と呻吟するうちに、空港方向から一般的なグラウビュンデン人が常用するそれよりも明らかに二回りは大きいエレカーが向かって来て、しかもギエリが意を決したように車道へ立ち入ろうとするのを認めて、遂にボクは駆け出す羽目に陥った。

 

「ギエリーーーッ!」

 

 ボクは彼の気を惹くべく、ありったけの大声で彼の名を呼びながら飛び掛かった。

 

「……レト?」

 

 その声に気づいたギエリは顔だけをこちらへ向けたが、ボクはそのまま彼の隙だらけの胴にタックルを食らわせて歩道側へ押し倒した。直後、近づいてきていたリムジンが通り過ぎる音がして、ボクらの姿を見咎めたそれが停車し、中から連邦軍兵士がボクらを詰問すべくやって来るのではないか、とボクの心臓はバクバク高鳴ったが、幸か不幸かそういうことはおこらず、リムジンはそのまま何事もなかったかのように走り去った。

 そうするうちに「(いって)ぇー」と毒づきつつも上半身を起こしたギエリが膝立ちのままに掴みかかってきて、

 

「何してくれてやがる!」

 

と、既に石を取り落とした右手を握りしめて振り上げた。

 常であれば、口よりも先に手が出るギエリがそうすれば、ボクは反射的に両手で顔を守る姿勢を採るところだが、そうせずにボクはギエリを、ぎっ、と睨みつけた。

 

「それはこっちの台詞だよ!」

 

 ボクがそう叫ぶと、一拍置いてギエリは振り上げた右手を弛緩させた。

 そして、ぽそり、と、

 

()めてくれたのか……すまん、ありがとう。」

 

と言ったのだった。

 

 

 

 ボクらは、どちらからともなく手を差し伸べて立ち上がり、土埃を払ってから、並木の間に設置された、普段誰がつかうでもないベンチに並んで腰掛けた。

 お互い興奮していたこともあって、ボクらはしばらく無言のままに荒い息を整えていたが、やがて、流石に事情を説明しなければならないと悟ったものか、ギエリがこんなことを言い始めた。

 

「スタスィアが、舞踊学校(タンツ・アカデミー)を目指してる、って小耳に挟んでな。」

「……はぃ?」

 

 ボクは、突然現れた高嶺の花扱いの女の子の名に、まったく意味がわからずに変な声を漏らしてしまった。

 スタスィアは、同級生の中でも飛び抜けて整った顔立ちの可愛らしい女の子で、それはボクも認めないではなかったが、お世辞にも頭の良い方ではなかったしいささか言動に杓子定規なところがあって、件の喧嘩騒動では彼女の正確な執り成しのお陰で一人カドゥフ先生の鉄拳制裁を免れた恩義を感じつつも、ボクはちょっと苦手にしていた子になる。

 

「ごめん、ギエリ。まったく意味がわからないんだけど。」

 

 ボクは正直にそう言ったのだが、ギエリは、ついさきほどボクに越えてはならぬ一線を越えそうな窮地から救われたことを早くも失念したかのように、はーっ、と深い溜息を吐いた。

 

「おまえは存外世の中がわかってないんだな。」

 

 多分ボクは彼の物言いに、これでもか、と不服の表情を浮かべたのだと思うが、それに気づいたのか「いや、すまん」と短い詫びを入れてからギエリはこう続けた。

 

「舞踊学校、と言えば聞こえはいいが、実際にやってることはサンモリッツへの女の子の斡旋だ。」

 

 それはわかる。

 うちの近所にも「若い時分はサンモリッツで荒稼ぎしたもんさね」を口癖にしているおばさんが住んでいるが、それを分不相応な高収入とやっかんでのことか、決まってそういう人は鼻つまみ者扱いだ。

 スタスィアがその列に加わる、というのは、確かにあまり気分の良いものではないかも知れないが、それが彼女の望む進路だ、というのであれば他人がどうこういうものでもあるまい。

 

「それで?」

「おまえ、オレに(みな)まで言わせる気なのか!」

 

「?」

「……わかっててとぼけてるわけでもないようだから、この際だから教えてやる。

 全員が全員、でもなかろうが、要するにサンモリッツで働く女の子ってのは、踊り子であると同時に()()()()()なんだよ!」

 

「……傭兵?」

 

 確かドゥーリがそんなことを言ってたよな、と思いながらボクは糞真面目にそう問うたのだが、ギエリが再び右手を振り上げたのでボクは慌てて頭を庇った。

 

「待って、待って!本当にわけがわからないんだってば!」

初心(うぶ)なのにもほどがあるぞ!

 要するに売春、セックスワーカーだよ!わかったか、朴念仁!」

 

「……えぇ!」

 

 この瞬間まで本当にそんなことを知らず、聞いてもなお半信半疑のボクは、ただただ驚きの声をあげるしかなかった。

 

「ザンクトモリッツを敢えて、サンモリッツ、と言うときに独特のニュアンスが乗る意味がわかったか?

 連邦のお偉いさんだか何だか知らないが、連中にとっちゃ若い女を買うのがサンモリッツ詣での目玉の一つ、ってことだよ。攫われて無理強いされてるわけでもないだろうから、おまえの言う通り、当人が好き好んでやってる分にはオレだって何も言うつもりはないが同級生がそこに加わる、ってんなら話は別さ。」

 

「だからって、リムジンに投石してもどうにもならないし……」

「そんなことはおまえに言われなくてもわかってる!

 わかってるが……頭に血が昇っちまって、どうにも抑えようがなかったんだ。

 だからレト。おまえがオレを追って、こうして()めてくれたことには感謝してる。これは本当だ。オレはどうかしてた。あのまま石を投げつけてたら、とんでもないことになってたかもしれん。」

 

 そこに思い至れるのなら、やる前にもう少し考えようよ、とボクは思うのだが、ギエリには言うだけ無駄なので敢えて口にはしなかった。

 

「……本人から訊いたの?」

 

 特に確認したかったわけではないが、ちょっと話題の方向を()らしたくて、ボクはそんなことを尋ねた。

 

「まさか!

 ……ビニャからだ。」

 

 ビニャ、というのはやはり同級生で、今の時点で「私は絶対に兵役に加わる」と公言している男勝りの女の子だ。スタスィアと比べれば決して容姿端麗ではなかったが、頭もキレるし何よりさっぱり裏表なく一直線な性格が、ボクには好ましく思われる子だ。

 

「……いつ?」

「昨日。」

 

「どこで?」

「下校途中。町のケーキ屋(パステルナリア)で。」

 

「……」

 

 それって……デートじゃないか!

 

 でも、ボクの問いに照れも隠しもせず即答するところを見ると、どうやら当人にそのつもりはないらしい。

 ということは、ギエリの本命はスタスィアで、彼女の進路について知るところを聞き出すべくビニャを誘ったことになるが、それでひょいひょいついていったビニャも、決してギエリを悪くは思ってはいないはずだ。

 

 よくもまぁ、ボクを朴念仁呼ばわりしてくれたものだな!

 

 もちろん、これも当人に言い返したところで無駄なことだから敢えてしようとボクは思わなかったが、むしろ、この情報源の示唆するところがボクの頭の中を混ぜ返した。

 

 ビニャのからりとした性格からすれば、本当に自身の知るところを真正直にギエリに教えただけなのかも知れない。が、もしボクが想像するようにビニャの好意がギエリに向かっているのだとすれば、下校途中の喫茶に誘われて心躍らせてついていってはみたものの、相手の心はまったくの別人、しかも同級生の女の子たちの多くからはその容姿のゆえに羨望の(まと)である人に向かっていると知れば、ビニャとて、貶めの言葉の一つも吐きたくなるのではないか。

 それを言ったら、サンモリッツで働く女性が連邦の高官相手に売春をやっている、という話自体も眉唾ものだ。いや、そういうことはあるのかもしれない、むしろ皆無であるわけはあるまい。一方で、サンモリッツ来訪者が押しなべてボクらよりも裕福であるのは事実で、彼らに道義的にはどうあれサービス提供することを生業とする者が、相対的に高収入になるというのは納得がいく。売春の話が、そういった人たちへのやっかみから生まれたものだ、と考えることだってできるだろう。

 

 いったい……どれが本当のことなんだ?

 

「ともかく!」

 

 ギエリの声に、ボクは我に返った。

 

「レトには大きな借りができちまったな。」

「そんな、借りだなんて……」

 

 だが、借り、と言いつつギエリはボクの胸倉を掴んだ。

 

「わかってると思うが、この話は誰にも内緒だからな。いいか!」

 

 まったくこいつときたら。

 決して悪いやつじゃないしボクは好きだが、それにしてもどういう頭の中身をしてるんだ!

 

「もちろんだよ。

 でも、約束してくれよ。」

 

 ボクの要求は言わずもがなに伝わった。

 

「わかってる!

 二度とこんな短気はやらない。男と男の約束だ。」

 

 どうにも信用がおけないなぁ、と思いつつ、ボクらはこぶしとこぶしを突き合わせたのだった。

 

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