機動戦士ガンダム0080FUMO   作:wash I/O

5 / 7
5.November / november 0079

総員注目(アハトゥング)

 州当局からの優先緊急速報をお知らせします。】

 

 年明け、宇宙戦争勃発の一報以来の、情報端末(ハイム)強制起動を伴う緊急ニュースが流れたのは、エンガディンの谷が既に真っ白な雪に薄く覆われた聖マルティヌスの祝日の夕暮れのことだ。

 例によって父さんは非番を同僚に譲ってまだ帰宅していなかったので、ボクはこれを家で一人で聞いた。

 

【地球連邦政府が発表したところによると、地球圏協定時9日、地球連邦軍は黒海北岸オデッサにてジオン公国を自称する武装勢力に対し開戦以来最大の大勝利を収め、この一団を大気圏外へ押し戻すことに成功したとのことです。】

 

 ……はぁ?

 

 多分ボクはしばらく口を、ぽかん、と間抜けに開いて(ほう)けていたことだろうと思う。

 

【また、この勝利を報告する記者会見において連邦軍総指揮官ヨハン・イブラヒム・レビル大将は、自称ジオン公国が本紛争に実戦投入した汎用人型機動兵器、通称モビルスーツを、地球連邦軍も既に実戦投入していることを正式に明らかにしました。大将は、まだ楽観的な見通しを示す段階ではない、としながらも、年内に何らかの紛争終結へ向けた動きがあるだろう、と語りました。】

 

 何だかとんでもないことがさらりと言われたような気もするが、それは最早ボクの頭には入って来なかった。

 ジオン軍を大気圏外へ押し戻すことに成功した、ということは、押し戻すまではそれは地球上に居た、ということにならないか?

 

 呆れたことにニュースはそれだけを告げて終わってしまったので、より一層ボクの困惑は深まった。

 

 ドゥーリの洞察は正しかったんだ。

 遅くとも9月の時点でザクは地球上を闊歩していた!

 

 そして、子どもにでも……ドゥーリが普通の子どもであるか、にはいささか疑問があるものの……それがわかる写真が公開された、ということは、既にその時点で、地球連邦軍にはこのオデッサでの大勝利の算段があった、ということになる。

 その一方で、侵略者とされるジオン公国軍の地球侵攻の事実は、今この時点まで、少なくともグラウビュンデン文化保護州に対しては伏せられていたか、あるいは州当局がその情報を握りつぶしていたか……。

 

 これは、エラい騒ぎになるな。

 

 そんなことを考えていると、父さんが「レト!」と血相を変えながら帰宅して……きっと帰りのエレカーの車内で同じニュースを聞いたのに違いない……夕食も摂らないままに普段通すことがない自室へボクを連れ込み、机の引き出しの裏の隠し底から取り出した鍵でキャビネットから一丁の自動小銃を取り出した。

 鍵の場所、キャビネットの開き方、銃の取り出し方、どこに行けば弾薬を受け取ることが出来るか、(から)の弾倉を使っての装填の実演、安全装置の解除方法、構え方、撃ち方を早口で教授する父さんに、ボクは敢えて抗わずに素直に頷き、不明瞭なところがあれば質問し、見様見真似で最低限の扱いを理解したことを示して見せた。

 

 なぜ突然そんなことを始めたかの説明はまったくなかったが、言われずともわかる。

 父さんは、万が一にも大気圏外に押し出されたというジオン公国軍の残党がグラウビュンデンに紛れ込み、運悪く父さんが不在の折にボクがそれに邂逅した際、身を守る(すべ)を案じてくれているのだ、と。

 

「たとえ友人であっても、今教えたことは口外してはならない。わかるな?」

 

 ボクは無言のままに頷いた。

 

 明日以降に備え今夜は休め、と言う父さんの言葉に従ってボクは自室に籠ったが、すぐには寝付けなかった。

 しばらく、宇宙へ向かうジオンのロケットを見ることができないか、とベランダから東の空を眺めたが天へ昇る光跡は皆無で、折しものおうし座流星群が散発的に駆け抜けるのを認めるだけだった。

 

 

                    *

 

 

 夜が明けて12日の午前7時きっかりに再びの臨時ニュースがあった。

 実のところボクは、前夜のうちからこうなるだろうと予測はしていた。

 

 ボクですら昨夜のニュースの含意にすぐに気づいたくらいだから、グラウビュンデン全体で同じことに思い至った人は数多(あまた)あったはずだ。うち1%の人が直截(ちょくさい)に州当局の非常時窓口へ問い合わせをかけたとして、昨夜の担当者はてんてこ舞いであったに違いない。当然、火消し目的の州当局からの第二報があるだろう、というところまではボクでも読める。

 意外だったのはこれが翌朝の7時になったことで、これは未明に第二報を発するほどの緊急性がなく、かつ、おおよその市民が既に目を覚ましているか、叩き起こされても腹を立てない時間を選んだからだ。上級公務員の皆さんのご心労は察するに余りある。

 

【地球連邦政府より発表された戦場、オデッサは、当地から1600Kmの彼方にあってたちまちの危険はない。地球連邦軍もオデッサから半径300Kmを越えて行動する武装勢力は皆無と断じており、市民の皆様におかれては安心して常の生活を送っていただきたい。】

 

 このような語り出しとなった州の事実上のトップにあたる行政局長名義で発せられた布告は、結局のところ、次の選挙を見越しての言い訳の羅列だった。

 

 曰く。

 第一に、今日(こんにち)まで武装勢力の地球降下がグラウビュンデン文化保護州に対して伏せられていたのは、彼らの活動圏とグラウビュンデンの距離的隔絶、また、地球連邦軍による囲い込みが順調であったことから、かえって人心の動揺を招くものと慮ったもので他意はないが、昨夜の当地に生じた混乱については、州行政局長の名で正式に地球連邦政府に対し遺憾の意と再発防止を申し入れた云々。

 第二に、こういった混乱は予期し得たのに昨夜の報道が配慮に欠けたのは極めて遺憾であり、州当局は今後このようなことのないよう再発防止を検討する専門の委員会を設置する予定である云々。

 最後に、前述の通り武装勢力のグラウビュンデン文化保護州に対する脅威は皆無と見積もられているが、州当局は市民の皆様の安寧のため、万全には万全を期すべく州軍の一部に昨夜半に召集を発して北および東州境の臨戦警備を差配した。動員令に即応してくれた予備役諸君と、そのご家族の理解に感謝申し上げる云々。

 

 これを朝食の食卓で一緒に聞いていた父さんは一項目ごとに溜息を漏らし、臨時休校を期待していなくもなかったボクもまたこれに倣った。

 

 むしろ緊張感においては、学校の(ほう)が数段(うえ)だったと言えるだろう。

 残念ながらいつも通りに始まった午前中の授業の最中、教室の扉がノックされ、授業中の先生が教壇を離れて来客を迎えれば、軍服正装のカドゥフ先生がいた。

 

全員起立(シュティルゲシュタンデン)傾聴(アハトゥング)!」

 

 これは、今からするオレの話は、カドゥフ先生、ではなくカドゥフ曹長の言葉として聞け、の意だ。クラスメート一同が一斉に起立し、直立不動の姿勢を採る。

 

「これから諸君に伝えることは、州当局からの下知ではなく、教職員一同の合議によるもので法的拘束力はない。それを前提に聞くように。」

 

 曹長はまずそう言った。

 

「大前提として、問題の武装勢力が当地に現れる可能性はほぼない、と考えられている。だからといってこれにまったく無警戒であるのは論外だ。

 そこで第一に、武装勢力残党の当地侵入を鑑み、追って()れがあるまで諸君は行動を市域内に自粛すること。特に、季節柄クロスカントリーをおこないたい者もあるだろうが、これも市域外の行動と見做し自粛してもらいたい。」

 

 クロスカントリーの下りで、クスクス、と少なくない失笑が起こったが、曹長が軍靴を、カツ、と鳴らすとそれはたちまちに()んだ。

 

「第二に、常日頃からそうであると思うが、見慣れぬ不審人物の存在を認めた場合迷わず警察当局へ一報すること。自身でこれを追跡監視するなどして、それが真に不審人物であるかの判別を試みることは現に慎むこと。携帯端末(ハント)を所有する者もあるだろうが撮影などは(もっ)ての(ほか)、と心得るように。

 第三に、諸君の第一義は勉学であり、特に第11年次の諸君にとっては今は最も大切な時期であるから、物事の軽重を見誤らぬよう銘々の賢明な判断を期待したい。」

 

 州当局よりも具体的かつ的確なのは流石だな、と思いつつも存外ゆるやかだ、などと侮っていれば天罰覿面。

 

「レト・クラヴィーニ!」

 

「……はい!」

 

 唐突に名を呼ばれ、ボクは大慌てで即応した。

 

(みな)を代表して簡潔に復唱を!」

 

「……一つ、市域外の行動を自粛、クロスカントリーなど(もっ)ての(ほか)

 二つ、不審者あれば即通報。追跡、撮影は厳禁。

 三つ、我らの本分は学業。

 以上、正しく承りました!」

 

「「「承りました(ヤヴォール)!」」」

 

 ボクに続いてクラスメイト全員が一斉喚呼し、カドゥフ曹長は満足気(まんぞくげ)に頷いた。

 

着席(ゼッツェン)

 ……失礼しました。どうぞ、授業の続きを。」

 

 

 

「夕べ、うちの親父に動員がかかって夜半に出ていったよ。」

 

 昼休み。いつもの4人組での時局検討会。

 のっけからギエリの爆弾発言があって、たちまちにボクらは沈黙に包まれた。

 

 グラウビュンデンにおいて兵役を終えて予備役となった者は、動員されれば正当な事由なくこれを拒むことは叶わない。そして、農閑期となる冬季においては、ギエリの親父さんのような第一次産業従事者が優先的に動員されるのがお約束だ。

 過去にも少なからずあった動員はすべて山火事や雪崩などの自然災害に対してのもので、外的脅威を理由にそれがなされたのは今回が初めてのはずだ。ギエリの心中は察するに余りある。

 

 一方、けしからんことにボクは、そんなギエリの気持ちを慮ることなくまったく別のことを考えてもいた。

 

 今朝の州当局からの動員発令を、実のところボクはある種のリップサービスだと思っていて、実際に州軍が動くのはもっと時間がかかるのだろう、と踏んでいたからだ。

 余所(よそ)もきっとそうだろうが、グラウビュンデン州軍は文民統制(シビリアンコントロール)が建前で、行政当局の決裁を待たずに軍が動くことはない、とされている。が、昨夜のうちにギエリの親父さんに動員がかかったということは、少なくとも州軍の一部は行政当局の判断を待たずに事態への対処に動き出した、ということになるのではないか?今朝の発表は、独自に動き出した軍の行動をこれ幸いと行政当局が追認したものなんじゃないか?

 

 と、ここで不意に視線を感じてボクの思索は断ち切られた。

 見れば、ドゥーリが生暖かい視線をこちらに向けて何故だか、うんうん、と頷いている。

 

 こいつ……またボクの頭の中を先読みしてやがるな!

 

「凄いじゃん!運が()()()()親父さん、本物のザクが見れるんじゃない?」

 

 ペイデルが無神経極まりないことを言い出して、案の定ギエリの鉄拳が動いたが、それがペイデルの顔面を捉えるよりも前にドゥーリが差し出した手の甲が、パシッ、とそれを受け止めた。

 

「戦車ですら雪上でまともに行動できるのはほんの一部の特殊な機種だ。

 ましてや宇宙生まれのジオン星人が造った二足歩行の巨人が、雪のグラウビュンデンに侵攻できるものか。」

 

 ボクはそう言うドゥーリが、本気でそう思っているのか、これは彼なりにギエリをなぐさめようとしているのか俄に判断がつかなかったが、ペイデルに一発喰らわそうと繰り出した(こぶし)を弾かれた当の本人は、これを聞いて少しホッとした表情を浮かべたので、存外そういうことであるのかもしれない。

 

「あれ……本当なのかな?」

 

 曹長の訓示の直後にまたも殴り合いを演じるのは愚の骨頂なので、ボクは強いて話題転換を試みた。

 

「実際、うちの親父は行っちまったんだから……」

「いや、そうじゃなくて。」

 

 あれ、を、ジオン公国軍が地球上に降り立っている話、と解したギエリを制して、ボクは続けた。

 

「曹長も言ってたけど、敗残兵が千キロ長駆してグラウビュンデンにやって来る、なんて無茶な話だから、きっと親父さんは心配ないさ。

 そうじゃなくて、地球連邦も既にザクを持ってる、って話だよ。」

「ボクらが兵役を迎える頃には、州軍にも配備されたりするかな!」

 

 変わらず能天気なペイデルは(みな)から軽く無視された。

 

 一つ目の巨人の第一報がボクらに届いた折、ドゥーリは旧世紀の逸話を引いて、新戦術で一発逆転を狙った極東の島国が追ってそれを模倣した北米の物量に圧し潰されたと語ったが、歴史は繰り返す、とはよくいったもので、まさにその言葉通りのことが現実に起きていることになる。

 予言者()みたドゥーリの洞察には恐れ入るほかないが、同時にボクは疑念を(いだ)いてもいた。ボク自身は必ずしもその辺りの歴史に精通していないが、ドゥーリが引いた話はあくまでもその当時の航空機の使い方についてのもので、航空機自体は極当たり前のものとして双方持っていたはずだ。対してザクは、今年になって初めて知られたまったく過去に前例のない新技術。これを年内に模倣して、ましてや将軍閣下が大見得を切ったような大攻勢に投入する、なんてことがあり得るだろうか?

 

「オレも俄には信じ難いが、実は本当じゃないとして、そんな嘘をつく理由が連邦にあるか?」

 

とギエリ。

 

「当局の話では、連邦はボクらを動揺させたくなくてジオン軍の地球降下の事実を伏せてたんだろう?だったら、ボクらを安心させるために、我々も既にザクを持ってる、って宣伝するのはあるんじゃないかな。」

「だったらオデッサの大勝利とやらも嘘、ってことになっちまわないか?」

 

 ギエリに真顔でそう言い返されてボクは口を噤んだ。

 相変わらず、何が本当で信じるに足るのか、何が唾棄すべき嘘偽りであるのか、本質的にボクには知る(すべ)がない。

 

「納得のいく仮説を立てられなくはない。」

 

 腕組みをしてボクとギエリの問答を聞いていたドゥーリが言う。

 

「そもそも、どうしてボクらがザクを知ることになったのかは疑問だったんだ。」

「そりゃ、連邦がニュースとして流したからで……」

 

(いな)!」

 

 そこではない、とペイデルの発言を制したドゥーリは続けた。

 

「連邦には、ボクらにザクの存在を知らせる動機がない。ジオン星人に対する敵意や危機感を煽るため、というのはあり得るけれど、それは『コロニー落とし』で十分だったからね。逆に、連中は昨日までジオン星人の地球降下を内緒にしていたんだから、ザクだって内緒にできたはずだ。」

 

 たちまちにボクらの視線はドゥーリに釘付けになった。

 

「ボクが考えるのはこうだ。

 まず、あのモビルスーツ、とやらは、きっと秘密でも何でもなかったのさ。」

 

 ドゥーリはさらりとそう言った。

 ボクらはまったく彼の言わんとするところに思い及ばず、互いに顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。

 

「少なくとも連邦は、ジオン星人がそれを用意していることをずっと以前から知っていて、基礎研究はやってたんだろう。そう考えれば今、それが実戦投入される、というのはなくはない話になる。」

 

「いや待てよ、ドゥーリ!

 だったら連邦は、開戦時点からそれを持ち出してもおかしくねーじゃねーか!」

 

 すかさずギエリがボクも疑問に感じたところを口にして噛みついたが、ドゥーリは涼しい顔だった。

 

「そこだよ。

 ジオン公国、なんて時代錯誤な名乗りを挙げたのがいつのことだかは知らないけれど、長くてもその歴史は30年未満だ。ザク、という奇妙な名前もそうだが、連中には自身を縛る伝統がない。

 対して、普通軍隊というのは極めて保守的な組織で、ペイデルのようなお調子者であればともかく、ここ10年かそこらで確立された新技術に依存した兵器に、ましてや宇宙で乗りたがる兵士はそうそうはいないさ、自分の命が懸かっているんだからね。」

 

 ペイデルが、むっ、っとした視線をドゥーリへ向けたが、これもやはり無視される。

 一方ボクは、昨夜父さんがボクに手に取らせてくれた自動小銃に、STGW0040、の刻印を見たことを思い出していた。0040は多分制式採用された(とし)だから、かれこれ40年近く兵士たちの信頼を得て使われ続けている銃だ、ということになる。

 

「つまりこういうことだ。連邦軍内では以前からザクに相当するものを自分たちも採用しよう、という声はあったが、それは少数派だった。そんな彼らがモビルスーツ開発、実戦配備を進める大義名分、それ以上に予算を確保するために、故意にザクについての情報を市井に漏らす、というのは十二分に考えられる戦略じゃないかな。」

 

 ドゥーリの大胆な推理に、ボク、そしてギエリも目を丸くした。

 

「だとすると、連邦版ザクを自慢した白髭の将軍さんはその推進派なのかな?

 ボクとは気が合いそうだ!」

 

「ペイデルと気が合うかどうかはともかく、そう考えるのが自然だろうね。もっともその動機が、モビルスーツ開発で利益を得る軍需産業からのバックマージンでない保証はないけれど。」

 

 冷ややかにドゥーリがそう言い放つとほぼ同時に午後の授業の予鈴が鳴って、ボクらの時局検討会はそこでお開きになった。

 

 自席に戻って教科書の準備をしつつ、ボクはさきほどの雑談を反芻しながら心のざわつきを覚えていた。

 ドゥーリの主張はとても魅力的で整合しており、半分くらいはボクもそれが真相ではないか、と思わないでもないのは事実だ。特に、連邦内の不一致が結果的にボクらから見てよくわからない話になっている、という考え方は。

 

 だが。

 それを敷衍すれば、こういう見方だってあり得ることにはならないか?

 

 年頭から報じられるコロニー落とし、ザク、オデッサ作戦は実はすべて虚構で、連邦内で生じた何らかの武力紛争を一般市民の目線から隠蔽するための欺瞞工作だ、という陰謀論であっても。

 

 

                    *

 

 

 カドゥフ先生の言いつけを守って、ボクらは例年よりはやや窮屈ながらも、それでも本質的にはいつもと何ら変わらないエンガディンの冬を過ごしている。

 

 オデッサの大勝利の報道以来、紛争の推移についての地球連邦当局からの公式情報はまったくなく、当初はその誠意のなさに苛立ちを(あら)わにしていた大人たちも、見るからに関心を失ったのか話題にすることが絶えた。

 万が一にもない、とされたジオン公国軍残党の州内侵入もまた報じられることはなく、そのうちギエリから、親父さんがクリスマス休暇には帰って来る、と聞かされてボクは深く安堵したものだ。

 

 いよいよベランダの寒さは尋常でないものになりつつあり、それ以上に、就寝前に窓から出入りすると部屋が冷え込んで寝付きが悪くなってしまうのだが、それでもボクはどうしても辛抱できなくて、無駄を承知で双眼鏡でのラグランジュ点観察を続けているが、未だ何の実りもない。

 

 結局、何事もないままにクリスマス休暇が始まったが、今年は数年来なかった大寒波になって事実上ボクらは家に閉じ込めを喰らっている。

 父さんは、

 

「今年は虎の子のGem(ゲーエーエム)481(フィーアアハトアイン)の出番だ!」

 

と興奮気味だ。

 Gem481というのは、架線給電が途切れた際に除雪や救援に駆り出すことができる、グラウビュンデンでは例外的に存在するディーゼル機関を搭載したハイブリッド機関車で、Ge663同様に父さんのお気に入りだ。

 

 呆れたことに、上空からは連日ジェット音が鳴り響くようになって、この()に及んで連邦の連中はサンモリッツ詣でを()めるつもりがないらしい。が、その多くは豪雪と強風、視程の悪さに阻まれて着陸が叶わずに引き返しているようだ。運良く着陸できた連中も、サンモリッツのホテルに閉じ込めを喰らっているに違いなく、ボクは途方に暮れる貴族(スノッブ)どもを思い描いて虚しくも留飲を下げた。

 クリスマスを迎えても寒波はとどまるどころか勢いを増す一方で、年が明けるまでボクは一度たりとも夜空を見上げることが出来なかった。

 

 レビル将軍、とやらが嘯いた大攻勢があの分厚い雲の遥か上空で展開されているかも知れないのに、ボクの視線はそこへは届かない。

 

 そして。

 そのまま年が明け、ボクらは紛争終結の報に接することになったのだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。