【フォルク・ハミルトン、20歳。
兵籍番号PM052119742G。
首都防衛大隊軍曹。】
【嘘偽りなく証言することを宣誓する。】
【0079年1月3日0700。作戦開始に伴い、サイド2、8番地コロニーに工兵として侵入した。開始時点では、作戦目的はコロニーの制圧、私の任務は市民の暴動を防止するための行動抑制ガスの展開、と聞かされていた。】
【同0800。同コロニーの基幹換気システムを確保。搬入した行動抑制ガスが封入されたボンベをシステムに接続し待機した。】
【同0930。ガス展開の命令を受領。即時開始。】
【同1000。コロニー内情偵察の命令を受領。8番地市街にて市民の死体多数を視認。】
【……
【はい……ご推察の通り、僅かながら生存者はありました。が、救命の可能性はありませんでした。無為に苦しみが続くことを憂い……左胸を撃って射殺しました。】
【その時点では承知しておりませんでした。8番地コロニーが地球に落下したことを知ったのは、確か2月以降であったように記憶しています。】
【今となっては、いったいこれが何であったのか、自分でもよくわからずにおります。軍人としての責務を全うすべく務めた、という思いは少なからずあります。が……いささか無責任な物言いに聞こえるであろうことを承知の上で申しますが、熱病か何かに侵され譫妄のままに行動していた……振り返りますと、そのような気がいたします、無論、責任逃れをするつもりは毛頭ありませんが。】
*
大寒波はクリスマス休暇明けになってようやく和らぎ、ボクらは0080年の始まりを実感した。
事実上地球連邦の一方的な勝利、とされた宇宙戦争についての戦勝ムード、などというものはまったくなかった。若干の混乱こそあったもののグラウビュンデンに暮らすボクらがこの戦争を実感するところなど何もなかったのだから。
休み明けの登校初日、平服姿のカドゥフ先生がいつかのように各教室を巡って、やわらかな口調で行動自粛の解除を告げた。もっとも、不審者通報の励行と学業第一は継続だが、そんなことは言われずもがなだ。
そして二月に入って、情報端末から『ジオン公国を自称する武装勢力との紛争の記録』なるものが閲覧できるようになった。大まかには時系列にそって宇宙世紀0079年の出来事を羅列したものになる。主なところを拾えば、
1月3日 武装勢力がサイド1、2、4への攻撃を開始。
1月10日 サイド2の8番地コロニーがオーストラリア大陸に落下。
1月31日 最初の停戦交渉が核兵器不使用のみを約して決裂。
2月7日 武装勢力の最初の地球降下。
3月1日 武装勢力がオデッサ周辺を制圧。
3月11日 武装勢力が北米東海岸を制圧、以降戦線が膠着。
11月9日 オデッサの大勝利、武装勢力が地球からの撤退を開始。
12月2日 武装勢力の完全制圧を目指す星一号作戦発動。
12月24日 連邦軍がL5宙域の武装勢力拠点を制圧。
12月31日 連邦軍がL2宙域の武装勢力拠点を制圧。
明けて1日にサイド3行政当局から地球連邦政府に対して武装解除、無条件降伏の申し入れがあり、3日に月面都市グラナダに双方の代表が顔を合わせて停戦成立、とあってこのリストは終わる。
驚くべきことは2月の時点でジオン公国軍の最先鋒が地球に降り立っていたことで、これにはこの事実を知らされなかったグラウビュンデンの住民としては本来怒り心頭になって然りだが、冒頭の項目に添えられていた映像資料のインパクトがそれを吹き飛ばしてしまった。
映像は2分ほどの、雑に編集された質疑応答の答の部分だけをつなぎ合わせたもので、見るからに囚人服の簡素なシャツを着せられたあまり印象に残らない見た目の青年の証言だった。
青年は強い訛りのある公用英語で喋っていて、どことなくボクらグラウビュンデン人が無理やり公用英語を話すときのそれに通じていなくもない。彼らが名乗った、ジオン、という国号といい、存外月の向こう側の人々は、ボクらからすると民族的ルーツが近い人々なのかもしれない、などと思ったものだ。
彼の言う、G3、というのが何であるのか、もちろんボクは知らないが、文脈からすれば致死性の毒ガスであることはわかる。コロニー落としが報じられた当初、ボクは、自身が暮らすコロニーごと為す
そして、この映像資料が公開された理由もそこにあるようだった。
付随する記事は、武装勢力がスペースコロニーを急襲し核パルスジェットエンジンを取り付けて移動を開始させた時点で、地球連邦側はコロニー住民が生存している前提で対応していた、と語る。ハミルトン軍曹はサイド3降伏時に投降した兵士で、彼……だけではあるまいが……の映像に録取された証言で初めて連邦は、事前にコロニー住民が虐殺されていたことを知った、という筋立てだ。
開戦の第一報に際し、少なからぬ周囲の大人たちが明言こそしないものの「どうして地球連邦はコロニー落としを阻止できなかったんだ!」と憤りを覚えていることはボクも気づいていたが、これらの資料はそれがそもそも不可能であったと、これも明言されてはいないが言っているようにボクには見えた。
連邦の弁明を含めてすべてがおぞましい限りだが、もっともおぞましいのは、これを語るハミルトン軍曹が、ボクからすればギエリの従兄にも似たごく普通のお兄さんにしか見えなかったことだ。彼が目に血をたぎらせた狂気の殺人狂であってくれれば、いくらか救いがあっただろうか。
いや。
そんなところに救いを求めることこそ狂気の沙汰だ!
そう思う一方で、やはり一連の資料中に含まれていた、自称ジオン公国の事実上の指導者とされるギレン・ザビなる人物の写真は、少しだけボクを安堵させたのも事実だ。
ボクの感性ではギャグとしか思えない派手な軍服を着ていて、絵に
アドルフ・ヒトラーが、内実はどうあれ民主的なプロセスで選出された指導者であったことは、もちろん歴史の教科書で学んで知っている。それが、民主主義の危うさを警告するために語り継がれていることも。でもボクは、今の今までそれはあくまでも歴史上の出来事であって、今自分が生きている世界の現実に直接教訓するものだと本気で考えたことはなかったように思う。
我らが4人組の頭脳、ドゥーリならばどう言うだろうか?
年末の戦闘でギレン・ザビは死亡した、とされていて、つまるところ、本紛争はその
ボクは、映像の中のハミルトン軍曹はどうなるのだろう?と背筋に冷たいものを覚えた。彼の言葉をそのままに信じれば、彼はコロニー落とし作戦時点でその意図を知らず、命じられたままに従事していたことになるのだろうが、実行犯であることは本人が認めている。よくて終身自由刑、おそらくは待っているのは銃殺だろう。
この辺りでボクの精神的耐久力は限界に達し、それ以上閲覧を進めることが叶わなくなってベッドに潜り込むことになった。この時期にはしばしばあることだが、足回りが凍り付いた機関車たちの
翌朝、学校に行ってもボクの頭の中は昨夜見た宇宙戦争の記録、中でも言葉では表現し難い表情を浮かべて淡々と証言するハミルトン軍曹の姿がぐるぐる回っていて、ほとんど授業の内容が入ってこなかった。
昼休みになって、いつものように4人組が顔を合わせる段になっても、ボクは気が重くて自分から口を開く気分になれなかった。
「みんな、見た?凄いよね、アレ!」
……なんなんだ、これ?
ぽかん、としたボクの様子に気づいたのか、ギエリが彼の
「勉強熱心なのは結構だが、職業学校の適性試験なんて落ちっこないんだから
どうもギエリは眠そうなボクを見て夜を徹して受験勉強していたものと勘違いしている様子だが、差し出された端末に映った図面がその誤解を正そうという考えをボクから奪った。
「!」
それは前面、側面、背面から見た人型の機械の三面図で、一方は明らかに一つ目の巨人、ジオンのザクだった。対してもう一方は、丸顔で曲面主体のザクとは随分と意匠が異なっていて、ほぼ四角四面。安っぽさすら感じさせるデザインだ。
コロニー落としの舞台裏でお腹がいっぱいになってしまったボクは見落としていたようだが、昨夜公開された資料の中に、『新時代の兵器』と題してこの図面が紹介されていたらしい。
「デザインのセンスはジオン星人の圧勝だな。」
と、ドゥーリ。
ということは、この
「それにしてもGM……って、どう読むんだ?」
「そりゃ、北米の
ペイデルの疑問にギエリがそう応じるも、溜息をつきながらドゥーリが割って入った。
「ギエリの説は一理あるが、どうもこのMは
ドゥーリは手を伸ばしてギエリの端末を操作し、ザクの三面図の片隅に記された番号をズームした。
「どうも、ザク、というのは愛称であって、正しくは06であるらしい。制式採用年にしてはおかしな数字だから、素直に考えるとこれは開発順の通し番号だ。なぁ、機関車もそうだろ、レト?」
唐突にドゥーリに話を振られて、ボクは何の考えもなく反射的に、
「……0軸の6番目の形式?」
と返した。
食いつきの悪いボクに、一瞬ドゥーリは訝し気な顔をしたが、
「ザクは二本の足で歩くんだから軸、ということはないだろうから、これはジオン星人がバリエーションが少なくとも二桁に及ぶ前提で採番した結果に違いない。01から05が箸にも棒にも掛からない試作機だったとしても、11や14といった他のものがあった可能性はある。」
と、いつもの調子で自説を披歴した。
が、ボクの頭には入ってこない。
「興味をそそられる話だが、連中が先手を取ったとはいえ国力比で劣る側がそんなバリエーション展開なんてことをするもんかね?」
「歴史を紐解けば、ギエリのいう国力に劣る側が後から考えれば無駄としかいいようのない、極端な状況に特化した兵器の開発ばかりに注力して自分の首を締めた例は存外多いものさ。逆に連邦のGMが面白みを欠く四角四面になっているのは、とにかく遅れを取り戻すために大量生産を目指したからだ、と考えると腑に落ちる。
つまり
資料を素直に読むと連邦はこいつを最終決戦に1200機投入したことになる。ちょっとこの数字は盛り過ぎな感じもするけど、案外本当にそうなのかも。」
「……ってことは、連邦のザクはこののっぺらぼうなGMだけなのかな?」
「モビルスーツ、な。
単純に考えるとそういうことになるが、ザクがこれ以上いじりようのない安定したデザインに見えるのに対して、GMの方は生産性を重視してのことだと思うがユニット交換が容易な造りに見えなくもないから、用途に応じて部分的に換装する、みたいなオプションがあった可能性はあるんじゃないかな。」
「いやー、何とかして実物を見る機会を得られないもんかね?」
「ペイデルじゃねーが、州軍が連邦に掛け合って中古のお下がりでも回してもらえることを期待するしかないか。」
「そうなるとGMだろ?ボクはザクの
バン!
「みんな、どうかしてるよ!」
ボクは、何かに耐えられなくなって、
「……え?」
「おい、どうしたレト?」
「なんだい突然?」
ドゥーリ、ギエリ、ペイデルのみならず、堂内が静まり返って
「ハミルトン軍曹は……軍命に従っただけのハミルトン軍曹は銃殺されちゃうかも知れないんだよ!サイド2の人たち、オーストラリアの人たちはわけもわからないままに一瞬で死んじゃったんだよ!それなのに……それなのにこんな盛り上がり方、おかしいじゃないか!」
自分でも何がなんだかわからないが、叫び終えるとボクは途端に膝の力がぬけて、ぺたん、とその場に座り込んでしまった。同時に、悲しいやら悔しいやら恥ずかしいやらよくわからない涙がこぼれ出して、最早自分の意志では
「大丈夫か、レト?」
「誰か、カドゥフ先生を呼びに走ってくれ!」
「どうしちゃったんだよ、レト!」
ここで一旦ボクの記憶は途切れる。
*
気が付くとボクは父さんの運転するエレカーの助手席にいた。
後で聞いたことになるが、いつかのようにスタスィアがカドゥフ先生を呼びにいってくれて、目の焦点の合わないボクは先生に担がれて医務室へ運ばれたらしい。それ以降は浅い微睡みの中、靄に包まれたような気分で時間が過ぎ、学校からの急報を受けた夜勤明けの父さんが迎えに来てくれた……ということのようだ。
父さんは車中、特にボクに対して何があったのかを問い質すこともなく無言だった。家について促されてリビングの席にひとまず腰を下ろしたボクに、父さんは蜂蜜入りホットミルクを淹れてくれた。ボクはそれを手にとって、立ち昇る湯気を、ぼーっ、とみつめていたのだと思う。
「学校から連絡をもらうよりも前に目が覚めていてな。」
父さんはまずそう言った。
仮眠を叩き起こされたわけじゃないから気にするな、の意かと思いきや、父さんが言いたいところはそれではなかった。
「端末で、昨日公開された『紛争の記録』というのに目を通していた。閲覧履歴からおまえが夕べこれを読んでいたこと、どの辺りに心奪われていたかもおおよそ承知している。」
そう言われて、ボクは驚いて父さんに目を向けた。
「だから、学校からおまえが倒れた、と知らされたとき、さほど驚かなかったんだ。むしろ、よく平然と朝から学校へ行ったものだ、と呆れたくらいだよ。」
おどけ気味にそう言いながら、父さんはやおらボクを優しく抱きしめた。
「おまえは本当に……死んだ母さんに似ている。」
「……え?」
母さんは、ボクが5歳のときに事故で命を儚くして、ボクはほとんど母さんのことを憶えていない。
以来、男手一つでボクを育ててくれた父さんは、
父さんは、ボクを
「おまえの母さんは、他人の痛みや苦しみを我が事のように感じ取る、繊細で優しい
私にとっても戦争というのは初めてだから、父さんや母さんには今おまえが体験しているそれ、そのものはなかったが、それでも、似たようなことはしばしばあったんだ。だから、おまえが学校で倒れたと聞いて、あぁ、レトも母さんの子なんだな、と改めて思い知らされたよ。」
目を真ん丸にして驚くほかないボクに、父さんは「まぁ、冷めないうちに飲みなさい」とミルクを勧めた。
ボクはこれに素直に従った。仄かな温かさと甘みが口中に広がるにしたがって、混濁していた意識が俄に明晰になっていくのを覚える。若い頃の父さんは、母さんに対してもしばしばこうしてあげたことがあったのだろうか?
「今から大事な話をするからよく聞いてくれ。」
向かい合うように座った父さんは、まずそう言った。
ボクはもう一口啜った後、テーブルにカップを置いて黙ったまま頷く。
「おまえが心痛めた一連の出来事については、正直なところ私もわからないことだらけだ。私や他の
「そんな、父さんが鈍感だなんて!」
ボクは慌てて噛みついたが、父さんは静かに手を振って、
「だから私には、おまえにこうしなさい、これこそが正しい、と言えることなど何もありはしない。それをわかった上で聞いて欲しい。
毒ガスを撒いたと語ったジオン兵、それに抗う
おまえの、そして母さんのその優しさはとても大切なもので、これからも大事にして欲しい。だが、これは父からの命令、ではなく願いになるが、その優しさを自分自身、そして苦しむおまえを見て心を痛める私にもどうか向けてくれ。」
久しく口にされることのなかった母さんの名が父さんの声で聞けたこと、それ以上に、ボク自身と父さんにも優しくあってくれ、との願いに、ボクはハッとさせられた。
「幸いにして……という言葉は不適切かも知れないが、それでも敢えて私は幸いにして、と言いたいが、私もおまえも、月の向こうでも地に落ちたコロニーでも不誠実渦巻く連邦でもなく、自主自律のグラウビュンデンに生を
父さんの言葉は、途中からはボクのみならず父さん自身に自ら言い聞かせているようにも聞こえていた。
「父さんが伝えたいと願うことを……わかってくれるか?」
ボクは敢えて言葉ではなく、ただ黙って頷いた。
そして、これだけは伝えておこう、と思い立ち、こう言った。
「母さんのことを話してくれて……ありがとう。」
一夜明けて。「今日は休んでも構わないぞ」と言う父さんに「大丈夫だから」と返したボクはいつも通り学校に向かった。思った通り、ペイデル、ギエリ、ドゥーリにバツ悪そうに出迎えられたが、
「みんな、心配かけてごめん。ボクは大丈夫だから!」
と、精一杯の笑顔を示せば、
ドゥーリだけは一人ボクの耳元でこんなことを言った。
「ハミルトン軍曹はジオン星人なんかじゃなく、ボクらと同じ人間だった。そんな当たり前のことを改めて気づかせてくれたキミには、ありがとう、と言っておきたい。」
ボクは敢えて言葉を返さずに、いたずらっぽくウインクを送った。
その後もボクは、始業までをクラスメートの
「……別にレトのことなんか心配してないわよ。」
と、さらりと返されてちょっとショックだった。
昼休みにはカドゥフ先生にも御礼を言いに行った。先生は「オレはおまえに世辞なんかいう必要はないが」と断った上で、
「レト・クラヴィーニ。おまえには
と肩を叩かれた。ボクにはその真意がよくわからない。
振り返ってみればボクはこの時点で、おおむね意を決しつつあったような気がするのだが、実際にあの夏の馬鹿げた計画に着手するには最後のきっかけ……宇宙戦争の英雄が必要だった。