「じゃーーーん!
見てよ、これ!」
昼休みのいつもの学校の
何を思ってかバッグを持ち込んでいたペイデルが、そうおどけながら差し出した彼の右手の
緑色の一つ目の……小人。
「「「えぇ!」」」
「公開された図面を元に造ってみたんだ、凄いだろ!」
ボクは、いつものように間抜けにも、ぽかん、と口を開けていたと思うが、ギエリ、ドゥーリはボクを一瞥した
「おまえな!よりによってレトの前で!」
「もともと期待もしてないけど、いったいその頭の中には何が詰まってるんだい?」
「いやいやいや!」
ボクは慌てて、今にもペイデルに殴りかかりそうなギエリとドゥーリを引き
「見せて……もらっていい?」
一瞬、マズいことをしたか?という顔をしていたペイデルは、ボクがそう問うとにっこりと笑って「もちろんだとも!」と、一つ目の小人、片手の
「……なんでぃ、興味津々なんじゃねーか!気を揉んで損したな。」
と、毒づくギエリ。
ふーっ、と息を吐いたドゥーリはペイデルを質問攻めにした。
「ご両親が?どうやって?」
ペイデルの両親は地元では有名な鉄道模型愛好家で、自宅リビングには1/87縮尺のランドヴァッサー橋、その周辺の村々がある。
「おふくろに手伝ってもらったのは事実だけど、3Dプリンタに食わせるデータはボクが作ったんだぜ。」
ランセル夫妻にはおおよその役割分担があって、情景や線路、電気回路はお父さんが、車両模型、その他小物の
「適性試験を控えたこの時期に?よくご両親がそんなことを認めてくれたもんだね。」
「ドゥーリはうちの親のおかしさをわかってない。ボクが言うのもどうかと思うが、あいつらは根っこが狂ってやがる。」
「こいつ、動くぞ!」
ボクが驚きの声をあげると、ギエリが「んなわけあるかい!」とボクの手元を覗き込む。
「あー、そういう意味か。この小人が勝手に歩くのかと思ってびっくりしたぞ。」
ペイデルのザクは、可動部分が細かくパーツ分割されていて、完全に、でこそないものの、ほぼ人間の動きを模してポーズを取らせることができたのだ。ボクが肩に盾らしきものを装備したザクの右腕を振り上げさせその肘を曲げて見せると、ギエリは胸を撫で下ろしつつ、
「……それにしてもよくできてるな。」
と、ボクからザクを受け取った。目を輝かせながら自分の手の中でいろいろなポーズを試している。
「連邦の……GMだったっけ、あれも造ったのかい?」
手法が確立されたのであれば横展開も然り、といった
「あー……データは用意してるんだけどね。
おふくろが、かわいくないから気がのらない、とかでお預けになってる。」
「「「……はぁ?」」」
ボクらは、最初に小さなザクを見せられたとき以上の衝撃を覚えた。
かわいくないからGMは造らない、というからには、ペイデルのおふくろさんはザクを、かわいい、と思っていることになりはしないか?
「……まぁ、なんだ。ペイデルのお母さんとは気が合いそうだ。」
いつぞやの裏返しのようなことをドゥーリが口にすれば。
「よせよせ、おふくろの前でそんなことを口にしようものならエラい目に遭うことになる。レトの親父さんはよくよくご承知だ。」
随分と前のことになるが、ボクは父さんといっしょにペイデルの家に遊びに行ったことがある。ランセル夫妻の模型にいたく感銘を受けた父さんは、迂闊にも自分がGe663の面倒を見ている技術者であることを明かしてしまった。以来、父さんはランセル家を訪ねたことがないし、あからさまにペイデルのお母さんを避けている。
「キミ自身は大丈夫なのかい?こんなことでご両親と意気投合したら、適性試験に備えるどころじゃないだろう?」
「悲しいかな親子なんでね。
「おまえ……意外に苦労人なんだな。」
何故かギエリがペイデルの肩に手を置いて同情を示しているのがおかしいが、その
17mの巨人だ、という前提で見ていたときには思い及ばなかったが、こうして
が、実物はこの87倍……ランセル夫妻のことだ、このザクはHOスケールモデルであるに違いない……の大きさがあるのだ。
ボクは変わらずやいのやいの言っている3人を無視して、一人テーブルの上にザクを置き、その両足をそれぞれ両手で
人間がそうであるように、右足を前へ振り上げ、重心を前方にずらし、右足を接地させた後は左足を引き寄せて再び前方へ振り上げる。思った以上に、足の付け根を保護していると見える装甲板が太ももに干渉する。足首の構造も妙だ。無重力空間であっても、いやそうであればこそなおさら、どうやってこれで接地面にグリップするのだろう。
……おかしい。
ボクの直感は、この構造は本来の大きさに合っていない、と告げている。
さらに言えば、顔や脚部に露出した管のような構造。映像や図面で見たときはさして疑問にも思わなかったが、こうして立体物を手に取ってみると、どう考えてもこれの87倍の大きさのある実物に、こんな配管がなされているとは考えにくい。
それこそペイデルのお母さんの物言いではないが、鉄道車両模型ではしばしば実物に比して一部の部品を故意にオーバースケールに造ることがある。車外に露出した手摺りなどに顕著だが、これはスケールに正確に造るとそれらの部位の意味性が薄れてしまうからだ。だからスケールを無視して強調される。
同じ理屈でザクの配管は、ランセル家のザクこそがこいつ本来の大きさである場合にその記号性を主張するデザインであるようにすら思われた。
だが、そんなわけはない。
ザクはおもちゃではなく巨大人型兵器、モビルスーツ、であるはずなのだから。
「どうかしたのか、レト?」
ボクが神妙な顔でザクと向き合っていることが気掛かりだったのか、ギエリがボクに呼び掛けた。
「……あ、いや何でもないよ。」
何故だかボクは、頭に浮かんだこの疑念については、
「そんなに気に入ったのなら、ペイデルに頼んでもう1つ造ってもらえよ。3Dプリンタなら複製だって簡単にできるんじゃねーか?」
「正気か、ギエリ。ボクらの中で適性試験に落ちるとしたらこいつだろ?勉強する時間を奪うような提案は……」
「なんだと、このヤロー!」
ペイデルがドゥーリに掴みかかって、ボクは慌ててテーブルの上のザクを庇った。
*
そんな一幕もあった、街中の雪が消えた4月。
ボクはある変化に気づいた。
去年一年を通して、ボクらのような男の子はともかく、クラスメートの女の子たちは一連の戦争に、不安に怯える様子を見せることこそあれ、その仔細に対しては本質的には無関心だったように思う。が、決して彼女らのお喋りに聞き耳を立てているわけではないボクであっても、近日その中にあの戦争に触れる言葉が目立って多くなったのは瞭然だった。
ボクは2月の一件以来、戦争の事績に触れることに消極的で、件の『ジオン公国を自称する武装勢力との紛争の記録』にアクセスすることも控えていたが、その後も少しずつ内容は増補されていったらしい。
そして、4月の頭に『16歳の英雄』と題した一項目が追加された。
後で思い至ったことではあるが、ドゥーリたちがこれを話題にしなかったのは、第一にはペイデルのザクの一件でもそうだったように、ボクが戦争の話題に過剰に反応することを気遣って、というのもあったと思うが、その実は、この話が彼らにとってあまり面白くなかったからではないか、と思う。
というのも、その英雄、アムロ・レイ少尉という人は表題にある通りボクらよりも1つ年上なだけの16歳で、しかも連邦のモビルスーツを駆って前人未到の大戦果を挙げたというのだから、男の子であれば、感心よりも先に嫉妬が湧き上がるのも無理はない。
対して女の子たちからすればそれは文字通り等身大の英雄であって、馬鹿げた話ではあるが急にあの戦争が身近に感じられるようになったのだった。
それでもボクは当初まったくこれに気づいていなかったのだが、ある日の下校時クラスメートのビニャ……ギエリの要人テロ未遂事件のきっかけになった子だ……に呼び止められ、唐突にこんなことを言われたのだった。
「レト・クラヴィーニ。」
「……何?」
「あなた……どことなくアムロ・レイ少尉に似ているわ。」
「……誰?」
「知らないの?」
「ボクはともかく、ビニャはそんなことが言えるほどアムロ・レイ少尉という人のことを知っているの?」
この時点で何故かビニャは、ふん!と機嫌が悪くなってつかつかと歩み去ってしまった。
「な!」
振り返ると、犯人であろうドゥーリがこちらを振り返りもせず立ち去ろうとしていて、
「朴念仁。」
と呆れ声の捨て台詞を浴びせかけられたのだ。
……
とまれ。これがきっかけになって、ボクは16歳の英雄、と呼ばれている人物についての公開資料に目を通してみる気になったのである。
その資料は、簡単な要約とアムロ・レイ少尉に対する編集済みインタビュー映像からなっていた。そういう意味では2月に見たハミルトン軍曹の証言録取と同じ、ということになるが、今回の映像では、少尉が喋り始める前に、インタビュワーが発したのであろう質問が字幕として示されている。
記事が伝えるところによれば、少尉は自身軍人ではないが父親がモビルスーツ開発に関わっていた軍属であり、0079年の9月にL3のサイド7で戦闘に巻き込まれ、成り行きでモビルスーツのパイロットをやっていたらしい。途中から正式に軍に編入され、紛争最後の戦闘となったL2宙域の宇宙要塞攻略戦にも加わっていたのだとか。
-氏名、年齢、階級を聞かせてください。
【アムロ・レイ、16歳。
階級は……少尉、ということになります……不本意ながら。】
映像の中の少尉は、やや顎を引いて、インタビュワーに対して視線を落とし気味に話す内向的なごく普通の少年だった。ビニャは、ボクがこの少尉に似ている、と言ったが、くるくる癖毛にそばかすの目立つ見た目はむしろペイデルに印象が近い。
ボクは、大戦果を挙げたとされるボクより1つ年上なだけのこの少年が、訛りのほとんどない公用英語ながらもぼそぼそと喋る口調もあいまって、少尉という望外な階級に不服なのだろうかと訝しく感じたが、それはたちまちに当人の言葉で否定された。
-艦艇9隻、モビルスーツ142機撃破、という軍事史上に残る快挙をどうお考えですか。
【生き延びるため……仲間を守るために無我夢中だっただけのことで、特には何も。】
-初陣でザク2機を撃破されたと伺っています。詳しく聞かせていただけますか。
【軍事機密……に触れるとよくないと思いますので、個別の戦闘についてはお答えできません。】
俄に受け入れがたい記事の内容を言葉のままに信じれば、この人は9月の時点でパイロットであるどころか軍人ですらなかったのに、たった3ヶ月の間に常軌を逸した戦果を残したことになるが、これについての本人の語りは淡白極まりない。人によってはこれを、鼻持ちならないやつだ、と感じるかもしれないが、ボクには、少尉が自身の戦果を語りたがってはいないように見えた。
一方で、彼が妙に饒舌になる場面もある。たとえばこんな具合に。
-ご自身の戦果のみならず、少尉の持ち帰った実戦データは
【それは、……の教育型コンピュータの為せるところで、ボクが何かをしたわけではないと思います。ボクはマニュアルを読んで……の教育型コンピュータの特性をだいたい理解していましたし、電子工作を趣味にしていることもあって、それがどういう
その時点では、とにかく生き延びるためにそうするしかなかっただけのことですが、そのことが結果的に他のパイロットの皆さんの生還率に貢献できたのだとしたら、それはよかったと思います。】
一部音声が消されていて、そこには何らかの軍事機密が含まれているようだが、少尉の語る教育型コンピュータ、とやらの概略は機密でも何でもないらしい。
そして、少尉は自身の戦果については、軍事機密に触れるとよくない、と詳述を避けたわりには、これを語るに際してはペラペラと口が軽かった。この辺りの感性には、ドゥーリに通じたものを感じなくもない。
-ジオン公国を自称した武装勢力に対し、どのようなお考えをお持ちですか。
【個々の兵士の皆さんに対しては……恨みであるとか、そういうものはなくて……むしろ、これは偽善的に聞こえるかも知れませんが、敬意、に近いものすら感じたことも少なからずあります。
が……だから余計に……そういった人たちも含めてこの戦いに巻き込んだザビ家のおこない、は決して許せない、という思いもあります。】
16歳とは思えない老成した感すらある語りは、決して許せない、と言う部分だけに
そして。
一連のインタビューの中で、最も不可解で、かつ印象に残ったのは次の下りだ。
-少尉を、ニュータイプ、とする声もありますが、これについてはどうお考えですか。
ボクはこのとき初めて、ニュータイプ、という曖昧模糊とした言葉を耳にした。
どういう意味なんだろう?
言葉通りの
そんな疑問も束の間、これに対する少尉の受け答えは、
【……は、悪魔、を見たことがありますか?】
という、インタビュワーに対する脈絡不明な逆質問から始まった。
【今、目の前にいますよ。後から聞いた話ですが、ジオンの一部の人たちがボクを……正しくはボクの乗った……を、ですが、白い悪魔、と
ボクたちは、悪魔、という言葉を極当たり前に使いますし、それが比喩として適切な場面もあるとは思いますが、そもそも悪魔とは何か、という定義は曖昧なもので、比喩として用いる場合でも、何を悪魔と呼び何をそう呼ばないか、の線引きは……流動的です。
ニュータイプ……もそう……じゃないでしょうか。便利な言葉なので恣意的に使われがちですが、それがどんなものであるのか、誰がそう呼ばれるのか、は過分に文脈に依存していて出鱈目なものであるように思います。
ボクは……そう、ボクは、ただ少しだけ勘がよかっただけ……少なくともボクはそう思っています。そして、もしボクがニュータイプであるならば、直接戦闘に参加していたかどうかを問わず、この一年間を生き延びたすべての人、がニュータイプと呼ばれるべき、だと思います。】
これを語るに際してのみ、少尉は画面には映っていないインタビュワーを、じっ、と見つめつつ、都度熟慮して言葉を選ぶ様子を見せた。
【最後に……ボクからいいですか?】
画面の中の少尉がそう言いながら片手を挙げた。
これがこうしてボクの目に
【……このインタビューは公開される、と伺っているので、これはボクからの、これをご覧になっている皆さんへのメッセージ……というか、お願い、になります。
ボクの話を聞いて、次の戦いのときにどうしようか、どうすれば生き延びることができるだろうか、どうすれば敵を倒すことができるだろうか、と考えるのは絶対にやめてください。次の戦い、なんてものが、起こらないためにはどうしたらいいか……これが不可能であることは歴史が証明しているようにも思いますが、それでも、こうした過ちが二度と起こらないためにどうすればいいか、を……どうか考えてください。】
さきほどとは異なり、再び少尉はインタビュワーにもカメラにも目線を向けず、伏せ目がちにこれを語った。
ここでインタビューは終わっている。
ボクはたちまちにこれを咀嚼することが叶わず、もう一度通しで見る羽目になった。
一年紛争の英雄に興味が湧かなかった、と言えば嘘になる。むしろ興味津々だ。が、クラスメートの女の子たちがこのアムロ・レイ少尉に夢中になっていることには、正直なところ違和感があった。お世辞にも少尉はハンサムではなかったし、英雄、という言葉がイメージさせる人物像とはほど遠く、他ならぬ当人がそれを拒んでいるようにも見える。そう思えてしまうのは、ボクも少尉に嫉妬してのことだろうか?
むしろボクの心を捉えたのは、立場も境遇もまったく異なるはずのアムロ・レイ少尉とフォルク・ハミルトン軍曹の共通点だった。
画面の中で語る二人から、ボクは何か、恥じらい、のようなものを感じ取っていた。
たとえるならば、分不相応な役を与えられた俳優が無理やり舞台で演じているような気恥ずかしさ、のような。
一方で、決定的な違いもある。
ハミルトン軍曹は、越えてはならない一線を気づかぬうちに……本当に気づいていなかったのか、本当は知っていてそれを隠しているのではないか、ということはさておき、その一線を自分が望まず踏み越えてしまったこと、踏みとどまれなかったことを恥じているように見えた。
対してレイ少尉は、同じく越えてはならない一線を自覚的に踏み越えた、踏み越えてしまったその決断、を恥じているかのようにボクには思えた。
そこに思い至った瞬間。
ボクは眉間に稲妻が走る錯覚を覚えた!
それはまさに、霊感、としか表現しようのない何かだった。
どうして今の今までこれを考えることがなかったのだろうか。
いや、理由はわかっている。ボクは母さんの子であると同時に父さんの子でもあり、父さんがボクに望んだように、このグラウビュンデンの大地をしっかと踏みしめて生きていきたい、生きていこう、と、意識するしないに関わらず望んでいたからだ。だから今の今まで敢えてこれを言葉にして考えることがなかったのだ。
が、こうして、越えてはならない一線を視野に収めた今、ボクには、一年紛争の英雄とされたそばかすの少尉の後を追う以外の選択肢はなかった。
そして、ひとたびその意が定まれば。
ボクは、ペイデルのようなそれを誰かに自慢する無邪気さも、ドゥーリのような信の置ける友人に諮る思慮も、ギエリのようにたちまちに行動に移す激情も欠いていた。
ただ黙々と計画し、万全を期して実行するのみだ。
そこからのボクは、表向きは粛々と適性試験の無事突破を目指す