機動戦士ガンダム0080FUMO   作:wash I/O

9 / 10
9.luglio 0080

 流石に最初のトンネルは、出口の光が見えてくるまで心臓が口から出てくるんじゃないか、と思うほどの鼓動の高鳴りを抑えることができなかったが、一度これを通り抜けてさえしまえば、それ以降は怖くはなくなった。

 

 トンネルを抜けてからも線路は途切れず続いていて、一部倒木や植生で通りにくくなっているところはあったけれども、慎重に歩みを進める分には何の問題もなかった。むしろ、それが続いていることが今進んでいるこの道筋が間違ってはいない何よりの(あか)しであるのだから、ボクは安堵すら覚えていたかもしれない。

 廃線は、周囲からの視線を完全に遮る針葉樹の林の間を、東へ向かっては西に戻り、西に向かっては東へ折り返しを繰り返しながら、着実に標高を下げていった。

 どうやら先人は、船の舳先のように見えた岩場の駅から最初のトンネルまでは施設の撤去を進めたが、その先については断念したらしい。実際、今歩いているここに重機の(たぐい)を降ろすのは難しそうだからさもあらん、とは思われるものの、存外いい加減なものだな、とボクは独りほくそ笑んだ。

 

 もっとも。

 そのいい加減さが、今、こうしてボクの旅の道標になっているのだが。

 

 一度だけ、数件の廃屋が散在する棚のようになった平地があった以外は、線路は延々と針葉樹の森の中を九十九折りに谷底へ向かって進んでいた。林に分け入って急斜面を下れば、おそらくは一段下の線路に突き当たる短絡(ショートカット)ができたはずだが、ボクは敢えてそういう危険(リスク)は冒さない、と決めて、無駄に思われる行ったり来たりを繰り返した。

 途中で一泊することを拒む理由はなかったように思うが、とにかく今は、この斜面を下りきった後に何が現れるかで頭がいっぱいになってしまい、時折休息を挟みつつもボクはそこで歩みを止めることができなかった。あと少し、あともう少し、と、黙々とこれを下り続けること丸一日、深く切れ込んだ崖に西日が隠れる時分になって、ようやくボクは谷底へとたどり着いた。

 振り返ってみれば、延々と下って来た緑の絶壁が聳え立ち、あの上に白い人造湖どころかグラウビュンデン州が広がっていることを窺わせるものは一切ない。宵闇ではっきりとしたところはわからないが、線路は南へと緩やかな斜面を下って向かっていて、その左右は切り立った崖、挟まれた平地の幅はせいぜい数百mしかない。ぽつぽつと民家らしきものはあるが、いずれも(あか)りの一つどころかまったく人気(ひとけ)はなかった。

 斜面を下り終われば何か劇的な発見がある、と思い込んでいたボクとしては拍子抜けする思いだったが、線路がまだ続いている以上(あせ)る理由はない。ボクは廃屋の一つの軒先に荷物を(ほど)いて今夜の宿に決めた。

 

 

 

 流石に昨日は頑張り過ぎたこともあって、目が覚めたのは東側の山の向こうから陽光が差し込んだ時分になってのこと。延べ30Kmはあった(くだ)りを、しかも半分朽ちた枕木を踏みながら降りて来たのでふくらはぎがパンパンだったが、周囲が明るくなって最初の発見に、そんな憂鬱さは一気に吹き飛んだ。

 

 既に随分と植生に浸食されてはいるが、ほぼ線路に沿うように南へ向かう舗装路があることに気づいたからだ。

 

 正直なところ、歩きにくい線路の上を進むことにうんざりしつつあったのは事実だったので、俄然やる気を取り戻したボクは、手早く朝食を済ませて南進を再開した。思った通り、昨日の難路が嘘のように足取りは軽かった。

 一時間と少し進めば、谷の全幅に奥行き3Kmほどの湖が現れた。一昨日の氷河からの融水が流れ込む人造湖とは違って、水は澄んでいて底が見通せそうなほどだ。こういう機会が次にいつあるかわからないので、ボクは半裸になって水浴びをした。

 さらに一時間と少し進むと、突然道路が急な下り坂になると同時に、これまでほぼ並行していた線路が分かれて見えなくなってしまった。万が一にも別方向に向かってしまうのを避けるため、一旦見通しを得ようとボクは道路脇の斜面をよじ登り、そこに現れた光景に息を呑んだ。

 

 そこにあったのは。

 直径100mほどの巨大な煉瓦造りのループ橋!

 

 ここで谷間が急に落ち込んでいるので、この落差を鉄道で越えるべく造られたものらしい。道路と別れて東側の斜面にへばりついていた線路が、煉瓦の高架に入ると同時に大きく右へと弧を(えが)きながら高度を下げ、360度回転した後に自分自身の下のアーチを(くぐ)り抜けている。似たような構造はアルブラ峠にもあったはずだが、こんな(ふう)に全体が外に露出しているものを見るのは初めてのことだ。

 ボクはこれが、その末流に父さんがありボク自身もそこに加わろうとしている鉄道技術者の産物であることを百も承知の上で、それでもまるで歴史の教科書の図版で見た旧世紀古代ローマの遺跡を眺めるような感慨を覚えつつ、しばし呆然と立ち尽くすことを強いられた。

 ループ線の終わりが再び道路と並ぶのを認めて、ボクは斜面を下って南進を再開した。三十分ほど進めば、徐々に前方に見える空の面積が広くなってきて、深く切れ込んだ谷間の出口が近いことに気づく。ちらちらと背の高い建物が見えるようになって、街の規模はボクの暮らすサメーダンよりもずっと大きく、密度はまるで州都クールのようだ。

 

 だが、やはり人気(ひとけ)はまったくない。

 時折谷を吹き抜ける風が金具か何かを揺らして立てる、乾いた音が響くのみ。

 

 谷の出口に至ると、驚いたことに線路が道路の中に入って来た。道幅は幹線道路のそれだが、片方の車線の中央を、踏み面が道路面と同じに揃えられた線路が通っている。これいったい、往時はどうやって運用していたんだろう、と面白可笑しく思いつつ、ボクはそのまま建物の密度が高くなる方向へと進んでいった。

 呆れたことに道路と線路はそのまま街の広場のようなところに入って行って、そこには優に50mほどの高さのある鐘楼を備えた教会堂まで建っていて、線路はその目前で急カーブを(えが)いている。

 ともかく、線路の行きつく先まで行ってみよう、と、そのまま進めば、やがて線路は再び道路から離れ、ボクは線路の上を歩き続けた。二十分もしないうちに突端駅が見えてきて、ここが目指す終着点であることに気づく。歩いてきた線路の一番奥には、大きな排雪板(スノープラウ)を履いた小型の電気機関車の残骸が遺されていた。

 プラットホームに残る駅名標を見れば、Tirano(ティラーノ)とある。素直に考えればこれがこの廃墟の街の名前なのだろう。ボクの語感としては、暴君(ティラン)の街、に見えて何だか居心地が悪い。

 

 一方でボクは、馬鹿げた考えだ、と自身思いつつも、本当にそうなんじゃないかと疑ってもいた。

 と言うのも、あまりに粗雑なので頭に入ってこないものの、ここに至るまでに見て来た街並み、グラウビュンデンのそれとさほど違いはないが明らかにより古風で端正に見える建物の大半が、ことごとくスプレー缶か何かで吹き付けられたサイケデリックな色合いの落書き(グラフィティ)で埋め尽くされていたからだ。

 恐ろしいことに、線路が貫いた広場に威容を誇っていた千年級の教会堂ですらその壁面は落書きだらけだった。ボク自身は決して信心深い人間ではないが、それでも教会の壁に落書きをするなんてのは想像の埒外の行為だ。失われたこの街の住民たちは、(みな)、神をも恐れぬ暴君だったのだろうか?

 

 元々は誰かの住居だった建物を無断借用するよりは心が痛まないことを理由に、ボクはティラーノ駅の駅舎を当地探索の間の基地にすることにした。扉は施錠されておらず容易に開いたが、取っ手をひくと片方の扉の蝶番が外れて、ガタンッ、と大きな音を立てて斜めになってしまった。

 飛び出しそうになった心臓を落ち着かせつつ外れかけた扉を固定し、ボクは中に入ってみた。内部は乱雑に紙くずや調度品が転がってはいるが雨風を凌ぐには十分そうで、そして内壁もまた落書きに埋め尽くされていた。

 元はソファーの一部だったように見えるマットレスの埃を払って一旦腰を下ろし、その落書きを眺めてみる。落書きは、ラーゴ・ビアンコがそうであるような古い言葉で書かれていて、微妙にボクの知る語彙とは綴りに違いがある。が、部分的に意味は読み取れなくもない。

 最初に目についたのはこれだ。

 

 DEPORTAZIONE SPAZIALE? NO!

 

 ボクの感覚としては古老の言葉のような印象を受けるが意味するところはわかる。

 

「宇宙へ強制連行?真っ平御免だ!」

 

と落書きが言っていることに気づいて、ボクは無意識の内に大きく目を見開(みひら)いた。

 

 あまり強く意識し過ぎると返って意思が鈍るのではないかと恐れて、ここまで敢えて明文化を避けていたように思うのだが、ボクをこの無謀な旅へ(いざな)ったのは、この世界、ボクの暮らすグラウビュンデン文化保護州と地球連邦、ラグランジュ点に浮かぶ第二の人類の故郷スペースコロニー、月の裏側に興ったジオン公国による地球侵略の試み、という、父さんもギエリもペイデルもドゥーリも極々当たり前に受け入れている大前提すべてに、本当にそうなのか、と疑いを(いだ)いてしまったからだった。

 正直なところ、不文律として禁忌とされているところの州境越えを試みたとて、それで何が知れるわけでなし、と思っていなかったわけではない。それでもボクは、自分の知る、知ったつもりになっている世界の外側を、自分自身の目で確認する、という衝動に抗うことができなかった。

 

 そして今、ボクは廃線の末端、誰もいなくなった街の廃墟でこの落書きを見ている。

 

 目論見が当たった、という興奮と、いや即断はまだ早い、という鎮静が、ほぼ同時にボクの脳内を渦巻いた。

 端々が経年で掠れつつも読み取ることが叶うこの落書きは、大雑把に百年くらい前、ここに宇宙への移民に対して異議を唱えていた人がいたことを(あか)ししている。そこは間違いない。が、それがボクが知る世界が知るままの世界である全証明になるわけではないこともこれまた事実だ。

 学校の教科書は宇宙移民の歴史について、様々な苦難を乗り越えつつも平和裏に進んだ人類史上最大のプロジェクトである、と手放しに称賛している。直感的にボクは、それはあくまでも大人の建前であって、実際には嫌々従った人も少なからずいたに違いない、と考えてきたが、それは主に自分自身の愛郷心からの類推であってそれ以外に根拠のある考えではなかった。この落書きは、ボクの想像が決して的外れではなかったことを示しているのだろう。

 

 が、だからといって。

 それでボクの考えが全面的に正しいことにはならないはずだ。

 

 ボクは嵩張る荷物は駅舎に残し、最小限の食糧と水を携帯して周辺の探索に歩いた。

 駅の北側に出れば件の教会堂から続いて来たと見える大通りがあって、地階に商業施設の入った集合住宅が立ち並んでいる。もちろん人気(ひとけ)はまったくなく、ただ時折吹き抜ける風の音だけが薄気味悪い。

 駅舎もそうだったが、ほとんどの建物ではガラス越しに調度品の(たぐい)が見えている。教科書が告げる通りこの街の住人もいずれかのスペースコロニーに移住したのだとして……願わくはその行き先がジオン公国が地球に落としたコロニーでなければよいのだが……宇宙往還機のペイロードは限定的だったろうから、移民たちが帯同できた荷物は極僅かだったはずだ。ほとんどの家財はそのままここに残され、朽ちるに任されているものなのだろう。

 若干の様式の差こそあれ、街並み自体はサメーダンのそれと大きく変わるものではないので、自然とボクの関心はそこに遺された落書きへと向かった。

 

 VIA DALLA(出て行けと?) NOSTRA TERRA(オレたちの土地から)

 

 ほぼボクの母語と同じなので意味も取り違えていないはずだが、大半は最初に目に留まったそれと同様、当地から強制的にスペースコロニーへと向かわされることに異議を唱えるものだったが、一つ一つを詳しく見ていくと、少なからず違和感のあるものも見つかる。

 

 NON FARTI FOTTERE!

 

 古風な卑語に見えるがボクにはそこに込めた思いまではわからない。異議を唱えてはみたものの、全体の流れには抗うことが叶わず、遣る瀬無い思いをぶつけたものだろうか。

 

 BUGIE! COMPLOTTO!

 

 ボクの理解が正しければこれは、嘘だ、まやかしだ、陰謀だ、といった意味になるはずだが、宇宙移民に反対した人たちはその先に輝かしい未来が待っている、という当局の宣伝にこのように抗議したのだろうか。

 

 GENOCIDIO(虐殺)! ALLE ARMI(武器を取れ)

 

 ここまでくるといささか剣呑だ。もちろん一部の跳ね返りが過激な表現を弄んだだけなのかも知れないが、公式の歴史が語るところの平和裏に進む宇宙移民事業、とはかけ離れた印象を醸す言葉も散見される。共通するニュアンスは、不信、懐疑、謀略。

 

 これ……今のボク自身の思いと、何が違うんだ?

 

 一通り歩き回って市街を埋め尽くす言葉に込められた怨念のようなものにすっかり当てられてしまったボクは、眩暈を覚えて寝床に定めた駅舎へ戻り味気ない食事を摂った。

 

 帰路のことを考えれば、ここでの探索に使える日数は長くてもあと三日。その限られた時間の中で、ボクは何かを見つけることができるのだろうか。そもそもボクは、何を求めているのだろう。何を発見すれば、ボクは納得してグラウビュンデンへ帰ることが叶うのだろう。

 

 そんなことを考えているうちに、ボクは寝袋の中で眠りに落ちていた。

 

 

                    *

 

 

 それはまさに、霊感、としか言いようのないものだったように思う。

 

 駅周辺を一通り歩き終えたボクは、東西に走る川を渡って街の繁華街らしき区画へと探索範囲を広げた。幾らかの建物の中に若干の後ろめたさを覚えつつも侵入してみたが、見つかるのはある日突然住人を失った生活の痕跡のみで、他には変わらず壁を埋め尽くす不信、懐疑、謀略の言葉だけ。

 この街の人々も、ボクがそうであるように、何が本当のことなのか確信が持てないままに宇宙移民事業へ呑み込まれていったのだろうか。彼らがそうであるように、ボクもまた何もわからないままに生きていくしかないのだろうか、と半ば諦念を(いだ)きつつあったそのとき。

 

 ボクはいつぞやのように……

 眉間に稲妻が走る錯覚を覚えた!

 

 それは、大通りから折れて裏道へ入る何の変哲もない細い路地だったのだが、何故かボクはそこに強く惹かれるものを感じ、ふらふらとそこに入って行った。左右に地階を貸店舗にしている集合住宅が並んでいて、居並ぶ店々は、パン屋や肉屋のような日常的に人々が訪れるものではなく、古着屋や小間物細工店のような、特別に用事のある人だけがやって来る、そんな雰囲気の通りだ。

 どうして自分がここに引き寄せられたのかわからないまま、ボクは虚しい廃墟のウィンドウショッピングをしていたのだが、これまた特に何の特徴もない大きな一枚ガラスのショーウィンドウのある店の前で思わず足を止めた。

 

 FUMETTERIA(フメッテリア)……って、何だ?

 

 ショーウィンドウの上に大きく目立つ丸いデザイン文字で書かれたそれが、この店の商いを示していることは語尾からわかる。が、語頭の原形FUMOは、ボクの理解としてはふわりと漂う小さな煙のことだ。なので、言葉のままに信じればこれは『煙屋(けむりや)』ということになるが、そんな商売があろうはずもない。

 いったい何を売っていた店なのだろう、とショーウィンドウを覗き込んでみれば、往時は身目麗しく並べ飾られていたのであろう一見して何だかわからないガラクタが雑然と散らばっていたのだが、その中に一際目を引く人形?……があった。

 それは人型をしてはいるが人間ではなく、甲冑のような顔の左右に雄牛のような太い角が二本ずつ突き出る不思議な造形をしていた。光沢からして素材は金属、手足は円柱状でほぼ一様の太さ。両肩に可動部があるようで両腕が振り上げられており、先端の模式的な握りこぶしに何やら得物が通されているのだが、三日月状の刃物が長柄の両端に備わった著しく実用性を欠く形状をしている。

 

 興味を惹かれたボクは、その店の扉に手を掛けてみた。幸か不幸か施錠はされておらず容易に侵入が叶った。途端に黴臭い饐えた匂いが鼻をツン、と刺激する。

 何が煙なのかはわからないままながら、てっきり店外から見出した不思議な意匠の人形のようなものが並んでいると思って踏み入れてみれば、商材の大半は書籍であったようだ。水気の浸入があったようでその多くは朽ち果てこの鼻をつく匂いを生み出している。

 辛うじて形を保っているように見える一冊を手に取って、開くことが叶う頁をめくってみれば、そこには文字ではなく絵が描かれていた。無闇に精密で、一見写実的だが実際には対象の印象だけを強調する線画。どの頁も枠で仕切られた中に同じような絵が連なっていて、図鑑でもなく絵本でもなく、ボクにはまったく見覚えのないこれまた不思議な本だ。これが煙……なのだろうか。

 

 不意にボクは、店の奥に倉庫と思しき小部屋へとつながる扉が半開きになっているのに気付いた。(そと)の日差しが差し込む店内とは違って、窓を欠くらしいそこは真っ暗だ。やはり何かに誘われるように、ボクは念の為に持ち歩いていたライトを取り出し、まだ充電があることを確認した上で倉庫へと足を踏み入れた。

 たちまちに、ぐにゃり、と嫌な感覚が足元にあって、慌てて照らし出してみれば、やはり水気の浸入で朽ちたと見える紙箱をボクは踏みつけたようで、中から、ショーウィンドウにあったのと同じような、でありながら意匠は随分と違い、素材も金属ではなくやわらかい何かで出来た人形がはみ出していた。

 どうやらこの倉庫は、こういった商材を保管していた区画であるらしい。おそらくは、ショーウィンドウに飾られたものも含めこれらは書籍に比して高価、かつ希少で、客の要望に応じて店主がここから持ち出して商談したものなのだろう。

 何気なくボクは倉庫の奥へライトを向けて探ってみる。すると、崩れて朽ちた紙箱の山の中に、キラリ、と反射するものがあった。やはりボクは深い考えもなく歩み寄って、やたらと精巧な彩色絵が施されていたらしい箱の残骸の中から光を反射したものを取り出してみる。

 

「何なんだ……これ?」

 

 ラーゴ・ビアンコ手前で挨拶を交わした老羊飼いを最後にしばらく誰とも会話していなかったボクであったが、思わず言葉が漏れた。

 それは見たことがない透明な、それでいてとても丈夫な袋に封入された何か細かい部品だった。密封がしっかりされているので紙箱のように朽ちることを免れたらしい。

 

 やはりボクは、何となくそれを顔に近づけてライトで照らしてみる。

 

 長方形の袋の中には、その長方形よりも一回り小さい棒状の枠で囲まれた、無暗に精巧で(こま)かい部品が何層にも重なって収められている。それぞれの部品は枠とつながっていて、ここから切り離して何かを組み立てるものであるらしい。それぞれの部品は数種の緑、灰、黒と彩り鮮やかだ。一番(そこ)には組み立て手順書か何かだろうか、色刷りの紙片が収められている。

 

 そして。

 

「……えっ!」

 

 ボクは、ライトの頼りない(あか)りに照らし出されたものに我が目を疑って驚きの声を漏らしてしまった。

 改めて袋にこびりついた汚れを払い、心を落ち着かせて問題の部分に注目してみる。

 

 ……間違いない。

 が、いったいぜんたい、これはどういうことなんだ?

 

 ライトが浮かび上がらせボクを困惑させるそれ。

 

 ヘルメットのような丸顔。

 水平方向に穿たれたスリット。

 口のようにも見える排気口。

 

 それは見紛う余地なく。

 ジオン公国のモビルスーツ、ザクの顔、そのものだったのだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。