Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第10話:正直者は何を見るか?

2020.04.01 17:40 UTC(内部時刻:第三日・午後) / ランサー領・上層階 / 視点:アルヴェイル

 

「あれ? 珍しいな、お前がこっちに来るなんて」

「へへへ……たまには息抜きも必要ってやつですよ」

「そういうものなのか」

 

 いつもの初等部に混じる、灰色の影。

 今回の授業には、ダルグレインも参加していた。

 

「初日に思い知らされましたが、あっしに高等部の授業は難しかったのでね……アルヴェイルさんと同じく、初等部から地道に頑張らせてもらいますよ」

 彼はそう言うが、「対話」の時を始め、なにかとダルグレインの言葉からは頭の良さを感じる時がある。

 

「ダルグレインなら、いきなり中等部でもいけると思うけどなぁ」

「いやいや。自然での生き方と“社会”の学びってのは、全く別物でしてね。地頭だけじゃどうにもなりませんよ、ええ」

「そうなのか」

 

 教師役のナーガが、こちらの会話に小さく頷きながら微笑んでいた。

「君の名前はダルグレインと言うんだね。謙虚なのは良いことです。でも、そろそろ授業を始めるから一旦私語は控えてね」

「へ、へへーっ! すいやせんでした!」

「そ、そんな怒ったりしてないから……」

 

 ナーガは少し引き気味だったが、気を取り直すように教科書を開いた。

 ちなみに、セイバーは霊体化して少し離れた場所にいる。

 

「さて、今回のテーマは“嘘”についてだ。皆は、嘘とは何だか知っているかな?」

 俺を含め、ほとんどの参加者が首を傾げ、顔を見合わせる。はて、一体何だろう。

 

「ダルグレイン君は知っていそうな顔をしているね。どうかな?」

 ナーガに言われ、ダルグレインは慌て始めた。

「い、いやあ……なんとなく理解はしてるつもりなんですが、説明となると難しくって」

「うん、その気持ちはよくわかる。ちょっと意地悪な質問だったかもしれないね。では、順番に説明していこう」

 

 ナーガの教師が説明を始める。

「例えば、私が君たち全員に一つずつ食べ物を配るとする。

その時……そうだね、アルヴェイル君がお腹を空かせていて、配られたものを素早く食べてしまったとしよう。そのうえで『まだ貰ってない』と言ったら、私は『あれ? 渡し忘れたかな』と思って、もう一つあげてしまうかもしれないよね。

でも実際には、もう一つ貰っているわけだから、それは“本当ではないことを、知っていて言った”ことになる。

これを、社会では“嘘”と呼ぶんだ」

 

 ……なる、ほど。

 それでもう一つ食べ物を貰えれば嬉しいが、そういうわけにもいかないだろうな。

 

「もし、食べ物の数が少ない時こういった“嘘”を言う子がいたら、どうかな。その子が嘘をついて二つ貰った分、他の誰かが一つも貰えないかもしれない。それは、自分になるかもしれないし、大切な友達かもしれない。だから、社会において嘘は“良くないもの”とされるんだよ」

 教室の皆がざわめく。どうやら、「嘘」がどういうものなのかが伝わったようだ。

 

「と、ここで話を終えてもいいんだけど」

 

 ナーガの言葉に、ざわめきが止まる。

「物事の一つの面だけを見るのは、この国の理念としてはちょっと良くないからね。難しくなるけど、もう少し話を続けるよ」

 

 その時、ダルグレインから「ほう」という呟きと、少し顔つきの変化が見えた気がした。

 

「皆がこれまで自然で生きてきた中にも、“嘘”に近しい事柄がある。

例えば――カメレオンという動物は、自分の体の色を周囲に合わせて姿を隠すことができる。

ハナカマキリという虫は、花にそっくりな姿をして、油断した虫を捕まえて食べる。

トラカミキリという甲虫は、毒を持つアシナガバチに似た色や模様を持っていて、毒があると敵を勘違いさせて身を守る。

こういった行為を“擬態”と呼ぶんだ。これも、ある意味では『相手を騙して得をする』行動――つまり、“嘘”に近いよね?」

 

 再び教室がざわつく。どうやら、似たようなものを見たことがある生徒は多かったようだ。

 ナーガの教師は続けた。

 

「ただし、これらの擬態は、元から体に備わった仕組みによる“生理的反応”なんだ。つまり『相手の気持ちを考えてそうしているわけじゃない』。そうなるように、勝手に体が動いてるわけだね。

でも――さっきの“食べ物の嘘”は違う。

『どうしたら食べ物をもう一つ貰えるか』を考えて、『相手がどう思い、どう勘違いするか』を読んで、それに合わせて言葉や行動を選ぶ。

つまり――嘘っていうのは、相手の心を使って、自分が得するように動くことなんだ」

 

 話を聞いて、数名の生徒が反応する。

 じゃあ、「擬態」も嘘と同じく悪いことなのかと。

 良い質問だ、とナーガは優しく頷き、話を続けた。

 

「勿論違う。大前提として、そもそも自然には良いも悪いも無い。嘘や信頼に似た行動や関係性はあっても、それらは全て“生きるための行動”だ。自分や種の存続のための戦術には、卑怯も悪意もありはしない。ただ、上手くいくか失敗するか。生きるか死ぬか。結果がすべてなんだ。上手くいった者が生き残り続けて、今があるんだ。

では――何故、社会の中で“嘘は悪い”とされるのか」

 

 ナーガは一度区切り、再び口を開いた。

 

「それは、嘘には力があるから。

自然における“擬態”の効果を見ればわかる通り、欺くことは生きるために有効な戦略だ。誰かが騙されてくれた分、自分がより多く得するからね。

でも、社会において誰も彼もが嘘をつき、ルールを破って相手を誤魔化したり騙そうと考えていたらどうなると思う?そんな中では、全く安心することができないよね。

協力し、互いに手を取り合うには、相手が自分に嘘をつかず、傷つけるつもりが無いと信頼しなければならない。バラバラにならず、皆で力を合わせてより多くの力を引き出すからこそ、社会には意味がある。だから、嘘は良くないと言われるんだよ」

 

 なるほど……なるほど。

 少し理解できた気がするが、俺には結構難しい。

 同じように思った生徒は少なくなかったようで、一旦休憩時間となった。

 

「うーん、ダルグレインはどうだった?」

「え、あっしですかい? まあ、先生がいいですからねえ。楽しく学ばせてもらってますよ。頭ごなしに駄目だから駄目、というよりは余程説得力がありますぜ」

 ダルグレインは相変わらずの笑みを浮かべていたが、その目には「知性」って感じの光が見えるようだった。

 せっかくなので、俺はさっきの授業で分からなかったことを話してみた。

 

「途中で“擬態”? の話が出てただろ。俺、そういうの全く見た覚えがなくてさ……よく分からなかったんだよな」

「あー……確かアルヴェイルさんの出身は南極でしたよね。確かにそうかもしれやせんねえ。そもそも生物が少ないし、喰う喰われるはスピードの勝負ですからねえ」

 

「……南極がどんな場所か知ってるのか、ダルグレイン?」

 突如、セイバーが霊体化を解除して話しかけてきた。

 驚いたのか、ダルグレインはその場で高く跳び上がる。

 

「ひ、ひいっ! セイバーの旦那でしたか! お、驚かせないでくだせぇ……」

「ああすまねえ、そんなつもりはなかったんだがな……ただ、お前さんがどうして南極のことを知ってるのか気になってよ。普通に生きてりゃ、そんな機会は無いはずだろ?」

 

 言われてみれば、セイバーの疑問はもっともだ。

 南極の白い建物……あそこにあった「地図」を見て知ったが、俺が生まれ育った南極という所は、他の島と全く繋がっていなかった。

 島と島の距離も、果てしなく遠い。ダルグレインのような、寒い海を泳げない生き物が辿り着けるはずもない。

 

「へへ……まあ、ちょっとした因縁がありまして。あまり思い出したくはない過去なんですが……疑われるのも嫌なんで話しておきましょう。

――実はあっし、昔は魔術師に飼われていたんですよ」

「……何だと?」

 セイバーが眉をひそめた。

 

「と言っても、そこまで大したことじゃありません。その魔術師、大の機械嫌いでしてね。魔術師にはよくある話でしょう? それで、氷雪の上を移動する際には犬ぞりを用いてたんですよ。

しかも、目立ちたがり屋だったもんで、普通の犬じゃつまらないと、オオカミを何頭か混ぜて使ってた。――あっしも、その中の一匹だったってわけです。

後で聞いた話じゃあ、感染症の影響を防ぐために条約で南極への外来生物の持ち込みは禁じられているってのに……まあ、魔術師は規則よりも自分のこだわりを優先する連中ですからね」

 

「それで、南極にも行ったことがあったのか」

「そういうことです、セイバーの旦那。その後あっしらは檻に入れられた状態で日本という国の拠点にまで移されたんですが、どうも魔術師がその間に死んじまったらしくてですね」

「おいおい、そりゃ不味くねぇか」

 

 セイバーの驚いた声に、ダルグレインは頷いて続けた。

「勿論不味いです。あっしらは檻から出られなくなっちまった。しかし、飢えたために体がやせ細りましてね。それで檻をすり抜けて、脱出に成功したって訳です。

その後は、魔術の縁でキャスターと出会って今に至る……という感じで。キャスターは頭が良くてですねえ、あっしが知りたいことがあれば何でも教えてくれました。南極の知識もその時に……ですね」

「そっか……大変だったんだな、ダルグレイン」

 彼の語った過去に、思わずため息が漏れた。

 

 俺たちもヒナの頃は海に出られず、親が持ち帰る食べ物をじっと待つしかなかった。それが途切れれば、大変なことになる。

 なので、彼のようなひもじさや苦しみは経験しているし、想像が付く。

「だからこそ、ランサーの作ろうとしている国の考えに一定の理解はできるんでさぁ。独りじゃあ飢えりゃそのままおしまいですが、社会の中じゃ他の誰かが助けてくれるかもしれない。そしてそれは、信頼が無ければ成り立たない関係だ。よくできた授業ですよ」

 ダルグレインがそう言ったところで、授業は再開となった。

 セイバーは再び霊体化し、距離を取る。

 

 

 再開した授業でナーガの教師が紹介したのは、「嘘も方便」という言葉だった。

 昔の人間が残した言葉で、「時には嘘をつくことも、物事をうまく運ぶためには許される」という意味らしい。

 

「“方便”とは、手段・方法のこと。目的のためには、相手や状況に合わせた手段をとることも必要……ということだね。例えば『法華経』(ほけきょう)には、こんな話がある」

 

 昔、老人と子供たちの住んでいる家が火事になった。

 老人は急いで外に逃げ出したが、子供たちは家の中で遊んで逃げようとしない。

 彼らは火事が起きたことも、火事の恐ろしさも知らない。老人が何度も逃げるように言っても、子供たちは耳を貸そうとしなかった。

 

 そこで老人は、こう言った。

「外には、お前たちの大好きなものがあるよ」と。

 ――勿論、それは嘘だった。

 だが、その一言につられて子供たちは走り出し、結果的に外に逃げ出すことができた。

 

「つまり、老人の嘘によって子供たちは助かった。これもまた、嘘の持つ力の一つだね。状況次第で、正直以上に人を助けることがあるわけだ。

……でも、子供たちは助かったが、火事の怖さをちゃんと理解できたかは分からない。外に出てきて『何も無いじゃないか』と思えば、老人への信頼は失われるかもしれない。

つまり、嘘には“命を救う力”があると同時に、“信頼を損なう危険”も常に背負っているということだよ」

 

 確かに、まったく嘘をつかなければ、その危険はない。

 信頼も裏切らない。

 でも、さっきの例で正直だけを貫いていたら――

 

「この話の教訓は、『正直であることが、常に良い結果に繋がるとは限らない』ってことだ。時には嘘をつくこと、ぼかすこと、あえて言わないことが正解になることもある。

ただ、それが『利己的な嘘』……つまり『自分が良い思いをするだけの嘘』では無い方がいいとは思うけどね。

それに、正直に生きたいと自分が思っても、他の誰かに嘘をつかれることもある。

そんな時は、ただ信じるだけでなく、相手の言葉が嘘か本当かを見極める力も必要になる。

その嘘が、何故つかれたのかを考えることも、大切だね。

そして何より――自分や相手が、どうしても嘘をつかなければならない時もあるかもしれない。

悪いことをしてしまったと思ったら、素直に謝るのも大切なことだよ」

 

 その言葉で授業を終えた後、ナーガの教師は最後に一つの「課題」を出した。

 

「ある者は、どんな時でも正直だった。嘘をつかず、言いたくないことも包み隠さず語った。

一方、ある者は時に嘘をついた。仲間を守るために。あるいは、自分が有利になるために。

――さて。二者のうち、最終的に“大きな得”をしたのはどちらだと思う?」

 

 その瞬間、教室が今日一番のざわめきに包まれた。

 

「この問題に、正しい答えはない。私にも、常にきちんと答えられる自信はない。だからこそ、皆に考えてみてほしいんだ」

 

 

「だ、駄目だ……俺には決められない……」

 

 しばらく悩んでみたけど、どちらが「良い」のかなんて決められなかった。

 そりゃ、正直な方が普通はいいと思った。嘘をつくのもつかれるのも、いい気持ちはしない。

 でも、あの「火事」の話を聞くと――全く嘘を言わないことの怖さに震えてしまう。

 

 何せ、俺はこれまで「火」をずっと知らなかった。

 セイバーやライダーの戦いの中で、彼らが吐いた炎――あれが、俺の人生で初めて見た火だった。

 セイバー曰く、「森や山の中では、雷や乾燥が原因で火災が発生することがある」という。

 そこで生きる者たちは、誰かに教えられるわけでもなく、体に染みついた知識で火の怖さを知っているから逃げることができる。

 

 でも、基本的に南極では「燃えるものがそもそも無い」。

 火が燃え広がる原因になる「植物」というものも初めて見たくらいだ。

 火の危険性を知ることも、伝えることもできない。

 

 もし、そんな中で本当に火事に遭ったとしたら――

 熱や煙に「変だ」とは思うかもしれないけど、火の怖さなんて気づかないまま、仲間と一緒に巻き込まれていたかもしれない。

 

「ずいぶん悩んでやすねぇ、アルヴェイルさん。まあ、さもありなんって感じですが。実際どうだったかなんて、最期まで生きてみなきゃ分からないですしねぇ」

「うーん……正直よく分からないけど、そうなんだろうな。本当、分からないことだらけだよ」

 俺がため息をつくと、ダルグレインは少し考えてから口を開いた。

 

「せっかくなので、あっしの考えを二つほど紹介しますよ。自分だけで考え込むより、色んな考えを参考にしたほうが良いかもしれませんぜ」

 確かに、それはそうかもしれない。

 

「すまない、頼む」

「へへへ……勿論です。まず一つ目は、世の中真っ直ぐなだけじゃどうにもならねぇこともあるってことです。正直に生きられることは美徳でしょう。しかしまあ、それを最期まで貫き通せるのは肉体的・精神的にも強靭な、恵まれた奴だけです。

大概の生物はそうじゃない。正直を貫き通す前にどっかで折れて死んじまうでしょう。つまり、そもそも加点法で考えるなら――10年正直に生きた奴と嘘もついて30年生きた奴じゃ、どっちが上かなんて考えるまでもないじゃないですか」

 

 ……それはそうなのかもしれない。

 俺が話を飲み込むのを待ってから、ダルグレインは話を続けた。

 

「二つ目ですが……“類は友を呼ぶ”、という言葉があります。似たもの同士は自然と集まるって意味です。

つまり、今回の話なら――正直な者には正直な仲間が。嘘を使う者には、同じような仲間が集まることになるでしょう。

そして、それぞれがどういう仲間と生きたか。それも、“良い生”だったかどうかを決めるひとつの基準になるんじゃないですかねえ」

 

 

 ダルグレインは話を終えると、再び調査に向かっていった。

 やっぱり、彼の賢さは「初等部」には相応しくない気がする。

 考え方もしっかりしてるし、話し方にも迷いがない。

 きっとすぐにでも「高等部」でやっていけるくらいだろう。

 

 そう思っていた俺の隣で、セイバーが霊体化を解除して現れた。

 ……何だか、少し難しそうな顔をしている。

 

「いやァ……何というか、普通マスターくらいの賢さが平均のはずだよなあ、と思いやして。パラニールは学習を重ねた結果だとしても、レゼフィルとダルグレインは……ちと賢すぎる気がするんですよね……」

「え、それって何か問題があるのか?」

 

「……無いと言い切るのも、ちょいと不用心な気がしましてね。さっきの授業の話に通じるんですがね――どれだけ自分が正直であろうとしても、他人が嘘をつかないとは限らない。

それどころか、“正直者”ってのは、嘘や裏切りの的になりやすいもんです。気づけば真っ先に損をする立場にいることも多い。それが……ダルグレインが言っていた“寿命の短さ”ってやつの、もう一つの意味かもしれません」

「お、おう……」

 

 彼の言葉は、どうにも重かった。

 そして――その意味を理解するのは、まだ先の話である。

 









恐らくこの二次創作小説をここまで読んでくれている方ならご存じかと思いますが、Fateにおける清姫といえば「善意の嘘」すら許さない、とにかく嘘つきは燃やすガールなバーサーカーです。

ところで『道成寺縁起』などで語られる『安珍清姫伝説』においては、清姫が蛇になって安珍を焼き殺して終わり……という怪異譚ではなく「その後畜生道に落ち、蛇に転生した二人が、最終的に法華経の功徳によって成仏・救済される」という「法華経のありがたさを伝えるための話」となっているのです。

……今回の話で、ナーガの教師が紹介した説話の出典がどこか覚えているでしょうか?
そうです、法華経です。

「三車火宅の喩え」といい、父が燃える家から子どもたちを救うために、羊車・鹿車・牛車があるぞと誘い出す……という、ともかく「嘘も方便」的な説話なんですね。
しかも、最終的には「より優れた大白牛車」を与えるという。

つまり、安珍的な「自己弁護のために誰かを傷つける嘘」ではない、誰かを助けたり導くためのプラスの嘘。

かつて清姫を救ったはずの法華経ですら、サーヴァントとしての清姫を救うことはできないんです。かなしみ……
全国のマスター(安珍様)は、どうか彼女を悲しませぬよう。
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