Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第11話:七界を統べし者

2020.04.01 18:30 UTC(内部時刻:第四日・午前) / ランサー領・上層階 / 視点:セイバー

 

 ……ワシは聖杯戦争とはもっと凄惨な殺し合いの連続だと考えていたのだが、どこかに認識の齟齬があったのだろうか?

 

 ワシとマスターは、今日もナーガたちの「学校」へと向かっていた。

 マスターは、いたく学校が気に入ったらしい。

 というより、「多人数で一緒にいること」を求めているのかもしれない。

 マスターがサーヴァントの記憶を夢として見ることがあるように、サーヴァントもマスターの記憶を垣間見ることがある。

 

 マスター……アルヴェイルにとって、特に深く刻まれていた記憶は二つあった。

 一つは、どこか自分たちと似た「巨大な二足歩行する者たち」――

 船から降りてきた、南極観測隊との交流の記憶。

 マスターは常に群れの外縁に立ち、仲間を守ろうとする習性を持っていた。

 だからこそ、群れを脅かすかもしれないその「巨人たち」に対し、警戒と少しの好奇心を抱いて近付いていったのだ。

 

 だが、人間たちはペンギンたちを害することはせず、むしろ手に持っていた魚を与えてきた。

 ……コウテイペンギンたちにとって、食料の確保というのは何よりも重要な事項だ。

 特に繁殖期、その重要性は極まる。

 彼らは海から上がり50km以上も歩き続け、比較的安全な繁殖地を目指す。

 メスは産卵後、食料を得るため再び長い時間をかけて海を目指す。

 その間、オスは氷の上で卵を抱え、60日以上も絶食しながらメスの帰還を待つのだ。

 やがてメスが戻り、ヒナに餌を与えると、今度はオスが海を目指す。

 この「交代」によってオスの絶食期間は、合計で120日を超えることもある。

 その状態での狩りに、失敗は許されない。

 しかも、海中には彼らよりも速く泳ぐアザラシやシャチがペンギンを狙って待ち構えている。

 そんな彼らが突然、無償で食料を与えられたとしたら。

 その喜びがどれほどのものだったかは、想像に難くない。

 過酷極まる殺伐とした南極における、人間たちとの交流。

 見返りを求めない、純粋な善意。

 その記憶は、マスターにとって快い刺激として残ったのだ。

 

 そして、もう一つ。

 ――それは、マスターが自身の家族と群れを喪った時の記憶だった。

 いちペンギンには、何が起こったのか理解できなかったのだろう。

 強いトラウマ故、記憶の景色には霞がかかっている部分も多い。

 

 だが、ワシが見る分には分かることもある。

 それは、人為的な複数の「巨大な魔力の爆発」だった。

 南極にあった、破壊された白いドーム状の施設。

 「聖杯戦争を観測する装置」なんてものが残されていたことから、魔術師があの南極という地に深く関わっていることは火を見るよりも明らかだった。

 そして「破壊されていた」ということは、それと敵対する魔術師がいたのだとも想像がつく。

 マスターたちは、魔術師同士の戦いに巻き込まれたのだ。

 

 コウテイペンギンは寒さと外敵から自分たちと大切な雛を守るため、互いに密集して数百から数千、大きいものでは数万羽での「コロニー」を作る。

 狩りにおいても群れ単位で連動して行動し、単独行動は滅多に行わない。

 全てのペンギンが同期して行動することで、捕食者も「全てを狩ることはできない」。一部は生き残れる、という戦術なのだ。

 

 だが――「巨大な爆発」という異常事態においては、それが裏目に出てしまった。

 密集していたがために、ほぼ全ての命が一瞬で散ってしまったのだ。

 

 そして、例外となったのがアルヴェイルだった。

 彼は「群れを守る」という意識から、常に群れの最も外に位置していた。

 吹雪や天敵の視線が、最も突き刺さる位置に。

 そのことが、皮肉にも彼を爆発の範囲の外へと導いたのだ。

 衝撃波に吹き飛ばされ、砕けた氷の縁を滑り――

 氷の裂け目から、爆風の届かない海に落ちた。

 結果として、マスターはただ一羽生き残ることになった。

 家族も、仲間も、すべてを失い……

 彼は、独りとなった。

 

 ……このことは、マスターには伝えていない。

 伝えるとすれば、どうするべきかも悩んでいる。

 言わば、マスターもまた「人間という種による被害者」だからだ。

 ダルグレインが言っていた、「人間の手によって絶滅したオオカミたち」と同じように。

 

 サーヴァントたるワシがそれについてどうこう言うつもりはないが、「議論」における彼の言葉がどうにも心に残っていたのは事実だった。

 聡明なアーチャーかランサーなら、どうするべきかすぐに分かるのかもしれないが……

 

 などと考えているうちに、「学校」のある階層に辿り着いた。

 

 

 だが、いつもなら騒がしいくらいの草原は静寂に包まれていた。

 動物たちは一匹もいない。

 ナーガたちの姿も……いや、一体だけいた。

 四本の腕を持つ、白いナーガが。

 確か、アーチャーが初日に「高等部の教壇に白いナーガの教師がいた」と言っていたか。

 彼は初等部の教壇に立ち、まるでワシらを待っていたかのようだった。

 

 ワシが警戒する中、マスターは気にせず藁の上に進む。

 変だなとは思っているようだが、まあそういうこともあるかと納得したらしい。

 ある意味剛胆と言うべきなのか、なんというか……

 

 白いナーガも、それを見て頷くと授業を始めてしまった。

 ……せっかくなので、ワシもマスターの隣で聞くことにする。

 

「……今回の授業は、“言語”についてだ。少し難しい話になるが、最後まで聞いて欲しい。

言語。言葉。人間のような“高度な知能を持つ生物”の特徴ではあるが、自然界においても“言語”は存在する。

アルヴェイル、君の“コウテイペンギン”という種族においてもそうだ。その声は同じではなく、それぞれ微妙に異なるピッチ、リズム、音の長さ、強調のパターンを持っているため、数千の群れの中でも雛は親の声を正確に聞き分けることができる。

加えて、頭を振る、胸を張る、翼を広げるなどのジェスチャーは特定のサインを意味する。……いわゆる人間の世界における“言葉”というものは無くとも、意思を伝えるための術は存在しているのだ」

 

 白いナーガは、黒板に複数のペンギンの図を描きながら続ける。

 

「ならば、“人間の使う言語”の違いとは何なのか。例を挙げていく。単語と文法による複雑な構造を持っていること。現在のことだけでなく、過去や未来のこと……愛や正義といった、“抽象的なこと”を表現できること。嘘や虚構……と言うと聞こえは悪いが、“想像上のこと”を話すことができること。そして何より、文字によって“意思を形として残すことができること”。

“人間の言語は、生物界において奇跡的に異常である”……そう言った言語学者もいた……」

 

 マスターは頑張って理解しようとしているが……これは、だいぶ難しい話だ。

 

「……そうだな。実際、難しい話をしている。だが、大事なのはここからだ。つまり、人間が言語を発達させたのは何のためか。発達の結果、どうすることができたか。……自然の動物たちの言語と比較すると、“人間のような高度に発達した言語”は自らの意志をより正確に、より修飾して伝えることができることが特徴と言える。

つまりそれは――より正確に、“私はあなたと戦いたくない”と言えるということだ。

……牙を剥いた獣の前で、“敵ではない”と伝えるには、牙を隠すだけでは足りないように」

 

 マスターが、感嘆の声を漏らす。確かに、その通りと言えた。

 

「単独での生存と戦いのためには、言語は最低限でいい。だが、“戦いたくない”、“共に生きたい”とするならば、そこには意思の伝達が重要となる。だから人間は言語を発達させた……私は、そう考えている。

勿論、“相手を傷つけるための言葉”というのは存在する。相手を煽る言葉、追い詰める言葉、引き裂く言葉。――だが私は、言葉とは本来『共に生きよう』と伝えるために生まれたものだと信じたい」

 

 マスターは、必死でナーガの言葉に追いつこうとしている。

 それでも「共に生きたいと伝えるために言葉がある」というのには、素直に頷いていた。

 更にナーガの教師は続ける。

 

「……次は、神話における言語の話だ。かつて、この世界にはたったひとつの言葉しか存在しなかったという。

すべての命が同じ音で通じ合い、理解し合い、誤解も争いもなかった。……だが彼らは現状に満足せず、“天まで届く塔”を建て始めた。塔の頂に神殿を建て、神が容易に降りられるようにと。

天上の神はそれを傲慢とみなし、言葉をバラバラにした。誰も、誰の言っていることも分からなくなった。そして塔は、完成しなくなった」

 

 その話は、ワシもよく知っている。寧ろ、ランサーよりもワシらのテクスチャ寄りの話だ。

 

「バベルの塔か。しかし、何故今その話を?」

「……先ほど言ったように、発達した言語の意味とは“争いを避けるため”だというのが私の仮説だ。しかし、そんな高度な言語を発達させた人類でさえ――相互理解を拒み、対立し、殺し合いをやめることはなかった。数年前、その全てが消えるまで。

バベルの塔が崩れる前の“統一された言語”さえあったならば、そうはならなかった……とも、ならないだろう。その言語が真に万能であるならば――カインがアベルを恨み、殺人の罪を犯すこともなかったはずだ。

だが、それは言語に意味がないということではない。言語はあくまで橋に過ぎず、万能の鍵ではない。それ一つで万事が解決する、というのは幻想に過ぎない。……だからこそ、我らは思考を止めてはならない。

我々は、常に問い続けねばならぬ」

 

 白いナーガ……いや、もはやその正体は明らかだろう。

 ランサー・ヴァースキはそう語り終えた。

 しかし、我がマスターはそれよりも気になったことがあるようだった。

 

「人類が……すべて消えたって、どういうことなんだ?」

 

 小さく、震える声。

 ――確かに、その通りではあった。

 マスター・アルヴェイルは、「人類」というものに対する知識があまりにも少なかった。

 勿論、それは別におかしくはない。南極とはそういう場所だからだ。

 この国で学びを深め、ワシやアーチャー、レゼフィルにダルグレイン、パラニールやランサーたちとの会話の中でようやく理解できてきたのだ。

 

 ……当然「人間が消滅した」場面に居合わせることはできないし、それを知ることもできない。これまでも南極以外は深い森の中とランサーの国という「人類の生活圏から離れた場所」にしか居なかった。

 ワシも、召喚時に聖杯によって与えられる知識からなんとなく世界の現状を知っていただけに過ぎない。

 確証を得たのはこの国に来てから、マスターが学校に行っている間にアーチャーたちと情報の交換をしてからだ。

 だからこそ、それを理解してしまったショックは大きかったのだろう。

 

 少し表情に影を落としつつ、ランサーは続ける。

 

「……原因は、3年前のある亜種聖杯戦争だ。その勝利者によって叶えられた願いにより、人類は消滅することになった。叶えられし願いは“地球環境の改善”……その結果、聖杯はもっとも地球を汚す原因と判断した人類への対処を行った……」

「い、いや待てランサー! 亜種聖杯戦争はかなり小規模な儀式のはず……何故そこまで大惨事になったんだ!?」

「……詳しくは吾にも分からないが、恐らくは当時召喚されていた英霊の影響だろう。あるいは、西暦2017年の抑止力に何かしらの変化があったのかもしれないが……この聖杯戦争に使われているのは“亜種”用ではない、穢れのない大聖杯だ。今回の戦いに影響はない。

いずれにせよ、“人類の消滅”という事象を解決するとすれば。――聖杯戦争に勝利し、聖杯に願うこと。それしかない」

 

 ランサーは、厳かにそう言い切った。

 ……しばらくの沈黙ののち、マスターはようやく口を開く。

 

「……俺、レゼフィルが言ってたことがようやく理解できた気がする。知恵を得るのは、喜びと悲しみをより知ること……だっけ。

新しいことを知るのは楽しかった。みんなと一緒に、落ち着いて何かをすることは楽しかった。

……でも、これは戦いなんだ。俺は、俺の願いを叶えるために……みんなと、戦わなければいけないんだ。それは……ランサーや、パラニールが頑張って作ったこの国を、台無しにするってことだろ。俺は……」

 

……マスターの口が、止まる。

 

「――俺、は……」

 

 怒りでも、悲しみでもない。名前のつけられない思いが、喉元で震えていた。

 その沈黙を断ち切るように――いや、受け止めるように。

 ランサーは、静かに語り始めた。

 

「……それは、少し違う。確かに、この世の一切は苦であると覚者は説いた。生あるもの全てに、愛別離苦は等しく訪れる。確かに、この聖杯戦争において流血と哀しみは避けられないことではある。

だが――聖杯戦争という形であればこそ、吾らはこの姿で降り立ち、巡り合うことができた。それこそを、“縁”(えにし)と呼ぶ」

 

「……(えにし)

 

 マスターは、ただランサーの言葉を反復する。しかし、その言葉が「重要なこと」だと理解することはできたようだった。

 

「アルヴェイル。汝もそうだ。南極で失意に暮れたまま、一生を孤独に過ごし続ける……そのままで良かったとは、それが“自然”であったとは、吾は決して考えぬ……

元より、食物の連鎖と弱肉強食の自然を歪めんとする吾が真に“正しい”と決まったわけでもあるまい。生きるため、争うことは決して“悪”ではありはしない。“正しさ”など、ただひとつに定まることはない。……汝が願うことを、吾は責めることはない。それこそが、“生きる”ということだ」

 

 蛇神は、穏やかながらも強く言い切った。

 

「……つーか、ランサー。お前の様子から察するにこちらの思惑は筒抜けってことなのか? 隠すつもりが有るんだか無いんだかよく分からないことしやがって……」

「え、そうなの?」

 

 マスターの間の抜けたような“声”の疑問に、ランサーは少し間をおいて答えた。

 

「……防音の膜を張ったことがあっただろう。内容までは分からなかったが、“内容を隠した”という事実こそが意図の存在を示していた。

故に、近いうちに汝らが動くと判断し……マスターを含む動物たちを安全な階層に避難させた。

汝らの策に非はない。――それ以前に、吾の方から仕掛けたまでのことだ」

 

「……そうかよ。まあ、それでいてうちのマスターに授業の機会を残してくれてたことには一応礼を言わせてもらうぜ」

「……ふ。既に吾に勝ったつもりか? 汝らが負ければ、この国は存続するだけのこと。学ぶ機会もまた、無くなりはせぬ」

 

 それはそうであった。

 しかしこれから殺し合いが始まるというのに、ランサーも笑うのか……という感想がまず出てきたあたり、我ながら緊張感が足りてない気がしてくる。

 

 ……アーチャーたちも既にこの状況は把握しているはずだが、今のところ動きは無い。

 やはり、状況をすべて把握されているのが厄介だ。元より敵地に足を踏み入れている時点で仕方ないのだが、真っ向勝負しか道が残されていないというのは中々に苦しい。

 ダルグレインが「それ以外の全員で挑むべき」と言ったのも頷ける。

 ひとまずマスターを頭部に避難させ、様子を見ることにしたが……

 

「……では、こちらから行かせてもらうとしよう。――“Viṣṭāra”(展延せよ)

 

 ランサーがそう唱えると、この階層の空間そのものが変化し……伸び広がっていく。

 

 気が付くと、白いナーガは居なくなっていた。

 代わりに、地面と大気を揺らす轟音と共に姿を現したのは、途方もなく長大な胴体を持つ多頭の蛇神。その周囲には、曼荼羅めいた意匠の銀槍が四本浮いている。

 

 即ち――本来の姿のランサー・ヴァースキだった。

 信じがたいことに、あの巨体は我々を囲むように胴を巡らせ、いくつもの首をもたげているというのに「外壁や天蓋に一切接していない」。

 

「……既に、国内外における時間の乖離は解かれている。そのリソースを用い、“国内・上層階において、縦と横の距離に限界がない”ものとした……」

「は、はぁ!?」

 

 あまりの滅茶苦茶さに脳が混乱する。

 ――だが、続いて地下から聞こえてきた「滑るような連続音」、それに付随する殺意。

 それが寧ろ、ワシの冷静さを取り戻させた。

 

 いつの間にか床に開いた穴と階段から、優に百を超える武装したナーガの軍団が続々と現れる。

 それらは統率された動きで陣を組み、こちらに向けて武器を構えた。

 

「これこそが我が宝具、『七界を統べし者』(ナーガラージャ・サプタパータラ)。……存分に抗ってみせよ、守護の獣」








「そもそもこいつらは今何語で喋ってんだよ」は禁句です。
念話+聖杯による翻訳でどうにかなっていると思いねぇ。
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