Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第14話:De Profundis

2020.04.01 20:00 UTC / ランサー領・上層階 / 視点:レゼフィル

 

 戦況は、今のところ五分と言えた。

 セイバーとライダーが前衛を務め、後ろからアーチャーが援護。

 具体的には複数の巨大な槍による攻撃をセイバーが弾き、ライダーの爪やブレスでランサーのガードをこじ開ける。そしてそこに、アーチャーが風による斬撃や雷撃を食らわせる。たった今、その連携が流れるように決まった。

 

 ……ライダーはセイバーと協調する気は無いと思っていたのだが、意外なことにあの二人はバラバラではなくしっかりと息を合わせているように見える。

 ダルグレインは果たして外でどんな会議をしてきたのだろうか。

 

 それに、アーチャーが「議論」の際にランサーへライダーの「宝具を奪う宝具」について情報提供していたのが効いているのかもしれない。

 ランサーはライダーの接近を警戒せざるを得ないため、そこをセイバーとアーチャーが攻める……

 と、このまま行けば簡単なのだがそうはいかない。

 

 問題なのはランサーのスキル、【多頭意志】。

 見た目通りに同時に様々な方向への攻撃ができるだけでなく、こちらの攻撃への対応が素早い。

 三騎の攻撃に、早くも慣れ始めているようだった。

 

 加えてナーガ兵たちは基本的に地上にいるセイバーにしか対処できない、と思っていたのだが寧ろ逆で、「セイバーにさえ対応していればいい」ということらしい。

 空中で戦うライダーとアーチャーは、地上より安全とは限らない。空中を移動し続けるということは、ランサーの槍や体……特に尻尾による攻撃に全方向から晒されるということ。

 考えようによっては横と上しか見なくていいセイバーの方が楽、と言えるかもしれなかった。

 

 ……だが、途中から状況が変わってきた。

 何故か、ランサーの力が目に見えて減少したのだ。

 そして、その隙を逃すアーチャーではない。

 雷の矢を怒涛の勢いで叩き込まれた山は、少しずつ動き始めた。

 

 ライダーのマスターの念話曰く、バーサーカーとそのマスターが不思議な術を使ってランサーではなくパラニールを直接狙いに行ったのだという。

 ……それはちょっと卑劣じゃないの? と思ったが、アーチャーはそれをこう分析した。

「令呪を使えば、マスターはサーヴァントを瞬時に自らの元に呼び寄せることができる。

サーヴァントが遠くに居ようとも、マスター殺しには回数限定で対応は可能。

だが、ランサーはあの巨体である。恐らく、奴は自らを“分割”し、その分霊をパラニールに派遣したのだろう」

「アルヴェイルに授業をしていた白いナーガってそういうことだったのね。その分だけ本体の力が減ったってことで……つまり、今が勝負所?」

「是である。……と言いたいが、奴は宝具を一つしか見せていない。真の戦いは、ここからだ」

 アーチャーの言葉と共に、空気の流れが明らかに変わる。

 上手く言い表せないが……例えるなら、世界そのものが震えているかのようだった。

 更に地上を見下ろすと、ナーガ兵たちの姿が全く見えないことに気付く。

 「地下」への階段は一つを除き全て閉じられ、先程アーチャーが『竜脈開扉』(ロンマイ・カイメン)の魔力の爆発で破壊した「国の門」も、いつの間にか修復され閉じられていた。

「セイバーとの会話を聞く限り、この空間に上下の限界は無いとランサーは言っていた。……それは、自身の巨体を最大限活用するためだけではない。――飛べ、セイバー! 二秒後に来るぞ!」

 アーチャーが叫んだのを聞き、セイバーは分離していた「エアリアル・ドライブ」を本体に戻す。そして、回転して空中に飛行を開始した。

 

 その直後、パラニールの声が念話で響いた。

『令呪を以て、我が友に託す――私たちに、勝利を』

 

 アーチャーの言からきっかり二秒後。

 ――地上は、真っ白な海に満ち溢れていた。

 ……そしてそれは、ただ白濁しているだけのものではなかった。

 表面は絶えず蠢き、時折泡立ち、波を立てる。

 その様はあたかも、未だ名も形も持たぬ“生まれ損ないの何か”が蠢いているかのようで――

 

「な、ななな……何よこれッ!?」

 思わず声が震える。

 ……いや、事前に話は聞いていた。

 「乳海」。インドの神話における、宇宙の中心にあるという白い海。

 勿論、それは牛から採れるミルクなどとは訳が違う。

 

「是である。……恐れるのも無理はない。あれは神話において宇宙の無限性、可能性、そして神聖さを象徴しているもの。

未完成な世界の設計図そのものにして――限りなく“根源”に近い可能性がある概念だ」

「……根源って、アナタね」

「あくまでも可能性だ。その最奥が根源であったにせよ、乳海はあくまでもその周囲にある原初のマナの海。――究極の純度のマナは、生物にとって毒以外の何物でもない。危険とは、そういうことである。

そして、これを壁のない地上で発動すればどのような惨事が待つかなど言うまでもない。壁で囲い、限定された空間のみを“海”とするのがランサーなりの配慮だったのだろう」

 

 ……自分のサーヴァントの徹底的な冷静さが頼もしい。

 とにかく今わかるのは、アーチャーの傍からは絶対に離れてはならないということだった。

 竜種たちなら耐えられるのだろうが、魔力障壁を超えて自分がほんの一滴でもあれに触れれば……

 恐らく、形を保てず崩壊する。

 そんな確信が、理屈を越えて全身に突き刺さってきた。

 しかも、階段が一つ開いていたということは……もしかして、それは地下にいるというアサシンを狙い撃ちするために!?

 

「――今はこちら側に集中せよ。本命は次だ……!」

 ……そう、そうなのだ。

 ヴァースキの逸話とは、乳海の「攪拌」。

 

 ランサーの槍の一つが巨大化し、国の中央に突き刺さる。

 蛇神の胴体はそこに巻き付き、回転を始めた。

 その回転速度は、加速度的に上昇していく。

 どのような攻撃でも、それは止まらない。

 きっと、攪拌を終えるまで。

 空も地も、上下も、区別がつかなくなっていく。

 もはや、世界そのものが加速し「再起動」されていくような螺旋。

 セイバーも、ライダーも、アーチャーも……回避すらままならず、回転に呑まれていく……!

 

 必死でアーチャーの背にしがみつく中、ランサーの声が脳裏に響く。

 

「……天地の境、善悪の懸隔。今此処に、全てを融解し攪拌する。神も魔も、命も理も……今一度、螺旋の輪へと還れ。

――『原初反転・乳海攪拌』(プリマヴァータ・マンタナ)

 

 

 ランサーの宝具、『原初反転・乳海攪拌』(プリマヴァータ・マンタナ)は極めて特殊な性質を持つ。

 その種別は対界宝具――世界そのものを掻き混ぜ、再起動させる一撃。

 ……だが、そもそも「乳海攪拌」の本質は相手への攻撃ではない。

 

 神話において、それは不死の霊薬アムリタを得るために神々と魔族が共に行った行為。

 この戦いにおいて、ランサー・ヴァースキが得るのも同様だ。

 自らに有利な「乳海」の地形を展開し、アムリタの加護を得、不死性と異常な魔力増強を手にする……だけに留まらない。

 

 「乳海」とは未分化のマナ、可能性そのものの象徴。

 その攪拌を受けた者は、敵味方を問わず、無作為な状態変化を受けることになる。

 

 神話において、攪拌の際に太陽や月、六牙の白象や七つ頭の馬などの数多の神獣、そして女神たち……そういった「聖なるもの」が次々に生まれてきたように。

 

2020.04.01 20:05 UTC / ランサー領・乳海 / 視点:レゼフィル

 

 ……目の前に広がっていたのは、一面の白だった。

 え、何? あの世?

 

「否である。我らは未だ、生きている」

 

 アーチャーの声で、なんとか視界と意識が回復した。

 ……どうやら、彼が守りきってくれたらしい。

「余の力だけではない。マスターの令呪による防御に加え……先が“見えていた”のが大きい」

 確かに、翼の令呪が一つ消えていた。恐らく無意識に使ったのだろう。

 そしてアーチャーのスキル、【天脈流転】。

 天地の気を読み、五行の流れを操ることで未来の一瞬先を予知・対応できるという能力だ。

 

 普通ならこれで敵の攻撃を躱すのだろうけど……あれでは、どうやっても回避は無理だった。

 セイバーとライダーは、耐えられたのだろうか。

 

「いや待って、躱せなかったのになんであたしらは無事なのよ?」

「未来の予知において、我々の死は無かった。そして理解した。ランサーの宝具はただ破壊をもたらすものに非ず。攪拌の後――無作為に、超常の現象が起こる。敵味方問わずな。

それは、ランサーにも完全には制御できぬものであると」

「つ……つまり、具体的には?」

「余の肉体の再生能力が、著しく上昇している。数値にして通常の五十倍――時間制限付きではあるが、“攻撃を受けても生き残る”力だ。【東辰守護】による防御力の上昇も加えれば、十分な数値となる。これを知っていたからこそ、敢えて受け入れたのである」

「すっごい、無敵じゃないのよそんなの!実際、魔力が漲ってるのが目に見えるわ! じゃあ、早速ランサーをやっちまいに――」

 

「……不可能である」

「え?」

「余にも、そしてマスターにも更なる変化が起きている。余には、“攻撃行為の禁止”という呪縛が。そしてマスターには……“強烈な不幸”が降りかかっている」

 

 ……アーチャー・青竜は風水を司る神。

 つまり、運気の善し悪しを読むことができるのだ。

 

「――もう既に特大の不幸が起きてるんじゃないのッッッ!!!」

 思わず叫び、強く仰け反る。攻撃禁止ってそりゃあ無いわよ!

 

 その直後。

 「乳海」の泡が破裂し、危うくそれに触れそうになった――ところを、アーチャーの腕が弾いてくれた。

「……そういうことである。これまで以上に、余から離れるな」

「アッハイ」

 ……それはそれとして、セイバーとライダーたちはどうなっているのだろうと周囲を見渡す。

 まず目に入ったのは、やはり一際目立つ体躯のランサーだった。

 

 これまで受けたはずのダメージはほとんど癒えており、それどころか以前よりもさらに魔力が高まっている。

(……乳海攪拌によって生じたアムリタを既に服薬したのだろう。奴は既に不死となっている……このままではどうやっても倒すことはできん。だが、奴の魔力の波には乱れがある。恐らく、無作為の付与によって最低でもCランクの【狂化】を受けている)

 アーチャーが念話で答えた。

 

 ……いや、狂化って。

 確かに荒々しい雰囲気にはなったけど、あの聡明なランサーが狂化だなんて。

 そんなの、ほとんど自爆みたいなものじゃないの。

 

 と、考えていると――高速で視界を横切ったものがあった。

 黒い鱗の翼。ライダーだ。

 いや、ライダーだけではない。ライダーの背にはそのマスターがしがみついており、どう見ても――喧嘩しているように見えた。

 

「な、何してるの? 風が強くて全然聞き取れないし……アーチャー分かる?」

(……ライダーのマスターが、ライダーの持つスキルの一部を同様に獲得したようだ。具体的には【騎乗】と【黄金の呪い】……後者は“宝具・宝物を所持するほど自身を強化する”スキルだな)

 

 【騎乗】。セイバーやライダーのクラススキルのひとつ。

 乗り物を乗りこなすための才能であり、例えば遥か昔の英霊でも現代の車を自由に動かせるらしい。そして、最上ランクでは竜すらも乗りこなせるとか。

 

 ……確かに、マスターとしての力で確認した限り、ライダーの騎乗スキルはA++ランクだ。

 それをシェリトが受け継いだというなら――

「……つまり、ライダーの背に乗っているつもりが、いつの間にかそこが“操縦席”になっちゃったってこと?」

(然り。“どちらが主導権を握るのか”……で揉めているようだ。

そしてもう一つのスキル……成程、ライダーが宝具を奪い集めようとしていたのも頷ける。それがマスターにも適用されたらしい)

「……サーヴァントは分かるけど、マスターもそういうの集めてたってことかしら? ライダーが財産の共有をするとは思えないし」

(そこまでは定かではない。だが、あの“強欲の竜”を呼んだ者だ……マスターにも宝物の蓄えがあった可能性は高い。因みにライダーの得た変化は、我がマスターとは逆に“幸運の上昇”である。加えて“耐久力の大幅な低下”が発生している)

 

 羨ましい、とも言い難かった。

 ランサーは狂化により、攻撃がさらに過激になっている。

 機動力が増していても、あれに当たればおしまいだ。

 全てを回避するつもりでいなければならないだろう。

 さて、セイバーたちは一体どこに……

 

「ンだテメコラ危うく死にかけたじゃねえか! でかい面しやがってブッ飛ばすぞァ!!」

「落ち着いて! 落ち着けってばセイバー!!」

 

 ……セイバーはどこに行ったのだろうか。

 あの白い鎧を纏った理知的な騎士はいくら周囲を見渡しても見つからない。

 いるのは黒くて全体的にトゲトゲしたワイルドな竜だけであった。

 背中に見覚えのある黒くて飛べなさそうな鳥がいるが、きっと気のせいだろう。

 

(……セイバーの霊基が若返っている。総合ステータスはやや低下しているが、敏捷と魔力は現代より上昇している)

 

 ――信じたくはなかったが、あれがセイバーらしい。

 鱗は粗めで鋭く、甲羅には尖った棘がいくつも突き出している。

 体格は引き締まり、目つきもずっと鋭い。

 若いころはやんちゃしていました、という言い回しを人間はするらしいが――

 竜にも当てはまるとは知らなかった。

 

(あの姿と性格は、恐らく聖マルタに鎮められる前のものであろう。サーヴァントである以上、全ての記憶は持っているはずだが……“精神は肉体の影響を強く受ける”、ということだ。因みに、一部界隈ではこれを「リリィ化」と呼ぶらしい)

 

 ………アレが白百合とか何の冗談よ?

 ただ、どうやらセイバーは「乳海」にかなり耐性があるようだった。

 真っ白な濁流をものともせず躊躇なく突き進み、ランサーに激しい連撃を浴びせている。

 対するランサーも、狂化の波に呑まれたかのような荒々しい動きで応戦していた。

 

 その様を見ていて――

 あたしは、“不幸にも”気付く。

 彼の一番大きな「変化」に。

 

 ……本来、聖杯戦争とは最後に一組だけが生き残る殺し合い。

 サーヴァント同士の連携などあまり想定されていない。

 ならば「他のサーヴァントが強化されていることに気が付く」のは、恐らく「不幸なこと」なのだ。

 

 だが、この気付きは。

 あたしにとって、間違いなく「幸運」だった。

「アーチャー。ちょっと思いついたことがあるんだけど……どう?」

 

2020.04.01 20:14 UTC / ランサー領・乳海 / 視点:シェリト

 

「……どう思う? ライダー」

「……業腹だが、アーチャーの頭脳と解析力は本物だ。そして、セイバーの“血統”もな」

 

 直接口には出さないが、それで了承ってことらしい。

 まだ短い付き合いだけど、私もこの竜の性格が少しずつ分かってきた。

 

 さっき、アーチャーがスキルで作った「空気の道」。

 それが声を伝えることで、私たちはランサーにバレないように作戦会議を行った。

 アーチャーのマスター……レゼフィルは「糸電話」と表現していたが、よくわからない。

 

 ……それにしても、アーチャーが教えてくれた「私たちの変化」は想像以上に強烈だった。

 今まで私はライダーの背に掴まるだけだった。

 あの宝具を耐えた後、いきなりライダーが「私の思った通り」に飛行しはじめたので、凄く驚いたが……そういうことだったとは。

 

 プライドの高いライダーがそれを嫌がる気持ちもよく分かる。

 だが、私が「操縦」するからこそ(この表現もレゼフィルが言っていた)できることもあるし、こっちの方が飛行速度も速い。

 多分、普段より「このままじゃ死ぬ」と思った時の方が力が出るアレに似ている……かも。

 

 ……まあ、ライダーが不満を口にするのも当然だ。

 私が同じ立場でも、そんな「命がけの走り」を常にやらされるとか嫌だ。

 

 でもアーチャーが言った通り、今のライダーは防御力が著しく落ちてる。

 速さが必要だと思ったらすぐに「操縦」する、ということで話は決まった。

 

 さっきのランサーの宝具は『毒竜の血鎧(ブロズハムル・ファヴニール)』と、『八塩折之酒(やしおりのさけ)』を飲まされた時の魔力増強でどうにか耐えられた。

 私は彼の「宝物庫に逃げ込む」ことでやり過ごしたけど……ライダーの傷はかなり深い。

 ここからは、一度たりとも攻撃を受けてはならない……!

 

 ライダーは前方から飛んでくる槍と、「乳海」の水流を風に乗って避ける。

 アーチャーは「攻撃ができない」が、「攻撃ではないこと」ならできる。

 例えば、ライダーに向けて追い風を吹かせて速度を上昇させて回避を支援しつつ、その後の攻撃の威力を高めるといったように。

 

 速度を乗せた爪が、深くランサーの胴を裂く。

 まるで、山ひとつ更地にできそうな一撃。

 だけど、その傷は少しずつ塞がっていく。

 「不死」の相手の前では、効果があるようには見えなかった。

 

「……フン。この世には、完全なる不死不滅などありはしない。それは神であろうと同じこと――隻眼の賢者も、戦槌の雷神も、狡知の神も……ラグナロクにおいて全てが死に絶えたようにな……!」

「是である。諸行は無常にして、万物は流転するもの。……正に、奴ならばそう評するであろう」

「上等だぜ……! 刹那の“輝き”ってヤツを見せてやろうじゃねえかァ!?」

 

 ライダーの言葉に、アーチャーとセイバーが同意(?)する。

 ――アーチャーの提案した、ランサーの不死を攻略する作戦。

 そのためには、サーヴァントだけでなく私たちマスターを含む全員の息を合わせないといけない。

 きっとその点についてはクリアできている……多分、きっと。

 

 ランサーの咆哮と共に、白い海から大量の巨大な槍が噴き上がる。

 それらは意志を持つかのように宙を飛び回り、私たちに襲いかかってきた。

「……凡そ百八本、といったところか。成程、それは奴らの神話における神秘を示す数値。ランサーも全力ということなのだろうが――奴の終焉を飾るには最上の舞台よ……!」

 前線で槍の雨を捌きながら、ライダーはそれを正確に数えていた。

 確かにあれも、豪華な模様で宝石のように綺麗だけど……

 流石は強欲の竜。まあよく見ている。

 

 ……いや、そんなこと考えてる場合じゃない。

 頭を振って、戦いに頭を戻す。

 

 さっきの兵隊の弓矢とは、比べ物にならない攻撃規模。

 全方向から襲い来る槍の隙間をギリギリで潜り抜けていく。

 アーチャーの「雷」の宝具があれば撃ち落とせるだろうけど……

 今のあいつは攻撃を禁止されている。

 ほんっと、肝心な時に役に立たない奴……!

 

 そんな風に文句を考えていた瞬間、突然――

 槍と槍が軌道を変え、空中で激しくぶつかり合って砕けた。

 

 煌めく破片の向こうに、人影が見えた。

 ――巨大な槍の上を高速で跳び回る者。アサシンだ。

 

「……影を触媒とした術か。これまで積極的に使わなかったのは、非生物にしか干渉できないからだな」

 ライダーが即座に分析を下す。

 影を動かすことで本体も一緒に動かす……という術らしい。

 「とにかくできることが多い」のがアサシンの強みであり、厄介なところで……

 

 いや、そもそもあいつ……さっきの宝具の時いなかったよね?

 【黄金の呪い】で強化された視界で見る限り、アサシンは傷一つ負っていない。

 思い返すと、アーチャーの話に、アサシンたちの変化については無かった。

 

「いくら奴でも乳海への完全な耐性は無い筈。地下通路にいては逃れようがない以上、何らかの術で“国外”に一度逃げてやり過ごしたと考えるのが妥当か。……待て、それならバーサーカー共はどうした?」

 ライダーの声に答えるように、驚異的な跳躍を続けながらアサシンが吠える。

「――あの馬鹿ならランサーの腹の中! 未だにあいつの分霊と戦ってやがるわ! その分本体の力は削いでるけど、こっちへの助力は無し! 策があるんなら、とっととやりなさいッ!!」

 それに、アーチャーの声が続いた。

「心得た。――雲よ!」

 宣言と共に、巨大な暗雲が天井を覆う。

 雲はランサーの頭上に……無い。

 胴体は雲を貫いてしまって、頭部は雲の上にあるが……

「奴らしい、小賢しい手を使う。雲でランサーの視界を遮ったか!」

 確かに、それは「攻撃」じゃない。

 単に雲を広げるだけなら、ランサーを傷つけるわけではない。

 ――例え、その「雲」を他者が利用するとしても!

 

「■■■■■■■■ーッ!!」

 

 巨大な雷の音と、ランサーの咆哮が響く。

 雲は……「雷雲」となっていた。

 アサシンの【八重の毒魂】、そのひとつ「風」。

 厳密にはアーチャーと同様の「天候操作」能力だけど、作戦会議では「大雑把な制御しかできない」と言っていた。

 でも、アーチャーの助力があればこんな雷も即座に起こせるとは……!

 

「……やるじゃん、あいつら……!」

 さっきまでの文句はどこへやら、アーチャーとアサシンの評価が内心で激増する。

 我ながら、笑えるほどの手のひら返しだ。

 

 実際、かつてセイバーの剣すら耐えきったライダーをして撤退を選ばせた雷だ。

 あの時は、たった一撃だった。

 でも今回は――空を覆う暗雲と無数の雷鳴。桁が違う。

 

 その間にも、槍の雨がこちらを襲う。

 さっきまでの槍撃とは違う。

 不規則で、無秩序。

 槍同士がぶつかり壊れ合うことすら厭わない。

 それは、逆にこれまで以上に「読めない」攻撃だった。

 

 でも、退くわけにはいかない。

 ここで止まれば、全てが水泡に帰す。

 私はライダーを「操縦」し、最高速度で突撃を敢行した。

 

 ――その瞬間、破片となった槍の切っ先がこちらに真っ直ぐ迫ってきた。

 判断を、誤った。

 

(今のライダーじゃ、耐えられない……!)

 

 ――後悔の感情は、驚愕に塗り潰される。

 あり得ない角度で、巨大な破片は空を切った。

 強化された感覚が、その偶然の理由を告げる。

 

 それは、ライダーの上昇した「幸運」と――レゼフィルの「強烈な不幸」。

 

 二つが重なり、「攻撃がライダーではなく、レゼフィルに向かう」という結果をもたらした。

 そして、レゼフィルはアーチャーの背から離れて飛行していた。

 

 ――その足に掴まるのは、セイバーのマスター。

 明らかに一羽の鳥が持ち上げられる重量ではないはずなのに、そいつは当然の如く宙を舞っていた。

 

「うぉおおおおりゃああえあああああっっ!!」

 

 彼は必死の叫びと共に、銀色になった翼を振るう。

 彼が得た「変化」、それは回数限定の「無敵状態」だった。

 ありとあらゆる攻撃を三度だけ無効化し、弾き返す異能……!

 

 破片が、遠い彼方へと消える。

 チャンスは一瞬。

 私は迷わずライダーを再加速させる。

 

 ――目指すは、雷を受けたランサーの胴体。

 

 会議において、アーチャーは言っていた。

 ランサーの「不死」も、広義では宝具による魔術的効果に過ぎないと。

 ならば、それを破る手はある……!

 

「……ライダー、宝具!」

「言われるまでもない! 『蛇竜展翅・虚滅之翼』(スヴァルティル・ヴェンギル・リンノルムス)ッ!」

 

 キャスターから奪った宝具。

 翼の一閃が、ランサーの肉体を抉る。

 ――効果は一時的なキャンセル。それだけでは不十分だ。

 

 ……私とライダーの役割は「ランサーの動きを全力で止めること」。

 

 再びライダーを「操縦」する。

 本人の意思を超えて、サーヴァントのスキルは「私の意志」を為す。

 

 先の戦いでアサシンから奪わされた宝具、『八塩折之酒』(やしおりのさけ)の応用。

 アサシンが言っていた通り、それは神や竜ですら昏倒させる力があるが……スサノオという神はそれをだまし討ちで飲ませていたらしい。

 要は、使い方が難しいのだ。

 ――だが。

 

「二つ目と、三つ目……!」

「……『灼熱竜息・万地融解』(アカフィローガ・アルグリーズ)!!」

 

 ライダーの黒炎が迸る。

 今回のそれは、『八塩折之酒』を気化・拡散させたブレスでもあった。

 開いた傷口に直接それを叩き込み、ランサーの動きを鈍らせる。

 

 ……ただ、宝具を受けるのはランサーだけではない。

 それをブレスとして吐き出したライダーが、一番影響を受けることになる。

 ライダーが使用を渋り、私が「操縦」した時でなければできないのも当然と言えた。

 

 ――翼が勢いを失い、少しずつ高度が落ちていく。

 そして、魔力障壁が霧散した。

 勿論、共に落ちるわけにはいかない。

 直接「乳海」に触れれば私は死ぬ。

 意を決し、その背から跳ぶ。

 アサシンのようにはいかないが、今の私なら――!

 

 落下し、二度転がる。

 うつ伏せの視界に広がる、一面の青。

 見上げると二羽の鳥が、心配そうに私を見下ろしていた。

 ……一応敵であるはずのアーチャーの広い背が、信じられないほど頼もしかった。

 

 【黄金の呪い】による筋力ステータス強化。

(――二度とやらぬぞ、戯けめ……)

 それを齎してくれていたライダーは、白い海へとまっすぐに落下していった。

 

2020.04.01 20:39 UTC / ランサー領・乳海 / 視点:アーチャー

 

 ランサーの体が大きくぐらつく。

 その魔力もまた相当減衰していたが……

 ライダーの攻撃は、いわば「海の一部を大きく切り取る行為」。

 空いた穴はやがて白濁の濁流に呑まれ、埋まる。

 このままでは、すべてが振り出しに戻る。

 今の余にとって――これは、「詰み」であった。

 

 ――ただし。

 ここにいるのが余だけであったなら、の話だ。

 

 攪拌された「乳海」が、再び渦を巻き始める。

 『竜脈開扉』(ロンマイ・カイメン)

 霊脈・風水思想に基づいた「流れ」を操作する宝具。

 未分化のマナ、無限の可能性に満ちたこの乳海を。

 余は攪拌し、絞り、絞りきって……一条の魔力の奔流と為す。

 その奔流を下にいるセイバーへと、全力で流し込む!

 

 並の竜種ならば、その瞬間に受容量を超えて弾け飛ぶだろう。

 だが、彼は耐えた。

 神代の血を引く深淵の獣。

 リヴァイアサンの末裔、タラスクならばこそ。

 

 何のために?

 決まっている。

 その身に秘められた――

 第三の宝具を、解放させるためだ。

 

 セイバーの怒声が、乳海に木霊する。

「ランサー……おめえの理想も、苦悩も、オレにはよぉく伝わった。だがな――敢えて言わせてもらうぜ!」

 叫びは鋭く、荒々しく……だがどこか、哀しみに滲んでいた。

 

「――オレにとっちゃ、この国も! この“壁”も! 窮屈に過ぎんだよォッ!!」

 

 かつての問答を思い出す。

 空も見えぬ、国の全てを囲む壁。

 彼はこの国の在り方を、「過保護」ではないかと言った。

 その意味も、必要性も……彼は痛いほどに理解しているはずだ。

 かつて、彼は「壁の必要性」を証明するかのような災厄であったのだから。

 

 だが、彼がもしここに生まれた獣であったならば。

 彼は、彼にとっての「太陽」に――出会うことすらなかっただろう。

 それは、彼にとってどうしても許容できないことだったのだ。

 

 言わば、今のタラスクは「野生」の象徴だ。

 どちらが正しいか、という話ではない。

 これはあくまでも感情論に過ぎない。

 ――故にその感情(エゴ)は、煌めいて見えた。

 

「令呪を以て命ずる! ――やっちまえ、セイバーッ!!」

 

 アルヴェイルの叫びが、宙を震わせる。

 獣は頷き――それに応えるよう、強く強く吠えた。

 

「だから、オレは壊す。オレたちの勝利のために。オレたちの願いのために! オレが信じた――光のためにッ!!」

 

 地が裂けた。

 天が割れた。

 そして、それは召喚された。

 

「――『水禍、深淵より来たる』(ディルヴィウム・デ・プロフンディス)ッッ!!」

 

 生じたのは「海」。

 白き乳海ではない。

 黒き混沌に沈む、古代の海。

 全ての命、その始まり。

 この世界がまだ「海しかなかった頃」の、最古の水。

 

 ……それは、神話の怪物としてのタラスクの宝具。

 太古に封じられし、リヴァイアサンの神秘。

 攪拌と令呪により、それは再び目覚めたのだ。

 

 水面が怒り、嘆き、呻く。

 そして「乳海」を喰らい、対消滅を始めた。

 白濁した未分化のマナは――黒く澱む深淵の海に、音もなく呑まれていく。

 

 それだけに留まらない。

 「創世の海」に限りなく近いその水は、触れた者に宝具・スキルの大幅な制限とスタン効果を及ぼす。

 神蛇の動きは、完全に封じられた。

 

 獣は再び、剣を構える。

 その頭上に、再び暗雲が満ちた。

 

 我が宝具は、単純に敵を害するのみに非ず。

 力を与え、道を示すことこそ――四神の本懐也。

 

『天穿・蒼雷箭』(ティエンチュアン・ツァンレイジェン)……!」

 

 鳴り響く轟音。

 過たず、聖剣へと雷は落ちる。

 直後、膨れ上がった輝きと共に弾丸は宙を駆けた。

 降り注ぐ槍の雨も、その一切を意に介さぬが如く。

 

『聖鋼一閃・忠義の剣』(グラディウス・フィデス・サンクタ)ァァァァァッッ!!」

 

 そのとき、余は確かに聞いた。

 世界の割れる音を。

 即ち、一つの「国の終わり」を。








サーヴァントマテリアル①追記

・『水禍、深淵より来たる(ディルヴィウム・デ・プロフンディス)』:EX
種別:対界宝具 レンジ:0~99  最大捕捉:レンジ内全て
リヴァイアサンの息子としての神秘を呼び起こし、“神代の深淵海”そのものを召喚する宝具。これは“創世の海”に近い、あらゆる命の起点となる呪的な水。
そして、この世界がまだ海しかなかった頃の最古の水。
この海に触れたものは宝具・スキルの大幅制限とスタン効果が発生する。
また、あらゆる火炎・熱属性の攻撃を完全に打ち消す力を持つ。

令呪により「若く、尖っていた頃」=リヴァイアサンに「近かった」時の姿を取り戻さなければ使用できない。
装備は黒く刺々しいものに、口調はヤンキーのそれになる。
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