Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

18 / 24
第18話:Trial by Shadow

2020.04.02 10:45 UTC / 東アフリカ・タンザニア

 

 標高1,500メートルの山岳地帯に広がる森は、得体の知れない恐怖に包まれていた。

 姿の見えない何かがいる。

 それは音もなく近付き、気がつけば目の前にいた同胞が消え去っている。

 前兆すら見えない「何か」に、動物たちは震え上がった。

 人間という例外を除けば、天敵のいないはずの頂点捕食者たち――

 大型猛禽類や肉食獣たちまでもが、その恐怖に晒されていた。

 大空を悠々と飛ぶ大鷲が、何かに絡め取られ地に堕ちて逝く光景。

 肉食獣たちが怯え、必死に逃げ回るも打ち倒される光景。

 普段それらから逃げ回る「生態系の底辺」にいる者たちは、茂みの奥で身を潜め、恐る恐るその異常を見ていた。

 人間の目で見れば、ある種それは胸のすくような光景だったのかもしれない。

 無論、上位の捕食者の大幅な減少が環境にどう影響を及ぼすかなど、彼らは知りようがない。

 頂点捕食者が草食動物の個体数が増えすぎないよう制御し、結果として植生の荒廃を防いでいるなど知りようがない。

 

 だが、その恐怖を齎していた張本人――ネゼミアは、樹上からつまらなそうにその「結果」を見下ろしていた。

 この虐殺とも言える行為は彼女にとって、ある種の儀式のようなものだった。

 かつて自分に恐怖を齎した捕食者たちを逆に狩ることで、「自分が力を手にしたのだ」ということを自覚するための。

 ……彼女にミスがあるとすれば、それをやるのが遅すぎたことだ。

 確かに、そもそも「休戦期間」でもなければこのようなことをする余裕はない。

 最初の「契約」の後は、体を動かす基本を学ぶことで精一杯だった。

 

 しかし既にサーヴァントに匹敵する力を得て、幻想種と渡り合い、竜種と死闘を交えてきたネゼミアである。

 今さらこの程度では、自分の力を確かめるには足りない。

 「魔力喰い」のため狩った獲物は残さず頂くとはいえ、そんなものは自らの力の証明にはなりはしない。

 

「――なんて考えてそうだな、相棒。不機嫌、不満足、不完全燃焼。随分俺好みの顔をしているじゃないか」

 

 黒い蛇が、そんな様子を見ながら声をかけた。

 

「世の中には憎い相手を惨たらしく殺してスッキリしたい、そのためなら自分の全てを捧げたって構わない……なんて奴も少なくないというのになぁ。贅沢なことだぜ」

「……良いだろ、別に。それより傷はいいのか? バーサーカー」

「あの程度で俺が死ぬかよ、とっくに全快だ。――クク、甘く見るなよ。有史以来、俺ほど負けに負けを重ねてきた奴はいねえ」

 

 蛇は驚くほど堂々と、誇らしげに格好悪いことを言ってのけた。

「……まあ、負け続けることができたってことは死ななかったってことだしな」

「大正解。神との死闘から始まり、何千何万もの悪魔祓いを経てなお、俺はまだこうやって生きている。何億何兆回“悪魔の誘惑”を跳ね除けられようと、俺は未だ挑み続けている」

 

 それは、自分たちの生きていた「過酷な自然」ではあり得ないことだ。

 ネゼミアは、そう思考する。

 生存競争における「敗北」とは、おおよその場合死に直結する。

 捕食されるか、種によっては群れを追い出されるか、繁殖ができなくなる……などだ。

 リベンジの前に、自分の命があるか怪しい。

 負けて、なお生き延びた者。

 それこそが彼の「強さ」の証なのだろう。

 ネゼミアには、それが少し羨ましく思えた。

 

「さて、相棒。強さを証明したいならその舞台は俺が用意してやる。対価はいつも通り、お前の“欲望”だ――いや、決心が早いな!」

 

 バーサーカーが言い出すのとほぼ同時に、契約魔術は成立していた。

 そして、そんなネゼミアの体躯は数時間前の二倍になっていた。

 宝具『悪魔の契約』(パクトゥム・ダエモニウム)、第三段階への到達だった。

 

「宜しい。それでは魔王サタンの名の下に、めくるめく暴力の世界に招待しよう」

 

 バーサーカーが恭しく一礼すると、周囲の景色が切り替わる。

 現れたのは幻想的な雪と氷に覆われた銀世界。

 だが、その空はまるで割れた鏡のように、黒い虚無にひび割れていた。

「……それなのに明るいのが、少し不気味だな」

 そう呟くネゼミアの視線は、前方だけに向けられていた。

 視線の先にいたのは――地響きと共に迫り来る、山のように巨大な二つ足の怪物たち。

 

「これは剪定事象、もしくは異聞帯と呼ばれる“既に失われた世界”の欠片。ちょうどその土地に関係のある英霊が召喚されていることだし、三つほど縁を繋いでコピー・再現したものがこちらになります。

 ま、簡単に言えば“色々あって生存競争に負けた世界”の残りカスってところだ。……だったら、お前が負けるわけにはいかないだろう? 相棒」

 

 悪魔は笑い、姿を消した。どうやら手伝うつもりはないらしい。

 小さな竜は、大きく雪を蹴って走り始めた。

 

 

 砕かれた槍。裂けた甲殻。巨体を覆っていた仮面の破片。

 霜の巨人、山の巨人、火の巨人――かつて異聞帯を闊歩した怪物たちは、その骸を無残にも雪上に晒していた。

 巨人たちを打ち倒し、残心した直後。ネゼミアの前に現れたのは、ひときわ濃密な「影」だった。

 それは、かつてこの地に在った英霊の残滓。

 「シャドウサーヴァント」と呼ばれる、文字通り英雄の影に過ぎぬもの。

 だが、その気迫は本物に迫るほどだった。

 ヴォルスンガ・サガの大英雄。

 英霊・シグルド。

 「怒り」の魔剣の所持者。

 あのライダー・ファヴニールを討ち果たしたという、北欧最強の「竜殺し」の一人。

 圧倒的な魔力と速度を前に、ネゼミアは劣勢を強いられる。

 

 だが、直前の「第三契約」によって得たスキルが彼女を救った。

 その名を【彩写偏色】(コード・スペクトル)

 物理攻撃によって吸い取った魔力の「色」に擬態し、相手のスキルを一つコピーするスキル。

 ファヴニールの「相手の宝具を奪う」姿から着想を得たそれを用い、ネゼミアはシグルドの【竜種改造】スキルをコピーしたのだ。

 竜殺しの能力が厳密には宝具『破滅の黎明』(グラム)に依存していると見抜いた彼女は、コピーした【竜種改造】によって得た魔力炉を駆使し、持久戦に持ち込んだ。

 シャドウサーヴァントは宝具の真名解放を行えない、という弱点を突いたのだ。

 そうでなくとも、本能で戦う「影」でしかない以上――シグルドの強みと言える【叡智の結晶】は、その意味をなさない。

 綿密に立ち回り、魔力を吸収し奪うネゼミアは少しずつ差を広げていく。

 

 そしてついに、その影を穿ったのだった。

 

「……クク、見事だ。相手がスキルとして【竜殺し】を持つジークフリートだったら、結果は違っていたかもな?」

 

 拍手と共に姿を現したバーサーカーが、再び世界を切り替える。

 続いて映ったのは、山々と畑が一面に広がる平穏な景色。

 それでいて、やはり空は虚無に包まれているのがアンバランスだった。

 ……その空気を裂くように、鉄の駆動音が響いた。

 一つ深呼吸をし、小さな竜は再び戦場に向かっていく。

 

 

 数十回目の爆発が畑を抉り、作物と土を吹き飛ばす。

 虎の頭を備えた戦車やオートマタたちは、あえなくその部品を散らしていた。

 ネゼミアの【彩写偏色】(コード・スペクトル)は、生体由来の敵にしか発動しない。

 魔力吸収もできず、ひたすら破壊し続けるだけ。これはこれで面倒だった。

 ――そして、その後に現れた「影」は想像以上の強敵だった。

 

 英霊・李書文。

 武を極め、「无二打」(にのうちいらず)の異名を持つ伝説の拳士。

 老人の姿でありながら、拳には一片の衰えもない。

 シャドウサーヴァントは宝具を使用できない。

 だがスキル【圏境】によって姿を消した拳士の気配を、ネゼミアは感じ取ることすらできなかった。

 彼女は自分が得意とする戦術による恐怖を、その身で味わうことになったのだ。

 死を目前にして、ネゼミアは拳を重ねる中で、スキル【中国武術(八極拳)】のコピーに成功。

 【竜種改造】により致命の一撃を耐えきり、全方位に届く視界で相手の位置を特定。

 続けて、即座に伸ばした舌で腕を拘束。

 

 そのまま至近距離から拳に全魔力を込め、影を粉砕。

 カメレオンならではの、紙一重の勝利であった。

 

「ほう……二色まで能力のコピーをストックできるのか。良い傾向だ。では、最後の舞台といこうか」

 

 バーサーカーの声が響くと同時に、世界が塗り替えられる。

 そこは濃厚な滅びの気配に満ちた、荒廃の世界だった。

 地面はひび割れ、枯れ果てた植物が音もなく崩れる。

 虚無に裂けた空の下、砂嵐がすべてを呑み込んでいた。

 そして――炎が、彼女を見下ろしていた。

 それは怒りそのものだった。

 シャドウサーヴァントでありながら、その姿は「影」ではなく、もはや「炎」に等しかった。

 英霊・アシュヴァッターマン。

 マハーバーラタにおける、バラモン最強の戦士。

 全ての理不尽に、悲しみに、傲慢に対して怒る者。

 ネゼミアは、彼がまさしく憤怒の化身だと即座に理解した。

 

 その感情は、かつて自分のうちに芽生えた「炎」そのものだと。

 

 

 戦いは熾烈を極めた。

 アシュヴァッターマン。シヴァ神とヤマ神の半化身たる大英雄。

 その額には、生まれついて摩尼の宝珠が埋め込まれており、その加護によって彼はあらゆる魔性、獣、病魔を拒絶する。

 即ち、カメレオンのネゼミアにとって――目の前の炎は、間違いなく相性最悪の相手だったのである。

 後方で笑いながらも手を貸さないバーサーカーのスキルをコピーすることも考えたが、残念ながら彼は宝珠が弾く「魔性」そのもの。有効打となるスキルはない。

 ネゼミアから見て、この状況は「手詰まり」だった。

 ……迷いは隙を生み、怒りの化身はその一瞬を見逃さない。

 チャクラムの一撃に吹き飛ばされ、獣は地を転がる。

 追撃は、確実なとどめとなるはずだった。

 

 ――その時。

 先の戦いで擬態し、模倣した「拳士」の声が、なぜかネゼミアの脳裏をよぎった。

 

(未熟者め。拳法とは単なる技術に非ず。心技体、全てを伴ってこその武。ならば、未熟な貴様にできることは何か。――精神を限界まで研ぎ澄ませ、獣ならざる実直な“一本の槍”となれ)

 

 咄嗟に身を翻し、ネゼミアは間一髪でチャクラムを回避。

 その瞬間、彼女は【彩写偏色】(コード・スペクトル)を起動し、アシュヴァッターマンの【憤怒の化身】をコピーした。

 「怒り」という感情の奔流を、無秩序に暴れさせず、意志によって制御する。

 かつてガラスの檻の中で、心まで透明になるほど耐え抜いたあの時のように。

 

 ……死闘の末、いつの間にか砂嵐は止んでいた。

 荒れ果てた大地に立つ影は、ネゼミアの一つだけ。

 「炎」はどこか満足そうに、静かに虚空へと溶けて消えた。

 

 

「――Brava。最後まで、俺を頼らずにやり遂げたな」

 景色が元に戻る。

 頭上を仰げば、虚無の代わりに夜の帳が広がっていた。

 星がぽつり、またぽつりと瞬き始める。

 

「経験は十分に積めた。ならば、次が本番だ。……相棒、覚えているか? あの“裁定者”の声を」

 

 ネゼミアはバーサーカーの言葉に、インドでの戦いを想起する。

「……ティアマト、って言ってたな。何者なんだ、そいつ」

 その言葉こそは、最後の分水嶺に他ならなかった。

「問うたな。では答えよう。答えてしまうとしよう」

 悪魔は語り出す。まるで劇の幕が上がるように。

 

「――ルーラー・ティアマト。メソポタミアの神話における“創生の母”。かつてクラス・ビーストⅡとして顕現し、『回帰』の理を以て世界を呑まんとした原初の災厄。そしてこの異端の聖杯戦争において、間違いなく最強の存在。いや、“蜘蛛”があの状態な以上、現在この星における“最強の生命”と断言して差し支えあるまい」

 

 黒き蛇の瞳が、ネゼミアを射抜く。

 

「――即ち、お前が乗り越えねばならぬ壁だ。お前の、“誰よりも強くなる”という願いのために」

 

 悪魔は、とても愉しそうに笑う。

 結末へと歩み始めた、物語の頁を手繰るように。










まさかの修業パート
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。