Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第19話:The Dragon’s Hunger

2020.04.02 11:35 UTC / ロシア・カムチャツカ半島

 

「……何だこれ、変な形。妙な臭いだし……まあキラキラしてるし、持っていこう」

 

 鼻先をひくつかせ、尻尾を揺らすと、彼女は金色の小さな筒を咥えた。

 金にも似た真鍮の輝きに少し気分を上げながら、シェリトは「筒」を「財宝庫」に仕舞う。

 それが、かつて彼女がいた山においても多くの命を奪った「銃弾」だと、知ることもなく。

 彼女は、ライダーの宝具『黄金貪界・欲竜の宝蔵』(グニタヘイズ・アゥズガルズ)の一区画を借り受けていた。

 それはファヴニールの所持する「ラインの黄金」及び、彼の巣穴そのものが宝具化したもの。自身の財宝を、常に手元に置き続けるための「竜の財宝庫」。

 

 その片隅に作られた、シェリトが収集した宝石などを置く小さなスペース。

 ここに限れば、念じることでいつでも宝物の出し入れをすることができるようになったのである。

 ライダーが身を休めている間、暇を持て余したシェリトは付近の森を散策していた。

 大地は雪に覆われ、空気も乾いて冷たい。吐く息は白かった。

 だが、水中に捕食者が潜むマングローブ林よりはよほどいい。

 やがて、かつて猟師が使っていたらしい寂れた山小屋を見つけ、一眠りしたのち内部を物色する。

 

 そして、その戦利品を床に並べて眺めていた。

 銃弾の薬莢が三つ。装飾の施された手鏡。双眼鏡。銀色の指輪。

「……やっぱり、あの筒が気になる。……まだ無いかな」

 火薬の残り香を頼りに、シェリトは山小屋の中を嗅ぎまわる。

 ほどなくして、黒くて長いケースを発見した。

 牙を使ってどうにか外装に穴を開け、引き裂いていく。

 裂け目から、かすかに金属の光が覗いた。

 期待に胸を膨らませて中を暴く。

 だが、出てきたものを見て、思わず顔をしかめた。

「……なーんだ。ここだけしか光ってないし」

 中にあったのは、木と黒い金属でできた長い棒のような物体。

 一部は光沢を持っていたが、全体的には地味で重たげだった。

 詐欺だこんなの、と言いながら彼女は脇にあった金色の筒の箱を拾い上げる。

 興味は既に別の物へと向けられていた。

 ――勿論、その正体が「銃」であるとは知らずに。

 

 

 ライダーが休息の場所に選んだのは、カムチャツカ半島のクリュチェフスカヤ火山。

 ユーラシア大陸で最も高い活火山、その内部のマグマに身を浸し、膨大なマナと一つになっていた。

 赤熱する毒気と炎のうねりが、彼の鱗の隙間から吸い込まれていく。

 ランサーから奪った宝具、『蛇神咆吼・蒼毒劫火』(ニーラカンタ・ハーラーハラ)の制御は、彼をしても一筋縄ではいかない。

 熱と毒が混ざり合い、体内を焼くたび、鱗の下の神経が悲鳴を上げた。

 

 それでも彼は牙を食いしばり、沈黙のままマナを呑み込み続ける。

 自らの「欲望」を為すために……負けるわけにはいかなかった。

 

 彼はかつて最初にランサーの「国」に突入した際、一瞥してその在り方をおおよそ理解した。

 目に映ったのは、逃げ惑う矮小な命。彼らを避難させ、護らんとする幻想種たち。

 残された、学校の如き空間。

 それは、彼にとって唾棄すべきものであった。

 王とは、支配者とは――その一人が全てを掌握するべきである。

 知恵も、学問すらも。

 民衆など愚劣であればよい。

 王のための奴隷であればよい。

 力を持つ者のため、弱者は全てを捧げるべきだ。

 王はその頂点に立つ、強欲の絶対者であるべきだ。

 

 しかし、それは彼にとっての理想論に過ぎない。

 ……そのための力が、まるで足りていない。

 彼はそう自覚している。

 「悪竜現象」。

 ファヴニールが存在し得るテクスチャにおいて、身に余る欲を抱いた者が邪竜へと変貌する現象。

 それは過去に数度発生し、そして「竜殺し」たちによって破られている。

 この世に悪は栄えない、とでも言わんばかりに。

 凡百の英霊など鏖殺できる黒き竜でも、「無敵」には程遠い。

 

 この聖杯戦争は「ただ強い」だけでは勝てはしない。

 どんな英雄にも覆しようのない、圧倒的にして絶望的なまでの力が要る。

 彼は、この世界に喚ばれた時のことを思い出す。

 自らの爪にすら満たぬ、矮小な命の瞳に映っていたものを。

 ――己の弱さを自覚した故の閉塞感と、それでもなお欲を譲らぬ我の強さを。

 

 それは、かつての「彼ら」と同じだった。

 父を殺し黄金を奪い、「悪竜」と化す以前の/魔術師によって造られた、ヒト未満の消耗品でしかなかった時の――

 何者でもなかった頃の自分と。

 故に、言葉にせぬとも心の奥に誓った。

 その閉塞を打ち破る者となることを。

 誰にも憚ることなき、絶対的な覇者となることを。

 

 

「……もう、そろそろ約束の時間……だと思うけど。……ライダー、大丈夫かな」

 

 山小屋に住み着いていたネズミを齧りつつ、シェリトは窓の外に聳える山を見上げる。

 窓に映る、神秘的な白い山嶺。

 ――突如、轟音と共にその山頂が爆発した。

 地面が揺れ、小屋の木材が鈍く軋む。

「……っ……な、何事……?!」

 声にならない声を漏らし、雪を蹴って外に出る。

 慌てて周囲を見渡す。夜の帳を裂いて、眩い光柱が空へと伸びていた。

 黒煙が広がり、舞い上がった火山灰と共に夜空をまるごと埋め尽くす。

 そして――

 

 雪の上を、シェリトは全力で走っていた。

 理由は分からない。

 ただ「あの場に留まれば死ぬ」と、本能が全力の警鐘を鳴らしていた。

 あの山から、可能な限り離れなければいけないと。

 ふと、背後を振り返り――絶句する。

 山の中腹から流れ下る「炎」が、風よりも速く森を呑み込みつつあった。

 火砕流。

 高温の火山ガス、火山灰、軽石、岩塊が混ざり合った、灼熱の雲。

 それは時速数百キロで斜面をなぎ倒し、森も獣も容赦なく瞬時に焼き尽くす。

 木々が燃え、霜に閉ざされた地面が真っ赤に灼けていく。

 かつての山小屋は、もう影も形もない。

 シェリトは目を瞑ったまま、必死に雪原を駆けた。

 

 だが、耳元に迫る轟音は、もはや背中に触れるほど近い。

(もう、駄目なのか。こんな所で――)

 

「……フン。あのような開けた場所に居るものではない。空から見れば格好の獲物だ」

 声と共に、体が宙に浮き上がる。

 耳に響いたのは、聞き覚えのある低い声だった。

 目を開いた瞬間、シェリトの視界を黒く硬質な鱗が埋めつくす。

 遥か下では、森林を焼き尽くした灼熱の暴風が唸りを上げていた。

「……っ……ありがと……ライダー……」

 シェリトの全身から力が抜けていく。

「流石に……死ぬかと……」

「阿呆め。これは聖杯戦争。死は常に隣り合わせだ、それを自覚しろ。休戦の猶予は、もはや無いに等しい」

 

「――クク、全くもってその通り。だが、あの噴火はお前のせいだろう。責任転嫁は善くないと思うね、俺は」

「……っ!?」

 シェリトは、思わず跳ね起きる。

 飛行中のライダーの眼前に、突如現れた黒い蛇。その背に乗る、小さな竜。

 言うまでもない。バーサーカーと、そのマスターだった。

 

「ごきげんよう、ライダー。どうやら宝具の制御はそれなりに上手くいったらしいな。だが、果たして“世界を焼き尽くす毒”などという劇物中の劇物――そんなものをお前は何故手に入れようと思ったのか。何故そんな無茶を選んだのか。何故“あの方角”を目指しているのかァ!……その答えはただ一つ」

 

 何故か楽しそうな態度のバーサーカーに、ライダーは冷ややかに答える。

「……黙れ。貴様が我の何を知る」

「当然、全てを知っているとも。何故なら俺は悪魔だからだ」

 

 そして、バーサーカーは告げる。

「――そう、俺は知っている。お前が既に、敗退したキャスターからルーラー・ティアマトの情報をある程度聞き出していることも」

「――ッ」

「ライダー・ファヴニール。お前はこれから、原初の母に挑み――その宝具を奪おうとしている。そうだろう?」

「だとすれば……どうする」

 不愉快な言葉に怒りをにじませながら、ライダーは低く言う。

「決まっている。手を貸そうじゃないか」

 不可解なその言葉に、ライダーの眉間がさらに険しくなる。

 

「ティアマトの打倒は、俺の相棒――ネゼミアの悲願でもある。“最強”という証明。俺たちにとって必要なのはそれだけだ。相棒が裁定者を倒した後は、宝具でもなんでも、好きに奪えばいい」

 

 バーサーカーがそう言い切ったのを聞き、シェリトは混乱して聞き返した。

 

「……え、え、ちょっと待って……バーサーカーじゃなくて……マスターの方が……?確かに、ネゼミアの強さは知ってるけど……いくら何でも無茶どころじゃ……!」

 

 湖での戦いをシェリトは思い出す。

 バーサーカーとアサシンがいたとはいえ、ライダー相手に不意打ちを成功させ、一切反撃を受けなかったあの振る舞いを。

 しかし、それでも「不意打ちによる一撃」が精一杯なようにしか思えなかった。

 

「その通りだ、シェリト嬢。これは、正に“大海全てを飲み干そうとする”ほどの、限りなく無謀な挑戦だ」

 

 落ち着き払った声でバーサーカーが言い、続けて言葉を重ねる。

 

「だが、忘れたわけじゃないだろう? ルーラーの最高特権、“全サーヴァントへの二回の命令権”。それを俺の相棒は受け付けない。これは大きなアドバンテージだ」

「そ、それは……そうかもしれないけど……」

 シェリトの声は、戸惑いの色を隠せなかった。

 それでも、バーサーカーはどこか愉しげに微笑しながら言い放つ。

 

「もちろん、それだけじゃないさ。――それ相応の“切り札”は、持ち合わせているとも」








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