Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第26話:夢幻泡影

2020.04.02 23:08 UTC / マリアナ沖 「生命の海」 視点:ライダー

 

 まるで、世界を赤黒く染め尽くすかのような光が迸る。

 ネゼミアの『黎明の撃鉄』(リベルタス・リボルバー)が放った二発目の「令呪弾」は……ルーラーの魔力砲を穿ち、その胸部に届いた。

 丁度、そこは毒の刀身が貫いた地点。

 禍々しき閃光と鮮血が、巨神の背から飛び出していく。

 間違いなく、それは奴の霊核に対して決定的な損傷をもたらした。

 巨竜の体が溶け始め、崩壊していく。

 

 ただ、このまま消滅されては困る。

 それでは、宝具を奪うことができなくなる。

 ここで手をこまねいている暇はない。

 素早く奴に向けて接近しなければならないが……我にも余裕はない。

 『毒竜の血鎧』(ブロズハムル・ファヴニール)は性質上、強化の無効を付与する『毅き仔よ、創世の理に抗え』(ナンム・ドゥルアンキ)との相性が最悪に近い。

 一方、セイバーから奪った『盾鋼の聖獣』(クストーディア・タラスコニス)は奴相手に防御効果を覿面に発揮する。

 これを展開しながら、ネゼミアの穿った「砲撃の穴」を通って上空へ逃げ切るしかない。

 「母」が致命傷を負ったことでラフム共が動揺し、攻撃を止めた隙をついて飛行を開始する。

 奴らはああ見えて、「個」ではなく「群」の生命体。

 母体たるルーラーが死ねばもろともに消滅するが、逆に言えば奴らの生はルーラーの死を否定する。

 ネゼミアの銃の装填数は、記憶が正しければ合計十四発。戦場に轟いた銃声は、十三回。

 令呪弾で「竜体」を完全破壊し、露出した「頭脳体」にとどめを刺すつもりなのだろう。

 ……そのつもり、だったのだろう。

 

「――っ、そん、な……」

 小さな震え声。

 背にいたシェリトにも、見えてしまったようだ。

 重力に従い、空をゆっくりと落ちていく銃が。

 

 きっとその肉体は、まだ辛うじて生きていた。

 だが、それより先に――彼女の「魂」が、燃え尽きていた。

 「悪魔の契約」の、代償を払って。

 

 砲撃が、到達する。

 小さな竜の「亡骸」は、当たり前のように消滅していった。

 その結末に、思うところがないわけでもない。

 だが、同じ運命を辿るわけにはいかぬ。

 

「グゥ――ッ――ア、アァァァ――ッ!!」

 全身に襲い掛かる、圧倒的な質量。

 展開していた「大盾」が、あっという間に砕け散る。

 だが、これで「空白」は二つできた。

 

「――『灼熱竜息・万地融解』(アカフィローガ・アルグリーズ)ッ!!」

 

 黒炎を、再び海に向けて解き放つ。

 その放射は、攻撃ではなく「移動」のため。

 ジェット噴射の要領で、炎は肉体を砲撃よりも上方へと押し出した。

 火山に浸かり、ようやく修復した肉体は、再び極大の損傷を受ける。

 以前と同じ……いや、それ以上だろうか。

 だが、賭けに勝ったのは我の方だ。

 翼を大きく広げ、赤色の海原を駆け抜ける。

 

『簒奪竜の呪欲牙』(アンドヴァリナウト・グラエイジル)ゥア゙ァァァッ!!」

 

 もはや、【ネガ・ジェネシス】は機能していない。

 『黄欲絶嵐・咬滅竜焔』(フロッティ・エイトルスヴァルト)によるダメージは十分。

 宝具を奪う条件は、満たされている。

 崩壊しかけた巨体の首に、勢いを乗せて喰らい付く――!

 

 

 遂に巨竜は、完全に崩れ落ちた。

 大海を埋め尽くしていた泥が、白き「獣」たちが、泡のように消えていく。

 呑み切れなかった不滅の権能は、喉の奥で渦を巻いている。

 だが、それも時間の問題だ。神殺しの果実は、もはや存在しない。

 悪魔の戯言は、戯言のまま終わった。

 もはやこの戦い、我らの――

 

「――『始原虚識・零文之書』(ゼロ・アーカイブ)

 

 ばぎり。

 

「――あ?」

 

 背中に響いたのは、三つの異音。

 そこにあり得るはずのない声。

 障壁が割れる音。

 そして、「肉」が裂かれる音だった。

 

2020.04.02 23:25 UTC / マリアナ沖 視点:シェリト

 

「い、づ――ぁ……!?」

 

 視界が、じわじわと赤に染まっていく。

 右前足に走る、途方もない激痛。

 理解が追いつかない。

 そこにあったはずの、令呪が刻まれていた足が――喰い千切られていた。

 

 ……そんなことが、起こるわけがない。

 ライダーの魔力障壁に、私は守られていたはず。

 ルーラーの攻撃でさえ、ライダーが代わりに傷を負ったとはいえ壊れなかった。

 だから、こんなことが起きるはずはないのに。

 なのに。なのに、どうして。

 ましてや、それをやったのが――

 

「ダルグレイン――おまえ、なんで……!?」

 

 視界に映るのは、灰色のオオカミ。

 返り血に濡れた口元が、何より現実味を帯びていた。

 ライダーが殺したキャスターの、元マスター。

 ランサーを倒した後、あいつはセイバーやアーチャーと一緒にいるだろうと考えていた。

 ライダーへの「復讐」を狙っているのだろうとは思っていた。

 だからといって――今、こんな海の真ん中に出てくるなんて。

 

「何故、か」

 

 語りかける声や口調は、かつてのものとはまるで違っていた。

「――ただ此方(こなた)らが、“()()の敷いた道”を走り抜けただけに過ぎず。そこに、“何故”など初めからありはしない」

「な……っ、」

 ……まるで意味がわからない。

 

(私たちは、こいつの思惑通り動いていただけだということ……!?)

 

 だが、本当の絶望はここからだった。

 

「預託令呪三画を以て命ず。騎兵の座よ、我に呼応せよ。――『秘宝暴きし双頭の魔(ヴァラク・テザウルス・セルペンス)』。“生命の海”を、此の手に」

「きさ、ま――ガ、ああああああああッ……!?」

 

 ライダーの巨体が、力を失って落ちた。

 天から真っ逆さまに、氷上へと叩きつけられる。

 私もまた、その背から振り落とされ、氷に転がる。

 

 そして、見てしまった。

 ライダーの顎から、

 呑み込みかけていた「黒い泥」が、引きずり出されていくのを。

 ライダーとの契約が、私からダルグレインに移り――

 ルーラーの『始源の海、幼年の終わり』(タムトゥ・エンウム)を、更に奪われるのを。

 だが、異常はまだ続く。

 

「――『黒猫竜の偸盗』(アイトワラス・ユオダ・カテ・ヴァギステ)

 

 一瞬でダルグレインが倒れたルーラーに近づき、「令呪を抜き取った」のだ。

 ……どうやって? わからない。

 でも、なぜか「そうした」と確信できた。

 体が震え、視界が揺れる。

 それでも私は、意識を手繰り寄せる。

 

「やはり、裁定者の錠は――死に瀕してもなお、堅牢か」

 

 ……だが、それは上手くいっていないようでもあった。

 意識が飛びそうな中、ふらつきながらも体を起こす。

 ――目指すのは、視界の端に映っていた黒い輝き。

 金色の腕輪が奏でる旋律で、恐怖と痛みを押し殺す。

 そこへ、走る。這うように、ただまっすぐ。

 戦いの中、私はライダーに教えてもらっていた。

 ネゼミアの武器が、一体何だったのかを。

 

「――それは、何のつもりだ。少女よ」

 

 ダルグレインが、ゆっくりと振り向く。

 その口調も表情も、冷たい水のようだった。

 私の残った前足には、『黎明の撃鉄』(リベルタス・リボルバー)が握られていた。

 いや――ほとんど体全体を使って、それを支えているようなものだった。

 重すぎる。けれど、離さない。

 

 ……「休戦期間」中に見つけた、六つの金色の筒。

 大きさが違うそれも、問題なく込めることができた。

 ネゼミアが撃てなかった最後の一発も、ここにある。

 

「此方は既に令呪を失っている。魔術師ならぬ身に、覆水を盆に返す術は無し――そして、命を奪う手段を携えた時点で、形は意図を免罪せぬ。此の身もまた、応じる道理を得たということだ」

「黙れ……黙れ――ぇぇぇッ!!」

 

 どこまでも高みから見下ろすような、無機質な声。

 無謀だとは分かっている。

 それでも、どうしてもその態度が我慢できなかった。

 何より私から「奪おうとする」奴を、絶対に許すことができなかった。

 

 痛みに耐えながら、引き金を引く。

 襲いかかってくる反動で氷上を転がり、更に傷つけられながら。

 それでも、弾丸は飛んだ。

 私の意志に従って――七つ全部が、ダルグレインへと向かって。

 

 ――だが。

 

「――『蛇竜展翅・虚滅之翼』(スヴァルティル・ヴェンギル・リンノルムス)。……是非も無し」

 

 突如、ダルグレインの姿を「緑の翼」が覆い隠す。

 一瞬で、撃ち放った弾丸は全て弾かれた。

 

 その翼を、私は知っている。

 かつてライダーが奪い、幾度となく振るってきた宝具。

 何度も目にしてきたはずの「力」。

 ――だから、そこにあるはずがないのに。

 翼が開いた時、ダルグレインはいなかった。

 いたのは、蛇と竜の中間のような怪物。

 殺したはずの――キャスター・リンドヴルム。

 

「無銘たる此の身に、一切の神性は宿らず。神殺しの魔弾が、響くことはない。――まして、魔術に類する力であるならば」

 

 ……腹部に痛みが走る。

 流れる血。焼け焦げたような弾痕。

 キャスターの翼が、銃弾を一つだけこちらに向けて跳ね返したのだ。

 銃が、零れ落ちる。

 それは、金の光となって空気に溶けていった。

 初めから、そんなものはなかったかのように。

 だが、キャスターの視線は別の方向に向けられていた。

 

「……時は尽きたか。――何処までも、余計なことを」

 

 そう言い残し、キャスターはライダーの巨体を伴って姿を消した。

 再び、海は静寂に包まれた。

 いや……もはや、耳が機能していないのだろう。

 私の手には、何も残されていなかった。

 令呪も。力も。

 そして、私の愛していた「輝き」も。

 すべて、零れ落ちていった。

 

 ――そんな時。

 胴体の大半を泥に還したティアマトの「頭部」が、ゆっくりと傾いた。

 膨大な質量を支えていた胴の崩壊により、残された頭部が自然と重力に従って落ち――

 巨大過ぎる赤い十字の瞳が、私と合う。

 視界を埋め尽くす、赤色の魔眼。

 

 ……そういえば、ライダーは言っていた。

 アレは、絶対に見るなと。

 

 もはや、腹部の痛みすら感じなくなった。

 きっと私は、もう終わりなのだろう。

 それでも、その「星」の煌めきは。

 ――今まで見た、どの輝きよりも美しかった。

 

 氷が溶けていく。

 私の体は、ゆっくりと海へ堕ちていく。

 

(ああ……欲しかったなあ)

 

 私は、最期まで――上を向いていた。

 届かぬ(かがやき)に、どこまでも手を伸ばして。

 

2020.04.01 07:16 UTC / 日本 富山・黒部ダム 視点:ダルグレイン

 

 ……石の床に叩きつけられ、消滅していく肉体を想起する。

 自分が死んでいく光景を傍から眺めるというのは、なかなかに奇妙な体験だった。

 

(――むしろ、正気を保つ方が困難と言える。死のもたらす肉体的・精神的苦痛を、同時に浴びているのだから)

 

 念話で返答が来る。

 体の痛みはともかく、「自分が死ぬこと」を見るのには慣れてしまっている。

 これで――百十二回目だ。

 

(几帳面なことだ……さて、黒き炎が去り、東より吹くは青き風。吉兆だ)

 

 キャスターは念話でそう言うと、「オレの姿」で――迫真の演技で叫び始める。

「ゲボッ……た、助けてくだせぇー……! だ、誰かァ……! しに、死にたくねぇ……!」

 今にも命の尽きようとする哀願の吠え声が、山間に響き渡った。

 

「ちょっ!? アーチャー、見てアレ! 下! ヤバイんじゃないの!?」

 その直後、甲高い鳥の声が空から飛んできた。

 青い竜――アーチャーと呼ばれた存在がその声に反応する。

 竜はオオカミの背を確認し、素早く降下してその体を回収した。

 ――その令呪の痕が、綿密に偽装されたコピーであるとは知らずに。

 

 今、キャスターはオレの魂を「殻」として纏っている。

 自分でも理解しきれているか怪しいが……キャスターがオレで、オレがキャスターだ。

 死体は偽装されたまま回収され、復活の刻を待つ。

 目的のためには、どれだけ浅ましく振る舞うことも厭わない。

 そこに、プライドは一切必要ない。

 

 かくして「サーヴァントを失ったマスターであるダルグレイン」は、アーチャーの庇護下に入った。

 全ては――どんな回り道をしてでも、「創世の女神の力」を手に入れるために。

 

 ……まあ、それにしたって少し前のオレの演技は酷かったが。

 キャスターの話し方は無機質で、詩的で、曖昧だ。

 あんなの、そうそう真似できるかってんだ。

 

2020.04.02 23:40 UTC / マリアナ沖 視点:ルーラー

 

 二つの命の、喪失。

 「子供たち」の、報われぬ死。

 深い哀しみの感情が、辛うじてわたしの意識を保っていた。

 この命は、もはや消える寸前。

 裁定者として死ぬわけにはいかないと、分かっていても……このままでは。

 

「――『水禍、深淵より来たる』(ディルヴィウム・デ・プロフンディス)ッ!!」

 

 突如として、わたしの体を黒い波が包み込んだ。

 同時に、回復魔術の光が降り注ぐ。

 「竜体」は砕け散った。

 だが、「頭脳体」のわたしは――辛うじて、息を吹き返した。

 

「流石だセイバー。お前の“海”は、“創世の海”に限りなく近い、生命の根源たる水。今の彼女を修復するには、一番効果のある薬だ」

「……ワシは納得してないからな、バーサーカー。そもそもお前らがルーラーを倒しに行ったって聞いてるのに、何がどうしてこうなった?」

「俺もそれは気になるけど……それより! 大丈夫ですかァーっ!?」

 

 少しずつ、体を起こす。

 視界に映ったのは、セイバーとアルヴェイルと……バーサーカーだった。

 見ると、アルヴェイルの令呪が残り一画になっている。

 セイバーの宝具解放のために使用してしまったのか。

 ……わたしを、助けるために?

 

「実際そうではあるんだが、もう一つ。お前が呑み込んだ『蛇神咆吼・蒼毒劫火』(ニーラカンタ・ハーラーハラ)を“消火”する目的も大きい。セイバーの宝具は、あらゆる火属性攻撃を打ち消す作用がある。海洋汚染はよろしくないからな!」

「お前の手柄でもないのに喧しいな……」

「回復魔術は俺がやってるからいいんだよ!」

 

 バーサーカーの霊基は、既にアヴェンジャーの偽装が解けて元に戻っている。

(彼は【単独行動】のスキルを持っていないはずだが、なぜマスター死亡後も平気で現界を保っているの、か……!?)

 

 【真名看破】が、信じられない理由を告げる。

 だが、今はそれどころではない。そこは本題ではない。

 「休戦」決定時にキャスターの分の令呪が消費できたことから、何らかの形で彼が生き残っているのは分かっていた。

 それをわたしが口にしなかったのは、公平性を保つため。裁定者としての責務だ。

 

 だが――令呪の簒奪となれば、話は別だ。

 キャスター用の残り一画、そして保管していたランサー用の二画。

 こう表現するのも気が引けるが、キャスターがシェリトの足掻きに意志を向けたことで、セイバーたちの到着が間に合った。

 その結果、他陣営用の令呪は奪われずに残ったのだ。

 これは、再びルーラーとしての権限を行使すべきだろう。

 そう考え、サーヴァントとマスターたちへの呼びかけを試みようとしたその時。

 ――海面に、キャスターの姿が映った。

 

2020.04.02 23:45 UTC / アイスランド→マリアナ沖 視点:セイバー

 

 アイスランドにおけるアサシンとの戦いをアーチャーに任せ、海に向けて「転移」したはいいものの……具体的な座標が分かっていたわけではない。

 とはいえ、アサシンの追跡を振り切るにはそうするしかなかった以上、ワシらは「歌の方向」を目がけ、とにかくひたすら向かっていた。

 

 しかしそれに伴い「歌」は音量を増し、ワシらにも無差別に悪影響を及ぼした。

 ワシはともかく、マスターへのダメージは無視できない。

 やむを得ず、ワシらは深海にまで一気に潜った。

 海中では、空気中で響く音は相当遮断・減衰するはずだと。

 

 ……確かに、減衰はした。

 しかし、実はこれがとてつもなく危険な行為だったと知るのは――ルーラー・ティアマトの第二宝具の情報を得てからである。

 

 海中を移動しつつ出方を窺っていると、「上」の様子がおかしいことにマスターが気付いた。

 なんと、いきなり水面が凍結し浮上すらできなくなってしまったのだ。

 こんなことは、サーヴァントの宝具でもなければあり得ない。

 破壊することも考えたが、氷の上がなぜか真っ黒に染まっていくのを見て止めることにした。

 

 この時は直感からまずいと思ってただけだが、あの真っ黒な海こと『始源の海、幼年の終わり(タムトゥ・エンウム)』に沈み、浮上する者は細胞単位で変質し、ティアマトの眷属にされてしまうという。

 ……一応ルーラーは敵ではないとはいえ、何が起こるか分からない。実に危ないところだったのだ。

 

 「世界の裏側」を使った疑似転移は、水中では速度が出ないせいで使えない。

 さてどうする、と海底で手をこまねいていたところ……

 目の前に突然現れたのは、なんとバーサーカー。

 その霊基は異様に弱体化していたが、今思えば単純に「マスター不在だったから」なのだろう。そもそも【単独行動】も無いのに、マスター不在で現界を保てる時点でおかしいのだが、それをおくびにも出さず奴は状況を手早く解説した。

 バーサーカーのマスター、ネゼミアは――ルーラーと、事実上の相討ちに至ったこと。

 ライダーがルーラーの宝具を奪い去ったこと。

 そして死を偽装していたキャスターが現れ、ライダーのマスターから契約とルーラーの宝具を奪い取ったこと。

 そしてこのままでは、ルーラーの命が危ないこと。

 

 それを聞いたマスター・アルヴェイルは、即座に言った。

 ――「ルーラーを助けよう」と。

 実際、現状を放置しておけば大変なことになる……そう予感したから、ここに来たのだ。

 

 かくして、バーサーカーに言われるままマスターは令呪を使用した。

 海上に転移するとともに再び一時的な「霊基の若返り」を為し、『水禍、深淵より来たる』(ディルヴィウム・デ・プロフンディス)を発動したのであった。

 

 そして、時刻は現在に戻る。

 海面に光る映像には「緑色の、蛇に近い姿の竜」がいた。

 少なくともこの聖杯戦争で、ワシらはこいつと会ったことはない。

 だが、かつてそいつが「いた」ことは聞いていた。

 ……他ならぬ、そいつの隣に立つダルグレインから。

 

「聖杯戦争に参加せし、全陣営に告げる。我が名はキャスター・リンドヴルム。死を偽りし此の身は、主たるダルグレインと共に現世へと舞い戻った」

 

 なんだなんだ、とマスターが背の上から顔を出す。

 

「――第一に。戦いの中核たる“大聖杯”は、既に我が手にある」

「なん、だとォ!?」

「うえェッ!?」

 

 思わず驚愕の声が同時に漏れる。

 キャスターとダルグレインの生死については一旦いい。

 それより、大聖杯が既に掌握されているというのは大問題だった。

 大聖杯とは、敗北・死亡したサーヴァントの魂を貯め込んで奇跡を――

 第三魔法を成就させるための聖遺物。

 聖杯戦争の管理、運営を行うためのシステムそのもの。

 ワシらが奪い合う、「万能の願望機」。

 ……ということらしいが、そもそもそれがどこにあるのかは不明だった。

 

 加えて聖杯はサーヴァントの魂の格次第で、およそ五騎分でも願いを叶えるのに足りることがあるという。

 その聖杯を既に確保されているとなれば、ワシらが願いを叶えることは困難どころではなくなってしまう。

 

「まあ、落ち着いて続きを聞こうぜセイバー。そうしたいなら、大聖杯を確保しているなんて言う必要がそもそもないだろ?」

「た、確かにそうだが……」

 

 バーサーカーの声に、多少の冷静さを取り戻す。

 見計らったかのように、キャスターは再び話し始めた。

 

「そして、此の身において“聖杯戦争の勝利”は通過点に過ぎず。――真なる目的は、この世界の“剪定”を拒み、未来永劫たる“編纂事象”と成すことにある」

 

「――なん、だと?」

 

 今度こそ、思考が完全に止まる。

 キャスターは語った。

 この世界は、既に詰みかけている。

 人類の消滅したこの世界は、もはや百年も続かない。

 彼らが積み重ねたままの無数の問題は、未解決のまま星を破綻へと追い込む。

 数多の並行世界と同じように、遠くない未来に剪定される定め。

 

「これは、宣戦布告だ。かつて神秘を貶め、命を燃料とし続けた末にヒトは消滅の道を辿った。故に、此の身は“世界の裏側”から飛び立った。砂漠において一粒の砂金を見出すような、この低確率の世界を剪定させはしない。――この事象を固定し、幻想の王たる竜が頂点に立つ世界を作る」

 

 キャスターは宣言した。必要な材料は、全て揃ったと。

 ――その体には、黒い泥で形作られた第三の腕があった。

 

「大聖杯。生命の海。不死の霊薬。全てを糧とし、此処に大儀式を起動せん。今こそ、我らは祈りに依らず立つ者となる。

因子は芽吹き、旧き星の地平を拓く。――発動せよ。『終環記章・竜蛇胎蔵界』(ドラゴン・リベレイション)

 

 揺れも、震動も、咆哮すらなかった。

 ただ、圧倒的な「冷たさ」が世界に走ったような気がした。

 

「――なんとまあ。アイツ、“ここまでできる奴”だったんだなあ」

 

 バーサーカーが、手元に出現させた端末をワシらに見せる。

 そこには、複数の角度・縮尺から撮影されたらしい映像が映っていた。

「……まさか、これって」

 その一つを見たアルヴェイルが、呆然と呟く。

 空を飛べないマスターは、航空写真を見ても場所は分からないのでは? と思ったが、それは違った。

 マスターが見たのは……ズームされて映った、白い大地を歩む「二足歩行の鳥類の群れ」。

 この地球上で()()()()()()()()()()()()()()()――コウテイペンギンたちだった。

 

「南極の映像なのか、これは……!?」

 続いてワシが見たのは、大気圏近くから撮影されているらしい航空写真。

 白銀の大地に、火山を中心として広がる魔方陣。

 直径は……優に百キロを超えている。

 

「時間の経過、もしくは此の身の勝利により、儀式は完遂する。止めたくば、好きにせよ。――できるものならば」

 












『子ぎつねヘレンがのこしたもの』とか好きです
教訓?エキノコックスがあるから野生の狐には絶対に触るなってことかな……
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