2020.04.01 00:01 UTC / インド・ケーララ州の森 / 視点:パラニール
自慢ではないが、私の体は非常に大きい。
「ヒト」が「インドゾウ」と呼ぶ我らは、彼らの数倍の体躯を持つ。
おそらく、この地上にある生命の中で我らこそが最大級の種であろう、と。
つい先ほどまで、そう思っていた。
「吾を喚びしは……汝か。吾はサーヴァント、ランサー……」
――目の前にいる「蛇」に比べれば、私はあまりにもちっぽけだった。
いや、比較することすら畏れ多い。
まるで、聖なる流れ……ガンジスの大河を目の当たりにしたかのようだった。
その体は真珠のように白く、頭部には美麗な宝玉が飾られていた。
「汝は何を望み、何を願う……何のために、殺さんとする……?」
私は、震える声で答えた。「平和と平穏」。
それを「知り」、実現することだ……と。
すると、ランサーと名乗った蛇神は――その頭を垂れた。
それは「従属」ではなかった。「共に歩む」者として、対等の眼差しを私に向けていた。
「……承知した、召喚者。吾は、汝の願いに寄り添おう」
「……そして語り合うとしよう。それには……然るべき場所が必要だ……」
彼は複数の首で、厳かにそう言った。
◆
2020.04.01 16:32 UTC / インド・ケーララ州 / 視点:セイバー
すると国があった。
「……おっかしいなあ。ワシら、さっきまで鬱蒼とした森の中にいたのでは?」
思わずぼやく。
隣にいるアーチャーも、さすがに少し驚いているようであった。
「魔術による結界、構造操作――いや、これは宝具による“国そのものの召喚”か」
「マジかい。幻覚の類とかではなく?」
「真である。内部に魔力反応多数。最低でも千以上の命の気配が感知される。疑いはない」
「うちのアーチャーは冗談なんて言わないからこそ怖いわねえ!!」
「……今更だが、罠の可能性はねえのか?」
「いやあ、そうは言ってもこのままじゃまずいのも事実でしょ、セイバーの旦那。ここはあっしを信じてくださいよ、へへ……」
「まあ、それはそうなんだが……」
霊体化を解除し、実体となってそれを観察してみる。
巨大な石造の外壁。霊脈に刻まれた陣の輝き。
そして門の前には人間のような腕を持つ、身長2?3mほどの蛇が何体かいた。
いわゆる「ナーガ」と呼ばれる幻想種だ。
全身を武装しているの見るに、門番を務めているのだろう。
こちらに気付くと、彼らは金属音と共に近づいてきた。
「そこで止まれ」
「ここより先は神域。踏み入る者の素性、然るべく問わせてもらおう」
門番たちは、竜種である我々を見ても全く怖じ気づくことはない。職務としてはさすがと言うべきだろう。
道案内のため先頭に立っていたダルグレインが、腰を低くして答える。
「へっへ……こほん。いや実は、こちらの竜の御仁がたいそう酷い傷と呪いを受けてしまいましてね……知ってます? 近ごろ我が物顔で暴れ回っている、山そのもののような黒き竜! 奴に襲われたんでさあ。
ここならそれを治すことができる薬があると風の噂でお聞きしまして、どうかどうか、その恩恵にあずからせてもらえないかとォ……」
それを聞き、門番たちは顔を見合わせる。
「――なるほど。そなたらも、あの黒き厄災の被害を。災難だったな」
「奴は先刻、この国にも出現した。不敬極まりないことに、狙いは我らが神であった」
「無論、我らが神が負ける道理はなし。追われる鼠のごとく退いていった」
「ならば拒むこともない。我らが神の霊薬であれば、呪いを解くことは容易だ」
……想像以上に、容易に門は開いた。
門番たちに続いて内部に進むと、今度は空間そのものが切り替わったような感覚に襲われる。
「お前も気が付くか。この壁の内部は、外部との時間の流れが異なっている」
いつの間にか、アーチャーは青髪の人間の姿に変身していた。
確かに室内において、あの長い竜の姿では面倒だということは分かるが……
「……何故伊達メガネを?」
「マスターの趣味である」
「……そっすか」
ワシのマスターに比べると、アーチャーのマスターは妙に人間臭いというか……
確かにインコやヨウムのような鳥は人の言葉を覚えるので、念話ではなく直接喋っているのも頷ける。だが、何があったらこうなるのだろう。
しかも本人(鳥)は照れているのか、やたら静かだった。
「この国における一日は、外における一時間だ。現在は我らが神によってそう“設定”されておる」
門番が解説する。……ううむ、「設定」とはな。
この国の宝具の持ち主こそが、南極の機械で確認された「超巨大な魔力反応」の正体であることは想像に難くない。
陣地を構え、他のサーヴァントを待ち構える戦法というのは理解できるが……
それなら、ワシらが入ることができたのはどういうことなんだ?
そう考えていると、開けた場所に出た。
「お、おお……!?」
――そこは、一言でいうならまさに「動物たちの国」というような場所だった。
野生動物たちが、争い合うことなく暮らす「平穏」を体現したかのような世界。
太陽は存在しないが、代わりに天蓋には金色の暖かな光が満ちている。
そして、門番と同じようなナーガたちが食物を用意したり……
「学校」めいた場所で、動物たちに教育を施しているのが見えた。
「……興味深い光景である。勤労の義務ならぬ、学問の義務と言うべきか」
アーチャーが呟く。いくら何でも理解が早すぎるが、どうやら門番たちの反応からしても間違っていないようだ。
教壇には、板に文字を書き規則を説くナーガ。
その前には、話に耳を傾ける動物たちがいる。
突拍子もない光景は、夢でも見ているかのようだった。
「その通り、この国における“労働”は全て我々が担当している。その代わり、彼らは我らが神の教えのもと、学びを深めることが定められている」
「知恵を深め、野生という混沌から脱すること――それこそが平和・平穏への道だというのが、我らが神のお考えだ」
……その「学校」の一つに興味を持ったようで、マスターはペタペタとそちらに歩いていく。
「ああもう、アルヴェイル! セイバーの傷を治すのが先なんじゃないの!?」
「いや、いいさ。自分から興味を持った時こそ学びは捗るものだろ。ワシのマスターがそうしたいって言うんだ、傷なんか後回しでいいわい。大体、お前さんもアレが気になってたように見えたが?」
……ぐぎぎぎ、とよくわからない呻き声を上げるレゼフィル。どうやら図星のようであった。
「そ、そもそも案内されてる途中でしょうが! いいの!?」
しかし、門番たちは特に様子を変えることもなく答える。
「構わない。むしろ、この国についてより深く知ってもらうならば私たちとしてもありがたい」
「そのほうが、我らが神もお喜びになられるだろう」
そんなわけで、全員でひとまず「学校」の様子を見に行くことになったのだった。
アルヴェイルとワシが見学に来た場所にあったのは、脚のついた黒板と、地面に敷かれた藁。
「学校」は床に敷かれたもので等級を分けているようで、ここは初等のクラスのようだ。
シロウサギ、小鹿、ヤモリ、クモのような小さな生き物まで……様々な種類の動物がそこにいた。
教師役のナーガは黒板に図を書き、説明する。
どうやら授業のテーマは、「共に生きる」ということ。
即ち、「社会性」の教育だった。
「列に並ぶこと」。「他者に譲ること」。「争いを避けること」。「謝ることと許すこと」。「感情を伝えること」。
もちろん、野生動物がそれを一切知らないというわけではない。
だが、種の違う者同士でそれができるとも限らない。
各々がどうやってそれをしてきたかを知ること。
そして、この国という「社会」の中ではこうするのだ……ということ。それらを教えているようだった。
……我がマスターはそれを理解できているのかいないのか、とにかくふんふんと首を振っていた。
しばらくして、別のクラスを見学に行っていたアーチャーたちが戻ってきたので小声で様子を聞くことにした。
「あちらは高等部である。覚者の説法を引用した哲学教育だ。
“三毒”……
欲、怒り、無知の三つこそが世界を混沌に導くのだ、と白いナーガが話していた」
「……想像以上にレベル高えな、オイ」
「ちゃんと理解してたのが数匹いたあたり、教える側もかなり上手いんでしょうねえ」
「あっしにはまだ早かったようでやした、へへ……」
しばらくして、初等部の授業が終わったが……
マスターは見るからにキャパオーバー、という表情だった。
まあ、明らかに「初回の授業」って雰囲気じゃなかったしな。
五分ほど休んだのち、門番たちにより地下へ進む通路へと案内される。
門番に続き、そこに設置されていた「門」をくぐる。
どうやら一気に下まで「転移」することができる仕組みのようだった。
転移した矢先、目の前に広がっていたのは神秘的な石造りの大広間。
直後、広間に中性的な声が響いた。
「……よくぞ参った、異邦の者よ。我らは……客人を歓迎しよう……
そして、感謝する……我が王国を、その目で確かめようとしてくれたことを……」
視界に映ったのは、形容し難いほどの大きさと長さをした、多頭の蛇。
「
――その胴体は、この広大な「地下空間」そのものにとぐろを巻いている。
奴こそは「規格外の竜たちの聖杯戦争」における、「規格外を超えた規格外」だった。
◆
2020.04.01 16:34 UTC / ランサー領・中枢部 / 視点:アーチャー
「……自ら真名を明かすか。
八大竜王の一角にして、地下世界パーターラの王――成程、道理である」
ヴァースキ。インド神話に登場するナーガラージャの一体。
長大な胴体は、神話における天地創造の一場面「乳海攪拌」において、宇宙の中心にある「乳海」をかき混ぜるための綱の役目を担ったという。
兎角、かの神話はスケールが大きい。
目の前の蛇神は、まさにその体現と言えた。
そして余の知る限り、ヴァースキは真名に由来する弱点の逸話も持っていない。
解釈次第では一つ存在すると言えるが……それでも、ライダーをも上回る難敵であることに違いはなかった。
「委細は既に承知している……この領域の全てを吾は知る。
セイバー、汝はかの黒き災厄より受けし呪いを解くために来た……吾の手には、それを成す霊薬アムリタがある。厳密には、そのレプリカだが……効能に不足はない」
霊薬アムリタ。乳海攪拌とは、まさにその霊薬を神々が得るために行った出来事。
飲む者に不死を与えるとされる飲料だが……
セイバーは、警戒しながら口を開く。
「……確かにそれならこの傷も治せるんだろうが、こちらへの要求は何だ? ワシらに何かさせるつもりか?」
ヴァースキは、厳かに答えた。
「……対話だ」
「――た、対話ぁ?」
「その通り、対話を求める。セイバー、アーチャー、そしてそのマスターたちよ……」
セイバーの困惑も頷ける。こちらも相応の「準備」を整えていたが……対話とは。
「ランサーの言葉に偽りはありません。そして、それは私の意思でもあります」
低い声と、重い足音が響く。
この部屋に来てからもう一つの気配があったが……彼であったようだ。
「私の名はパラニール。ランサーのマスターを務めています」
暗灰褐色の胴に、巨大な耳と牙――そして、長い鼻。
インドゾウ、と呼ばれる種であった。
その額には三画の令呪が輝いており、長い鼻で液体の入った壺を抱え――それをセイバーの前に置いた。おそらく、それがアムリタのレプリカなのだろう。
「私はランサーと共に議論し、常にこの国がどうあるべきかを考えています。
是非、皆さんの考えを聞かせてほしい。
――議題は、“野生動物にとっての平穏とは何か”、ということです。
と言っても、いきなりでは難しいでしょう。まずはセイバーさんの傷を癒してからで構いません」
「お、おう。ちょいと手伝ってくだせえ、マスター……」
セイバーはアルヴェイルに手伝ってもらい、その傷にアムリタのレプリカを塗る。
……目に見えて、その傷と呪いが回復していくのが分かった。
ライダーに「防御の宝具を奪われた」とのことだったが、その輝きすらも三割ほど戻っているように見える。
効能は本物のようである。……レプリカだが。
「レプリカとは言うが、薬効は確かに見える。真なるアムリタとは何が違う?」
余の問いに、ヴァースキは少し間をおいて答えた。
「……かつての乳海攪拌の折に作られし霊薬は、僅かに吾が地下世界に残っている……それを参考に、可能な限り再現を試みたのがこれだ。無論、不死を与えることは叶わぬ……されど、傷を癒し長寿を与えられる故、吾が王国の民にはこれを下賜している……」
「理解した。さて――件の“対話”について、始めて良いか? ランサー」
「勿論だ。……汝は、“野生動物の平穏”をどう考える?」
「……その問いは、まさにこの国の現在の在り方そのものについてである。彼らを国という防壁で保護し、食物に不自由することなく、そして学問により“知恵を与えられる”環境。
余の立場から忌憚なく言うならば、それは“不自然”でしかない」
「ちょっ、アーチャー!?」
マスターが驚き、声を上げるが……ランサーたちは微動だにしない。
「構いませんよ、アーチャーのマスター。私たちは世辞を聞きたいわけじゃない。議論の場において、それは必要のないものだ――
ああ、中断してしまった。申し訳ない」
パラニールが深く頭を下げる。こちらも軽く会釈し、話を続ける。
「そもそも、“自然”なるものに対し、我らは感情や思考を結び付けることはない。
そこに自己判断はなく、意思決定もない。ただ“然るべきこと”を行うだけだ。
――即ち、“自然”そのものこそが、既に理である。
理そのものに善悪の観念はなく、また平穏という言葉も、そこに属さぬ。
余にとっては、問いそのものが誤っていると言える」
「……一番手からこれってアリなのかよ、オイ。ワシすげえ答えづらいんだけど」
「世辞も虚偽も意味はない。ランサーのマスターも言っていた通り、それは真実を濁らせるだけだ」
発言を終えると、ヴァースキが少しの沈黙の後に口を開く。
「……それで、構わぬ。汝であれば、そう答えるのは必然であろう……東方の守護者。蒼天の竜よ」
「東方を守護する青の竜って――と、とんでもねえお方にあっしは乗って……!?
あああああ、あっしみてえな雑魚がそんな尊きお背に……あああ、お許しくだせぇ……!!」
もはや地に埋まるのではないか、というほどに低頭するダルグレイン。
それに何とも言えない視線を向けつつ、セイバーも口を開く。
「……改めて、この聖杯戦争の異常さを実感するぜ。文字通り“青き竜”――四聖獣の一角が召喚されているとはな。というか、いつ“英霊”になったんだよ……?」
「今の余は、一介のサーヴァントである。そして、元より“理”により義を為す者に過ぎぬ。
それで、次はお前でいいのか。セイバー」
「……ああ、そうさせてもらう」
一つ咳払いをして、セイバーは話し始めた。
「ワシは……“学ぶ”ことそのものは良いと思う。
かつて、ワシは神代の竜……リヴァイアサンの子として生まれた。しかし、母はワシを置いて“世界の裏側”に去り……捨てられたと思い絶望したワシは、悪竜として破壊の限りを尽くした。
だが、ワシは姐さん――聖女マルタにこてんぱんにされ、そしてあの人の説法を受けた。
ワシは、自らの愚かさを知った。
そして……ワシのような災厄そのものの存在でさえ、それによって救いと心の安らぎを得たんだ。
だからこそ、ワシはあの人に最期まで付き添い、守り抜いた」
セイバーは訥々と語り、一度言葉を切り……続けた。
「ワシが救いを得ることができたのは、いわゆる“学び”あってこそだと言える。それは介入なき自然の中では困難なことだろう。
ただ――それと“過保護”は違うのではないか? ワシは、そう思った。以上だ」
我ら二名の話を聞き、まずはパラニールが答えた。
「両名とも、回答に感謝します。
理なる自然に、元より平穏という観念はない――その意見、確かに真理の一端でしょう。
しかし、我ら生物もまた……今はなき人間たちを含め、“自然の一部”であることに変わりはない。
ならば、我らが欲を持つのと同じように“自然にも情はある”と言えるのではないでしょうか。
セイバーさんのように、“学び”が魂を癒す例があるのなら、それは――
理の外側にこそ、生の価値がある証明なのかもしれません」
続いて、ヴァースキも口を開く。
「……アーチャー。汝の見解、吾は否とせぬ。自然とは理なり。混沌もまた理なり。
されど“語る”という行為こそ、理の上に立つ者の証。
……汝もまた、理を超えた思索の徒であろう。青の守護者よ……」
「そして、セイバー。汝が言う“学び”とは……知識を得ることで世界を知り、己を知り、道を選び取る力であろう。
……吾もまた、それを望んでいる。故に、吾はこの国を築いた……」
「……“過保護”の指摘も、また真だろう。実際、汝の救いは“苦難”の先にこそあった。ならば、吾の民もまた“苦難”を経るべきか。
……その答えを、吾は未だ得ていない。だからこそ、対話を求めたのだ……」
ヴァースキの言葉は、確かに事実であった。
「評価には感謝する。だが、余は理を超えた者ではない。理より生まれ、理に帰するものだ。
……繰り返しになるが、今の余は一介の従者。ただ、主の願いに応えるべく――ここに在る」
そう返答し、余のマスター……レゼフィルに回答を促す。
「次はあたしの番なのね。ごめんなさいね、考える時間をもらっちゃったのに大したことは言えないのだけど……」
「……構わぬ。真摯に考え、語られた意見であるならば、そこに優劣は存在しない……」
「そうなのね。……あたしはこの数年以外、ずっと人間の庇護下で生きてきたから“野生”のことは正直そこまで分からないわ。
でも、“自然”の中で生きてきた命と、“知恵”を持った命には――明確な違いがあると思ってるの。
……“知恵を得る”のは、より深い喜びと――そして、より深い悲しみを知ること。
賢くなるって、そういうことよ。
無知は罪と言うけれど……“知らないこと”こそが“平穏”である、とも言えないかしら」
普段の喧しさとは違った聡明さをもって、彼女は答えた。
「い、いやいや凄い思慮深さですよぉ、レゼフィルの姐さん! あっしなんて足元にも及ばねえや、へへ……!」
「そ、そーかしら。悪い気はしないけど……それならあんたはどうなの? ダルグレイン」
「へへえ……じゃあ、ちょいとお耳汚し失礼しやす、各々方。
――かつて、あっしの同胞である“オオカミ”の種の一つが、欲にまみれた愚かな人間の手によって絶滅させられたことがありやした。
人間の縄張りに侵入した奴を排除、どころじゃない。
一匹も残らず、皆殺しにされたわけですね。
人間が育ててる連中……“家畜”って言うんですかい……それが食われたことをやたらと怒って毒を撒いたり、山や森を破壊してあっしらの住む場所を奪ったり、毛皮を求めて肉を食うわけでもねぇのに殺し尽くしたり……
ああすいやせん、ちょっと感情がこもりすぎちゃいましたね。
でも、もしこの国みてえに、教育があって。愚か者が現れないっていう前提で、立派な壁の中で保護されるってんなら――そんなことは二度と起こりやしません。
それならそいつぁもう、平穏も学びも万々歳ってもんでさあ、へへ……」
灰色のオオカミは、腰を低くしつつもすらすらと語る。
……その目には、僅かながら確かな「怒り」が燃えているように見えた。
「……言の葉、確かに受け取った。
レゼフィルよ。『知は安寧を遠ざける』……その認識は、確かに一理ある。
この国に“学び”を課すことが、果たして彼らの幸福なのか。
現在の吾は、“だとしても、利が勝る”……そう考えている」
「そして、ダルグレイン。
汝が語った“愚か者なき前提”こそ、最も脆弱な神話に近い。
いかに厚く壁を築こうとも、想定外は訪れる。
その国の主が、たとえ“神”であろうとも。
故に吾もまた、考える。“その壁を、いずれ誰が越えるのか?”――と」
「……そうですね。どちらも、当事者が正面から向き合ったからこその実感と言えます。
――“知恵”を享受するというのならば、我らは哀しみと怒り……その両方もまた、受け入れなければなりません」
ヴァースキとパラニールの返答が終わり……我々の視線は最後の発言者に向けられる。
――セイバーのマスター。アルヴェイルに。
「大丈夫っスよマスター。自分の思ったことを素直に言えばいいんです。誰も笑ったりなんかしません」
タラスクに促され、彼は念話でたどたどしくも答える。
「……俺は、皆みたいに難しいことは分からない。さっきの話も、きっと半分も理解できてない。
ただ――俺は。腹が減ってなくて、誰かといられたら。それでいいかなって思うよ」
……静寂が、対話の場を包む。
確かにそれは、「平穏」という概念における一つの真理であると言えた。
アルヴェイル……コウテイペンギンという、彼の種と生き方に思いを馳せる。
南極。地球上でも屈指の過酷な環境。
平均気温は氷点下20度を下回り、時には秒速30メートルを超えるブリザードが容赦なく吹き荒れる。食物は乏しく、命を繋ぐ手段も限られた極限の地。
その中で、彼らは常に群れで支え合う。互いの体温で凍死を防ぎ、交代で獲物を求めて氷の海を泳ぎ、命を賭して雛を守る。
彼もまた、そうしてきたのだろう。
だが、彼の言葉には――耐えがたい「孤独」の影があった。
タラスクがFateの二次創作要素を一心に担っている気がする。