Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第30話:幻想の原型

2020.04.03 00:30 UTC / マリアナ沖 視点:セイバー

 

 ――壮絶。そう形容する他なかった。

 他のマスターたちがやたら賢いせいで忘れかけていたが……

 そもそも多くの動物にとっては、「死」という概念を認識することすら困難だ。

 そこにあるのは、「動くか、動かないか」というシンプル過ぎる二元論。

 「死」が不可逆的な終わりである、ということがそもそも分からないんだ。

 ましてや、それが自然界に存在し得ない魔術的な爆発によるものであれば、なおさらだ。

 

 目の前で、一万の同胞が命を落としたというのに……

 アルヴェイルは、その事実を「理解すること」すらできずにいた。

 なぜかは分からない。ただ、皆「いなくなってしまった」。

 そう割り切るのが、限界だったのだ。

 これを、悲劇と呼ばずして何と言う。

 

 元々、マスターは好奇心が強い性格だった。

 念話による他者との交流、ランサーの「学校」――

 それらを経て、マスターの情操教育はあっという間に進んでいった。

 だが……さすがに今のマスターは、この情報量の処理には時間がかかっているようだった。

 ゆっくりでも、理解する力そのものはある。

 そこは心配していない。

 「死」についても、ある程度は理解できているはず。

 ……問題は、「情緒の乱れ」に、どこまで耐えられるかだ。

 仮に人間でも、家族や友人をはじめとした膨大な命が、目前で失われた現場に立たされたなら。

 即死を免れても、二次被害や傷で斃れていく光景を見続けたならば。

 

 ――正気を保てる者など、まずいない。

 まして、自分だけが「生き残ってしまった」となれば。

 ……その精神的負荷は、計り知れない。

 ただ、それについてはマスターの情報処理の終了を待つしかない。

 今のマスターの頭上には、宇宙が広がっているのが目に見えるかのようだった。

 

 そして、映像を見ていた中で、いくつか気になる点があった。

 氷原を駆けていた、複数の影。

 ……アルヴェイルの少し後に海に落ちた、「灰色の塊」。

 ワシには、それがどうにも灰色のオオカミに――ダルグレインにしか見えなかった。

 どう見ても、「複数体いるダルグレイン」が爆発している。

 そして海に落ちた個体だけは、唯一泳いで戦場から逃げ去っていったのだ。

 

「……あの極寒の、南極の海をか?」

 思い出すのはアイスランドで「ギャオ」に落ちて溺れかけ、陸に上がっても寒さに震えていた奴の姿。

 加えて、以前ランサーの国でダルグレインの過去について聞いた話。

 ダルグレインは魔術師によって犬ぞりの役目を負い、南極での役目を終えて国に帰ったなどと言っていたが……

 何もかもが噛み合わず、意味がわからない。

 

 術師として記憶を閲覧していたバーサーカーも、真面目な顔で腕を組む。

「ふうむ……これは単純な“狼の群れ”じゃない。こいつら全てが、“ダルグレイン”だってことか。クローンか、ホムンクルスに近い技術か?」

「……意外だな。裏事情も含めて、何でも把握してるものかと思ってたが」

 ワシの呟きに、肩をすくめつつ何故か取り出した眼鏡をかけながらバーサーカーは答える。

「何でもは知らないさ。アサシンから聞いたかもしれないが、俺の情報収集スキルは一貫性も法則性もない完全ランダムだ。それに読心術を加えて万能っぽく見せているだけ――要は事前準備と演技力の勝負だ」

「想定外の状況が来たらどうすんだ、それ?」

「決まっているだろう。笑って誤魔化すさ!」

 ……まあ、悪魔らしいというか。

 

 一度落ち着いて、マスターと同じように思考の整理をしてみることにした。

 気になる点は山ほどある。だが、順を追って考えよう。

「キャスターは言っていた。この世界を“編纂事象”にする、と。それが可能なのか、ってことは一旦置いておくとして――そもそも、奴は一体何なんだ? ワシの知識が正しければ、リンドヴルムって存在がそんな大それた宝具を持っているとは思えないんだが」

 

 「リンドヴルム」。

 その語源は、古ノルド語の「Lind」(蛇・竜)と、古英語・ゲルマン語の「Wurm」(蛇・ワーム)が組み合わさったドイツ語――「Lindwurm」または「Lindworm」から来ているという。

 なるほど、確かに名前だけならまさに「竜そのもの」だ。

 けれど、それはあくまで名前に過ぎない。

 伝承の上では、彼に「世界を塗り替える力」などないはずだ。

「それについて知るのが第二の願いか? 叶えることは容易いが」

「む……」

 バーサーカーが口を挟む。確かに、未知の敵に挑むよりは遥かにマシではあるが……

 

「――それについては、わたしが答えよう。貴重な機会を使うことはない」

 バーサーカーの言葉を遮り、これまで黙っていたルーラーが口を開いた。

「お、おお。それならありがたいが……まさか、【真名看破】か?」

「そうだ。“リンドヴルム”という名前は、サーヴァントとして現界するための“殻”に過ぎない」

 彼女は、静かにそう告げた。

「あれの本性は――どちらかというと、わたしに近いものだ」

 

 

「意味がわからねぇ……いや、理屈としちゃ理解できるんだが。マジでどうなってんだこの聖杯戦争は」

 ルーラー・ティアマトの解説を聞き、もう一度改めて天を仰ぐ。

 もはや、「規格外」という言葉すら陳腐な気がした。

 「悪竜現象」。

 「天の使いの竜」。

 「かつて宇宙の海をかき混ぜた蛇」。

 「一つの国の神話体系における最強最大の怪物」。

 「神の敵対者にして、抑止力の化身」。

 「生命の起源、原初の母」。

 そして――「幻想の原型たる竜」。

 存在の格だけで勝負が決まるなら、ワシなんて地味も良いところだった。

 

「神が天地創造五日目に造った最強の海の怪物、その実の子――って言うと地味じゃないと思うんだがなぁ」

 バーサーカーが妙に優しい顔でこちらを見てくる。

 要らねぇ。お前からの慰めだけは絶対に要らねぇ。

 

 一つ小さく咳払いをして、ルーラーが話を戻す。

「キャスターは、“世界の裏側”から無数の並行世界を観察してきた存在だ。そのすべてを理解することは困難だが――“知識を引き出す”ことならできる。それを利用して、既存のデータから“相手の行動を先読みする”戦術を取ってくる。だから、ライダーやわたしの能力や動きについて高度に推測を立てられた。そういうわけだ」

「ほとんど未来視みたいなものじゃねぇですか……いや、アーチャーも未来視みてぇなスキルを持ってたはず。アイツなら対抗できるんじゃ?」

「……そこまでは分からない。ただ、アーチャーが不利になりそうな点が二つある」

 ルーラーは、少し目を細めて言う。

「一つ。キャスターは、ダルグレインの姿でアーチャーたちと一緒にいた。アイスランドで姿を消すまでは。つまり、その間にデータを取られている可能性が高い」

「むむむ……」

「二つ。キャスターの宝具、『始原虚識・零文之書』(ゼロ・アーカイブ)。これは、キャスターが“世界の裏側”から自動筆記し続けた“あらゆる魔術理論が記載された魔導書”。その魔術を使えるわけじゃないが、“あらゆる魔術へのカウンター”として宝具は機能する。だから、おまえたちが張る“マスターを守る障壁”も簡単に破壊されてしまう」

「なるほど……」

 ワシは、思わず呟いた。

「それが、『蛇竜展翅・虚滅之翼』(スヴァルティル・ヴェンギル・リンノルムス)の原理か……!」

 初戦でライダーに土をつけられた要因。

 その「翼」の一撃が持っていた「防御無効化効果」――

 恐らく、それと同じ構造が宝具に利用されているというわけか。

 先刻、ライダーのマスターはそれで障壁を突破された挙句、令呪と共にライダーの契約を奪われてしまったらしい。

 相容れないタイプの敵ではあったが、さすがに少し同情してしまう。

 

「そして、これは不確定な要素だが……キャスターが姿を消す瞬間、魔術の詠唱らしき文言を聞いた。確か……『アマル・パチャ・チャカナ』というような感じだったと思う」

「ほう……恐らくそれは、術の名前だな。この聖杯戦争の性質から察するに、“アマル”とはインカに伝わる竜の名だ。地下世界に住むとされ、地下とこの世を自由に渡ることができると信じられている。『Amaru Pacha Chakana』――ケチュア語の直訳で、“竜の世界の橋”だ」

 ルーラーの証言を、バーサーカーは即座に推察する。

 

「ン、どういうこった? 奴の真名は一応“リンドヴルム”じゃねえのか? なんで関係ない地域の竜が出てくるんだよ」

「キャスターの正体は、竜という概念の雛型だという話があっただろう。かの“英雄王”ギルガメッシュが“あらゆる英雄譚の原型”とされ、その大本の宝具を持つように、キャスターは“あらゆる竜の伝承を元にした魔術”を行使できるようだ。リンドヴルムという名前は、あくまでも奴が“借りた”ものに過ぎない」

 バーサーカーは、淀みなくそう言い切った。

 おおかた、スキルによる情報収集が発動したのだろう……

 信憑性は正直アレだが、それ以外情報がない以上一旦そういうことで話を進めるしかない。

 

「なるほど、それでアマルの能力を使ってワープしたってことかよ。いよいよもって何でもありじゃねえか」

「でも、万能の能力ではないはず。宝具と同じで伝承・神話を基にしているなら、術名で効果は予想できますし、竜種の名前をできるだけ多く予想して備えましょう。母も手伝いますよ!」

「お、おお。了解っス」

 ルーラーがそう言うなら、そういうことにしておこう。

 

 一旦そう思ったところで、バーサーカーが思案するように口を開いた。

「ちなみに、他に何か術は使っていなかったか?」

「……ライダーから取り出した“生命の海”をコントロールする時と、“令呪を盗む”時に何かやっていた気がする。こっちは確か、『ヴァラク・テザウルス・セルペンス』に『アイトワラス・ユオダ・カテ・ヴァギステ』――だったはず」

「ヴァラク……って、確かソロモン七十二柱の魔神だよな?」

 あと「テザウルス」はラテン語で財宝、「セルペンス」は蛇の意味だ。

「その通り。ゴエティアでは六十二番目に記載された“双頭のドラゴンに乗る、天使の翼を持つ少年”の悪魔だ。隠された財宝を見つけ、蛇を操る力を持つ。ライダーからルーラーの宝具を奪い取り、コントロールを得るには令呪だけじゃ足りん。補助としてその術を使ったと見るべきだろう」

「アイトワラス、ってのは?」

「リトアニアの伝承に出てくる小さなドラゴンだよ。屋内では黒猫や雄鶏の姿だが、外では竜になる。アイトワラスが居ついた家は、周りから盗んでくるので豊かになるという伝承があるのを考えると、それを元にした術は“他者から何かを盗む”効果だろうな」

 なるほど、それで意識混濁のルーラーから令呪を奪ったのか。

 

「ちなみに、アイトワラスは盗みの見返りにオムレツを要求するらしいぞ?」

「……言われてみれば、そんな匂いがした気もする」

「どんな状況だよ。……奴が再び、それらの術を使うのを警戒するべきか?」

「どうだろうな。神秘と同じで、この手の術が一番効果を発揮するのは“初見時”だ。

一度見られ、知られた術を使った結果【対魔力】に弾かれたら洒落にならんし、そもそも“あらゆる竜の伝承を使える”なら“選択肢はいくらでもある”んだぜ。わざわざ二回目が来るかは怪しいだろ」

「あー、確かになあ……」

「うむ、後で情報を共有しておきましょう」

 

 それはそれとして、例の「願い」は残り二つ。

 それらをキャスターへの対策に使うとして、どうするかだ。

「一応アイデアとしちゃあ、いくつかあるんだが……」

「おう、話だけなら聞いてやるぞ?」

 バーサーカーがこちらに肩を寄せてくる。

 ……言いたいことは山ほどあるが。

「それ言うの、むしろお前じゃなくてアーチャーみたいな竜だろ……」

「ちげーよ! そのセリフはコラ画像だ! うろ覚えすぎるだろ!」

「え、そうだったか?」

「名作なんだから、世界救った後でちゃんと読め! タイトルがタイトルだろ、読んでなきゃ竜種失格だわ!」

「無茶苦茶言うんじゃねぇよ!?」

 マリアナ沖に、シリアスとは程遠い怒号が走る。

 その様子を、ルーラーは微笑ましいものを見るような顔で見つめていたのだった。












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