Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第31話:生命ある者へ

2020.04.01 17:50 UTC(内部時刻:第三日・午後)/ ランサー領・上層階 宿泊施設 視点:レゼフィル

 

「――“死”がなんだかよく分からない、ですってぇ?」

 アルヴェイルの発言に、目を瞬かせる。

 「学校」の後、彼は話したいことがあると言った。

 場所はアルヴェイルとセイバーの部屋。

 セイバーは魔力回復のため休息中で、代わりにアーチャーが護衛についている。

 

 話に参加するのはあたしことレゼフィル、アーチャー、そして――

「よろしいのですか? 私もこの場に加わって」

 静かに問いかけてきたのは、ランサーのマスター、パラニール。

 ダルグレインは相変わらず、調査に出ていて不在だった。

「ああ。なんというか……俺以外のみんなは、当たり前に知っていることみたいだからさ。最初の対話の時もそうだったけど、みんな頭が良くて、どんどん話が進んでいくんだ。でも俺は、ゆっくりじゃないと追いつけなくて……。落ち着いた場所で、少しずつ知っていけたらって思ったんだ」

 不器用ながらも、一生懸命に言葉を紡ぐアルヴェイル。

 その姿に、なんだか胸が温かくなった。

「つまり、“学校”の進みが早すぎたから、もう少し静かで、少人数の方がいいってことね?」

 あたしが尋ねると、彼はコクンと頷いた。

 

「道理である」

 口を開いたのはアーチャーだった。

「だが、お前の疑問は恥ずべきことではない。“死”というものを本質的に理解できる動物など、基本的には人間しかいない。この聖杯戦争のマスターたちが、例外的に知的だからこそ起こる違和感だ」

「ええ、その通りです」

 パラニールも穏やかに言葉を続けた。

「我々ゾウも、亡くなった仲間に対して“もう動かない”と理解し、しばしば“悲しむ”ことがあります。でも、それ以上は――例えば、“もう二度と会えない”という意味までは、本能のままでは分かりません。私のように長い時間をかけて学ぶ機会がなければ、理解に至るのは難しいのです」

 動物にとって、「死」とは何か。

 それは――「匂いが変わる」「動かなくなる」「声に反応しなくなる」

 そんな、「目の前の違い」に気づくこと。

 あるいは、仲間が特定の場所でいなくなった体験を重ねて、

 「その場所を避ける」ようになるような、「条件づけ」による行動。

 

 ペットとして飼われたイヌやネコも、飼い主や仲間の死に対して「食欲不振や鬱のような反応」を見せることがある。

 それはパラニールの言う、ゾウの例とも重なる。

 確かに、「何かを失った」ことには反応している。

 でも、「死がどういうものなのか」までは、きっと分かっていない。

 逆に人間の視点で考えるなら、「物が壊れた」くらいの気持ちだろうか。

 

 「これが原因で死んだ」と判断する――因果関係の理解。

 「もう戻ってこない」と気づく――不可逆性の認識。

 「誰にでも死は訪れる」と知る――普遍性の把握。

 「そして、いつか自分も死ぬ」と思える――自己への適用。

 それらすべてが揃って、はじめて「死」を本当の意味で理解できるのだろう。

 

 さて、これをアルヴェイルにも伝わるように説明するとしたら――

「もういない、ということ。戻ってこない、会えない、話せない。それが、“死”ってことなのよ」

 あたしは、できるだけやわらかく告げた。

 

 しばらくアルヴェイルが理解を進めるのを待った後、アーチャーは続けた。

「アルヴェイル。お前がかつて目にした中で――“あれは死だったのではないか”と思えるような出来事を、思い出してみるといい。我らと共に、それを考えていこう」

 その言葉には、なぜだか「重み」があった。

 命令でも指導でもない。けれど、聞いているうちに自然と心が動かされる。

 ……まるで、言葉そのものに「力」が宿っているかのようだった。

 

「――思わず、“学校”での教師役をお願いしようかと考えてしまうところでした。失礼を」

 パラニールが、静かに感嘆するように言う。

「思いとどまったなら良い。だが、余も“教師的振る舞い”を心掛けていた次第ではある」

 なるほど、とあたしは思った。

 パラニールは、ちゃんと「見てる」。人の言葉だけじゃなく、その奥の意図まで。

 さすが、長く学びの時間を過ごしてきた者だけのことはある。

 まあ、実際あのアーチャー、「教師にしか見えない」って見た目だしね。

 その態度がさらにそれに拍車をかけてるってわけ。……眼鏡をかけさせたのはあたしだけどさ。

 

 少し考えて、アルヴェイルは話し始めた。

「……群れの仲間が一羽、生まれたばかりの子供と一緒に番いの帰りを“ずっと待っていた”ことがあった。番いは、帰ってこなかった」

「お、おおう……それで、どうだったの?」

「彼は倒れて、動かなくなった。彼の声も、子供の声も、聞こえなくなった。――氷が溶けて、彼らは海に落ちていった。どれだけたっても、彼らの声を聞くことは二度となかった」

 ……しばらくの沈黙の後、アルヴェイルは口を開く。

「でも、思い返してみればそれは“そこまで珍しいことじゃない”。海に潜っているとき、“黒くて大きな奴”に捕まって戻ってこなかった仲間もたくさんいる。だから、気にしたこともなかった。――あれが、“死”だったんだ」

 

 アーチャーが、口を開く。

「是である。コウテイペンギンは、原則として自分のヒナを見捨てることはない。彼らは一度の繁殖コストの高さ故、“ヒナを見捨てて自分が生き残ることで、来年に期待する”という選択肢を持っていない。もとより、来年生き残れる保証がない世界に生きているからだ」

 

 パラニールも、それに続く。

「実は、“対話”の後にランサーからコウテイペンギンの資料を取り寄せてもらったのですが……正直、予想以上の過酷さでした。

人間が統計したデータによれば――彼らのヒナの九割は、孵化から一年を生きられないそうです。繁殖の成功率も、3~86%と極端にばらついている。

写真資料では……コロニーの周囲に、雪に埋もれるようにして横たわるヒナの亡骸が、いくつも写っていました。

そして何より――ランサーの予測によれば、このまま地球の温暖化が進行した場合、彼らの繁殖地となる氷はこれまでよりも早く溶けることになる。結果、ヒナの成長は間に合わず毎年数万の命が海に消えることになるだろう、と……」

 

 一瞬、静寂が流れる。

 パラニールは、深く静かに結論を告げた。

「少し話がぶれてしまいましたが……彼らにとって死とは、あまりにも近く、あまりにも日常すぎる。それを、気にしている余裕もない。つまり、“近すぎてかえって理解できない”ものなのかもしれません」

 しばしの沈黙の後、アーチャーが口を開いた。

「補足するが、これはペンギンたちの生が無為であったことを意味しない。彼らの血と肉は、やがて海の中で分解され、プランクトンの養分となる。それを食べて育つ小魚が増え、いずれまた、ペンギンたちの餌となる――そこに、命の循環は成立している」

 

 まあ、そうなのかもしれないけど。

「……ちょっと話題が難しくなってきてない? 一旦、アルヴェイルの話を聞いてみましょうよ」

 少し考えて、再びアルヴェイルは口を開く。

「うーん……さっきも言ってた、“黒くて大きい奴”。あいつらに捕まった仲間は必ず“いなくなる”。だから、あいつらには捕まらないように避ける。特に、あの牙は“尖った氷”に似てる。触ったら痛い。痛いのは嫌だ。だから逃げる。皆そうする。――でも、“死ぬのが怖いから”って考えじゃなかった……だと思う」

 アルヴェイルは、そこで言葉を切った。

 

 ペンギンを襲う、黒くて大きい奴……確か、本で読んだことがある。

「多分、シャチのことよね?」

 しかし、アーチャーは小さく首を横に振った。

「否である。確かにシャチもペンギンを捕食するが、頻度は多くない。シャチが狙う獲物は、アザラシ類やミンククジラなどである。ペンギンを狙う、より身近な脅威はこれだ」

 アーチャーは術を唱え、二頭の動物の幻影を作り出す。

 シャチと、その隣に現れたのは……灰色の斑点を持つ大きなアザラシだった。

 アルヴェイルは、突然現れた幻影に驚いたようだったが――その二体をまじまじと見つめ、翼でアザラシの方を指す。

「多分、こっちだと思う。陸で、海に飛び込む俺たちを待ち伏せているのを見た記憶がある。水の中だと、どっちも真っ黒な影にしか見えないんだけど」

 ペンギンたちは、水中を約9~10km/hの速さで泳ぐことができる。

 人間の中でも特に速く泳げる「オリンピック選手」が約7~8km/hらしいので、それよりも速いということ。

 だが、この「ヒョウアザラシ」の最大速度はおよそ40km/h。

 シャチに至っては、なんと約56km/hに達するという。

 しかも、水中では視界が悪い。

 「黒い影」にしか見えない相手に、いちいち種類を見極めている時間なんてない。

 何かが迫ったら、考える前に逃げなければ――間に合わないのだ。

 

「加えて、ヒョウアザラシやシャチは“カウンターシェーディング”という特性を持つ。これはコウテイペンギンも同じなのだが、“背中側が暗色・腹側が明色”という配色パターンは自然の迷彩のような役割を持つ。上から見たときには背の黒色で暗い深海に溶け込み目立たず、下から見た際には腹の白色が明るい水面の光と同化する。どちらも似たように見つかりにくくなる進化を遂げた結果、結局はスピードの勝負になっているのである」

「コウテイペンギンの生活の過酷さは理解してたつもりだったけど、話を聞くたびに“まだあるの!?”って気分になるわねー……」

 あたしの呟きに、パラニールが静かに頷く。

「――“世界一過酷な環境”と呼ばれるだけのことはあります。これでは……友の死を悼む余裕など、生まれようがないのかもしれません」

 

 その言葉に、アルヴェイルが首を傾げる。

「死を……いたむって、どういうことだ?」

 ……難しい疑問だ。

 ちょっとあたしでは答えられそうにないので、パラニールにパスする。

「そうですね。“悼む”、とは……

いなくなった誰かのことを、思い返すことです。

その命があったことを心に刻み、忘れずにいること。もう戻ってこない誰かのことを、“まだ自分の中にいる”と感じること。

その存在を忘れたくない、その時間を意味あるものにしたい――

そう願う、祈りのような感情。それが、悼むということだと……私は思います」

 なるほど。分かりやすい解説だった。ただ……

 再び、アルヴェイルは首を傾げた。

「ええと、すまない。“祈る”、っていうのは何だ?」

 アルヴェイルの疑問はもっともだ。それもまた、自然には存在しない概念だわ……

 パラニールも、思わず言葉に詰まる。

 あたしも、うまく説明する言葉が出てこなかった。

 

 助け船を出したのは、アーチャーだった。

「祈りとは、言葉にできぬ“願い”のことだ。自然の理からすれば、存在せぬ行為。だが、確かにそこにある。自分の力では届かぬ未来へ――『こうなってほしい』と願うこと。

声に出さずとも、言葉を持たずとも、誰かを想い、その想いを、見えぬ空へと投げかけること。それこそが――“祈り”だ。

英霊とは、まさにその“祈り”によって召喚される者である。だからこそ、セイバーはお前の元に現れたのだ」

 

 おお、とアルヴェイルは少し納得したような声を上げる。

「更に例え話をしよう。自らのヒナが生き延びてほしい、と願う。海で天敵に遭わず、狩りを終えたいと思う。そういうふうに、願った経験はあるか?」

 アルヴェイルは少し考え、頷く。

「それもまた、祈りの形だ。言葉を知らずとも、ただ願う。『生きていたい』『生きてほしい』。その気持ちが、祈りになる。だが、祈りは“他人に意志を預ける”弱さの証ではない。

どうにもならないものに向かって、それでも希望を投げかける――それは、最も強い想いのひとつだ」

 考えてみれば、アーチャー……青竜は、まさにその「祈られる側」の存在だ。

 「対話」の場においては、彼は「ランサーの国の“不自然さ”」を指摘していた。

 常に与えられ続け、満たされた世界において「祈り」は発生しない。

 彼が言いたかったのは、そういうことなのかもしれない。

 

 ……あたしは、アルヴェイルの顔を見た。

 少し、何かを理解したような顔。

 けれど――その奥に、まだ答えきれない「何か」があるように思えた。

「……でもさ。その、“死”がそんなに大事なことなら……どうして、誰もそのことを知らなかったんだろう?」

 少しの間をおいて、アルヴェイルは言った。

「俺たちのコロニーには、数えきれないほどの群れがいた。でも……俺を育ててくれた親からも、共に育った仲間からも……“死”について、聞いたことなんてなかった」

 「いた」――彼が過去形を使ったことが、気にかかった。

 それでも、あたしは自分なりの答えを返すことにした。

「そうねえ……それは、“死”ってものが、究極的には“他人のもの”だからじゃないかしら」

「……他人の?」

 アルヴェイルが、疑問に少し目を細める。

「そう。命って、死んだらそこで終わりなのよ。“自分”という存在は、その瞬間になくなってしまう。だから、“自分が死ぬことを知る”っていうのは――本当は不可能なの。

自分の死を、本当に知っている者は、死んだ者だけ。わたしたちは、自分以外の死を見て、それを学ぶしかないのよ」

 

 アルヴェイルは、頭を上げて遠くを見ていた。

 きっと、思い出しているのだろう。

 ――かつて斃れていった仲間たちのことを。

 消えていった、声のことを。

 

「そう。他人の死だけは、見える。でも、それは“他人の終わり”であって、自分のことじゃない。そして一番大事なのは、“自分が生きること”。だから“終わり”のことを考える暇なんて、なかったってことじゃないかしら。遠すぎて見えない、太陽みたいなものね!」

「……さっきパラニールは“近すぎて見えない”って言ってなかった?」

「上手く見えないことに変わりはないからいいのよ!」

 あたしの返しに、小さく笑いが起こる。

 ほんの一瞬、重たい空気が和らいだ気がした。

 

 そして、しばしの喧騒のあと。

 パラニールが噛み締めるように言葉を紡ぐ。

「だからこそ――英霊の召喚とは、本来“神”にのみ許された御業なのかもしれませんね。死者である彼らに第二の生を与えるなど、それこそ“理に反した行為”ですから」

「ちょっと、また話が難しくなってるわッ」

「おっと、これは失礼」

 あたしは冗談めかして羽を広げる。

「結論としては――人間くらい賢くなければ、頭が大きくなければ、死について考える余裕は生まれないってことね!でも、そんなに頭が重かったら、空なんて飛べないわッ!」

 そう言って翼を一振りし、アーチャーの肩にひょいと乗る。

 それを見て、アルヴェイルが首を三度傾げた。

「でも、君は飛べているじゃないか」

 あたしは、肩越しにアルヴェイルを振り返って笑った。

「確かに、そうかもしれないわね。――でも、あたしからすれば、そうじゃないのよ」

 

 そう。

 この対話で、改めて実感した。

 「彼」が死んだ、あの時から――

 あたしは、ずっと思っている。

 本当の意味で、空を自由に飛べたことなんて、一度もなかったんじゃないかって。

 

 

 アルヴェイルの疑問もひとまず解決し、この話し合いも終わりという雰囲気になりかけたところで、アーチャーが口を開いた。

「今回はアルヴェイルの学習のためにも、可能な限りペンギンの視点に立ち、語りを進めた。だが、自然や食物連鎖に善悪の観点など、本来は存在しない」

 突然の語調の変化に、みんなの意識が再びアーチャーへと向く。

「自然とは、複雑にして繊細な均衡の上に成り立つものだ。例えば、ヒョウアザラシやカモメといった捕食者が『ペンギンがかわいそうだから』という理由で排除されたとしよう。確かに一時的にはヒナの生存率が上がり、個体数は急増するかもしれん」

 

 アーチャーは少し間を置いて、続ける。

「だが、ペンギンの主食である魚やオキアミの資源には限りがある。個体数の急増は飢餓と競争を激化させ、結局は大量死を招くだろう。さらに過密な環境は病の温床となる。通常であれば“病にかかる弱い個体”が淘汰され、“強い個体”が生き残ることで種全体の耐性が維持されていたものが、淘汰が機能しなくなることで群れそのものの強度が落ちていく。

その結果、気候変動や環境変化に適応できず、一種まるごと絶滅する可能性もある。捕食者は、弱った個体を間引くことで種全体の健全性を保つ“影の調整者”でもあるのだ」

 アーチャーの声は淡々としていたが、その言葉には確かな力があった。

 

「つまり、“ペンギンの生存戦略”は、天敵の存在によってこそ鍛えられてきたものだ。彼らがいたからこそ、ペンギンたちはこの極限の環境で生き抜く術を身につけてこられた。――この視点を見失ってはならない。覚えておくがよい」

 

 その視線は、明らかにパラニールのほうを向いていた。

 パラニールはしばし沈黙したあと、静かに目を伏せる。

「……肝に銘じておきます」

 そう言って、彼は一礼し、その場を離れていった。

 アーチャーは、本来一つの立場に与するような語り方はしない。

 あくまで、今回はアルヴェイルの問いに応えるため、彼の視点に合わせた語りを選んだのだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 

 その在り方は、本当に、どこまでも「彼」に似ている――そう、改めて思う。

 そして、それをあたしが「喚んだ」というのが……どこまでも浅ましいと、自己嫌悪せざるを得ないのだった。











ナショナルジオグラフィックのヒョウアザラシの捕食シーン動画は、凄いですよ
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