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2020.04.03 02:20 UTC / 会議室 視点:レゼフィル
意気込んで筆を執ってみたはいいものの、そういえば絵なんて描いたこともないのだった。
とはいえ、悩んでいる暇もない。
筆をくちばしに咥え、縦に横にと、紙の上に線を引き続ける。
……この時ばかりは、中途半端に成熟している自分の精神が恨めしい。
ヨウムの知能は、人間なら3~5歳の子供に相当するという。
このレベルの認知機能は他の動物に比べれば凄いことなのかもしれないが、あたしはもう20年以上生きている。人間換算なら40歳くらいの中年らしい。
そもそも、一桁歳ではまともに独り立ちもできず、成熟まで十年以上もかかる人間という生き物の方が、自然界から見ればよほど妙なのではないか。
犬や猫や鳥に向かって「人間で言えば何歳」などと言うが、その基準にされている人間の成長速度こそ、かなり特殊なのだ。
そんな動物を物差しにされても、こちらとしては困る。
……まあ、単純比較なんてできるか、というのはともかく。
結局のところ、あたしの基準は「人間寄り」になってしまっているのは事実。巧拙は問わないと言われても、「人間の子供が描くような絵」で満足なんてできやしない。
ちらっと横を見る。墨だらけになったユキネは、「順調に」絵を描き進めているようだった。
前足に墨をつけ、あちこちを歩き回ることで描かれた、奔放で不規則な足跡の数々。
しかしそれは無意味な混乱ではなく、写実的とは言えないが抽象画として成立していると言えなくもない。
ひときわ濃く、幾重にも踏み固められた墨の跡は、やや円を描くように中心に集まっている。
その輪郭は、花のようでもあり――誰かの顔のようにも見えた。
輪郭の外に点々と墨が飛び散り、花びらのようにも、雨のようにも見える。
さらに、四隅には不規則な渦のような跡が残っていた。
それは、なぜか「魚」と「釣り」という言葉をあたしに連想させた。
なるほど、確かに「食べ物が豊富にある」ことは「春」かもしれない。
さて、一枚描き終えた。
けれど、どうにも納得がいかない。
目の前には、直線で構成された不思議な絵が鎮座していた。
だが、これに「春」の感情が込められているかというと、正直怪しい。
その時、不意に背中に視線を感じた。
……ルーラーだった。
彼女は儀式用の魔方陣をものの数十分で描き上げ、今は暇を持て余している様子だった。
アーチャーは分霊の戦闘とこちらの作業に集中していて、応答できない。
となれば、この場にいる者の中で話しかけられるのは、あたしたちしかいないわけで――
ルーラーの視線からは、「手伝いたい」という気配がにじみ出ていた。
彼女は「すべての生命の母」に等しい存在だと聞いている。
その母性を、こういう形で発揮したいのだろうか。
「あー、どうにも不調ね! 何かコツとか――」
「――何か困っていませんかっ!?」
……言い終わる前に、ルーラーはもう真後ろにまで来ていた。
彼女の「俊敏」ステータスはCのはずではなかったのか!?
「生命の母は、“何かを生み出すこと”なら基本的に大得意だ。造れないのは聖杯くらい。アドバイスなら、いくらでもできる」
近い近い近い。角のせいで圧がすごい!
「そ、そういうものなのね……それで、どうすればいいと思う?」
正直、行き詰まっていたのは事実だ。
何かしらの打開策が、今のあたしには必要だった。
「そもそも、無理に人間の真似をする必要はないんじゃないだろうか。母はそう思います」
ルーラーは、開口一番そう言った。
「ど、どういうこと?」
「人間には人間の、鳥には鳥の感覚。ヨウムの得意分野で攻めていけばいい。例えば、“音を形に表すこと”をやってみたらどうだろう」
音の並び。周波数。声の強さ、震え。
声に宿った、感情そのもの。
そうだ。あたしは、音を記憶し、模倣し、聞き分けられる。
なら、それを「音の模様」として、描き記せばいいんだ。
例えば。
「あの音」を、楽譜のように描き起こすとしたら――
◇
「うむっ。これなら十分気持ちが込められている。よい触媒になるはずです」
ルーラーはあたしの絵を満足そうに見て、「祭壇」へと飾った。
人間の目で見れば、音符のようでいて音符でもない――植物の蔦にも、幾何学的な抽象模様にも見える奇妙な絵。
けれど、あたしと同じヨウムやインコが見れば、たぶん「ああ、こういう音ね」と理解してくれる気がする。
そんな感じの絵が、五枚ほど完成したのだった。
ユキネも四枚ほど完成させたので、あたしの「最初の線の絵」と併せれば合計十枚だ。
……どこかで聞いた話だが、自然界では「動物が自発的に絵を描く」ことはほとんどないという。
一部の霊長類やイルカ、象、そしてヨウムなどは筆記具の操作や描画行動を習得できる。
だがこれは、人間による道具や訓練の提供という介入が前提。
「創作をする」「自己表現をする」というよりは、「模倣」「報酬を得るための行動」「操作遊び」というのが近い。
人間が、絵に意味を勝手に見出しているだけだ。
では、「気持ちを込める」とは何なのだろう?
少なくともあたしとユキネは、それを行ったはずなのだ。
たとえば、伝えたいという意図があること。
偶然の産物ではなく、繰り返しの表現であること。
見る者が、それに何かを感じ取れること。
つまりは、「描いた者」と「見た者」の間に、何らかの感情の橋がかかっていること。
……まあ、こんなところだろうか。
「作者が何を思っているか」「絵にそれが表れているか」。
せっかくなので、とりとめもないがあたしの考えを言ってみた。
「ルーラーは、どう思う?」
ルーラーは絵を見比べながら、率直に言う。
「むう……そういう意味で言うと、レゼフィルの一枚目の絵は厳しいです。これを描いている時の動きは、人間の作画の模倣をしているだけ――という感じだった」
ああ、やっぱりそう見えていたのか。
「じゃあ、それとそれ以外の絵は何が違うのかしら?」
ルーラーは少し考えてから、机にあった数本のペンを手に取った。
「おまえたちにも、“好きな色”や“好きな線”はあるはずです。どんな色を選ぶか。どんな形を選び、使うか。“意図”はなくとも、そこに“気持ち”は込められているはず。大事なのはそこ。だから、巧拙は問わないとアーチャーは言ったのだ……と、思う」
その時、水場で足を洗ってきたユキネが、首を傾げて口を開く。
「でも、それならサーヴァントが私たちの代わりにはなれないの?“気持ちが込められている”って、知能や感情で決まるなら……むしろ彼らの方が適してるんじゃ?」
確かに。それはもっともな疑問だ。
それこそ、ルーラーは精巧な魔方陣の絵を何枚も描けていた。
それに「下手な絵」よりも「上手な絵」の方が、儀式のためになりそうだ。
しばし考えたあと、ルーラーはやや難しそうな顔で答え始めた。
「……今回求められているものは、そもそも“絵”としての完成度ではない。最も必要なのは“春の感情”を引き出すための、“生きた”表現。それは、根本的に“死者”であるサーヴァント……英霊には、できないこと」
「生き死にと“春”が、関係あるっての?」
あたしの疑問に、ルーラーは頷く。
「英霊は、魔術的には正式名称を“境界記録帯(ゴーストライナー)”と呼ぶ。つまり、わたしたちは“固定された記録”。死者にとっての記憶は、確定された過去。客観的で、変わらない記録。一方、生者のそれは“主観的なもの”。個人の頭に残る、移ろいゆくもの。曖昧で、不安定で、けれど鮮烈でもある」
ルーラーの声は、少しずつ熱を帯び始める。しかし、難しい話になり始めたわね。
「“春”という季節は、明確な形を持たない。だからこそ、その揺らぎと希望の感覚を描くには、“今を生きる存在”の記憶でなければいけない。生者という、揺らぎのある現在を生きる者の“春の記憶”を元に、抽象化された形にこそ“力”は宿る。そういうことです」
確かに、「春とは何か」を定義することは難しい。
出てくるのは「兆し」や「変化」「始まり」のような抽象的な感覚ばかり。
日本であれば桜、西洋ならイースター。
どうしても、既存の象徴に寄りかかったモチーフに陥りがちだ。
その「曖昧さ」を、自分の感覚で描け――というのが、今回のお題。
だが、英霊ではむしろ「正確すぎてしまう」から使えない。
さっきのルーラーが描いた、機械のように整った魔方陣はその好例だ。
そんな中、扉が開いてアルヴェイルが戻ってきた。
……ひとりで?
「あれ、セイバーはどうしたのよ?」
「セイバーは訓練を続けてる。バーサーカーがなかなか納得しないみたいで、“そんな動きじゃ金メダルは夢のまた夢だぞ!”とか言ってた。よく分からないけど、俺はもう合格だってさ」
本当に何をしてるの、彼らは。
さて、アルヴェイルは「祭壇」が気になったのかそちらをじっと見つめていた。
具体的には、あたしたちの「絵」を。
しばらくして、アルヴェイルはあたしの絵を翼で指して言った。
「これって、“声”か?」
「……! わかるの!?」
彼は頷いた。直感的に、これは「音」を表したものだと理解したようだった。
そういえば、彼らは数千羽いる群れの中でも自分のヒナを声で見つけることができると聞いた。それだけ感覚について優れているのなら、声や音については一家言あるのかもしれない。
少し考えて、アルヴェイルは続けた。
「俺の“声”も、こういうふうにすることってできるのか?」
まさかのリクエスト。
ううん、彼の好奇心がこういう方向に作用するのは想定外だった。
まあ、どうせ暇を持て余すなら有効に使いたい。
もしかしたら、これが最後の機会になるかもしれないのだから。
念話ではない、コウテイペンギンの声が会議室に響く。
高く、遠くまで聞こえるような声。
ペンギンが持つ二つの発声器官から放たれる、二重の共鳴音。
それは、トランペットにも似た金属的な音色であった。
そして。
「お、おお……」
ルーラーが、思わず感嘆の声を漏らす。
あたしの口からは、寸分違わずトランペットめいたペンギンの声が模倣されていた。
続けて筆を咥え、その音色を忘れないうちに「描いて」いく!
◇
慣れればこちらのものだった。
あっという間に、「六枚目」が完成したのである。
「ヨウムの発声器官は、ペンギンのそれとは構造がそもそも異なるはず……なのに、ここまで精緻に再現をするとは」
「ふふん、そうでしょう。この技能だけは、英霊にだって勝つ自信があるわ!」
「わ、私のアサシンなら対抗できるはずだし……多分」
ルーラーは感心し、ユキネは謎の対抗意識をぶつけてきた。アルヴェイルは再び絵に見入っている。
今度はユキネにも絵をねだられたため、それを描きながら彼女に問いかける。
「そういえば、そのアサシンは今どうしてるのよ。マスターなら分かったりしない?」
あたしの疑問に、ユキネは首を振る。
「前の神社の時と同じで、そういうのは駄目みたい。むしろ今回の“熱田神宮”は、前より遥かに危険だって言ってた」
ただ「見る」という行為ですら、命の危険を伴う「剣」。
サーヴァントならともかく、通常の生命は「資格」がなければ絶対に入れないという場所。
アサシンは「人類が消滅している」というのをいいことに、その「剣」が納められている神社の奥深くに潜入しに行っているのだった。
ティアマトのセリフ書くのが難しすぎます