Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第35話:ちはやぶる 神代も聞かず 火の底に

2020.04.03 04:26 UTC / 「火の間」 視点:アーチャー

 

 アサシンは言った。

「この相手だけは、私が倒さなければ意味がない。自分の力で乗り越えることに、意味がある」と。

 元より、言って聞くような性格ではない。あの「水」の試練が例外なのだ。

 手出しはせず、行く末を見守ることにしていた。

 

 だが。

 ……血飛沫と黒髪が、空に舞った。

 四肢が切断され、弾け飛ぶ。

 

「――どうしたどうした。未だ終わるには早いぞ、さっさと立てィ」

 

 男の声が響く。

 その切っ先は、なおも地に伏しながら肉体を再生させようとするアサシンへと向けられていた。

 背後で、焦熱の溶岩が跳ね上がる。

 「分霊」たる男神の肉体は、それと同じものでできていた。

 灼熱の剛腕に、真なる「草薙」を握って。

 

 

「お前の言った通りになったな、アサシン。なるほど、この国において“冥界”とはまさに地の底、現代に至ろうといまだ神秘の残る異界。境界たる河を渡り、行き着いた先の幽世か」

 最終試練、「火の間」。

 闇の中から降り立った我々の眼前に広がっていたのは、まさに「地獄」を形にしたような光景。

 もしくは、深く地下に潜った果ての「星の核」と称しても違和感のない魔境だった。

 一面に広がる溶岩の海。

 熱を孕んだ赤い波がゆるやかに蠢き、時折、空を裂くように火柱が噴き上がる。

 その中心には、真っ黒に焼け焦げた岩の台地。

 そこでは炎が断続的に吹き上がり、生者の存在全てを拒むかのようだった。

 

 だが、それだけではない。

 頭上を仰げば――

 「天井」からは赤熱した鉄梁が垂れ下がり、巨大なふいごが低く唸っている。

 焼かれる鉄の香りと、灰が空気に舞う。

 床には無数の折れた刀剣が突き刺さり、その中央にただ一つ――異質なる威光を放つ剣が、燦然と佇んでいた。

 

 冥界と「たたら場」。製鉄と鍛冶の場が入り混じったかのごとき空間に、「草薙の剣」はあった。

 ……神話において、八岐大蛇の尾から現れた草薙の剣が神々の手に渡ったという逸話。

 それは「大和政権が出雲地方のたたら製鉄や鍛冶技術を掌握した」ことの象徴であるとも言われている。

 アサシンが持つ「火」の力は、「鍛冶の知識」でもあると聞く。

 試練が彼女の持つ八つの力と同一である以上、その表れだということか。

 

 我らが足を踏み入れた瞬間、周囲の溶岩が蠢き始める。

 赤黒き奔流は、やがて草薙を中心に集まり、人の形を象る。

「――まさか、この試練に挑む者が汝であるとは。よもや、かつての栄光を取り戻しにでも来たのか? 大蛇よ」

 溶岩は男性めいた姿を取り、ゆっくりと剣を引き抜く。

 建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)。その分霊。

 神話によれば、スサノオは八岐大蛇を討ち、その尾から得た草薙の剣を高天原へと奉納した。

 そして地上に降り、櫛名田比売(クシナダヒメ)を妻とし、「根の国」の王となったという。

 この「根の国」とは、明確な記述は少ないものの、しばしば冥府たる「黄泉の国」と重ねられる。

 

 そして、そもそもの発端は――

 彼が死者となった母・伊邪那美命(イザナミノミコト)に会うため、父・伊邪那岐命(イザナギノミコト)や姉・天照大神(アマテラスオオミカミ)との対立の果てに高天原を追放されたことにある。

 

 その際、スサノオはイザナギに「海を統治する」ように言われ、それを拒んでいる。

 だが、古代日本において「海の向こう」はあの世――常世や黄泉と繋がると信じられていた。

 常世とは、境界の彼方にある死者の国。海とは彼岸へと続く道であり、世界の果てと見なされていたのだ。

 

 ならば、彼がこの冥府にも似た「地の底」に座すのは必然であったか。

 同時にこの状況は、アサシンにとっても大きな意味を持つ。

 英雄と怪物。討った者と、討たれた者。それが再び、相まみえることとなった。

 それは、アサシンにとっての「過去との決着」を意味する試練に他ならない。

 

「……予想通りではあったとはいえ、当然のように神霊が出てくるとはね。許されるの? こんなこと」

 思わず口を突いて出たアサシンの問いに、スサノオの分霊は憮然として答える。

「当然だろう。鈍ったな、大蛇。ヒトの姿と理に慣れすぎたか」

 その声音は雷鳴のように荒々しく、まさに「大英雄」のそれだった。

「ここは神域で、幽世で、異界だ。そして、それを証明する“草薙”がある。――ヒトの世の常識なんぞ、通用するものかよ」

 魔術理論的に考えるのであれば、物理的に地下に存在する空間に「根の国」の神話を重ねたのだろうが……

 荒ぶる神は、疑うことすら愚かだと言い放つ。

 

「道理である。道理が通らぬ事象に、そう言うのは妙な話だが」

 神話に、整合性というものは存在しない。

 不可解な暴挙と突拍子もない逸話の連なりを、後の世の人間たちが「こういう意味だったのだろう」と解釈しただけに過ぎない。

 そして、ある種スサノオという神は、その「不条理」の最たる存在であった。

 

「先に言っておくぞ。この試練を受ける者が戦う相手は、当然この俺だ」

 スサノオは剣を軽く振り、溶岩でできた己の肉体の重みを確かめながら続ける。

「この試練を受けに来るであろうヒトが、俺を倒せる道理などありはしない。この肉体の強度は本来の半分以下だが、俺はこの国における最強の存在だ。その摂理は覆らん」

 故に、挑戦者は敗れる。当たり前のように死ぬ。

 だが、それこそがこの試練の本質。

「俺が与えるのは、あくまで“疑似的な死”。敗北と死の中で己を一から見つめ直し、剣のごとく鍛え直す。死と再生を繰り返したその果てに、“草薙”を預けるに相応しい者となったならば、試練は達成だ。――だが」

 

 溶岩でできた腕が伸び、剣の切っ先がアサシンの眼前で止まる。

「それは、“生者”に限った話だ」

 その声音が一層重く、地鳴りのように響いた。

「汝は違う。神であり、英霊だ。死すら超えた者たる汝の勝利条件は、どれだけ命を使い潰そうと――この俺を倒すことしかない」

 

 

 そして、「試練」は開始されたが――

 戦いは、あまりにも一方的なものであった。

 サーヴァントとは、生前の当人とイコールではない。

 召喚されるのは、あくまで「伝承」に基づく記録の投影体。

 英霊の遺した伝説・伝承が能力として昇華されるだけでなく、その「死因」が明確な弱点となることもある。

 アキレウスの踵、ジークフリートの背中、クー・フーリンのゲッシュ、女王メイヴにとってのチーズといったように。

 

 アサシンの前にいるのは、まさしくその「死因」そのものだった。

 加えて、「草薙の剣」とは八岐大蛇の象徴である。

 それをスサノオが握るという構図は、まさしく「神による怪物の支配」を意味する。

 つまり、単純に「相性が悪すぎる」のである。

 

 剣が唸るたび、かつての死が記憶として肉を裂く。

 剣閃は無慈悲にして無比。

 灼熱の焔を纏い、冥府の鉄を打ち上げるごとき破壊の一撃が、アサシンの身体を断ち割る。

 

 だが、彼女は死なず立ち上がり、肉体を即座に再生させる。

 吹き飛んだ腕が生え、潰れた胴が再生し、砕けた脚が地を踏む。

 その四肢は、術によって「擬人化された結果」に過ぎないからだ。

 彼女がどれだけ人の姿であることに拘ろうと、彼女の本質は人外だからだ。

 

 とはいえ、仮に人の姿を捨て、怪物の姿を解禁しても勝てる相手ではない。

 アサシンにとって唯一の対抗手段は、彼女が宝具として持つ「草薙の剣」。

 魔力によって具現化された、象徴にして神秘。

 大蛇が「剣を振るう」ことは、セイバーの戦い方のようにすれば不可能ではない。

 

 だが、それではスサノオの太刀筋にどうやっても追いつけない。

 筋力のランクは跳ね上がるが、その分敏捷性が落ちてしまう。

 むしろ怪物の姿だからこそ、「かつてそれを殺しきった」男神に、どうやっても勝てないだろう。

 余も、彼女の合図があれば戦いに加わるつもりだが、一向にその気配はない。

 

 だからこそ――スサノオも、こちらを敵として見なさぬままでいる。

 アサシンは、敢えて攻撃を受け続けてまで、スサノオの剣に対応しようとしている。

 代償は、大量の流血。

 赤黒く染まった溶岩の大地を、さらに深い朱が上書きしていく。

 

 この戦いはあくまでも「本命」ではない。キャスター・リンドヴルムに挑む前の準備段階。その前に、自身の命を使い切る愚を犯すような性格ではないはず。

 だがその瞳から、光は一切失われていない。むしろ、これまで以上に燃えるような輝きを宿している。

 まるで、何かを待っているような――

 スサノオも、この状況に奇妙さを感じたのだろう。明らかに口数が減り、警戒し、その正体を見極めようとしている。

 

 しかし、そこにアサシンが強く踏み込む。

「よそ見をしている暇はなくてよ、“試験官”殿。貴方の役目は試練の挑戦者が“草薙”に相応しい者か、見極めることなのでしょう!?」

 二振りの草薙が激しくぶつかり合い、巨大な火花を散らす。

 剣戟が響き渡るたび、空間が焼けていく。

「ハッ、大した気概だ。その虚勢、いつまで保てるか――!」

 スサノオが鍔迫り合いを制し、アサシンの剣を弾く。

 

 だがその瞬間、アサシンの長髪が伸び、弾かれた剣に巻き付いた。

 絡まった刃を強引に下方へ向けると同時に、自らの肉体を回転。踵がスサノオの頭部へと叩きつけられる。

 人間相手であれば、それは頭部を砕く必殺の一撃。

 ……人間が相手であれば、だ。

「――足りんなァ!」

 その溶岩の肉体は爆発し、アサシンを吹き飛ばす。

「久しぶりの有効打だな。だが、この肉体の本質は汝と似て不定形だ!」

 溶岩の身体は流動し、破損した頭部を補い始める。

「頭部の破壊は、直接死には繋がらん。この身体の持つ“生命力”を削り切らぬ限り、俺が倒れることはない!」

 

 再び剣を構える神霊に対し、ふわりと着地したアサシンは静かに答える。

「そう。実際、手数が足りないのよね。私の肉体を使った物理攻撃は効果が薄い。溶岩相手なら“水”が効きそうだけど、速度が足りない。有効なのは剣だけど、それは一本だけ」

 その呟きと共に、突如アサシンの背後から溶岩が沸き立つ。

「ならば、答えはシンプル」

 その奔流の先端には、赤橙色の煌めきが灯っていた。

「――アーチャー! 上の“流れ”を、こちらに繋げなさいッ!」

 遂に、アサシンからの合図が下る。その意図は、攻撃に非ず。

 ……なるほど、そういうことか。

 ランサーとの戦いを思い出す。確かにそれならば、「攻撃ではない」。アサシンだけが戦うということに違いはない。

 余の役割は、彼女ができぬことを一度だけ為すのみだ。

「承知した。――『竜脈開扉』(ロンマイ・カイメン)!」

 

 宝具の名の通り、天と地の「流れ」が繋がれ、門が開く。

 溢れ出すのは、「水の間」の激流――彼女がかつて渡った、己の迷いの象徴。

 

 激流と溶岩がぶつかり合い、凄まじい音と水蒸気が広がる。

「……水流の目的は攻撃ではない。“焼き入れ”か」

 水による攻撃を警戒したのか、距離を取ったスサノオがアサシンの方向を睨む。

 だがその口元には、抑えようのない笑みと高ぶりが見て取れた。

 

 アサシンは戦いの中、「血・呪・火・影・毒・風・幻・水」――八つの力を、全て綿密に利用していた。

 大量の血液は、「血の間」から持ち込まれたもの。流れ出したそれは厳密には「非生物」のため、「血」と「影」の力で複雑に操作できる。

 血液から鉄分を抽出し、「火」の力で溶岩をそのまま浄火の鍛錬炉として利用。不純物を焼き払い、玉鋼へと加工する。

 これらの作業には「呪」で操作する「毒」で作った遠隔操作用の義腕が用いられるが、溶岩の熱は凶悪だ。

 「風」で取り巻く空気の膜が泡のように絶え間なく生成・更新され続け、プロテクターとして機能する。

 加えて「幻」と「風」で作業音・振動・魔力――その一切を隠し、刀身の鍛錬をひそかに、ひたすらに続けていたのだ。

 

 そして最後に、「水」。

 千度以上にまで赤熱した刀身は、一気に冷やされることで鋼の内部構造が急変し、硬度を増す。

 しかもそれは、ただの水ではない。

 アサシン自らの悩みと、祈りの記録が投影された呪術的水。

 どれだけそれが矛盾していようとも、抱いたまま共に戦い抜くと誓った決意の証。

 

 アサシンは大きく跳躍し、冷え固まった溶岩の上に着地する。

 左手には、「草薙の剣」。

 右手には、今まさに作り上げられた剣が握られていた。

 血と炎と祈りで鍛えられた、溶鉄めいた輝きを放つ新たなる刃。

 その刀身には、無数の魂の残響が彫り込まれていた。

 冷却の完了と共に、刃が鳴くように震えた。

 まるで、命の息吹を吸い込むかのように。

 

「これこそが、私の答え。貴方に勝ち、先に進むための意思。――『都牟刈・天叢雲剣』(つむがり・あめのむらくも)……!」

 




ネザーをイメージしてもらえばそれがだいたい「火の間」です
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