Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第36話:からくれなゐの 雲ぞ立ちける

2020.04.03 05:01 UTC / 「火の間」

 

「ハハ――フハハハハハハハハッ! そうだ、それでいい! 何であろうと、“枠”に囚われた者が勝てるはずがあるものか! 常識を、限界を! その全てを超えてかかって来いッ!!」

 スサノオの高笑いと共に、無数の剣閃と火花が跳び回る。

 

 アサシンは、「呪の間」で手に入れた「鍵の剣」を中心として、宝具『都牟刈・天叢雲剣』(つむがり・あめのむらくも)を鍛え上げた。

 それが「偽物」だったとしても、遥かな時を経て信仰と歴史の重みを帯びた、一つの神秘に変わりはない。

 熱田神宮の本殿で、「本物である」と信じられていたことに変わりはない。

 そして今、それはかつて「草薙の剣」を鍛えた八岐大蛇自身の手によって、再び名を与えられた。

 

 「草薙の剣」が持つ、もう一つの名前――「天叢雲剣」。

 ならば、この場には「三本の本物」があることに違いはない。

 「神話」の形容すらも飛び越えて、試練は最終局面を迎えようとしていた。

 二者の持つ剣は、本来なら両手でどうにか扱えるような代物。

 アサシンはそれを両手それぞれに持ち、怪物の膂力と速度を以て振るう二刀流。

 圧倒的手数で、スサノオの剣に肉薄する。

 

(――そう。ようやく、これで互角……! どこまで規格外なのよ、この男はッ!)

 

 かつて、八岐大蛇を討伐した神は『八塩折之酒』(やしおりのさけ)で眠らせてから斬るという策を講じるしかなかった。

 討たれた大蛇は時を止めたまま、英霊として召喚されている一方で――スサノオは違う。

 根の国に下った後も人々の信仰を受け続け、遥か地の底の幽世で、変わらず存在し続けてきた。

 神の時代が終わり、人の時代が来ようとも。

 

 死者たるサーヴァントは基本的に「肉体的成長」はできないが、神々はそうではない。

 生と死を持つ以上、停滞を運命づけられた存在ではない。

 まして、奇策を弄さなければ勝てなかった相手がいるということに、この男が納得できるはずがない。

 

 アサシンは理解した。

 スサノオは、自らが再び八岐大蛇と戦う日を想定し――

 そのために己を、剣を、力を鍛え続けていたという事実を。

 戦神たる自らの神威を保つため、悠久の時を鍛錬に捧げていた執念を。

 

 サーヴァントは、成長できない。

 だとしても、その枷を超えなければこの男には絶対に勝てない。

(考えろ、奇策でも何でも構わない! この忌々しい荒神を超える、更なる方法を……!)

 

 『天叢雲剣』の作成は、アサシンにとって間違いなく起死回生の一手だった。

 だが、それでも足りない。戦場はその事実を容赦なく突きつけてくる。

 ようやく攻撃のリズムに慣れたアサシンを嘲笑うかのごとく、スサノオの太刀筋は変幻自在に変わり続ける。

 それこそ、まるで彼が司る「海」のように。

 波濤めいて一定の形を持たず変化し続け、しかし「ずっとそこにある」ものとして。

 それは、「河の神」として「一方向に流れるしかない」大蛇を、「その果てにある海」として翻弄するかのようでもあった。

 「象徴」や「相性」だけで概念上の勝負をするならば、「河」が「海」に勝てるはずがない。その大きさの差は、考えるまでもなく歴然だ。

 

(ならば、その当然を乗り越えて勝つ。それ以外に道はない……!)

 

 再び激突。鍔迫り合い――その最中、スサノオは態勢を崩さず、蹴りを叩き込もうとする。

 アサシンは髪に呪を走らせ、間一髪それを弾く。

 直後、スサノオが距離を取り――自身の剣に、炎と呪気を纏わせて前方へ投擲。

 それは雷火めいた軌道で、大地を裂きながら走る。

 

 だが、それだけでは終わらない。

 次の瞬間、朱色の大地を爆発させるほどに踏み込んだスサノオが剣に追いつく。

 そのまま、投擲の勢いごと斬撃に上乗せし、アサシンを薙ぎ払う。

 二重の加速度を乗せた剣圧――

 もはやそれは空間の織り目すら撓むかのような、必殺の一刀となる。

 即ち、分かりやすく「死」を齎すものに。

 迫るそれを前に、生命の極限がアサシンの脳裏に閃きを走らせた。

 

(……可能性が、あるとすればッ!)

 活路への希望が、その肉体に力を与える。

 アサシンは、自身の剣を前方に突き出す。

 だがその軌道は、斬撃を正面から受けるそれではない。

 縦に振るった刃が、スサノオの剣――その背を叩いた。

 

「ほう、そう来るかよ!」

 スサノオの剣と同じく、アサシンもまたスサノオの剣の上を一回転。

 スサノオの剣の背を剣で蹴るようにして、円弧を描いて前方へ飛ぶ!

 

「だが、まだ足りんッ! もっとだ!」

 横薙ぎに進む剣を、スサノオは恐るべき握力でその場に固定した。

 物理法則に逆らい、無理矢理押し止められた、荒れ狂う「流れ」をアサシンに向けて解放。

 雷を纏った、複数の斬撃が乱れ飛ぶ。

 

 それを抑え込んだのは、更なる数の斬撃だった。

 溶岩の中から、剣を持った人影が姿を現す。

 それらは全て、「溶岩で形作られたアサシン」だった。今のスサノオと同じように、灼熱そのものの肉体を備えた分身たち。

 彼女は溶岩に溶けた「水」を経由して、「火」の力により溶岩を支配下に置いた。「幻」と「影」の力を最大まで活用し、溶岩から無数の分身を作り上げたのだ。

 

「私が“河”であるが故に、“海”のお前に勝てないというのなら――その前提を変えるまで!」

 溶岩の縁から、分身たちが続々と姿を現す。その数は、もはや十や二十では利かない。

 あらゆる方角から剣を手にしたアサシンが現れ、スサノオへと迫る。

 

「今の私の属性は、この星の持つ最大の“火”――核たるマントルそのもの。その質量は、海の総量を遥かに上回る……!」

 この空間に「壁」はない。黒の大地の外側には、どこまでも灼熱の地獄が広がっている。

 見渡す限り、その全域から「アサシン」が現れ、蠢く剣の群れが――神を討つために一斉に駆け出し、斬撃の雨がスサノオを包囲する。

 

 だが、その猛攻を捌き続けるスサノオの表情から余裕の笑みが消えることはなかった。

「概念勝負か。確かに、そこに勝機を見出すのは発想としちゃ悪かねえ」

 彼は一歩踏み込み、分身の一体を袈裟に斬り払う。斬られた影がマグマへと還るが、すぐさまその動きに対応した新たな刃が襲い掛かる。

「俺がどれだけ剣の型を変えようと、それを上回る数で攻めればいいというのも正解に近い。だがな」

 

 スサノオの持つ「草薙」が、一際強く輝く。

 構えを取っただけで、接近していた分身たちが消し飛ばされた。

「ならば俺は、まとめて全てを切り裂くまでだ」

 剣から放たれる光の奔流が、マグマの赤熱を青白く染め上げる。

 

「究極の一刀、その解放を以て――!!」

 

 

 アーチャーの分霊は「火」と「水」の階層の狭間で、霊体化しながら戦の趨勢を見つめていた。

 アサシンとスサノオ――両者が持つ「草薙」が、今まさに真名を解放しようとしている。

 その一撃は、この階層全域にまで波及するだろう。

 アサシンが助力を望まない以上、自身が介入する余地はない。

 彼はそう判断し、既に戦場の外……すなわち観測者の位置へと退いていた。

 

 そして、今まさに起ころうとしているのは――「三本の神剣」の衝突。

 本来なら同時に存在することすらありえない、同一神話体系における「最強の剣」三本がぶつかり合う。

 陳腐な表現ではあるが、間違いなく「ただでは済まない」。

 そうなると、彼は確信していた。

 

 

 分身たちが身構える最奥で、アサシンもまた、宝具の真名解放に向けて剣を構えた。

 衝撃に耐えるため、変化の術を限定的に解除する。八つに分かれた尾が出現し、黒い大地に力強く突き刺さった。

 ――神話において、剣を作った当人であるはずの八岐大蛇が、この剣を抜いた描写は何故か一度もない。

 サーヴァントとして召喚されたアサシンも、この宝具の使用には非常に慎重になっている。

 

 しかし、覚悟はとうの昔に決めていた。

 あの雨の日に、あのマンションの一室に召喚された瞬間から、ずっと。

 

 二振りの神剣が宿す、透き通る翠と星核のごとき赫が臨界点を超える。

 そして、アサシンの分身たちが一斉に後方へ退避した刹那――

 

 「「『神剣・草那芸之大刀』(しんけん・くさなぎのたち)ッッ!!」」

 

 全く同じ二つの咆哮と共に、輝きが重なり合う。

 その瞬間、周囲の溶岩が「蒸発」した。

 気化した大地の代わりに、周囲のマグマが雪崩のように流れ込み、即座にまた消えていく。

 まるでこの空間そのものが、あらゆる物質の存在を許さない「真空」に変わったかのようだった。

 ならば、衝撃に備えて尾を「地面に刺していた」アサシンはどうなったのか?

 

(……当然、これくらいは予期していたか。そうでなきゃなあッ!)

 

 スサノオは、口を笑みに歪ませながら眼前の敵の後方を睨む。

 八つの尾は、大地ではなく更にその下を――「世界そのもの」を刺し貫いていた。

 

 原理は分からない。アサシンの八つの力のどれで、それが可能になるのかは説明がつかない。

 だが、「そんなことはできて当然である」と、スサノオは確信していた。

 

 整合性? リアリティ? 物理法則? 知ったことではない。

 自分たちは、そんなつまらないものに囚われることはない。

 間違いなく今ここは、「神話の世界」なのだから。

 

 更にアサシンは、いつの間にか『神剣・草那芸之大刀』(しんけん・くさなぎのたち)を両手に持ち替えていた。

 そして、もう一本の剣を――口で咥え、伸びた髪がそれを強く支えていた。

 

「口が塞がっていては、真名解放ができないのでは?」

 そんな現実的疑問すらも無に帰すがごとく、もう一つの神剣は緋色の雄叫びを上げる。

 

「――『都牟刈・天叢雲剣』(つむがり・あめのむらくも)ッッ!!」

 僅かな時間差で放たれた第三の光芒が、大上段から叩きつけられる。

 

 恐るべきことに、二対一でありながらアサシンとスサノオの宝具の威力は完全に互角だった。

 完璧に拮抗する膨大なエネルギーは、互いを喰らい合うかのように渦を巻き始める。

 

(――完璧に、拮抗?)

 

 スサノオは訝しむ。そんなことが、ありうるのか?

(“どうやって?”はこの際どうでもいい。大方、大蛇が“勝てなくとも負けはしない力を持つ宝具”として作ったのだろう。重要なのは“何故か?”だ……!)

 

 剣が軋む音が、空間を震わせる。

 スサノオの持つ草薙に、細かなひびが走った。

 それは、アサシンの握る二本の剣も同様だった。

 

 鉄が石を砕けるのは、鉄の方が硬いからだ。

 柔らかい方は一方的に砕け、硬い側はほとんど傷つくことはない。

 だが鉄をもって鉄を砕けば、両方が等しく削られ、ひび割れ、やがて砕ける。

 ならば同様に、全く同質の概念と強さを宿す三本の神剣が、全霊で打ち合えば――

 

(力比べの末に、奴が“上回る”というのなら分からんでもない。だが、奴の狙いは違う……!何故だ、何故自らの剣まで砕こうとする? その先に何を見ている!?)

 

 スサノオが理解するより先に、その瞬間は訪れた。

 真空の虚無に、三色の破片と世界の骨が軋むような音が舞う。

 しかし、それは溶岩の底に落下することはなかった。

 重力を拒絶するかのように、煌めきの中を飛び回り続けた。

 

「貴方の言う通りね、スサノオ。枠や常識に囚われたままで、己の限界を超えることなどできるわけがない」

 

 緋、青、翠。

 破片は光の粒となり、互いを侵食し、境界を失い――収束していく。

 

「だから私は、“英霊にとって、己の象徴たる宝具を砕くなんてありえない”――そんな一線を、超えさせてもらった。あの“悪魔”の真似事じゃないけど……!」

 

 蛇が言葉を結んだ刹那、三つの輝きは螺旋を描き、やがて白銀の光に溶けていく。

 鳴り響く、高く澄んだ鈴の音。

 アサシンの手には――白い刀身に、三位一体の色彩を宿した剣が在った。

 祈りも、神秘も、畏れも。

 全てを呑んだ、蛇神の刃が。

 

 

「――来い、『天羽々斬』(あめのはばきり)ッ!」

 得物を失ってなお、スサノオは一切の狼狽も見せず、彼本来の武装を虚空から呼び出した。

 

 それは、かつて彼が八岐大蛇の討伐に使った武器。

 揺らめく光を纏い、波のようにうねる長大な刃。それを軽々と構え、男は空中を力強く踏みしめる。

 

「どんな形であれ、確かに汝は“この地にて祀られし草薙”を手にした。その点だけは素直に褒めてやる。だが! 当然! この俺を倒さなければ――試練達成とは言わせねぇッ!!」

 光よりも速く、かつて大蛇の首を引き裂いた斬撃が襲い掛かる。

 

 しかしそのコンマ一秒前、既に勝負の趨勢は決していた。

 スサノオの卓越した動体視力は、確かにそれを捉えていた。

 長く伸びたアサシンの八本の尾が、溶岩で作られた分身たち全てを貫き、吸収した瞬間を。

 そしてその分身たちから、本体へと何かが“還元”され――

 

「……はあァァァァァァァァァッ!!!」

 

 一筋でありながら、無数とも思える剣の軌跡が――

 

「……見事だ、この野郎……ッ!」

 

 『天羽々斬』(あめのはばきり)ごと、スサノオの肉体を斬り裂いていた。

 

 

「……決着はついたな。ここからは、存分に介入させてもらう」

 声と共に、上層からアーチャーの分霊が舞い降りる。

 彼が手をかざすと、戦場に穿たれた穴を覆うように白い雲が生じ、力尽きて落下し始めたアサシンとスサノオを柔らかく受け止めた。

 

 続けて、大気中の膨大なエネルギーを魔力に変換し、回復の術式を施していく。

「わ、わざわざ口に出さなくても……生真面目ね、本当に」

「いわゆる性分である。お前のそれと同じようにな」

「……そう」

 

 そうして、しばしの沈黙が生じた。

 そして、それを一つの声が破った。

「……なあ、おい。一つ聞かせろよ、大蛇」

 声の主は、袈裟斬りにされたまま、雲の上で冷えた石のように横たわるスサノオだった。

 その身はあくまで仮初めの器であるためか、この状態でも死には至っていない。

 

 彼は、自らの隣で横たわっている「宿敵」に向けて言う。

「――何故、汝は俺の剣を上回ることができたのか。どれだけその“新たな草薙”が優れた宝具であろうと、それだけで俺の剣技を上回る理由にはならん。実際、汝の勝利の本質はそこにはないと俺は見ている。特に、最後の“尾による分身の吸収”。あれが何らかの鍵なのだろうが……どうだ?」

 

 再びの沈黙の後、アサシンはゆっくりと口を開いた。

「……確信があったわけじゃない、ということだけは最初に断っておくわ。ヒントになったのは、私すら忘れかけていた太古の記憶。私のマスターが“夢歩き”の力で見出した、おそらく“最も古い私”の見た景色。この言葉の意味、同じ“神”たる貴方なら分かるでしょう」

「……成程。続けろ」

 スサノオの表情はもはや読み取れなかった。

 肉体が、再びただの溶岩へと還り始めているせいだ。

 

「その中で、荒ぶる蛇神を討伐した男がいた。神ならざる、人間の剣士が。……スサノオという存在は、複数の英雄や神が“習合”された果てに生まれた信仰。大和朝廷や後世の民が、自らの神話体系を確立するために、数々の伝承を一つにまとめた結果、成立したもの。

だからこそ神話における貴方は、統一性のない多面的な性格を併せ持っている。私は“神話学・民俗学的視点”から、そう解釈した」

 

「ほう……それで?」

 スサノオは微動だにせず、否定も肯定もせずに続けるよう促した。

 

 アサシンは軽く頷き、話を締めくくるように続けた。

「どれほど貴方の剣が海のごとく多彩であっても、それは真に“無限”ではない。意思が介在する限り、必ず法則性は存在する。その根本にある共通点こそが、あの“剣士”の太刀筋だと、私は見た。

そして私は、私自身と分身たちとの無数の斬り結びの記録――それらをすべて吸収し、そこから最適解を導き出した。つまり、貴方の本質に最も近い“過去”をトレースし、それを超える一撃を放ったということ。

……スサノオという神の正体や解釈の成否がどうであれ、私は勝った。結果が残った。それだけのことよ」

 

 三度目の沈黙が訪れる。

 それを破り、男は言葉を紡ぐ。

「……無粋なことは言うもんじゃねえよ。神秘は汝が立ち向かう敵でもあるが、同時に味方でもある。そこまでにしておけ」

 

 崩壊の最中でありながら、その声に一切の脆弱さはなかった。

「今回、俺は負けた。汝が勝った。その通り、それだけのこと。それが唯一の真実だ」

 魂を揺さぶるような威声は、最後まで嗄れることはなかった。

 

「俺はもう寝る。後は勝手にしろ。――汝が望んだことを、望んだようにな」









※実際の熱田神宮に多分こんなのはありません
スサノオのCVは杉山紀彰さんのイメージ
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