Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第4話:知ることの痛み

2020.04.01 16:36 UTC(内部時刻:第一日・午後) / ランサー領・上層階・宿泊施設 / 視点:アルヴェイル

 

 「対話」は終わり、俺たちはまた上の階に戻っていた。

 俺の発言に対して、パラニールはすごく褒めていたが……そういうものなのだろうか。

 

 あそこから去る前に、アーチャーはランサーに対していくつか聞いていたのを思い出す。

「上層で、この国の内部の一日は外における一時間と聞いた。だが、より遅く設定していないのは何故だ?」

「……その疑問は正しい。召喚の後、吾は宝具により国を築いたが……その際、内部の一年を外における一時間と設定していた……」

「……目茶苦茶言ってンな。自分の宝具だからってそこまで出来るんかい」

 セイバーが、この国に来てから何度目か分からない呆れ顔をする。

 全くその通り、俺にとっては何もかもが分からないことばかりだった。

「しかし……その途中、ライダーの襲撃により国の“天蓋”が破損した……撃退には成功したものの、吾も国も、無傷で切り抜けたわけではない……

内外の時間の齟齬と、宝具の損傷を修正するために……現在の設定となっている……」

「――道理である。ということは、奴は宝具の奪取には失敗していたのだな?」

「肯定する……成程、奴の襲撃の目的はそれか。ならば、瞬時に退いたのも頷ける……他の獲物を探しに行ったと見るべきだろう。情報には感謝する、アーチャー……」

「宝具発動の条件は確かではないがな。

“悪竜現象”らしい、悪辣な宝具である。互いに警戒を怠らぬようにしよう」

 ……といった感じで、俺たちは「ナーガ」という奴らの案内のもと、地上階の「部屋」に通され休むことになったのだ。

 

 本当に、俺にとっては分からないことばかりが起こっている。

 一度寝た方がいいとは分かっているのだが、どうしても聞きたいことがあった。

「セイバー、一ついいか?」

「ン、なんです?」

「さっきの話に出ていた、“聖女マルタ”ってどんなヒトなんだ?」

 ……急にセイバーは、困ったように唸りだした。

「いやー……こう、本人が居ないところでどこまで言って良いものかと」

「……? 何だよそれ。あの時言ってたことはよく分からなかったけど、セイバーにとって大切な人間なんじゃないのか?」

 それはそうなんだけどなあ、姐さんのプライバシーがなあ、とセイバーはもごもご言い始める。

「――ええい、誤魔化しても仕方ない。観念して正直に言いやしょう」

 セイバーは、そう言って語り始めた。

「まずワシは、昔母親に見捨てられたと思い込み、荒れて暴れ回ってたって話はしやしたよね。

自分は認知されなかった子供なんだー、世の中僻んでやるーって。

さて、そこに現れたのが聖女マルタ」

 セイバーは、近くにあった木の板に爪で顔を描き始めた。

 ……ちょっと待て、これ本当に人間か?

 そう思うほどの恐ろしさが、そこには込められていた。

「……いやあ、心の底からおっかないと思いましたわ。

半端ない眼光に、超キマった恰好。うわあ怖いなあと思ってたら――いきなり距離を詰められて、こう」

 セイバーは前足を振り上げ、自分の顔にぶつけるような動きをする。

 ぶにぃ、と大きく凹む頬。

 ……人間って、「そういうことができる」大きさだっただろうか。

「メガトンフック、メガトンボディ、メガトンパンチ百連、そしてとどめのジェットアッパー。流れるような鉄拳聖裁にワシは為すすべもなかった。

信じられねえっスよねえ。いきなりこんなでかい怪物が人間にボッコボコにされた挙句、最後には縄で縛られて無力化されるとか……」

 セイバーは歯をガチガチと鳴らしながら、恐ろしいものを思い浮かべるように言った。

 ……とにかく、とんでもなかったらしい。

「でもな、あの人の強さは――言うなら、自分の信じる道を一歩も曲げん“強さ”だった。

人間相手にも、ワシのような竜にも、同じ目を向けておった。

まっすぐ、ただまっすぐ。恐れも憎しみもなく、相手を“見る”。

間違っていると思うことがあったら、最後までとことん向き合って正す。

それが、あの人の在り方だった」

 セイバーの視線は、どこか遠くを見るようだった。

 そして聖女マルタは、セイバーに対してこう言ったらしい。

 

『そんなに独りが寂しいってんなら、アタシが一生、最後まで面倒みてあげようじゃない!』

 

「――あの人の迫力と啖呵に、ワシはもう敵わないと降参した。そこまで言われちゃどうしようもないですよ、マジで。

その後ワシは、暴れまわったことのけじめのため……何と言えばいいのか。

謝って済むようなことじゃないくらい悪いことをしたから、もう死ぬことになったんスわ」

「え、ええっ?」

「とはいえ、ワシは竜なので普通の生物とは違う。体が死んでも、魂だけはあの人と一緒にいることができた」

「……魂って?」

「あー言われてみればそうだ。魂――そうっスね、“命”が消えて死んでも、その人の考えや、意志……そういう見えないものが残る、みたいな感じか」

 厳密にはちょっと違うんスけどね、とセイバーは小声で言っていた。

 とにかくそういうものらしい。うーむ、わからん。

「しかも、姐さんのところの教えでは竜は“悪いもの”だった。ワシが一緒にいるのはまずいはずだった。

でも、あの人は言った。“バレなければいい。ありがたい話は衣食住が事足りてから”と。

絶対にワシを見捨てるような真似を、あの人はしなかった。そんなのもう、惚れるしかないっスわ」

 そこまで語り終えた後、セイバーはぽつりと付け加えた。

「……まあ。もしワシが、ちゃんと母親に認知されてたら……姐さんとは出会えなかった。今のワシも、なかった。難しい話っスね」

 それよりもう難しい話は終わりです、早く寝なさいとセイバーは部屋の火を吹き消す。

 あっという間に、部屋は闇に包まれる。

 

 ――孤独と、出会い。

 なぜ目の前の竜が、俺の前に現れたのか。

 それが、ほんの少しだけわかったような気がした。

 

2020.04.01 17:01 UTC(内部時刻:第二日・昼) / ランサー領・上層階 / 視点:レゼフィル

 

 一晩(?)が経った。

 アルヴェイルたちと合流しようと部屋に向かったのだが、どうやら留守だったらしい。

 朝の毛繕いに時間をかけすぎたかもしれない。

 

 様子を見ていた親切そうなナーガが、あたしに声をかけてきた。

「ああ、そこのお客人ならもう“学校”に向かったよ。随分とやる気に満ちていたようだった。ありがたいことだねえ」

「あらそうなの! あたしたちも今から行って間に合うかしら」

「もちろん。みんながみんな、同じ生態をしてるわけじゃなし。夜行性の子に朝早く起きろなんて言えないからねぇ。授業はいつ行っても受けられるようになってるよ」

「それじゃあ、行ってみるわ。ありがとうねー」

 翼を振ってナーガに軽くお礼をしながら、「学校」のあるエリアへ向かう。

「あたしとアーチャーはともかく、アンタはどうすんの?」

 アーチャーの後ろを歩くダルグレインに声をかける。何か考え事をしていたのか、声に少し驚いた様子を見せつつも彼は答えた。

「あっしは、もう少しこの国の中を調べてみようと思いやす。どこまで見れるかは分かりやせんが、ナーガたちの動きについても探ってみようかと。

サーヴァントじゃないあっし相手なら、侮ってくれることを期待しやしょう。……それに、敗退済みのあっしなら、仮に奴らが心変わりして殺しにかかってきても構いやしないでしょう?」

「はあ!? あたしは大いに構うけどね! 馬鹿な真似はやめときなさいよ!?」

「……是である。無理はするな」

「へへぇ、ありがたいお言葉! では、後ほど合流しやしょう」

 そう言って笑うと、ダルグレインはひとり別方向へと歩いていった。

 あたしたちはそのまま「学校」へと向かっていった。

 再び向かった「高等部」の教室は、やはり難易度が高いからか参加者も少ない。

 メンバーはカラス、亀、サル、ジャッカルにコウモリ。

 左端には「海のエリア」が出現しており、そこからタコが顔を出している。

 そして、一番目立つ影がこちらを向いた。

「おや、今日は貴方がたも参加してくださるのですね。ありがとうございます」

 そこにいたのはランサーのマスター、パラニールだった。

「いやまあ、別に参加してておかしくはないけど……普通にいたのがちょっと意外だったわ」

「私とて、まだまだ未熟な身です。ここに来てから、学びを欠かした日は一日もありませんよ」

 話していると、教壇には昨日も見た白いナーガが立った。

 体色だけでなく、四本の腕が特徴的だった。

 

 

 今回の授業のテーマは、ざっくり言えば「他者理解と共感」。

 たとえば――

「自然災害が起きた時、どうすれば全員が生き残れるか」

 というお題に対して、意見を出し合いながら互いの視点の違いを探っていく。

 姿も価値観も、そもそもの生き方すら違うこの教室では、それだけで相当な議論になる。

 

 翼を持つ者の視点は、地上の者とはまるで違う。

 肉食と草食では、ただ「何を食べるか」だけじゃなく、そのために「どう進化してきたか」まで違ってくる。

 しかし、だからといって、どちらかが正しいとするのではない。

 違いを違いのまま認めた上で、隣に立つことはできるのか――そんなことを、話し合った。

 

 

 授業が終わり、生徒たちは指示されるでもなく自然と解散していく。

「やれやれ、本当に高レベルなこった……単純に教師の話を聞くだけじゃなく、グループディスカッションまでやるってかい」

 途中から後ろで見学していたセイバーが呟く。

 その背にはアルヴェイルが転がっている。

 どうやら中等部の授業に突撃した結果、知恵熱を出してしまったらしい。

「それでレゼフィルさんは、私に何か用があるのですか?」

 パラニールが、あたしの方を向いて言う。

 どうやら視線やら態度に、気持ちが出てしまっていたようだ。

「だってそりゃあ、気になるじゃない? ――どうしてこういう“国”を造ろうと思ったのかって。昨日、アーチャーと話していたのよ。これってランサー本人より、マスターの願いが強いんじゃないかって」

「ほう。どうしてそう思われたのです?」

 静かに問うパラニールに、これまで黙っていたアーチャーが口を開いた。

「ランサー・ヴァースキは、本来宇宙規模の視座を持つ蛇神である。

学問と中道に関する思想はともかく、この国の在り方の根本については、貴殿――マスター由来の願いと判断したまで」

「……彼であれば卑近な考えはしないだろう、と?」

 パラニールは多少苦笑しながら聞く。

 それに対して、アーチャーは淡々と頷いた。

「短絡的推論であることは否定せぬ。されど、端緒は貴殿であることに違いはあるまい。――あれは、自己よりも他者の願望を優先することすら厭わぬ類いだ。余と同じようにな」

 冷静すぎるアーチャーの答えに多少戸惑った様子を見せながらも、パラニールはそれを肯定した。

「……ええ。おっしゃる通り。これは、私自身の願いです」

 彼は、わずかに瞼を伏せながら続けた。

「私は、この地で人間と共に生きてきました。“森林保護区”と、彼らは呼んでいましたね。

私はそこに身を置き、静かに人間を観察してきた。

“寺院”に集う者たち。祈り、礼をとり、歌を捧げる――その所作を、私は何度も目にした。

彼らは、宗教儀礼を通して“どう生きるべきか”を見つめていた。

偉人の教えに倣い、“より良い生き方”を模索していた。

それは“子孫の繁栄こそ正義”とする我々、自然の法とはまったく異なる在り方です。

いわゆる“野生的”エネルギーに満ちた世界とは違う、静かで構築された“平穏”がそこにはあるように見えた。

良し悪しの問題ではありません。

ただ、その“違い”に、私は興味を持ったのです。

しかし……ある日、保護区の外で私は“それ”を目にしてしまいました。

――密猟です。

人間たちは武器を持ち、年若い象を撃ち殺し、その牙だけを奪っていった。

それ以外の部位には、全く手を付けずに。

牙など、食えるものではないというのに。

私は知りました。彼らは、それを“美術品”の材料にし、あるいは……“数珠”に加工するのだと。

祈りのための道具に、殺した象の牙を使う。

……その矛盾に、私は言葉を失いました。

私は……人間という存在が、あまりにも複雑で理解しがたいものに思えたのです。

そして、これは……サーヴァントの皆さんの前で語るのは恥ずかしい話ですが。

私は、象としては比較的力がある方です。

だから――あの時、本気で突進していれば。密猟者たちを打ち倒すことくらいはできたかもしれない。

一時でも“密猟”を防ぎ、同胞の命を守ることができたかもしれない。

けれど、私にそれはできなかった。怖かった。

暴力でその場を凌げたとしても……その先に待つのは、より大きな暴力です。

人間は、その手段を持っていると知っていましたから。

私はその瞬間から、何が“平穏”なのかが分からなくなってしまった。

――だから、それを知りたいと願ったのです。本当の平穏とは、一体何なのかを。

しかし、ランサーは“聖杯によって答えを得よう”とは絶対に言わなかった。

学びと思考を重ね、その答えに辿り着こうと、この“国”を造ることで示したのです」

 

 パラニールが語り終え、一息つく。

 その語り口に気負いはなく、ただ静かで、でも芯が通っていた。

 彼の考え方は立派だと思う。しかし、なんというか。

「皮肉なものねえ。そんな願いを持ったマスターが、間違いなく一番の“暴力”を持つことになるなんて」

「ええ、因果なことです。抑止力、という言葉もありますが……もしかしたら、天は私に“運命から逃げないように”と言っているのかもしれませんね。アーチャーさんの前で言うのも烏滸がましいことですが」

「構わぬ。余とて、常に正解を持つわけではない」

 アーチャーは表情を変えずに言う。

 それにしても……天、か。

 ふと、上を見上げる。

 ライダーによって破壊されたという「天蓋」は、半分以上修復が終わっていた。

 即ち、それはランサー側も準備を整え終わるということだ。

「――戦いの時は、そう遠くないのでしょう。ですので、もしよければ貴女の話を聞かせてもらっても?」

 パラニールがあたしの方を向く。確かに、彼ばかり喋らせるのは不公平ね。

「そうねえ、他人が聞いて面白い話かは分からないけど――」

 あたしは語った。

 かつて、あたしの飼い主だった男のことを。

 とある教師の話を。

 なんてことはない。実るはずもない、片想いの話だ。

 

 

「――成程。レゼフィルさんの聡明さは、その方の影響だったのですね」

「きっとね。若気の至りねー、人間に恋したところでどーしようもない、ってのに気付くのがもう少し早けりゃこんなことにはならなかったわ!」

「まさに“知ることの痛み”だってか。“対話”ンときの話は実体験だったとはなあ」

 セイバーがしみじみと言う。

 そう。あたしの恋は悲恋に終わった。

 あたしの目の前で、彼は死んでいった。

 籠の中の鳥には――どうすることもできずに。

 

 









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