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2020.04.03 07:51 UTC / 南極、エレバス山付近 視点:セイバー
「い、一体何が起こった……!?」
ライダーを追い、ワシらは速度を上げていた。
アサシンの側の戦いに、大きな推移があったことは予想できる。
ダルグレインの姿は、空間に開いた穴に消えた。
恐らくそれは、キャスターを呑み込んだ固有結界内に繋がっているのだろう。
だが、問題が二つあった。
一つ目は、ライダーを操作する者がいなくなったこと。
そしてもう一つは――ライダーの宝具が、別の「孔」をも開けていたことだった。
ダルグレインの飛び込んだ、固有結界に繋がる穴は既に消えていた。
しかし「二つ目の孔」が、ほぼ同じ位置に口を開けていたのだ。
何故そのような事象が起きたのかは説明がつかない。
しかしその「孔の向こうに何があるのか」が、ワシは理論ではなく直感で理解していた。
「“世界の裏側”……だと」
それは神代の終焉を悟った幻想種たちが、地上を譲り渡し移住した場所。
人間の住む、惑星の表面の
かつてタラスクという竜も、聖女マルタの助けにより辿り着くことができた。
そして今――その「裏側」から、まばゆい光が溢れ出していた。
「――ダイ、セイ……ハイ……ッ!」
ノイズに歪んだ声が、南極の空に反響する。
ライダーは――その孔の先にあった「光」を、ためらいなく呑み込んだ。
「……そういうことか。キャスターは、“世界の裏側”に大聖杯を隠していたのだ。“始まりの幻想”にして魔術師たる奴は、容易にその表裏を渡れるのであろう……!」
「信じられねえが、納得はできるな……! ダルグレインがルーラーの監視を逃れて姿を消せたのにも合点が行くぜ、畜生」
「と、ところでセイバーはアルヴェイルを置いてきて大丈夫なのッ!?」
「マスターは、海経由で後から合流する。気にかかるのは確かだが戻る余裕がねえし、ライダーを放置する方が遥かにマズい……!」
実際、ワシらの「最悪の予想」は当たりつつあった。
ライダーは自我を縛られているが、その強欲さはなくならなかった。
今、この世界で最も価値がある宝物。
第三魔法を齎す奇跡の願望機、「大聖杯」。
それを、奴の本能が逃すわけがなかったのだ。
◇
さて、ここで問題ッス。
大聖杯を呑み込み、取り込んだライダーは何をするだろうか?
「ええっと……やっぱり“願いを叶える”のか?」
正解です、マスター。
聖杯は強力なエネルギーリソースですが、やはり本題はそっちでしょうな。
厳密には「第三魔法の成就」「根源への到達」が本来の目的ですが、それはサーヴァント七騎の魂がなければ不可能。
それでも、膨大な魔力を焚べればある程度の願いは叶えられるでしょう。
奴は
竜の炉心、そしてラインの黄金が齎す莫大な魔力が、奴にはある。
では、ライダー・ファヴニールはどんな願いを叶えようとするだろう?
「……前にファヴニールの話をアーチャーに教えてもらったけど、やっぱり黄金が欲しいのか……? 駄目だ、分からない。というかなんでその、“黄金”があると嬉しいんだ?」
まあ、マスターは貨幣経済とか分からねえでしょうしなあ……
いや、それは置いておいて。
「悪竜現象」たる奴の強欲には限界がない。
ならば最終的に行きつく先は、「この世界そのもの」だろうというのがワシとアーチャーの推察です。
そして、それは恐らく当たっている。
「だが、大聖杯はそれをどうやって叶えるんだ!?」
そう、そこが一番の問題なんです。
かつての聖杯戦争の勝者が「地球環境の改善」を願って「人類を消滅させ、環境回復のリソースとする」なんて手段が採られたように、聖杯は信じられないような手段を使って願いを叶えようとすることがある。
具体的な方法を指示すればいいのかもしれないが、少なくとも暴走中のライダーにそんなことは無理だ。
「じゃあ……一体、何がどうなるんだ」
◇
マスター・アルヴェイルとの念話をしながらも、正面の空を睨む。
「なあ、アーチャー。お前なら、これから起こりかねないことに正解を出せると思うんだが。願わくば、ワシの予想とそれが合っていないと良いんだが」
「……是である。大聖杯は、奴の願いを“世界に君臨する王になる”ような形では叶えなかった」
アーチャーが、かつてアサシンがやった術を真似て「思考の糸」をこちらに繋ぐ。
共有されたのは、アーチャーが「視た」未来の景色だった。
――地は拉げ、空は裏返る。
そこに、ライダー・ファヴニールの姿はなかった。
……否。それは、「見えていないだけだった」。
世界は「内側」となり、その「外側」にファヴニールが
――「ファヴニールの内側に、世界があった」。
「……これもある意味、キャスターの思い描く“竜の世界”だってか? どういう解釈だ!?」
「当然だが、その解釈にはならぬ。キャスターが望むのは、“独裁的支配”ではない。だが、ライダーの行いは“上位概念による絶対的支配”である。当然だが、そんな世界に未来などない……!!」
「だろうな! だが、止めようにも奴は相変わらず“次元跳躍”中だ! あれじゃ攻撃のしようが無ぇぞ!?」
物理的な攻撃は届かず、必ず回避されてしまう。
必死に今ある手札を思い出しても、対抗策が全くない。
そんな相手を、どうやって止めれば――!?
「……対抗策なら、あるわ」
「――何?」
信じられない声が、至近距離から聞こえてきた。
「どういうことだ、レゼフィル!?」
「悪いけど、説明している暇は無いの。アーチャー、もう少しライダーまで近付いて!」
「……本気なのか、マスター」
「あったり前でしょ。ここで本気を出さないで、いつ出すのよ!?」
「――了解した。セイバー、悪いが急がせてもらう」
アーチャーは「思考の糸」を切断し、全速力で飛行を開始する。
だが、空の色はアーチャーが視た「未来」の通りに変わりつつあった。
アーチャーの接近は、間に合わないかと思われた――その時。
「うおおおおおお!? 今度は何だッ!?」
突如空間を突き破り、凄まじい輝きが迸った。
それは誰にも被害を及ぼすことはなかったが――僅かに、ライダーの動きが止まった。
(まさかあれは、アサシンの宝具……「草薙」の光か!?)
そうだった。「価値」という基準ならば、少なくとも神代から現代まで伝わった神器は大聖杯に匹敵する。
暴走中のライダーの強欲が、そちらに引っ張られるほどに。
アーチャーがライダーの眼前にまで到達する。
だが、あいつは雷も何も出していない。他の宝具を使うようにも見えない。
「アーチャー、令呪一つ持ってくわ。いいわね!?」
「――構わぬ。やれ!」
……ちょっと待て。いや、確かに令呪は大量の魔力源ではある。
かつての聖杯戦争で、マスターの令呪を腕ごと潰してその魔力を喰らったサーヴァントや、監督役として所持していた大量の予備令呪を礼装の動力とした魔術師もいたとは聞く。
だがいずれにせよ、それは「レゼフィルが魔術師である」ことに他ならないが……!?
――信じられない光景が、目の前に広がっていた。
彼女の嘴から声が吐き出された刹那、大聖杯の輝きは急停止した。
ただの数節の声が、それを成したのだ。
◆
2020.04.03 07:5■ UTC / 「会議室」 視点:パラニール
二つの意味で、私は目の前の光景を信じられなかった。
一つは、いかなる手段を使ったのか、大聖杯の起動をレゼフィルが止めたこと。
「――そんな馬鹿な。そんなことがあるものか。何故、あの言語が……まだこの世界に残っている……ッ!?」
もう一つは、「あの」バーサーカーが狼狽を隠せずにいたことだった。
ルーラーですら目を見開き、あり得ない事態を目撃したかのように言葉を失っている。
「……お二人が、そこまで驚くとは。レゼフィルは一体何をしでかしたのですか」
私の問いに、バーサーカーは平静を取り戻したらしい。
咳払いを一つして、これまで見たこともないほど真面目な表情でこちらを向いた。
「パラニール、“バベルの塔”の神話は知っているか? 人が天に届く塔を築こうとして、神の怒りに触れた話だが」
「え、ええ。ランサーから、言語学の授業で習いました。確か神が言語をバラバラにしたため、人々が協力できなくなり塔は完成しなかった……でしたか」
「正解だ、一般論としてはな。だが、魔術的にはもう一歩先がある。再び言語学の話になるが――
例えば現代なら、英語圏での“God”、日本・中国での“神”、ヒンドゥーにおける“देव”、ギリシャにおける“Θεός”、アラビアにおける“الله”、ラテンでの“Deus”、ヘブライでの“אֱלֹהִים”……いずれも『おおよそ同じ意味』を指す言葉だが、その文化的背景と意味合いは微妙に異なる。多神教と一神教では、“神”という言葉の重さが大いに違うようにな。日本語と中国語でも、同じ“神”って漢字なのにニュアンスが違うんだぜ」
「でも、“バベル以前”はそうじゃなかった……?」
「その通り。それは、当時“誰でも話すことができ、かつ意味が通じる”、より優れた言語があったからだ。……人が人に話しかけるのではなく、人が世界そのものに話しかけて意思を決定する、無形の言語がな。
“神”はその言語を恐れ、カタチある言語を授けて言葉を乱した。
それ以前にあった、世界に共通していたたった一つの言語。魔術師たちはそれを『統一言語』と名付け、定義した」
……はっきり言って、荒唐無稽極まる話だった。
しかし、ある意味誰よりも「神」を知るバーサーカーが話すその言葉には、異様なまでの説得力があった。
「……確認しますが、それは失われたはずだったのですよね?」
「然り。だが二十世紀において、ある天才魔術師が唯一、それを再現することに成功した。
そして、一つの問題が発生した。この言語が当たり前だった時代と違い、一人しか話せないなら現代では“対話”は成立しないだろう? 一方的に、上位ヒエラルキーから話しかけられることになる。
世界に直接言い聞かせる以上、その言葉は絶対だ。世界に存在している限り、抗うことはできない。その言葉は、全て真実となってしまう。
――“抑止力”は、その存在を許さなかった。男は、道半ばで命を落とした。
再び、絶対の言語はこの世から喪失した……はずだったんだがな」
……ならば、何故レゼフィルはその言語を行使できるのだろう。
ただ、その理由は分からなくとも、一つの納得はあった。
ランサーの国での戦いにおいて、「ダルグレインが国外にランサーにすら気付かれず脱出し、アサシンたちと合流」したことがあった。
だがそれをランサーに「気付かれなかった」方法が、ずっと分からなかったのだ。
……その理由が「絶対の言語」だというならば、合点がいく。
「ですが、そんな能力があるのに、これまでほとんど使わなかった理由とは……?」
「……いや、そこは単純だ。画面を」
ルーラーが口を開き、リモコンを操作する。
そこに映っていたのは――吐血し、全身を血に濡らしたレゼフィルだった。
「恐らく彼女は、ヨウムとしての能力で『統一言語』を模倣したに過ぎない。そして、本来なら模倣も発声も不可能なはずなのに……身体に負担をかけ、かつ“世界を歪めた反動を受ける”ことを代償にそれを為している。――短期間にもう一度使えば、間違いなく命を落とすほどに」
淡々と説明しながらも、彼女の声には僅かな震えが混じっていた。
バーサーカーも渋い顔をしながら、画面を睨みつける。
「加えて、まだ事態は“最悪”を逃れただけに過ぎんぜ。さあ――ここからどうするつもりだ」
特大の「もしも」の話をしよう。
もしも、あの言語学者が――
ということで、実はこの小説『空の境界』の二次創作だったんです。