◆
2020.04.03 08:05 UTC / 南極 視点:ユキネ
「砲台、全権限奪取完了。
「砲身内径、呪式清掃。穢気駆逐、瑞気招来。天盤展開。羅盤起動――偏角補正良好」
「コンデンサ充填率、上昇……九十、百。蓄電槽、最大容量まで充填――飽和確認」
風も、雪も、雷も――全てが、凪いでいた。
いつの間にか、頭上には一片の雲すらない。
アーチャーが、雷雲を全て「吸収」してしまったからだ。
寒さも、震えも感じない。
ただ、圧倒されるしかなかった。
地上に下ろされた私の目の前に広がっていたのは、キャスターの巨大魔力砲――だったもの。
三門あった砲台のうち二つは取り除かれ、直結して一つになっていた。
その全長は、少なくとも五百メートル。いや、それ以上かもしれない。
砲身を支えるのは、見覚えのある隕鉄製の足場。
その外周を走る青色の龍脈の中心に、射手が陣取っていた。
見つめる先は、ただ一点。
狙いをつけるのではない。
自らの先に、獲物は現れる――そう言い放つような、無言の宣誓。
砲身が赤く滲むように熱を帯び、続けて白く輝き、そして青白い揺らめきに覆われた時――
「――今だ、アーチャーァァァッ!!!」
北の空に、号令が轟いた。
それを聞き届けた、緋色に染まったあの子は。
小さく一つ笑って、
〇
「――分かっているんだよな? もう一度“あの言語”を使えば、お前は死ぬ。世界からの修正力に、その肉体はもう耐えられない」
脳裏に響く、黒い蛇の声。
視界は灰色に歪み、スローモーションのようになる。
「……そーね。あたしらヨウムの寿命は五十年近いらしいし、頑張ればまだ生きようはあるかもしれない」
「案外、まだ遅くないんじゃないか? アーチャーなら、お前の協力なしでもやり遂げるかもしれないぞ?」
「でも、そうはいかないわ。黒竜の鎧、次元跳躍、大聖杯の加護。そんなめちゃくちゃな困難をあたしの力で乗り越えられたなら、それは残りの三十年分の価値を優に超える。あたしの想いの証明としちゃあ、十分じゃない」
「……だが、肝心の聖杯を手にすることはできないんだ。お前の恋が、実ることはない」
「ンなこたぁ分かってんのよッ! 後悔だって、まだ話したいことだって、山ほどあるわッ!!――だとしても! これが! “あたしがなりたい自分”なのよ!!」
燃えたぎる意志が、悪魔の誘惑/慈悲を振り払う。
そうして彼女は、
〇
紅き翼を広げ、無限の大空へと羽ばたいた。
令呪の鮮烈な輝きを、その身に纏って。
【絶対の言語において」「我は定義する】
【この場に在るは」「黒き亀」「白き虎」「赤き鳥】
【――そして」「青き竜】
【即ち」「四神は」「此処に」「揃っている――!!】
北にセイバー。西にユキネ。南にレゼフィル。東にアーチャー。
宣言と共に出現したのは、この四者を取り囲む巨大な円だった。
……それが何を意味するのかは、浅学な私だって分かる。
アイスランドでの戦いでアーチャーが使った「回避不能の矢」を放つ宝具。
あれは不完全なものだったが、今はそうじゃない。
レゼフィルの言葉は、同じ性質を持つ私達を一時的に
次の瞬間、アーチャーの砲台が目も眩むほどの輝きを放つ。
「矢床生成。矢身成形――符籙刻印。導体接続、接触抵抗ゼロを確認」
「全レール通電――磁界、均一化。臨界点突破。対閃光・対衝撃防護展開」
「非常弁閉鎖、全リミッター解除。出力、二百へ増幅……!」
その言葉に私は、ようやくその異常な砲身の長さの意味を理解する。
(……あれは、「レールガン」だ)
昔、テレビで見たことがある。
二本のレールに電流を流すことで生じる電磁力で、物体を加速して放つ武器。
レールが長いほど、電流が強いほど、その威力は増す。
そして、ここにあるのは――五百メートル以上のレールに、五千キロに及ぶ雷雲のエネルギー。
「玄武、白虎、朱雀、青龍の名の下に、四隅を標定す。照準・因果固定。回避域、完全封鎖……!!」
全てを注ぎ込んで、想いの結晶は放たれた。
「天よ、御照覧あれ。穿ち抜け――『四象一矢(スーシャン・イーシー)』ッ!!」
〇
乾坤一擲の矢が、心臓を貫く音を聞く。
因果をも超えて「絶対に命中」する、必滅の鏃。
「次元跳躍」など意味がない。あれは、「そういうもの」だ。
雷は「矢の加速」にしか使われていない以上、大聖杯による「雷耐性」も機能しない。
かくして、悪竜に正義の鉄槌は下された。
目も眩むような一撃に、意識を揺さぶり起こされる。
――否。この意識は「眠って」などいなかった。
「マスターの許可なく眠ってはならない」という、令呪による命令は未だ有効。
隷属と支配の奥で、ただ抗い続けていた。
どれだけ「悪」と罵られようと、超えてはならぬ一線はある。
この召喚において我のマスターは、あの女一匹だけだ。
だが、今更意識が戻ったところで勝敗は既についている。
肉体は既に死に、「大聖杯」は我を離れ、矢と共に遥か彼方へと吹き飛んだ。
女々しい走馬灯のように、聖杯戦争の記憶が巡る。
思い起こされる、敵対者の顔。
セイバー・タラスク。
ランサー・ヴァースキ。
アーチャー・青龍。
……キャスター・リンドヴルム。
どいつもこいつも、我が嫌い――憎む性格の者ばかりだ。
かつて「悪竜現象」を滅ぼした剣士どもと同じように。
神聖? 清貧? 正義? 理想?
くだらない。
理解できない。
吐き気がする。
この世の頂点に立つ資格を持って生まれつきながら――その権利を嬉々として捨てた愚か者ども。
救いを求め絶望した? 貴様が弱かっただけだろう。
自分は自然の理に過ぎぬ? 貴様が意志薄弱なだけだろう。
理想の平穏? あるわけがないだろう、そんなもの。
人間の世界を消し、幻想種のための世界を作る? 無駄に競争相手を増やしてどうするのか。
……もしこの世に「神」がいたならば、そいつはしたり顔で言うだろう。
悪竜よ、だからお前は負けたのだと。
これが、お前の欲望の末路だと。
いいだろう。
ならば、悪竜は――悪竜らしく散ってやる。
勝利に酔いしれろ、英雄。
存分に呷るがいい。
極上の、毒酒を――!!
◆
2020.04.03 08:06 UTC / 南極 視点:セイバー
アーチャーの宝具が命中した瞬間、感じたのは「勝利」の予感ではなかった。
最も近いのは、端的に言うならば――
死と、滅びだった。
なぜ、この瞬間に至るまで忘れていたのだろう。
北欧神話における、ファヴニールのある種最も有名な逸話。
それは、「自らの死を引き金とする」ものじゃないか――!!
「最大、濃縮……
あの宝具の本質は、攻撃を防ぐことじゃない。
悪竜ファヴニールの「出血」だ。
初戦と同じように、ライダーの傷からは大量の呪血が溢れようとしていた。
しかし、その量と致死性は通常の比ではない。
恐らく、宝具として昇華された毒血は「自分が死んだ時にこそ最も効力を発揮する」ようになった。
自らを殺した英雄を、確実に道連れにするための置き土産として。
本来なら、伝説において呪血を全身に浴びた「竜殺し」、ジークフリートは死んでいたはずだった。
菩提樹の葉が背に張り付き、生き延びて「鎧」を得た彼が例外中の例外だったのだ。
加えて、今のライダーは世界を焼き尽くす毒、
ワシらを含め、南極全土の生命を殺し尽くすことくらい容易にできてしまう……ッ!
(セイバー、令呪を切るなら今か!?)
(駄目だマスター、“水球”の処理が間に合わねぇ! エアリアル・ドライブだけならどうにか外に出せるが、これでは……!)
下手に
(現状、動けるのはお前しかいねえぞ……やれんのか、アーチャー!?)
(無論である。だが、余は先程の一撃の反動で目が効かぬ。そちらの指示が頼りだ)
念話から、予想外の返事が来る。
……アイツのことだ。恐らく「対閃光・対衝撃防護」を、自分ではなく近くにいたユキネを護るのに使ったんだろう。
いや、それより反動の話をするならだ。
(さっきのを聞くにお前、リミッター解除して出力二百%でレールガンぶっ放したよな!? アレを使うとしても、反動で壊れてんじゃねぇか!?)
(是である。しかし、砲塔はもう一度撃てるだけの余力を残している)
アーチャーの念話は、正直信じがたい内容だった。
遠目からは、派手にぶっ壊れているようにしか見えない。
……ただ。あまり考慮したくないが、低くない可能性が一つある。
「この状況で、何故か砲塔が直っている可能性」が。
だが――今は四の五の言っていられる状況じゃない。
(分かった、お前を信じるぜ。だったら、砲塔は相変わらずライダーを向いてる。そのまま撃てば当たる角度だ!)
(承知した。――後は任せたぞ。セイバー)
「おい、それはどういう……ッ!?」
言葉の意味を問おうとした瞬間、再び空に青い電流の軌跡が走った。
反動を受け、遂に魔力砲台は完全に崩落する。
そして放たれた弾丸は――人間態のアーチャー当人だった。
その様は、まさしく人間砲弾。
どちらかというと、カタパルトの方が近かったかもしれない。
次第にその姿は、竜へと変化していく。
――既に賽は投げられた。ためらっている暇は無ぇッ!
「エアリアル・ドライブッ! 奴の位置を指し示せ!」
砲撃による熱と風が、乾いた空に吹き荒れる。
それだけで、あいつにとっては十分だった。
「天地借法、日月同輝。竜躯展界――為鎮。是身為嶺、是身為淵。此処縫止災厄、動不可得――!!」
仙術によって、アーチャーの体は拡張していく。
単なる巨大化ではない。
その体そのものが、一つの「世界」となっていくようだった。
そしてそのまま――
ライダーの巨躯を、完全に覆い尽くした。
「キサ、マ――ッ」
「悪竜よ、我が懐にて眠れ。――道連れと為るは、余のみで十分である」
〇
「……最期まで英雄面か。本当に、どこまでも気に食わぬ男よ」
血の一滴、肉一片すらも外界に落とさず、奴は全てを抱えて死んだ。
その様を我は、消滅手前の意識の一片で見下ろしていた。
本当に、どこまでも理解できない。
サーヴァントとして召喚されていようと、命は命だ。
それは一つしかない、「価値」あるものだ。
奴はそれを、自らの願いを叶える権利と共に、容易に投げ捨てた。
その価値を、正しく理解していながら。
――かつて名も無きホムンクルスに自らの心臓を捧げた、竜殺しの剣士と同じように。
(……限界か。意識を保てるのは、ここまでのようだな)
無念ではある。
だが、この「欠乏」こそが生の証。
ならば次の我は、もっと上手くやるだろう――
その思考を最後に、残った意識の一片も、虚無に溶けていった。
◆
四神・青龍という存在に、物語はない。
愛憎も冒険も、生と死もありはしない。
四象の一柱として天文に結びつき、方位を司り、数千年にわたり人の信仰を受けてきた。
東西南北を守護する霊獣。
天空の秩序を映す象徴。
そして、自然の摂理そのものの守護者として。
――だが、これほど信仰を集めながら「個別の神話を持たぬ存在」は、世界にも数少ない。
物語がないということは、自我も性格も推し量りようがない。
それはもはや、人格がないのと同義。
残されているのは、ただ「自然の化身」としての役割のみ。
◇
だが一つの情念が、「絶対の言語」によって例外を齎した。
「サーヴァントの召喚」には、マスターによる影響が少なからず発生する。
彼女が持つ、「理想の男性像」。
理知的で、秩序を重んじ、個人利益よりも世界全体を優先する、公正無私の人格者。
そんな投影を介して、「アーチャー・青龍」という在り方は誕生した。
ただ、余には「聖杯にかける願い」などありはしない。
第三魔法の成就、根源への到達など、人類を含む現行生命には手に余る。
大地の気脈を操る宝具を持つ余ならば、霊脈に根を張る大聖杯を早期に発見し、無力化・破壊することも容易。
それこそが、余の使命だと考えていた。
……「そもそも聖杯の影響によって、全人類が消滅している」ことを知るまでは。
災害、地殻変動などによる絶滅ならともかく、この現状は「不自然」極まる。
第三魔法による願いを完全に打ち消せるのは、それと同等の神秘のみ。
元より、再び大規模な聖杯戦争が始まろうとしている。
ならば不埒な願望の成就を防ぎ、剪定へと進む道を巻き戻すことこそが、己の定め。
そう考えを改め、行動を開始したのだ。
ただ――余の力をもってしても、レゼフィルの願いを完全に叶えることは極めて難しい。
「玄霧皐月の声を消させない」。
それを「彼が生きた証を消させない」と解釈するならば、人類の消滅を回避すれば不可能ではない。
彼の功績が、彼を記録した書が、彼を知る者が、彼を愛した者が生き続ける限りは。
だが四神という立場上、「統一言語」という危険な概念そのものを、この世に遺すことに同意するわけにはいかない。
そして何よりも、最大の問題があった。
――レゼフィルの「起源」。
抗うことのできない、存在の本質。
それは、【利他】だった。
彼女は確かに願いを抱き、目標を掲げている。
だが、その途中で「自分の命を犠牲にすれば世界を救える」状況が訪れたならば……
最終的に、彼女は自らを喜んで捧げるだろう。
そう「正しく生きること」が、あの男への餞と信じて。
……「統一言語の模倣」という偉業/異形を成し遂げた時点で、その「起源」は間違いなく既に覚醒している。
ならば、その本質から逃れることは叶わない。
――余の本質も同様だからこそ、断言できる。
せめてその時まで、彼女を含む多くの生命を可能な限り「正しい方角へ」導く。
それこそが、我が第二の使命だと悟った。
◇
かくして、一つの嵐が去った。
灯された炎は自らを燃やし尽くし、滅びの闇を照らしきった。
極地に残るのは、セイバーとキャスターの二陣営のみ。
遺された「彼」には、大いなる試練が待つことになる。
それは摂理であり、避けられぬ運命。
――されど、それもまた生の証。
逃げるな。竦むな。立ち向かえ。
誰にも譲れぬ道が、あるのならば。