Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第57話:唇槍舌剣

2020.04.06 10:50 UTC / 南極・エレバス山中腹→再現:秩父山地 視点:ダルグレイン

 

 信じ難い光景に、オレは只管に困惑していた。

 

 約十分前。

 『灼風創界・虚空廻天(テュフォン・アナゲネシス)』発動直後、不利を悟ったアルヴェイルは「オレが回復する前に」全力での逃走を開始。

 可能な限り凹凸の少ない場所を選び、礼装のジェット噴射で限界まで跳躍しながら逃げ続ける。

 だが――この山地にあるのは大小様々な岩石、苔に覆われた大木の根。

 平坦さなど欠片もない複雑な地形は、奴に不格好な逃走と、少なくない自傷を強いていた。

 海中ならともかく、陸上ならオレは十分に鼻が利く。

 地理的有利も含めて、オレが奴を見逃す道理はない。

 完全に肉体が修復するのを待ちつつ、襲撃を仕掛け続けて奴の体力を削り――

 必死に逃げようとする手負いの獲物を、「送り狼」のように着実に追い詰めていた。

 

 やがて前方に現れたのは、切り立った「ネズミ返し」めいた岩壁。

 アルヴェイルの移動方法では、かなりの難所と言える地形。

 傷つき、恐慌状態に陥りかけている獲物を仕留めるには絶好の機会だが――

 「確実な勝利」のため、時間をかけたのが、裏目に出たらしい。

 

「……どういう風の吹き回しだ、おい」

 

 突如開いた空間の裂け目から、「そいつ」は姿を現した。

 灰褐色の巨躯。

 堂々たる牙。

 思慮を湛えた眼差し。

 元ランサーのマスター――パラニールだった。

 

「――ええ、私もそう思いますよ。お久しぶりです、ダルグレイン。いや……あの時の貴方の正体はキャスターでしたし、初めましてと言うべきでしょうか?」

 落ち着いた口調を崩さず、パラニールはアルヴェイルとの間に入り、庇うように歩を進める。

 アルヴェイルの驚いた顔を見る限り、奴にとっても想定外だったらしい。

 

「いや、オレも魂の状態で“聞いていた”から初めましてではねえな。……それで?本当に何しに来たんだよ、テメェ。まさか、その巨体でオレの足止めにでも来たか?」

 『契闘の竜印(サンヴィド・コアトル)』がある限り、部外者はオレたちに攻撃はできないが「ダメージを与えられない」だけで「攻撃がすり抜ける」わけじゃない。

 理論上、オレの攻撃を「パラニールが庇い続ける」ことはできる。

 その可能性に思い至ったのか、アルヴェイルは不安そうな目でパラニールを見上げた。

 

「まさかそんな。今の私の命は、私だけのものではない。遺された者たちのためにも、後先考えない生き方は出来ません。――しかし今の状況で、私にも出来ることはあります」

「……へえ?言ってみろよ」

「貴方が人間を憎み、滅ぼそうとする気持ちと理屈が全く理解できないわけではありません。かつて私も、同類の黒い思いを抱いたことがある。

ですが、ダルグレイン。貴方のサーヴァントが思い描く“竜の世界”が実現したとして……

貴方が、その中で“生態系ピラミッド内の強者”となれる確率は低いでしょう。

確かに貴方は生物として遥かに強い。しかし――上には上が、居過ぎるのです」

 

 パラニールの発言は、正論だった。

 通常の生態系であれば、肉食生物のオオカミは頂点捕食者の一角足り得る。

 ましてや、魔術による強化を受けているのがオレだ。

 だが、だとしても――例えば、今回の聖杯戦争に参加した竜種がサーヴァントでなかったとしても、オレが勝てる相手など一体もいない。

 かつての「群れ」を維持できていたとしても、勝算はごく僅かすら無い。

 大空を飛び、炎のブレスで大地を焼き尽くす連中を相手に、地を這うしかないオレたちが何をどうしろというんだ。

 

 ――確かにそんな奴らが当たり前のように蔓延っている世界では、オレは「上位の捕食者」相手に怯えて生きる「生態系の下層」に成り下がるだろう。

 それが事実であることは、とうに分かっている。

 全部を飲み込んだ上で、オレはここにいる。

 

「……それでも、オレにとっては“憎き人類”がのさばっている世界よりはよほどマシだ。

これ以上、奴らの愚によって失われるものが増えるよりはよっぽどマシだ。奴らが“選択を誤って”世界を滅ぼすよりは遥かにマシだ。

――それで?その話がどうしたってんだよ」

 

 ……歯を剥き出し、凄んでもパラニールは怯む様子を見せない。

 数秒の沈黙の後、巨象は口を開いた。

 

「――貴方が、そんな“圧倒的強者の世界”で生き抜くとしたら、相応の知恵を絞らなければならない。最低でも、貴方が憎んだ“人間以上”には」

「……おい、まさか」

「そのまさかです、ダルグレイン。貴方には、今から私と“知恵比べ”の勝負に付き合ってもらう。これならば、“攻撃を禁止する”ルールに抵触することは無いですからね」

 

 平然と、パラニールは「オレがその勝負に乗る」ことを前提に語った。

 『契闘の竜印(サンヴィド・コアトル)』のように、オレを縛る魔術は一つもないというのに、だ。

 ――少なくとも、現状見えている限りは。

 

「やることは単純――出題された三つの問いに対して、二つ以上適切に答えるだけ。内容は“知識”よりも“知恵”を重視し、可能な限り“知っているか否か”に左右されないものです。

貴方が勝者となれば、私は貴方を妨害することは無いと誓いましょう。貴方が勝てなくとも、別にここを走り抜けても良い。しかし、もしそうしたとしたら――」

「……こんな機会は、二度と巡ってこない。ヒトに学び続けた動物たるテメェは、ある種ヒトの知の最後の代理人だ。それに知恵比べで勝つことは、オレにとって大きな意味となる。

だが、それを放棄すれば――オレの“誇り”は、一生傷ついたまま。人間が“愚かで、間違っているから”と滅ぼしたのに、“テメェはそれ未満だ”という敗北感をずっと背負うことになる……ってか」

 

 パラニールは無言で首肯し、アルヴェイルの方に視線を送る。

 ――「今のうちに逃げろ」と。

 少しの逡巡の後、頷いたアルヴェイルは血の跡を残して、オレの横をすり抜けていった。

 その様を、オレは黙って見逃すことしかできない。

 

「……恐れ入ったぜ、何の魔術も使わずオレを足止めするとはな。まあいい、大体ルールは分かった。さっさと始めようぜ」

 流血中のアルヴェイルの「臭い」は、この山中でも容易に追跡できる。

 「オレの優位は未だ揺るがない」という打算もあって、勝負を承諾することにした。

 

「ククク……どうやら互いに承認したようだな。では、俺が審判を務めようか」

「な――何だコイツ!?」

 

 いつの間にか、パラニールの傍には大きな黒い蛇が佇んでいた。

 匂いも、気配すらも感じられない――まるで影のように。

 だが、その愉悦の嗤いを含んだ声には聞き覚えがある。

 

「まさか、バーサーカーか……!?」

「クァハハハハ!大正解だ、ダルグレイン! とはいえ、見ての通りこれは俺の分身に過ぎない。戦闘力は無く、大した魔術も使えない。されど、“公平な判断”を下すことはできる――

何せ、俺は悪魔だ。神のように、一方的に悪を断罪したりしないさ」

 

 ……これ以上なく胡散臭い男は、いけしゃあしゃあと言ってのけた。

 そもそもバーサーカーは、キャスターの推測が正しければ「アラヤの抑止力の化身」。

 オレたちにとって明確な敵が、「公平な審判」なんて――

 

「下すともさ。俺を舐めるなよ、ダルグレイン。

――サタンたる俺が。そんな“面白くない”ことをするわけ無いだろう?」

 

 暗黒の中から、紅い眼差しがオレを刺した。

 ……確かに、奴は「悪」であり、そういうものだ。

 加えて奴の「分身には力がない」という発言も、真実かどうか怪しい。

 奴が「面白くない」と判断した時、何が起こるのか分かったものじゃない。

 

「……分かったよ。だが、公平じゃねえと思ったらこんな勝負、即刻打ち切ってやるぜ」

「当然、お前にはその権利がある――さて、そろそろ出題といこう。

第一問の形式はディベート。テーマは、日本における『第十一回全国中学・高校ディベート選手権』、中学生の部の論題を改変。

――【すべての動物園は、廃止されるべきである。是か非か】!!」

 

 

「はぁッ!?そりゃ“廃止されるべき”に決まって……ッ!」

 思わず身を乗り出しそうになるオレを、バーサーカーは視線で抑え込む。

 

「静粛に。“お前の”気持ちとしてはそりゃそうだろうが――よ、っと」

 どこから取り出したのか、バーサーカーは尾を使って器用にコイントスを行う。

 再び尾の先端に落ちたコインには――インドゾウのイラストが描かれていた。

「ええ。コイントスの結果、“廃止肯定派”を私が――“廃止否定派”を、貴方が務めることになります」

「な、何だと……!?」

 驚愕と共にパラニールを睨むが、巨象はただ大きく息を吐いただけだった。

 

「これはディベートによる“知性”の勝負。重要なのは本心ではなく、“どちらの立場でも理を立てられるか”。たとえ貴方がどれだけ人類を憎んでいようと、貴方は“動物園廃止否定派”として理屈を積み重ね、議論に勝利しなければならない。……一応断っておきますが、議題については私も事前に聞いていません。バーサーカーの性格の悪さに辟易しているのは、私も同じです」

 

「ついでに言えば、『人類が消滅したから動物園について議論する必要はない』という主張は成立しない。ランサーが“動物たちの国や学校”を作ろうとした以上、竜もしくは他の生命が“動物園”あるいは類型の施設を作る可能性は否定できないからな!」

 

 またしても正論。

 パラニールが嘘をついている気配も感じられない。

 忌々しいが、確かにディベートとはそういうものだし、バーサーカーの言い分も間違っていない。

 諦めて腹を決めた瞬間、脳内にバーサーカーの念話が割り込んでくる。

 

(さて、今回のディベートのルールを確認しておくぞ。形式は人間の「ディベート甲子園」に近いが、決定的に違う点が一つある。それは、事前調査の時間がないことだ。

ディベート甲子園なら、証拠資料の扱いや信憑性評価がかなり重要になる。資料の出典や中身を踏まえて、審判が判断するわけだな。

だが、今回行うのは「即興型ディベート」。いわゆるパーラメンタリーディベートに近い。当然、完璧な統計や世界中の事例まで求める気はない。そんなものは事前調査なしでは出せるわけがないからな。

だが、定義、因果、リスク比較、代替案――そういう骨組みは、知恵があればその場でも立てられるだろう?)

 

 ……つまり「信憑性が怪しい情報を紛れ込ませても分からないんじゃないか」とも思うが、恐らくバーサーカーは情報の真贋を見極められる。

 それだけでなく、「それを意図的にやったか否か」まで読める筈だ。

 勝敗の判定に響きかねない以上、気を付けた方がよさそうだな……

 

(クク……その代わり、特別に「準備時間の猶予」が与えられる。現実の時間で三秒。だが魔術で引き延ばされた思考の中では、五分間の準備に等しい。そこで互いに脳内の知識を引き出し、主張の柱を組み立てるわけだ。

ダルグレインとしちゃ急ぎたいだろうから、サービスだ。この時点で既に「引き延ばされて」いるぞ)

 

 ……確かに、そうらしい。以前キャスターとの会議でも似たようなことをしたが、体内時計と感覚がずれるのが気持ち悪くて嫌なんだがな……!

 

(その後は現実の時間で凡そ「立論、質疑、反駁、最終反駁」の順に議論を進行。相手の論の穴を突き、最後にどちらがテーマを支配したかを俺が判断する。持ち時間はお互い、各パート三分。準備時間を今回のように実時間で三秒、体感時間で五分ずつ設ける。何か質問はあるか?)

(ねえよ。さっさと集中させろ、テメェの声ムカつくんだよ……!)

 

 怒りの念を飛ばすと、くぐもった嗤いを残してバーサーカーの声は消えていった。

 ……奴は「大した魔術は使えない」とか言っていた筈だが、この程度は「大したことではない」のだろうか。

 そんな余計な思考をかき消しつつ、理論を固め始めていく。

 

 ――そして、実時間で三秒が経過する。

 

「よろしい。どうやら双方、準備はできたようだな。――【すべての動物園は、廃止されるべきである。是か非か】。まずは肯定側の立論からスタートだ!」

 









※これはFateの二次創作小説です。
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