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2020.04.06 11:26 UTC / 南極・エレバス山中腹→再現:秩父山地
宣戦布告に応えるように、バーサーカーの合図を待たず、パラニールは口を開いた。
「では、第一問です。今貴方が言った『正当な復讐とは、理不尽な侵害に対してその歪みを正し、奪われた生存権を取り戻そうとする行為』という定義は、貴方自身だけでなく、あらゆる復讐に共通して当てはまる“正当性の条件”だ、という理解でよいですか?」
「そうだ。バーサーカーが言ったように、ソクラテス式問答は“普遍的な定義の検証”。そこには種も個体も関係ねぇ」
ダルグレインの返答を聞き、小さく頷いてパラニールは続ける。
「第二問です。その定義における“理不尽”とは、例えば――何の責もない相手の生存権を、巻き添えで奪ってしまうような行為も含みますか?」
ピクリと、ダルグレインの鼻がその質問に反応する。
しかし、込められた意図を読み解くことはまだできなかった。
「……ああ、それは典型的な“理不尽”と言えるだろうな」
「分かりました。では第三問。――復讐という動機は、時に必要以上に強い力を生み出しますね。歴史においても、『先祖の無念を晴らす』という動機から過剰な殺戮が行われたり、非人道的な兵器の製作・行使が行われました。……貴方たちも、その一つと言えるでしょう。
そうした“復讐のために生み出された過剰な力”を用いる復讐でも、貴方は『正当性がありうる』と考えますか?」
ダルグレインの眉間に、深い皺が寄る。
自らの忌まわしい過去について触れられたこともあるが――それより『なぜ、パラニールがそのことを知っていたのか』が引っかかったのだ。
だが、今それを問う権利や時間はない。
「力そのものに罪はない。問題なのは『どう使うか、どこへ向けるか』だ。復讐のために鍛えた牙でも、向ける先さえ誤らなければ正当だ」
「……第四問目です。貴方の言う“奪われた生存権”とは、ニホンオオカミだけのものではなく、この世界に生きるあらゆる種に等しくあるものだと理解しています。
ならば、貴方の復讐――人類全てを消し去ろうとする行為は、人類という“復讐対象”だけを傷つけて終わるでしょうか。人間に依存して生きている生き物たち、飼育されている種や、人間の環境に適応して生きている生物たちの生存権は、その過程で必ず踏みにじられます。
彼らもまた、『命である』ことに違いはありません。その復讐に“何らかの正当性”があるとしても、いずれにせよその復讐は『復讐対象以外』を傷つける。
その時点で、その復讐は貴方の定義する“正当な復讐”から外れるのではありませんか?」
――数秒の沈黙に、バーサーカーの含み笑いが鳴る。
そちらに苛立ちの視線を向けて黙らせてから、ダルグレインは口を開いた。
「……人間が消えれば、確かに影響は出るだろうよ。
例えばカイコは、人間が品種改良で作り上げた、ほとんど野生にいない虫らしい。自力で餌場を探すことも、長く飛ぶこともできねぇ。人間の管理なしじゃ、世代を重ねて生き残るのはまず無理だと聞いたことがある。だが、それでも――理不尽の元凶はあくまで人間だ」
口には出さないが、「テメェもそう思っているんじゃないか?」という鋭い視線をダルグレインは向ける。
刺すような視線を受け流し、あくまでも穏やかにパラニールは続けた。
「――第五問」
しかし狼の鋭敏な嗅覚は、「場の空気」が決定的に変わったのを感じ取った。
「では、もっと狭い例で訊きます。――かつて南極で魔術師同士の争いが起き、貴方が率いる“群れ”が使い魔として運用されたそうですね。その際、貴方が――失礼。貴方と同じクローンが、『あるコウテイペンギンの大規模コロニーを誤爆により全滅させた』ことを覚えていますか?あの時失われた命は、一万に達すると聞いています。
……彼らは、貴方たちに何か害を与えていましたか?ニホンオオカミの生存権を奪った――“加害者”でしたか?」
「――ッ!!」
喉の奥が引き攣る。
「なぜそれを」と言いかけ、ダルグレインは即座に思い当たる。むしろそれは、「自分から与えた情報」ですらあった。
(――まさか、ユキネか。アサシンとの戦いで、オレが「割り込んだ」時の情報を……!)
当時、アサシンはキャスターの「予測」を超えるため「アサシンではなくユキネが体を操作する」という荒業を行った。
その結果、あと一歩までキャスターを追い詰めたのだが――
乱入したダルグレインが宝具を半分庇ったことで、アサシンの「血」の能力がダルグレインに対して発動。つい「血を介在した記憶の読み取り」をユキネが行ってしまい、その壮絶な過去を垣間見て、動きを一瞬止めたために敗北を喫した。
続くライダーの暴走を経て、ダルグレインはレゼフィルにとどめを刺し、アルヴェイルとの戦いが始まり――
その過程で、いつの間にかユキネの姿は戦場から消えていた。
キャスターの『
(落ち着け、今は過去を反芻している場合じゃねえ……!)
先ほどまでと違い、思考していても時間は通常通り進む。
沈黙とは、即座の敗北だ。
「……違う。アイツらは、人間の戦いに巻き込まれただけだ。そういう意味では、“理不尽な生存権の侵害”と言えなくはない」
苦虫を噛み潰したような表情で、言葉を絞り出す。
パラニールの言葉を聞き、ダルグレインの中では「最悪の予想」が浮かびつつあった。
――そして、それは。
「第六問。その群れの唯一の生き残りを、私と貴方は知っている。――セイバーのマスター、アルヴェイル」
「……ッッ!」
「彼はあの爆発を奇跡的に生存し、聖杯戦争開始までの二年半を孤独に耐え続けた。“本来群れで生きることが前提の生物”にとって、それがどれだけ過酷なことかは言うまでもありません。特に、ブリザードが吹きつける南極において“寒さに耐え、生き延びるための手段”を失ったのですから。様々な幸運が重ならなければ、彼はとっくに命を落としていたでしょう。
そして今――彼は貴方にとっての最後の敵となっている。彼に『復讐』という意図があるかは分かりませんが……貴方の定義に従うなら、それは『理不尽を正し、奪われた生存権を取り戻そうとする行為』。
つまり、『正当な復讐』になるのではありませんか?」
最悪の予想は、最悪の形で結実する。
その聡明さゆえ、ダルグレインもキャスターの行い――「全人類の消滅の確定」「竜の世界の誕生」がどれだけ恐ろしいことかは理解している。
しかし、それでも「自分には復讐の権利がある」。いや、「絶対にそうしなければならない。それが正しいことなのだから」……そんな想いを抱いて、走り続けてきた。
だが、今明かされたアルヴェイルの真実は――まさに、「運命に否を突きつけられた」のと同義に思えたのだ。
(それに、貴方の至上命題は“復讐”でしょうけど――自分だけが“する側”だと思ってると、いざって時辛いものよ)
消滅間際のアサシンの言葉が、致死の刃めいてフラッシュバックする。
(――違う。こんなもん、一時の気の迷いに過ぎねえ!)
ダルグレインは精一杯の虚勢を張り、激しく吠えたてる。
「……アイツがオレを殺したければ、好きにすればいい。だが、アルヴェイルも結局オレと同じ『人間の被害者』だ。すべての元凶は、最初から最後まで人間だろうがッ!」
しかし、それでもパラニールは怯むことなく――最後の攻撃を行った。
「第七問です。誤爆の原因が人間にあるとしても――命を奪った実行犯は、貴方たちであることは変わらない。爆発の指示を出したのは、群れの頭目である貴方でしょう。
アルヴェイルにとって復讐の対象が誰かと言われると、貴方たちだということに違いはない。
そのことを……貴方は
◇
ダルグレインは――絶句せざるを得なかった。
一般に、現代の法的な考え方では、殺害の「実行犯」の背後にどれほど強い「教唆」や「脅迫」があったとしても、殺害の責任そのものが消え去りはしない。
もちろん、「本人に選択の余地がないほど脅されていた」ならば減刑・情状酌量の余地はある。
だとしても、「実行犯である事実」そのものまで消えることはない。
加えて「自分たちは魔術師によって作成されたクローンで、命令には逆らえず、仕方なく殺していた。法的に自分たちは悪くない」……などと主張することもできない。
それは「人間という種そのものの価値観・倫理・法を全面否定したい」ダルグレインにとって、「自分を人間の枠組みで正当化する」という、あまりにも耐えがたい自己矛盾になる。
もちろん「法」ではなく、「感覚」を基準にして語るのも駄目だ。
その場合でも、コウテイペンギンたちという被害者からすれば「生きていくため、食べるためでもないのに、必要以上に大量に殺した」「実際にやったのはお前だ」ということになってしまう。
決定的だったのは、パラニールが問うたのが「有罪か無罪か」ではなく、「内省の有無」だったということだ。
そこには、言い逃れの余地すらない。
――「そんなことは、一度もなかった」。
あれは仕方のないことだった。人間に命じられ、兵器として使われただけだ……
そう言い聞かせているうちに、無数のペンギンたちの死は、二年半のあいだに「意識の外」へと追いやられていた。
そして、今自分が掲げている定義――
『正当な復讐とは、理不尽な侵害に対してその歪みを正し、奪われた生存権を取り戻そうとする行為』。
これを守るため、「自分の復讐に正当性はない。だが、“正当性のある復讐”は存在する」と言うことも、当然不可能だ。
ソクラテス式問答とは「普遍的定義の検証」。
「お前が言うその定義は、誰に当てはめても成立するのか?」という問いから逃げることはできず、「理想はある。自分にはできない」は許されない――ルール説明において、バーサーカーはそう宣言した。
何より、「自分の復讐に正当性はない」と認めるのは「自らの決定的な精神的敗北」と同義。
それだけは――絶対にできない。
パラニールが敷いたのは、幾重にも折り重なったデッドロック。
どこにも逃げ場のない、徹底した論理の袋小路。
……故に。
「――三十秒経過だ。ククク……なるほど、沈黙をもって“その場に踏み留まる”ことを選んだか」
深紅の瞳を細め、バーサーカーは小さく笑う。
嘲笑ではなく、その健闘を称えるかのように。
「ならば、第二回戦の勝者は――最後まで言を尽くし、己が定義を守り抜こうとしたパラニールだ!」