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2020.04.06 11:31 UTC / 南極・エレバス山中腹→再現:秩父山地 視点:ダルグレイン
……不覚を取った。
落ち着いて考えてみれば、「オレの復讐の正当性」は、「オレが復讐対象であること」によって損なわれず、「二つの復讐の正当性は両立しうる」という反論は可能だったのかもしれない。
とはいえ、結局「内省の有無」に関する部分では「自らの未熟を認めるか、嘘をつく」しかない。しかしバーサーカーが「相手の心を読める」以上、虚偽の回答はリスクが高すぎる。最終的に不利が付いたのはオレだった可能性は高い。
こうなったら、最後の三回戦はとっとと勝負をつけたいが……一体何をやるんだ?
そんな疑問に答えるように、蛇は口を開く。
「ああ。最終戦は恐らく、最も短時間の勝負となるだろう。勝負形式は――『水平思考クイズ』。通称『ウミガメのスープ』と呼ばれるゲームだ」
……ウミガメが何なんだ?と思ったところで、いつもの「念話」が頭に流れ込む。
(『水平思考クイズ』は、一見不可解な状況が書かれた問題文から、出題者にはい・いいえで答えられる質問を重ね、行間にある事情を掘り当てて真相を探る、対話型の推理ゲームだ。クイズとは言うが、特定の専門知識がなくても質問の工夫次第で解けるから安心しろ。
例題として、通称名の由来となった話を挙げると――)
【ある男が、レストランで「ウミガメのスープ」を注文して飲んだ。男はシェフに、「これは本当にウミガメのスープか?」と質問し、「そうだ」と言われた。男は店を出た後、自殺してしまった。一体なぜだろうか?】
(この問題文だけだと、何が何だか分からないだろう?「まずかったのか?」「毒でも入っていたのか?」と、つい事件性を疑いたくなる。だが、水平思考クイズでは違う。いきなり答えを当てにいくのではなく、質問で状況の“解像度を上げていく”のが肝だ。例えば――)
「シェフに悪意はあったか?」→いいえ
「男は、以前もウミガメのスープを飲んだことがある?」→いいえ
「男は、それをウミガメのスープだと思って飲んだ?」→はい
「シェフと男は初対面?」→関係ない
「自殺した原因はスープにある?」→どちらかと言えばはい
「レストランに来る前に、命に関わる体験をしている?」→はい
「その体験は海に関係している?」→はい
(こんな風に情報を積み上げていくことで、問題文には書かれていない前提が見えてくる。例題の真相は――こうだ)
男は船乗りで、過去に遭難して漂流したことがあった。
次々と倒れていく仲間たち。極限状態で飢えを凌ぐため、死んだ仲間の遺体を口にして生き延びようとする者もいたが、男は拒んだ。
衰弱していく彼を見かねた仲間が「これは運よく捕まえたウミガメのスープだ」と偽り、肉を食べさせたことで男は生還できた。
その後、男はレストランで「本物のウミガメのスープ」を口にし、味の違いから真実に気付き、罪悪感から自殺したのだった――
(うーむ、実に心温まるハートフルな話だろう?……ハハッ、冗談だ。ちなみに、リアルではウミガメのスープはワシントン条約的に食べられないらしいがな。
完全に精密に真相を言い当てる必要はないが、『真相の要点』はすべて押さえているのが望ましい。先に答えた方が勝者だから、ジャッジはそこそこ厳しくさせてもらうぜ。
ポイントは「当たり前だと思っている前提を疑うこと」、「別の見方を試すこと」だな。
ルールとしては、交互に手番を取り「質問をする」か「回答をする」ことになる。自分の手番で与えられる思考時間は十秒で、それが過ぎたら手番は強制終了だ。
――つまり、ダルグレイン。お前としては『質問を最小限にして、さっさと回答を成功させる』ことができればいいわけさ)
……なるほどな。だが恐らく、下手に情報が揃っていない段階で「早く回答する」ことは対戦相手にヒントを与えるだけになりかねん。素直に口車に乗るわけにはいかないだろう。
(クク、呑み込みが早いな。一応断っておくが、当然パラニールもこの問題の答えは事前に知らされたりはしていない。――第二回戦と違ってな)
「はぁ!? テメ、どういうことだよそれは!?」
「……人聞きが悪いことを言うのはやめてください、バーサーカー。私はあくまでも、事前にダルグレイン・アルヴェイル両名の過去について聞かされていただけです。出題で『ああ、そういうことか』とはなりましたが」
落ち着き払って、しれっと言うパラニール。
いつの間にそんなふてぶてしい奴になったんだ、テメェは!? ランサーの「学校」じゃそんなイメージは全然なかったぞ、おい!
「ついでに言えば、“それ以前”はともかくとして、俺は“このバトルの審判と出題は”公平・公正にやっているぜ? そこについて何か文句でもあるならいつでも受け付けてやるが、どうだ? ンん?」
「こ、こいつら……ッ!」
畜生、このままじゃゲームと関係ないところで延々と時間を削られちまう!
「――分かったよ、いいからさっさと続けやがれッ! とっとと勝って先に行かせてもらう!」
その宣言を聞き、蛇は満足そうに笑う。
「よろしい、よろしい。それでは出題といこう」
【佐藤は、急いで目の前の女を撃とうとした。しかし、死んだのは女ではなく佐藤だった。女は銃を持っていない。では、佐藤はなぜ死んだのだろうか。ちなみに、佐藤に殺意はない】
「先攻後攻は――コイントスの結果、ダルグレインからだ。さあ、質問をどうぞ?」
◇
またしても悪趣味な出題。本当にコイツ性格が終わってやがるな……
だがしかし、「佐藤」は「女」を撃とうとしたのに、「殺意がない」?
いきなり矛盾しているようだが、「女は銃を持っていない」というのは「佐藤も銃を持っている」と思い込ませるためのミスリードだろうか。
なら、まずは――
「佐藤が持っているのは、殺傷能力のある銃か?」
「『いいえ』。佐藤は銃を持っていない」
質問に対し、蛇は即答する。
なるほど、銃でないなら別種の「撃つ」武器だろうか。
そう考えていると、パラニールが口を開いた。
「佐藤と女がいるのは、屋外ですか?」
「『いいえ』。両者がいるのは“屋内”と言えるだろう」
屋内か。今の質問で、「佐藤」の死に対して外部要因は絡みにくくなった。
例えば、「佐藤の持っている金属製の物品に雷が落ち、感電して死んだ」みてぇな可能性はだいぶ下がったはず。
だったら、確認しておくべき事項はこれだろうか。
「佐藤の死因は、自分の所持品によるものか?」
「『はい』。良い質問だな!」
……これで、「佐藤が“女”によって殺された」という線も薄くなった。
もちろん、暴発や「武器を奪われた」というシチュエーションはまだあり得るが。
「その“女”は、生きている人間ですか?」
「『いいえ』」
――ちょっと待て、どういう……いや、そのパターンもあるのか!?
バーサーカーは「当たり前だと思っている前提を疑え」と言った。
よく考えれば、片方が「佐藤」という日本人的な固有名詞なのに対して、もう片方がただの「女」という呼び方なのは違和感があった。
いや、「女」はマネキンや「鏡に映った佐藤自身だった」というオチもあり得る。そこも一応潰しておきたい。
「その“女”は一般的・現実的な意味で生きている存在か?」
「『はい』。念のため言っておくと、アンデッドや死徒のような死の概念を持たない連中については考慮しなくてもいいぞ!」
仮にそうならとんだクソ問じゃねえか。
まあ「特定の専門知識を求めない」と言っている以上、最初から「神秘・魔術的事象」については考慮しなくていいのだろうが。
「……佐藤は、人間ですか?」
「『はい』。ま、確認は大事だな」
ここは問題文から想像できる通りだったようだ。
「道具を使って」「撃つ」行動をする生物は人間くらいだからな。……この聖杯戦争中に数名例外を見た気がするが、それは脇に置いておく。
しかし、人間だと確定したのならば潰しておきたい可能性が一つある。
「その“女”は、いわゆる“虫”と呼ばれる動物の種類か?」
「『いいえ』。ククク……なるほどなるほど」
よし。ここで「はい」と言われていたら、パラニールに回答を持っていかれていたかもしれねえ。
オレの脳裏に浮かんだのは、「佐藤が強力な殺虫剤を使おうとして、それを吸い込んで死んでしまった」という筋書きだ。
「佐藤に殺意はない」と言及されていたが、オレに言わせれば人間は「虫を殺すときに“殺意”なんぞ持たない」。無感情に、もしくは気持ち悪いとだけ思って「排除する」。
佐藤もそうしたんじゃないか……という仮定だった。
だが、それ以上に重要だったのは、オレの質問に対するバーサーカーの反応。
これで「女」は、「人間ではない、別種の動物」であることがほぼ確定した――!
「“女”は、一般的に“大型”と呼称される以上の大きさの動物ですか?」
「『はい』。パラニールらしい、丁寧な質問だな」
確かに。「大型の動物ですか?」という質問では、百メートルあるような「超大型動物でした」なんて状況だとしたら『いいえ』になりかねない。なってたまるか、という話だが。
……恐らく、奴もオレと同じように「女」が何者なのか察しているはずだが、それをあえて「確定させに行った」のも「らしい」と言うべきか。
さて。オレはさっき、「佐藤は女によって殺された」という可能性は薄くなったと考えた。だが、「この可能性」は一応まだ潰せていない。時間は惜しいが、これを質問する意義はあるはずだ。
「“女”は、佐藤に対して殺意があったのか?」
「ふむ。それは『どちらかというといいえ』、だな」
……「どちらかというと」。
つまりそれは、「厳密に『はい/いいえ』で答えられない質問」だったということだ。
大型の動物が、例えば「突然人間と遭遇して驚き、パニックになって走り出し全速力でぶつかった」場合、人間にとっては悲惨なことになるだろう。
その大型動物に、「殺意」と定義される感情がなくてもだ。つまりは、そういうことなのだろうか?
「……佐藤が所持していたのは、弓やボウガンのような“矢”を放つものですか?」
「『はい』。クク、そろそろ回答が来るかな?」
――ッ!まさか、そういうことなのか!?
オレが思い出したのは「二つ目の質問」。アレで「この話の舞台は屋内である」ということが確定している以上、「相手が大型獣である」ならば考えられるシチュエーションが一つある。
そして、バーサーカーの性格を加味すると「その場所」は――
いや待て。今のオレの考えだと「完全回答」に至ったとは言えない!下手に回答すれば、そのままパラニールに「それを元にした正答」を持っていかれるッ!
「どうしたダルグレイン、そろそろ時間だが質問はなしか?それとも回答するかい?」
「……いや、質問だ。佐藤の死因は、自分の矢が跳ね返って刺さったためか?」
「『はい』。さて、パラニール。――お前はどうする?」
蛇は、まさに「愉悦」とばかりに目を細める。
オレの質問は、回答に繋がりかねない大ヒントとなっただろう。
しかし、ここを逃せば逆転されかねないのも事実。
――だが。
「先に言っとくが、オレの中では既に答えが固まっているぜ。せいぜい丁寧な回答を心がけな、パラニール……!」
「……ええ、そうさせてもらいます。バーサーカー、私は質問ではなく回答を」
努めて冷静を装っているが、奴の爪の付け根には汗が滲んでいるのが見える。
情報が足りていないと分かっていても、攻勢に回らざるを得ないこの状況は焦りを生む。
――奴の弱点は、実戦経験の不足。隙を狙うとすればそこだ。
業腹極まりないが、バーサーカーの「ジャッジはそこそこ厳しくする」という言葉を信じるしかない……!
「佐藤は、動物園に勤務する獣医です。彼は、錯乱する大型動物を大人しくさせるため、麻酔の吹き矢を撃ちました。しかし吹き矢はその動物によって跳ね返され、佐藤自身に刺さってしまいます。大型動物を眠らせる麻酔薬は、人間にとっては致死量。彼は呼吸困難に陥り、死亡した――どうでしょう」
……静寂が、山中を包む。
沈黙の後、バーサーカーが出した答えは――
「――非常に惜しいが、要素が不足しているな。『正解』は、まだあげられない」
「……ッ!」
思わず、奴だけでなくオレも息を呑む。
――賭けには勝った。
実のところ、さっきの「既に答えが固まっている」という発言はブラフだ。
オレとしても、パラニール以上の答えはまだ浮かんでいなかった。
「それでは足りない」という確証が得られたのは本当に大きいが……不足しているものは、一体何だ?
「……当たり前だと思っている前提を、疑う」
――まさか、それは。
「問題ではなく、オレ自身の考え方を……ッ!?」
そもそも、この問題からしてそうだ。
状況だけを聞けば、「佐藤が女を銃で撃とうとした」というように思える。
「暴力・殺意・攻撃」。佐藤の死からは「女の反撃か、何らかの犯罪劇」。「女は銃を持っていない」からは「毒物か?罠か?共犯者の存在?」といった連想。
そういった、「人間の悪意が絡んだシチュエーション」だという前提で考えると、真相の一端にすら辿り着けない。
――その最奥に辿り着くには、完全に「オレの“人間観”というフィルター、バイアス」を外さないといけないとしたら。
「……分かったぜ。注目すべきは、佐藤の“焦り”だったんだ」
なぜ、「撃ち損じる」ほどに佐藤は急いでいたのか。
なぜ、そもそも「麻酔銃を撃たなければいけない」状況なのか。
なぜ、「女」と性別が指定されていたのか。
その答えは、ただ一つだ。
「回答する。その動物園で飼育されていた大型動物の雌――恐らくヒグマか何かは、同じ展示室にいる自分の子供が生命の危機に瀕し、非常に気が立っていた。たぶん喉が詰まったとかだろう。
獣医の佐藤は子供を診察したいが、そのためには興奮状態の母親を隔離し、大人しくさせなければならない。麻酔の吹き矢を撃ったが効果が薄く、二発目を距離を詰めて焦って撃った結果撃ち損じて檻に当たって跳ね返り、佐藤自身に刺さってしまった。そして大型獣用の強力な麻酔の誤投与によって死亡した――これで、どうだ!?」
子育て中の動物……特に哺乳類の雌は、子を守るため攻撃性が非常に高まる。
子供の生存率を上げ、遺伝子が残るようにするために侵入者を排除する本能は、人間が定義する「殺意」とは言い難い。
だとしても、そんな凶暴な動物相手に「容易に近づけない」のは事実。
そして……動物園に勤務するような人間は、「動物が好き」な性格なのだろう。
「飼育する動物、しかも子供」が危機に陥った時、冷静な判断ができなくなるのもおかしくない。
――これは、言わば「ケアレスミス」の話。
この話に、
「ク、ククク……クァハハハハハハハ……!正解だ。大正解だよ、ダルグレイン!」
悪魔は笑う。
所属する陣営を考えれば、オレが勝利するのは「良いことではない」はずなのに。
なぜ、オレの心を満たすのは――「言い知れないほどの敗北感」なんだ?
「ククク、パラニールも惜しかったな。普通ならアレで正解にしていたが、回答は厳密にするルールだったからな」
「……そうですね。ですが、私が自身に課した役割は果たせた――そう言えるでしょう」
パラニールが、ひとつ隣へと身を引く。道を譲るように。
オレは何も言わず、山道を駆け始めた。
この疾走の中に、胸の霧を置き去りにできると信じて。
――そんなオレの脳裏に、声が響いた。
「最後に、お前たちにはっきり言っておく。
人間は、よく間違える生き物だ。だが勘違いするなよ。それは『他の生き物は間違えない』という話じゃない。自然界のルールは、もっと冷酷で単純だ。『たまたま、環境と噛み合った形質を持ってたやつが残る。噛み合わなかったやつは消える』――それだけだよ。
そこに『正しかった』『愚かだった』なんて評価は、本来どこにも書いていない。進化生物学的視点で言うなら、自然が見ているのは『道徳的な正しさ』ではなく――『状況と偶然』しかない」
嘲笑でも侮蔑でもなく、その声は鷹揚と続く。
「絶滅した種は全部バカだったのか?氷河期にたまたま弱かったやつらは、みんな“間違い”か?
一つの系統が途絶えたから、別の系統が伸びた……そんな例はいくらでもある。捕食される側がいるから、捕食者は生きられるんだぜ。そいつらを『早死にしたから間違い』と言うか、『自分の死で他を生かしたから別の意味で“正しい”』と言うかは、もう“評価の枠組み”の問題だろう。
つまりだ。『正しかったか、間違いだったか』なんて判定を下せるのは、そもそも“基準”をでっち上げて、その物差しで世界を眺めている連中だけなんだよ。人間とか――今のお前たちみたいにな」
どれほど走ろうと、声は途切れない。遠くなってくれない。
「強いて人間に“間違い”があったと言うなら、こうだろう。
――『人と自然』なんて言葉を平然と使うくらいには、『自分も自然のサイクルの一部だ』って前提を、都合よく忘れた奴が多すぎたこと。それこそ、『自分たちは他の動物と違って特別に作られたのだ』と考えてしまったように」
悪魔は笑う。オレたちを囲い縛る世界の構造、その全てを。
「以上、『唯一絶対の正義』から『絶対悪』と定められし者からの餞別だ!各々、脳の隅を埋めておくのに役立ててくれたまえ!」