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2020.04.06 11:40 UTC / 南極・エレバス山中腹→再現:秩父山地 視点:パラニール
狼が走り去り、再び静寂に包まれた霧の山中。隣には、インドへと続く「門」が開かれている。
脱力し、残された足跡を眺めながら――ふと、かつての記憶がよぎった。
現実時間では数日前。主観では数年前。
私がランサーを召喚し、「国」と「学校」の運営準備が整えられた少し後のことだった。
◇
「ランサー。……私のやろうとしていることは、間違った行いでしょうか」
目の前の、ナーガたちが用意した食料を貪る動物たちを見ながら言う。
その中には――微量だが、ランサーが作成した「霊薬アムリタのレプリカ」が含まれていた。
……動物が人間のように「学問を行う」という行為には、複数の制約がある。
大前提として、そもそも人間と比べると「脳」が違いすぎる。
私もうまく説明できないが、それは単に「脳の大きさ」の問題ではない。
どれほどの情報を同時に抱え、抽象を組み立て、規則を維持できるか。
そうした土台には、「ニューロンの数」や「脳の回路の作り」、そしてどの領域にどれだけリソースが配分されているかが大きく関わるらしい。
それは優劣ではなく、生きるための「最適化」の方向性の差だ。
脳という高コスト臓器の維持には、あまりにもエネルギーがかかりすぎる。
すべての能力を伸ばす余裕はなく、「生き残るために必要な能力」を伸ばすのが精一杯。
だが、神話には「人間や神々と同等の思考をする動物」がよく登場する。
『ラーマーヤナ』に登場し猿の軍を率いて戦うハヌマーン、あるいは『ジャータカ』で釈迦が過去世で動物として生まれ、高い徳を示す数々の物語のように。
ならば、と私は考えた。
「神秘」を持つ動物は、彼らと同じようになれるのではないかと。
……そして、アムリタにより神秘を纏い、「動物神」に近い存在となった森の動物たちは「生物的限界」を超え、学びを得られるようになった。
生物としては、少し寿命が延びた程度。不老不死には程遠い。
だが、私のこの選択は――「自然」としては、あまりにも越権的な行為に思えたのだ。
「……なるほど。では、汝に一つ話をしよう」
白いナーガの「化身体」を取ったランサーは、少し考えてから口を開いた。
「……パラニール。汝の目の前に、氾濫しかかった大きな河があるとしよう。連日の豪雨で水かさは増し、周囲は水浸しだ。生き延びるには、向こう岸に見える高台に移動するしかない……
さて、汝ならどうする。溺れる危険を承知で、そのまま河を渡るか。それとも、時間がないのを承知で……橋や舟、あるいは浅瀬を探すか」
ランサーの問いかけを聞き、雄大なガンジスの流れが脳裏に浮かぶ。
それが氾濫し、荒れ狂う中に飛び込むのは、自殺行為にしか思えない。
だが、河を渡らなければいずれ水位はさらに上がる。結果としては同じことだろう。
「ただ――動物の私が、橋や船のような人工物を期待するのは、前提としておかしいように思います。であれば……溺れる危険を承知で、渡るべきではないでしょうか」
私の答えを聞き、ランサーは笑うでも叱るでもなく、ただ小さく頷いた。
「……考え方としては悪くない。しかし、吾の考える回答は――『豪雨の数日前に、既に高台に渡っておく』ことだ」
「なっ……!?」
言い渡されたのは、第三の選択肢。
そんな卑怯な――と言いかけて、息を呑む。
確かに、それができるのなら一番いい。
「真に優れた指揮官は、戦わずして敵に勝つ」という言葉もある。きっとこれは同じことだ。
「……河の水が溢れそうになってから『渡るか・待つか』で悩むのでは、その時点で取れるはずだった選択肢を失っているということだ。生き残るため、『水が増える前から高台の存在を知っていたかどうか』、『雨雲の気配を感じて、前もって動けたかどうか』……知識とはそういうものだと、吾は考える」
確かに、それこそが理想だ。「それができれば苦労しない」と言いたくとも、その理想を目指すしかない。私が目指すのは――そういう到達点なのだから。
何も言えなくなった私を見つめ、ランサーは続けた。
「……知識とは、目の前の局面で正解を引き当てる術ではなく、それ以前に『選べる道の本数を増やしておくこと』だ。『二択に見える状況から、三つ目の道を見出せる頭と準備を持っておくこと』だ……」
気が付くと、話を聞いているのは私だけではなかった。
多くの動物たちが食料に目もくれず、ランサーの話を聞き入っていた。
内容まで理解できているのかは分からない。
だがきっと、皆が「彼の話を聞きたい」と思ったのだ。
「……自然そのものに、『正しい』も『間違い』もない。だが、『高台の存在を知らず、雨の前触れも読めず、結果として“溺れるか、賭けで渡るか”の二択まで追い詰められること』は――それでもやはり、どこかで“損”をしていると言えないだろうか」
「……そう、ですね」
「ゆえに……パラニール。吾は、汝の方法を間違いとは断じない。汝がやろうとするのは、動物たちに“雨が降る前に高台の位置を教える”こと。“その範囲で留める”つもりがあるのならば……河が溢れてから、溺れながら渡らせるよりはずっと“まし”な不自然さだ」
◇
あの時、ランサーは「私の行いが正しいか、正しくないか」という問いには答えなかった。
彼が語ったのは、「より狭い道」と「いくぶん広い道」の違いだけ。
バーサーカーが言ったのも、きっとそういうことだ。
アルヴェイルとダルグレインのどちらが「正しい」のか、「間違っている」のか。
それをはっきりさせてくれる者は、誰もいない。
少しでもアルヴェイルを助けようとした、私の行いも。
ならば残るのは結局、ただ一つだ。
私は、アルヴェイルの側に立ちたいと思った。
彼が願うものを、見てみたいと思った。
ダルグレインの痛みも、復讐の理由も理解はできる。
それでも、「どちらの物語が続いてほしいと願うか」と問われた果てに――私は、アルヴェイルの方を選んだ。
それはきっと、「正しさ」ではない。誰にでも通用する答えではない。
ただ、「この未来を支持したい」と決めた一頭のゾウの、偏った選択に過ぎない。
「アルヴェイルが勝ってほしい」と願う。
「彼の選んだ答えを、もう少し先まで見たい」と祈る。
その祈りのために、私は今ここに立っている。
それで十分だ――少なくとも、私にとっては。
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2020.04.06 11:10 UTC / 南極・エレバス山中腹 謎の廃墟 視点:アルヴェイル
『――塩基配列 ヒトゲノム……不一致』
『――生体区分 鳥類……ペンギン目』
『――追加判定 霊子反応を検知。契約痕跡あり』
『―――例外プロトコルに移行します 霊器属性 善性 中立』
『ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。ここは人理継続保証機関■■■■……模擬戦と……』
「……何だろう、これ?」
「ちょっと、変なところで止まらないでアルヴェイル。たぶんそれ、もう通れるから必要ないよ!」
「え、そうなのか?」
何やら壁から聞こえてきた音声に聞き入っていた俺は、ユキネに言われるがまま前に進む。
よく見ると、扉は壊れて隙間が空いていた。
――ユキネが持ってきた「アムリタのレプリカ」のおかげで、さっきの傷は塞がりつつある。
かつてランサーがパラニール用に(半ば無理やり)預けた物らしい。
以前はセイバーを治し、奪われたはずの宝具まで復活させただけのことはある。俺に対してもちゃんと効いたようだ。
そんな俺を横目に見ながら、ユキネは白い廊下を進んでいく。
「……話には聞いていたけど、中は全然寒くないね。こんな穴があるのに、雪も風も吹き込んでない。どんな結界なんだろ」
「さっきダルグレインが使った魔術の影響も、あまり受けてないみたいだな」
「そうだね。直前までずっと植物に覆われてたのに」
パラニールのおかげでダルグレインの追跡から逃れた直後、俺の前に現れたのはユキネだった。
ルーラーの手で一度「会議室」に避難したユキネは、パラニールと共に俺たちの戦いを見守っていたが、いても立ってもいられず戻ってきてしまったらしい。
そして、ユキネの先導で辿り着いたのは「かつてセイバーを召喚した直後に訪れた建物」だった。
「ルーラーやバーサーカーが言うには、ここは昔“星見の魔術師”たちが作った施設なんだって。人類が絶滅せず長続きするために未来を観測し、保証する……だとか」
ユキネはどうしても遅くなる俺に構わず、建物の調査を始めた。
ここに来た目的――魔術師が遺した(かもしれない)礼装を探し出すために。
「でも、うまくいかなかったってことだよな?人類、消滅してるわけだし」
「どうも、それを保証するための凄い礼装が完成しなかったらしいの。お金が足りなくて……って言っても伝わんないか。実際、本来ならこの建物ももっと大きかったらしいし。
ともかく、すべての歯車が狂い始めたのは――亜種聖杯戦争の乱立が始まったこと」
ユキネ(もとい、情報を提供した二名)曰く――
まずこの「聖杯戦争」という儀式は今まで何回も行われていて、しかし失敗が続いていた。
でも、三回目に「ユグドミレニア」という魔術師たちが大変なことをしでかした。
儀式に必要な「大聖杯」を盗み出して隠匿し、聖杯戦争の情報を魔術師たちにばらまいたのだ。
結果、世界中の魔術師たちが聖杯戦争をたくさん行い始めた(キャスターが人類に見切りをつける、最終的な原因になったというアレだ)。
そうなれば、サーヴァントを呼び出すのに本来必要な「触媒」なるものも奪い合いになってしまう。
さらに言えば、「ユグドミレニア」の魔術師たちもまた、大規模な聖杯戦争を起こそうとしていた。
仮にそれが勃発すれば、サーヴァント七騎vs七騎のとんでもない戦いになっていたらしい。
「亜種」の情報をばらまいたのは、その準備を進めるまでの撹乱だったとか。
そこで動き始めたのが、「星見の魔術師」たちだった。
本来「最強クラスの決戦兵器」である英霊の召喚や、「万能の願望機」たる聖杯の乱立は「それが粗悪品で不完全だとしても」世界を、人類の未来を少しずつ歪ませてしまう。
特にそこのトップ――「アニムスフィア家」の魔術師には、「聖杯によって巨万の富を得るという願いを叶え、それを用いて人理を保証するための礼装を完成させる」という思惑があったらしい(この辺りは言われても全くよく分からなかったが)。
そのためには、そもそも聖杯戦争が無事に開催されなければ意味がない。
そうして、魔術師たちの抗争が始まった。
だが「神秘の秘匿はしなければならない」「互いの本拠地が遠すぎる」「本命の準備が進まない」といった理由が絡み、お互いに決定打に欠けるまま十年以上が過ぎてしまう。
長引く戦いの中――ある日ユグドミレニアの魔術師は、とんでもない極秘情報を手に入れた。
「アニムスフィアの当主は、魔術王ソロモンの指輪を触媒として秘匿している」。
魔術王ソロモン。
かつて「魔術」という概念を確立した
彼が持つ規格外のスキル【ソロモンの指輪】は、「人類が行うあらゆる魔術を無効化し、配下に収める」。
……さすがに、ここまでの話が半分もわかっていない俺でも「とんでもない」と分かる。
はっきり言って、反則という言葉では全く足りない。
なぜなら「聖杯戦争自体がそもそも魔術の儀式である以上、ソロモンはそのすべてに干渉できる」からだ。
恐らくはサーヴァントへの絶対的命令権である、「敵のマスターが持つ」令呪にさえ。
そんなことをされては、本当に一切の勝ち目はない。
……逆に言えば。
その指輪さえ奪えれば、指輪を触媒にソロモンの召喚さえ成功すれば――自分たちの勝利がほぼ確定するってことでもある。
ユグドミレニアはすべての予定を変更し、南極にある「天文台」へと全面戦争を仕掛けた。
そして、その際に「ホムンクルス」の技術を流用し、「極地に適応する、人類ならざる魔術兵器」が製作された。
自律駆動し、傷を負ってもすぐ「再生」する生物兵器。
呪詛をばらまく自爆によって壊滅的な被害をもたらす、かつて絶滅した狼の群れ。
――「南極」。「爆発」。「狼」。
「ちょっと……待ってくれ。それって、まさか」
「……うん。たぶん、アルヴェイルの想像通り」
脳裏を埋め尽くす、冬の記憶。
数え切れないほどの、孤独の夜。
それを、もたらしたのは――
「それが、ダルグレイン。アルヴェイルがいたコウテイペンギンの群れを、一瞬で鏖殺した爆発の正体」
『本当は言いたいこと、いっぱい有ったんだろう?』