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2020.04.06 11:18 UTC / 南極・エレバス山中腹 天文台の廃墟 視点:ユキネ
……アルヴェイル、完全にフリーズしてる。
事前に聞いた話では、彼は「情報を処理・整理する」のに時間がかかるタイプらしい。
特に今回は「情報量が多かった」ためか、彼は立ち止まって全く動けなくなっていた。
本来なら、彼を置いて本来の目的「礼装探し」を続けるべきなのかもしれない。
でもなぜか、そうするべきじゃないと感じた。
たぶんこれは、理屈を超えた「第六感」。
こういう説明できない衝動に逆らうと、ろくなことにならない気がする。
――以前、テレビで見た情報を思い出す。
「寝ている間に見る夢は、脳が情報を整理する過程と関係する」という話。
もしそれが本当ならば、「情報処理と共に半ば気絶している」アルヴェイルは、「夢の中にいる」と言えないだろうか。
「……パラニールの奮闘を無駄にはできない。悪いけど“入る”よ、アルヴェイル……!」
即座に、アルヴェイルと接触した状態で入眠する。
かかった時間はわずか三秒。
そして、「夢歩き」が始まった。
◇
「――止めとけばよかったかなぁ!?」
寒い。あまりにも寒すぎる。
実際の肉体はないから凍死はしないはずだけど、そうなりかねないほどに。
……夢に入った途端、私を出迎えたのは猛吹雪だった。
大地も空も、何もかもが真っ白。
だというのに、私はここが夜よりも「暗く」、「真っ黒な闇」に見えた。
「……なんて、もったいぶるまでもないよね。これは、私もよく知っているものなんだから」
その名は「孤独」。
あったはずの繋がりが失われ、幸せとの乖離に心が蝕まれ続ける病。
ただ――きっとアルヴェイルにとって一番辛いのは、「今までずっと、それが理解できなかった」ことだ。
私たちのような例外はともかく、普通の動物は「分からないこと」の方がはるかに多い。
「知らない」のではなく、「認識すらできない」。
アルヴェイルは、聖杯戦争を通じて「例外」の側に来た。
その結果、「自分がどれだけ辛い目に遭ってきたのか」を自覚してしまったのだ。
大きな悲しみや苦しみには、時間をかけて向き合い、少しずつ小さくしていくのが一般的なんだと思う。少なくとも、私はそうだった。
一方、アルヴェイルの場合――「過去がいっぺんに全部、襲いかかってきた」。
この猛吹雪と闇は、恐らくその現れ。
コウテイペンギンにとって、アザラシやシャチなどよりも身近な「脅威」の象徴。
これをどうにかしなければ、もしかしたらアルヴェイルは目覚めないかもしれない。
「と言っても、一体どうすれ……ば……!?」
いつの間にか、私の右腕が緑色に眩しく輝きだした。
炎のような煌めきは、闇を少しずつ消し去り始める。
「よ、よしっ! 何がどうして急に光ったのか知らないけど、これならいける気がする!一気に――」
「ストップ、ストーップ! それ以上はいけない!!」
「あだぁ!?」
急に知らない声がしたと思ったら、後ろから蹴り飛ばされた。
右手の光はすっと収まり、私は雪原を転がる。
急に誰だ何だこの野郎、と振り返り――思わず、息が止まった。
目の前にいたのは、私と同じくらいの大きさで四本足の動物だった。
ふわふわの白い毛並みに紫色の目。犬にも猫にも狐にも見える、どうにも形容しがたい姿。
しかし、その「本質」は……
「おっと、それ以上は考えない方がよい。というか、考える必要がない。ボクはこの場所以外で一切出てくるつもりはないし――そもそも“人間がいなくなった”世界で、ボクは無力だ」
「そ……そうなの? いや、そもそもどこから入ってきたの!?」
「どこぞのろくでもない夢魔の真似。だいたい君がやったことと同じさ。それより、アルヴェイル君の方を早く何とかしよう」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
白い獣は、吹雪も気にせずに雪原を駆けていく。
私も、急いで彼を追って走り出した。
訳が分からないが、何となく「時間がない」ことだけは分かる。
「君の持つ“剣の破片”は、ちょっと力が強すぎる。方向性を絞らないと、彼の記憶ごと全部吹き飛ばしてしまう。でも、うまく調整すればよい具合に“闇を祓う”ことができるはずだ」
「……剣の欠片?そんなもの、いつの間に」
そこまで口に出して、すべてを察する。
魔力によって「物質化した奇跡」たる宝具は、サーヴァントが退去すれば共に消滅するのが普通だ。
だが「あの剣」は違う。
実体を持つ宝剣が融合した三位一体の性質。
故に、破片が三分の一だけ「私たちの心象風景内」に焼き付いて残ったのだ。
そして、その加護があれば――極寒の極地にも、耐えることができる。
「たぶん、君のサーヴァントは退去直前にそう考えたんだろう。全く、大した忠義と愛だよ」
……思わず、胸が一杯になる。
そもそも、よく考えれば『
「そうだね。しかし、何事にも例外はある」
さらりと言う彼の口調は、どこか「探偵」のようでもあった。
「――その剣の本質は、概念防御すらも無に還す原初の力。キャスターも、いざとなれば『
白い獣は足を止める。
前を見ると、吹雪と闇は凄まじい「濃さ」になっていた。
もはや、これ以上は進むことすらままならない。
「さっきは“闇を祓う”と言ったけど、厳密に言うなら“切り分ける”のが君の役目だ。アルヴェイルの混ざり絡まった大量の思考を、消化しやすいよう分割する……といったところ」
彼はそう言いつつ、未明の闇の中に駆け出して行った。
「へ、平気なのそれ!?」
「問題ない。元々、ボクは“人間の欲望を食べる”獣だからね」
しばらく走り回った後、彼は闇の中から戻ってきた。
――よく見ると、雪の上についた足跡が虹色に光っている。
その様子は、いつかテレビで見た「クリスマスのネオン」にも似ていた。
「あれが目印となる“切り取り線”だ。今度こそ、思いっきりぶちかましてやれ!」
いつの間にか、再び右腕は翠緑に輝き始める。
その様は、剣の切っ先のようでもあった。
私は小さく頷き――「彼女」を真似て、二本足で武器を構える。
「――行けぇッ!『
所詮は真似に過ぎず、真名の解放ができるわけでもない。
だがここは夢の中、即ち精神世界。
「テンションを上げていくこと」は、結構大事だったらしい。
「おおぅ……なかなかやるじゃないか」
一振りで飛び出した斬撃は八つ。
緑の炎は「切り取り線」を、純白の大地を、深い闇を――綺麗に焼き払う!
「や、やったっ!」
ばごん。
「……ん?」
どこからか鳴り響く、聞いたこともないような怪音。
――次の瞬間、足元の地面が突然崩壊した。
「え?は?」
そして眼下に広がる、一面の闇。
「何でまたこんなああああああああああああああああああーーーーー!?」
◇
転げ落ちていく闇の中に、たくさんの景色が映っては消える。
南極を走るセイバーの姿。セイバーとライダーの熾烈な戦い。レゼフィルとダルグレインを乗せたアーチャーの姿。教卓につくナーガと、話を聞く動物たち。あまりにも巨大な、ランサーの姿――
「……アルヴェイルの見た記憶、だよね。これって」
五体満足な、レゼフィルの元気そうな姿を見て――「あの瞬間」を思い出す。
アルヴェイルは気付いていないようだったが、「落下」の時点で既に彼女は事切れていた。
ダルグレインがやったことは、「狼が鳥の死体を食べた」だけ。そう考えれば、自然界では別におかしなことではない。
……おかしなことでは、ないのだけど。
「さっきの猛吹雪は、アルヴェイルにとっての“行き詰まり”のイメージだ。どこにも進めず、どうしようもない状態。それが一気に解放され、記憶と感情の処理が進んでいる。この空間と映る景色は、その現れだ」
同じく隣で落ち続けている白い獣が、妙に落ち着いた様子で言う。
その声で、少しだけ冷静さを取り戻し……疑問が一つ生まれた。
「……今更なんだけど、名前とかないの?どう呼べばいいのか分からないよ」
「それなら、“フォウ”と。本当は別の名前があるけど、長いからね」
「なんか数字の四みたいな名前だね」
「ハハハソウダネー」
急にどうした。
さて、そんなことをしている間にも記憶は流れ続ける。
そんな奔流が……急にゆっくりになり始めた。
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2020.04.01 17:01 UTC(内部時刻:第二日・昼)/ ランサー領・上層階 視点:ユキネ
「え、ユキネ!? あれ、今は授業を受けるところで……確かまだ出会ってなかったような気がするんだが!? あと隣にいるの誰ーッ!?」
目の前にいたのは、パニックになっている様子のアルヴェイル。
周囲には動物たち、教壇にはナーガがいるが特にそれを咎める様子もない。
「そそそそう言われても、私も落ち続けてたらいつの間にか地面があって……フォウ、何か知らない!?」
思わずパニックが伝染しかけた私を、フォウは冷静にたしなめる。
「順番に説明しよう。まず、ユキネは“夢の中に入る”力を使い、記憶の整理中に半ば気絶してしまったアルヴェイルの夢に入った。今のアルヴェイルは“知識を整理し、過去を再確認している”。だが、同時に“現在のアルヴェイルとしての意識”も存在している不思議な状態なんだ」
な、なるほど。
以前アサシンの記憶に繋がったときもそうだが、やはり夢というのは機械的に理解できるものではないらしい。
そういえば、アルヴェイルがいるなら霊体化したセイバーもいるはずだが、特に出てくる様子もない。
「これはあくまで記憶の再生に過ぎないが、おそらく“現在のアルヴェイルが”再認識することに何か意味があるのだと思う。たぶん、これから始まる授業内容が関係しているのかな。そして、ボクはフォウ。ユキネと似たような力で来た、ここ限定のアドバイザーだ」
「おおー、そうだったのか……何となくだが分かったぞ。よろしく、フォウ」
そうやってアルヴェイルが一礼したところで、授業が始まった。しかし、本当に分かってんのかなこいつは。
「確か、当時は話の内容が難しくて頭が痛くなった覚えがあるんだよ。でも、“何を言っていたのかは耳に入っていた”と思う。だから、今改めて聞けば理解できる――気がするんだ」
ふむ。どうやら、ここは「中等部」のクラスらしい。
向こうには「初等部」。あっちの「高等部」クラスにはレゼフィルやアーチャーの姿も見える。
「休戦期間」中の雑談を思い返すと、確かに「アルヴェイルは“基本的に”初等部に参加していた」みたいな話はあった。
好奇心で、試しに「中等部」に来たのがこの回なのだろうか……などと考えていると、教師のナーガが口を開く。
「では、授業を始める。今回のテーマは、“名前”じゃ。自然にはあまりない考え方じゃが、皆がこれまでの授業で学んだ通り、すべての物事には名前がある。いや、正確に言うなら“名前を付ける”。そうやって、物事と物事に区別をつけるのじゃ。では、そこの君! なぜそんなことをするのか分かるかね?」
ナーガの教師は、「誰かを指さしたり、指名する」わけでもなく言う。
動物たちは困惑し、顔を見合わせてしまったが……
「この通り、“そこの君!”とだけ呼んでも誰のことだか分からんじゃろ。一匹や二匹くらいで生きていくなら問題ないが、このように多くの者がいる場所じゃ困ってしまうのう。
見た目だけで呼ぼうにも、例えばそこの“一番前の列の一番右にいる、腹は白く、背は黒く、頭部は少し黄色い二足歩行の鳥”の……なんて言い出したら日が暮れてしまうわい。君は確か、コウテイペンギンのアルヴェイル君だったね」
「は、はい。……コウテイペンギン、っていうんですか? 俺は」
困惑した様子を見るに、おそらくこれは「当時のセリフ」なのだろうか。
ナーガは頷くと、黒板に五種類のペンギンのイラストを描き始める。
「人間が分類した“ペンギン”と呼ばれる種類の生物は、この地球に現在六属十九種が生息しているとされる。そのうち、これらは左から順番にコウテイペンギン、アデリーペンギン、ジェンツーペンギン、フンボルトペンギン、マカロニペンギンという。似たような見た目でも、名前によって別物だと区別できるじゃろ。しかし、それは五種類のペンギンが一羽ずついたときの話。群れを作り、百・千・万といるペンギンの中からたった一羽を探し出すのは大変なことじゃ」
確かにそうかも、と思っていると、「現在の」アルヴェイルが話しかけてきた。
(……実際、俺たちも他の皆を目で見て、誰が誰だか見分けることはできないんだ。判別手段は“鳴き声”だけ。番いやヒナの声を覚えて、それを目指して再会する。逆に言えば、声が出せなくなったらもう終わりだ。……そのまま親と再会できず、弱って死んでいったヒナも、何度も見てきた)
か、過酷っ……!
テレビでは「水族館のペンギンの映像」しか見たことなかったが、アルヴェイルと関わってからは認識を改めっぱなしだ。
「話を続けるぞい。ペンギンの場合は声によって番いや自分のヒナを区別できるが、他の個体は分からんし、他の動物からすれば言うまでもなく全く分からん。――そこで、“名前”という共通のルールを使うんじゃな。名前とは、“個”を見分け、定義する上で最も単純、かつ効果的な手段だと儂は考えとる。
……あー、難しく言い過ぎたの。つまり、『たくさんいる中から、“この自分”を見つけるための、手軽で頼りになる手段』ということじゃ」
瞬間、世界が水を打ったように静かになった。
アルヴェイルは無言。しかし、その小さな目は見開かれていた。
もしかして、アルヴェイルの琴線に触れた記憶とは――
そう考えたところで、急に辺りが暗くなり始めた。
「どうやらこの後のタイミングで、当時のアルヴェイルが知恵熱を出してしまったらしい。記憶の再生は、これで終了だ」
フォウはそう言って、闇の中へと歩き出す。
私も、後ろについていこうとしたが――できなかった。
その姿は、どんどん遠くなっていく。
いや、この世界そのものが「消え始めている」のだ。
少しずつ、夢から覚めていくように。
「残りの記憶の処理は、順当に進むだろう。ボクが手を貸すのもここまでだ。……本来ボクは、単なる観客に過ぎない。君たちとは関わるべきじゃない、“異物”なんだから」
じゃあ、どうして。
そう言おうとして、言葉にならずに消えていく。
白い獣は振り返らない。
しかし、最後にこう聞こえた気がした。
「大したことじゃない。ただ――あの白い廊下で眠りこける君たちの姿に、少しの懐かしさを覚えただけさ」