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2020.04.06 11:20 UTC / 南極→溶岩の海
冷静に「毒液」を回避しつつ、キャスターは敵の動きを観察する。
「……その戦法自体は評価する。だが、あくまでも対症療法だ」
これでは「そもそもなぜ、火打石の鱗を纏った黒いキャスターが大量に出てきたのか」という問題の解決には程遠い。キャスターの牙城を崩すには、重要なピースが欠けている。
しかし、その優位性にあぐらをかくことは許されないと、彼は感じていた。
「……タラスクの回避挙動を見るに、悪魔の助太刀が本格化している。もはや猶予などないことに、ようやく気付き始めたか?抑止の化身」
(――クク。随分と痛いところを突いてくる)
独り言のつもりだった発言に、予想外の念話が返ってくる。キャスターは少しだけ目を細めた。
(だがまあ、俺は中途半端が嫌いでね。どうせ観るなら、互いに全力を出し切る試合の方がいいだろう?――お前はどうだ?元観測者)
「……是は“試合”ではなく、戦争だ。かつて人類が“全力”の果てに、過剰な荒廃を招いたことを知らぬわけではあるまい」
(それを言われちゃ苦しいなァ!ここ百年で何回「悪魔の発明」だの「悪魔の兵器」って例えが使われたか、もはや分からないが――まったく、人間は悪魔の名を気軽に借りすぎだ。そろそろ使用料でも請求してやりたいところだぜ!)
この間にも、バーサーカーは会話を介して、情報の糸口を探ろうとしている――脳へのチリチリとした感覚に眉をひそめつつ、あえてキャスターは口を開く。
「『
(ヒューッ、素晴らしき大言!ラスボスの鑑だね全く!だが必ずお前の魂は見つk)
キャスターは、念話を強制的にシャットアウトする。もはや聞く価値はない、という判断である。続いて向かったのは、ルーラーやセイバーの方面ではなく、天井。ファラクが突き刺さり、動きを封じられた「大地」に向けて――
「……『
振り抜いた竜尾が、一撃で巨大な岩盤を割り砕く。
東南アジア神話の創世神話において、シヴァの化身とされる英雄「バタラ・グル」が最初の地面を作ろうとした際、「ナーガ・パドハ」という海蛇がそれを壊そうとした。
バタラ・グルが抑え込んだことで大地は守られ、海蛇は海底に沈んでいったが――逆に言えば、彼は「シヴァがいなければ大地を破壊することができる」ということ。ゆえにその術は「シヴァやその化身、もしくは関係者」が関わらないことを条件に、「一定規模の大地を、たやすく粉砕できる」ものとなった。
解放されたファラクと共に、大量の岩石が落下する。
「続呪、『
岩石が、キャスターの一声で集まりゆく。それらは術者の周囲で、浮遊する大槍・大盾へと変化した。もはやその様は、砦と形容して差し支えない。
「……現状に対し、打開策となり得る宝具は『
だが肝心な令呪の持ち主、アルヴェイルはここにいない。遠隔で状況とタイミングを完璧に見極め、令呪を切る判断は……彼の知能では不可能だ。
「……されど、あの【マルタフォーム・リリィ】のタラスクは『
ならば、真名解放の領域には届かずとも、単独で「中規模の波」を起こせる可能性はある。これまでの情報をもとに、彼の「予測」はそう結論付けた。
(兆候が見えた段階で、即座に旱魃の蛇槍が本体を封じ込める。未だタラスクは、『
エインガナの術が繋いだ「紐」は、対象の状態変化をつぶさに感じ取る。現在、セイバーは移動と防御にリソースを割いている。だが、大規模な宝具を使うならばそちらに「集中」せざるを得ない。
その隙を――突く。文字通り、串刺しに。
◇
「あんにゃろう、台詞全文言い終わる前に通話拒否しやがってからに……まあいい。収穫はそれなりにあった」
薄暗い会議室の中、バーサーカーはメモ用紙に文字を書き殴り続ける。光源は、南極の戦いを映し出す複数の液晶画面。
南極に派遣した分身の操作、念話送信、戦況解析、心理分析、その他諸々を同時にこなす脅威のマルチタスク。
「セイバーの気付きが正解なら――“黒キャスター”たちの正体は、人間だ。厳密には、元竜種の。
……『
聖杯戦争前半において、キャスターは「ダルグレインの魂」を殻として被り、正体を偽った。その偽装を見抜けたのは、ルーラーの【真名看破】のみ。
そこまでの技術を、前提として考えるとすれば。
「モニョヘの術で“脱いだ皮”を、エインガナの術が適用された“黒キャスター”のガワに作り変え、下位竜種共に再び貼り付けた。これならば、一応説明はつく!ルーラーの毒液がやたら効いていたことにも辻褄が合うなぁ!!」
用紙を潰しかねない勢いで、バーサーカーは書き続ける。
「唯一正体不明の『
然らば、奴ら全員に『
実情はともかく、キャスターの心理をバーサーカーは想像する。
これまでの台詞、信条からすると、彼の軸は「人間は愚かであり、竜は聡明。人類の上位互換たりうる」という思想。実際、この聖杯戦争において召喚されたサーヴァントに、いわゆる「バカ」は一匹もいない。
一応「一般の竜種」であるセイバーさえ、十二分に知性を示していた。
アーチャーやランサー、アサシンのような神霊ならともかく、西暦一世紀に生きていたはずの彼が、「現代水準の知識」を持っていたのだ。
確かに、聖杯はサーヴァントが召喚された時代・地域に対応できるよう「基本的な知識」を与える。
だが、中途半端とはいえ「極東の漫画作品に関する知識」まで所持していたというのは、さすがにキャスターによる聖杯への関与を疑わざるを得ない。
「“一方で”……ということだろう、要は。“人形劇”まで披露するとは、なかなかに拗らせているようで」
奇しくも、バーサーカーの閃きは的中していた。――その部分までは。
「ただ……キャスターがいつ、どこでそんなことをしたのかが分からない!」
ブツブツと言い続けながら、会議室内をひたすら巡る足音が続く。
「術が“知られて”は威力が落ちる以上、これらが成立するのはルーラーに対して初見の『
ウィツィロポチトリの化身に代わりにやらせた?タイミングが合わないなぁ!そもそもどこ行ったアイツ!」
いつの間にか机の上にまで登り、逆立ちからの前転を連続三回。そのまま机から転がり落ち、頭をしたたかに打った――その時。
「……代わりに、やらせた?」
バーサーカーの灰色の脳細胞に、強烈な電流が走る。
「――
突如立ち上がった彼は黒いペンを抜き、ホワイトボードへ大きく文字を刻む。
――「ユルルングル」、と。
◇
(神秘の本質とは、「見えない、分からない」ことだ。この南極で、俺やお前ですら見られない場所とはどこだ?と考えたところ――それは「体内」だと結論付けた。そして、体内が魔術の儀式場として成立しうる巨大な生物といえば……というわけなんだが、どうよ?ルーラー)
「逆立ちと前転は必要だったか……?」
憮然とした表情のまま、ルーラーは次々と「黒キャスター」を捕縛し、撃ち落とす。そして、ちらりと下を見て――少し前に撃墜したはずのワイバーンの群れが、地上から姿を消していることを確認した。
加えて、虹色の色彩を纏う大蛇の化身も。
「……ユルルングルか。言われてみればいないな。あの図体で、いつの間に」
ルーラーがどれほど攻撃を加えても、銅の表皮は揺るがなかった。しかし鈍重で、攻撃の意思も薄い。優先度が下がり、次第に意識から外れたのである。
それ以上の明確な脅威が、次々と襲いかかってきたために。
(ファラク召喚で地獄の熱波が吹き荒れた直後――『
死体がいつの間にか消えてるのは、既出の術を見るなら『
「そして、その死体をユルルングルに“蘇生”させ……“皮を剥ぎ、黒の鱗を纏わせる”ための術を、キャスターは虹蛇に対して“委託”した。それが、おまえの推理か」
(その通り。ゆえに調査を試みたが――なぜか、ユルルングルの体内は“映像が全く映らなかった”んだよ。もう、徹底してNo Dataでな)
外部からでは調査しようがない、光の届かぬ未明の闇。即ち、その場所こそが神秘の核心なのではないか――
悪魔は、そう結論付けた。
「だが、分かって言っているのだろう。……神秘を暴くこと、その危険性も」
多くの神話体系において、「見るな」のタブーを犯した者は悲劇的結末を迎えることになる。オルフェウスやイザナギ、あるいは『鶴の恩返し』のように。
キャスターが、それに基づいた罠を仕掛けていないわけがない。
(「好奇心は猫をも殺す」ってか。だが、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とも言うぜ?ククク……もう少し、お前の“子供”の防御性能を信じてみたまえよ)
◇
炎や溶岩を伴い、地上に向けて降下するファラク。未だ健在の「黒キャスター」に、下位の飛竜たち。大量の岩を寄せ集め、武装するキャスター。
それらを見渡し、セイバーの「人間体」は――小さな胸いっぱいに大きく息を吸い、吐き出す。
(思えば……今のワシが見る景色は、マスターのそれと同じでもあるんだよな)
コウテイペンギンの身長は、成鳥で約百三十センチほど。奇しくもそれは、「竜体」の上に伏せる「人間体」とほぼ同等だった。
改めて、戦場を眺めれば――あらゆるものが、果てしなく大きく映る。竜の翼は、宙を覆う壁のように。大蛇の胴は、もはや大地そのもののように。
なるほどこりゃ怖ェわ、とセイバーは嘆息する。
(つまり、「守る側」と「守られる側」の視点の同居。恐れを知り、克服せんとする心。それに、意味があるとするならば)
恐怖と焦燥、安心と平穏。対立し合う、感情の螺旋。
――男と女。大人と子供。竜と聖者。従者と主人。悪と善。数多の相克が、陰と陽の呪的因果が。この霊基に――集っているとするならば。
かつてバーサーカーが言った、「運命力補正の極まった主人公」という言葉。それこそが、きっと今だと言うのならば――!
「今なら、何だってできる。――どんな壁すらも超える確信が、ここにあるッ!!」
セイバーの魔力が、爆発的に膨れ上がる。防御も機動力も捨て、すべての力を回した「何か」が来る。
キャスターは、「予想通り」そう察知した。
「若人の無敵性、大人の具体力。その両義的相生か――されど!」
『
「ぐぎぎぎぎぎぎぎ……ッ!」
必死で甲羅に掴まる「人間体」。だがそれに従い、「竜体」までもが引きずられる――旱魃の槍衾、その穂先へと。
「我が“予測”は、『
『
「それは、どうかなッ!!」
『――今ですッ!セイバーッ!!』
渦を巻く、蒼と黒の爆発。重なり合う、二つの声。
「合体宝具――『
深き淵より、原初の水禍は目覚めた。
「――!?馬鹿な、早すぎる……!?」
両者の眼前に出現した大海は、「槍」を容易に呑み込み喰らう。キャスターの「盾」さえすり抜け、既に「大地の砦」をも侵食し始めていた――!
「あいにく、役割分担ができていてな。いつもより早いのは当然だぜ……!」
セイバーは霊基が幼くなり、「中途半端に神代回帰した」ことで、宝具の発動条件を半ば満たしていた。
残り半分を担ったのが「リヴァイアサン」のモチーフ――神話の源流とされるルーラー・ティアマト。集められた南極の海水は、彼女を「フィルター」として「神秘を帯びた海」へと変貌する。
かくしてセイバーは「水門」を開き、水流を指揮し――
「オオオオオオォォるらァッ!!」
ねじれ、荒れ狂い、あらゆる生命を押し流す。炎も、死体も、何もかもを巻き込んで。
地獄を内包する、ファラクの巨体ですら例外ではない。次第に、その流れは「水球」へと変わっていく。
その牢獄は、「海という概念」による強力な拘束。
地球という星において、「生物の移動」を最も阻むものは海だ。その理が、竜すらも大いに縛り付ける!
(おーしよくやったセイバー!ルーラー、ユルルングルが潜伏している座標のデータを送るぞ!今なら邪魔は入らん!)
「……了承した!」
溶岩地帯は、既に大波によって塗りつぶされていた。冷え固まったマグマを「大剣」で破砕し、ルーラーは一気に潜水する。大蛇が掘り進めた巣穴、その深奥へと。
(とはいえ、キャスターも簡単にユルルングルの口を開けさせやしないだろう。ここは神話の流れに沿うしかないな。――腰のポーチを確認しろ。必要なブツを転送した)
ルーラーが神妙な顔で取り出したのは、鮮やかな緋色の液体が揺れるガラス瓶。
かつてミルリアナの泉で長い眠りについていた「父なる蛇」を起こしたのは、その子孫――ワウィラク姉妹の姉がこぼした経血だった。
アボリジニにおいて、その流血は「生命・生殖に結びついた、非常に強い力」の象徴。聖域という「境界」を侵犯し、秩序の攪乱を起こし得るエネルギー。
一説によれば、神話において経血でユルルングルが目覚めたのは、生命のエネルギーが泉に触れたことで、自然界が「今は繁殖と再生の季節(雨季)だ」と認識したため……だという。
(……ってことで、その血を魔術的に再現したものが入っている。残念ながら、受肉でもしない限りサーヴァントからは採取できないからな。ああ、「ところで蛇は卵生では?」ってツッコミは厳禁だぜ!)
ツボに入ったのか、ケラケラと笑うバーサーカー。それに対し、ルーラーの表情は硬い。
(ま、神話通りユルルングルに呑まれるんだからな。さらに“神秘を暴く代償”を受ける可能性も高い。その危険性を承知の上で征くのは、「母」であるゆえか?……それとも、過去の記憶でもよぎったか?)
――皮を剥ぎ。解体し。自我すら持たぬ怪物へと作り替える蛇の胎内。
それは、かつて第七特異点を襲った「獣」の再演に他ならない。
(ククク……キャスターは、その並行世界を“観ている”からな。当然、意図してやっているんだろうさ。セイバーではなく――お前がこちらに来るように)
「……時間がない。始めるぞ」
宣言と共に、ガラス瓶が握り潰される。途端に、強烈な鉄の匂いが水中へ滲む。
そして。
「――ごうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
深き闇への城門が、開いた。
◇
キャスターの用いる竜種魔術の中で、
「他者に術を授ける」この術の発動自体が、「他者に知られてはならない」「隠されていなければならない」性質であるゆえに。
「シャーマラン」は中東・アナトリア一帯に伝わり、タルススの洞窟から繋がる地下七層にある「蛇の王国」に君臨する半人半蛇の女王だ。『千夜一夜物語』にも「地下の姫ヤムリカ」として語られる彼女は、偶然王国に迷い込んだある貧しい青年を迎え入れ、医術や世界の理、人の欲のあり方など、様々な知恵を授けた。
やがて青年は家族を案じ、地上へ帰ることを望む。シャーマランも承諾するが、条件をつけた。――「決してこの場所を誰にも言わないこと。そして、湯船に浸かってはならないこと」を。
青年は言いつけを守った。だが、タルススの王が病に倒れた際、欲深い宰相は王にこう提言した。
「王の病を治すには、シャーマランの肉が必要だ。シャーマランを見た者は、体に黒い鱗の印が浮かぶ。人々を
その布告は、宰相が「シャーマランの煮汁が知恵を授ける」ということを知っていたからでもあった。
やがて青年は追い詰められ、鱗の印を持つこと、そしてシャーマランの居場所を知ることが露見する。拷問の末、青年は誓いを破ってしまい、シャーマランは地下の王国から引きずり出されたが――彼女は「それもすべて定めであった」と青年を責めなかった。
シャーマランは土器を用意させ、自分を煮るよう命じる。宰相は「シャーマランの煮汁は知恵を授ける」が、「最初の上澄みの汁だけは猛毒になる」ことを知らなかったために死ぬ。肉を食べた王は助かり、密かにシャーマランから煮汁の性質を教えられていた青年は更なる知恵を授かり、偉大な医学者になったと言われる。
だが、地下に住まう蛇たちは女王の死をまだ知らない。もしそれを知れば、万の蛇が溢れ、地上を襲う――だから今も、人々はかの洞窟を畏れ、軽々しく名を呼ぶことはない。
キャスターは、ユルルングルの化身を「術者の代理人」、かつその体内を「術式の場」として定義した。シャーマランと「蛇の王国」が秘されていたように、それが露見しない限り効力は保たれる。
通常であれば、「巨大にして頑丈な虹蛇の体内」など見られることはないのだから。
「……無論、暴かれし神秘は権威を失う。かくて、此の身が虹蛇に委託せし『
キャスターは、遠くからその光景を見つめる。
――「秘密」を暴いたルーラーに、恐るべき万死の呪詛が襲いかかる光景を。