Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第7話:取り残された者たち

2020.04.01 11:00 UTC / 日本・島根県・出雲大社

 

 月光の差す石段。

 その上に、白猫が一匹寝転んでいた。

 周囲に、他の生物の気配はない。

 かつて、多くの人間たちが踏み歩いた跡を背に――

 

 彼女は微睡みの中、ぼんやりと昔のことを思い出していた。

 

2015.06.14

 

 私は猫である。名前はもうない。

 それを呼ぶものは、いないからだ。

 どこで生まれたかは全く分からないが、薄暗いじめじめした場所でどうにか生きてきたことは覚えている。

 

 だが、ある日。

 私は雨をしのげる場所で寝ていた時、ふと大きな二本足の生き物――のちに「人間」と知るそれに拾い上げられた。

 白くて可愛いね、とそれは言った。

 それは私を自らの縄張りに連れていき……汚れを落とし、清潔な場所と食物を用意した。

 

 不思議なものである。その人間というものは私の親でもなく、また私を肥やして食うつもりでもない。

 だというのに、それは私が生きるのに必要なものを全て用意していったのだ。

 気づけば、私は人間のベッドの上で昼寝をするようになっていた。

 変な奴だとは思ったが、その生き方は以前に比べてあまりにも楽であったのだ。

 

 ただ、あの日。

 あの「白い場所」に連れていかれた日のことは、今でも夢に見る。

 何をされたのかは覚えていない。ただ、それから先の私は少しだけ静かになった。

 面倒ごとが一つ減ったのは確かだが……何か、大事なものを失った気もするのだ。

 

 人間は、ただ一心に私を愛した。

 私を撫で、名前を呼び、抱えては満ち足りた顔をしていた。

 彼女は、それを生の拠り所としているように見えた。

 人間の生というのは、それほどまでに過酷であるらしい。

 だというのに――自分より私の食を優先する矛盾を、私は最後まで理解できなかったが。

 

2017.12.31

 

 ある日、人間はいつまで経っても縄張りに帰らなかった。

 人間の帰りが遅くなることはよくある。彼女はそれを想定して、時間になると食物が勝手に出てくる不思議な箱を用意していた。

 実のところ私は食物の入った袋を自分で開けられるのだが、それを伝えるすべはない。人間は私が飢えてはいけないからと、多少無理をしてでもその箱を手に入れていた。

 私は気を遣って、できるだけその箱を使うようにしていた。人間は喜んでいた。

 

 だが外が二度明るくなり、また暗くなっても戻らないとあれば流石におかしいと思い始める。

 彼女はここ数日、とても疲れていた様子だった。もしかしたら、縄張りの外で何かあったのかもしれない。

 更に嫌な想像も頭をよぎり始め、いても立ってもいられなくなった私は外に出ることにしたのである。

 

 人間のやり方を見て「ベランダの鍵」の開け方を覚えていた私は、外に出て――想像以上の高さに驚愕した。

 柵で覆われたベランダから下を覗くと、同じような「ベランダ」が縦に七つ並んでいた。

 いくら私が高い所から降りるのが得意でも、これでは地面に落ちた卵のようになってしまうだろう。

 

 そして一度降りてしまえば、戻ってくることもできないと理解してしまったのである。

 

 私は部屋に戻り、人間がいつも使う「玄関」を開けようと試みる。しかし、これは私の腕ではどうしようもない仕組みだった。

 仕方なく部屋に戻り、この部屋の食物の残量を確認する。

 「冷蔵庫」の中にも色々なものはあった。だが、それらを全て私が安全に食べられるわけではない。人間が厳しく禁止していたのはそういうことだろう。

 開けて中を見ているとうるさく鳴くので、一旦冷蔵庫は閉めることにした。

 水の出し方は分かる。あの銀色の棒を捻れば出てくるし、当分は大丈夫のはずだ。

 

 ……私はそうやって人間が帰ってくるのを待ち続けた。

 外が明るくなって暗くなるのを数えるのも、私の爪の数を超えてはもう分からなくなってきた。

 

 だが、それでも人間は帰ってこなかった。

 最後の食物がなくなり、あれだけやかましかった冷蔵庫が静かになって「死んだものがグズグズになり始めた時のような臭い」を出し始めたころ、ついに私は外に出る決意を固めた。

 ベランダを出て、「植木鉢」を足場にして柵の頂点に立つ。

 そこから壁の外に張られた管を伝って一つ下のベランダに降りていく。その繰り返しで地上にたどり着いたとき……

 

 私は、「人間」たちが誰もいないことに気が付いた。

 

 外は明るい。

 沢山の人間たちが、忙しそうに汗を流して歩いている時間のはず。

 かつて「白い場所」に行ったとき、途中でそういう景色を何度も見た。

 だが――ここだけじゃなく、どこにいっても人間はいなかった。

 道中同族と会ったので話を聞いてみると、やはり人間を見た者は誰もいなかった。

 中には「人間たちが突然粉のようになって消えたのを見た」と主張する者までいた。

 

 それから、更に時間が過ぎた。

 私はあの「白い場所」で何かされたせいなのか、他の猫とは致命的に何かが違っていたようである。

 生きる上では楽なのだが、お前は変だと罵られることさえあった。

 同じような境遇の者もいたが、「人間の縄張りの外」は過酷な場所だ。一匹、また一匹と脱落していった。

 

 ……また、しばらく時間が経った。

 その日は、凄まじい雨と風であった。

 地面が水で溢れ、いっぱいになるほどに。

 私たちは隠れる場所を必死で探したが、このままではとても助かりそうにない。

 

 私は無我夢中で、かつての「人間の縄張り」に独り走った。

 あの場所ならば、雨風をしのげるかもしれないと。

 正面の「透明な大きい扉」は未だに開かなかったが……外の「壁」には、しばらく経ったからかベランダから蔦のような植物が、伸びに伸びていた。

 私は必死で蔦を登り、唯一窓が開いているかつての「縄張り」に滑り込んだ。

 頭には、「そこなら安全だ」ということしかなかったのである。

 気がつくと、雨は止んでいた。

 助かった……と安心したが、体が動かないことに気がつく。

 雨の間に食べる余裕はなかった。

 加えて、蔦を登るのに体力を使いすぎたのだ。

 

 力尽き、寝転んだベッドの上。

 結構な時間が経っていたはずなのだが、そこにはかつての主の名残を感じた。

 

 ――「無人」の部屋に、嗚咽が響く。

 

 ここに至り、ようやく私は気付いたのだ。

 あの人間と同じように、私もきっと彼女を「愛して」いたのだろうと。

 生殖の伴わぬ、感情の不足を補い合うための愛。

 道理に合わぬ、打算なき愛。

 私はそれを糧として、生きてきたのだと。

 あの日、彼女に拾われてから――そういう生き物になってしまったのだと。

 

 見上げた空に、私は。

 

 ただ、願った。

 

2020.04.01 00:00 UTC

 

 ……次の瞬間、部屋を轟音が揺らした。

 異常事態に、私はどうにか音の方へ顔を向ける。

 

 扉が、無かった。

 どうやっても開けられなかった固い扉は外から斬り裂かれ、破片が無残にも内側にばら撒かれていたのである。

 煙が舞う中、そこに立っていたのは――

 どこかかつての主に似た、長い黒髪の人間だった。

「……そう。それが、貴女の願いなのね」

 足音もなくそれは近付く。

 その脚から伸びる影は、明らかに人のそれではない。

 言い表すなら、巨大な蛇のようであった。

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 私も彼女に近付くため起き上がろうとし、失敗する。

 ……栄養が、足りていない。

「……少し待っていて。大丈夫、すぐ戻るわ」

 そう言うと、彼女は「水の流れる部屋」に入り扉を閉める。

 

 ばつん、と何かが切れる大きな音がした。

 ……しばらくして、彼女は皿に乗せた新鮮な「肉」と水を持ってきた。

 気のせいか、少し彼女は縮んだように見えた。

 肉からは未知の匂いと味がしていたが……それは、私の空腹を満たすのに十分だった。

 活力を取り戻した私を、人間に似た姿の彼女は抱え上げた。

「私はサーヴァント・アサシン。真名、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)

……我が魂に懸けて、誓いましょう。

貴女の想いに寄り添い、この姿で――最後まで戦い抜くことを」

 彼女の体は、とても冷たかった。

 しかし、私はいつ以来か思い出せないほどに……彼女の「ぬくもり」を感じたのだった。

 肉体の温度ではない。

 体温では測れぬ「存在の温かさ」が、確かにそこにあった。

 あの人間に抱きしめられた時と、何ひとつ変わらないぬくもりが。

 

 ――私は、雪祢(ユキネ)

 かつて、そう呼ばれたもの。

 もう一度、その名で呼ばれたもの。

 

2020.04.01 12:00 UTC / 日本・島根県・出雲大社

 

 出雲大社。日本時間にして午後9時。

 人類の消滅から約3年が経過しながらも、未だ神聖な気配が残る地。

 暗殺者は、目の前の獲物の無防備さに困惑していた。

 

 暗殺者と言っても、アサシンのサーヴァントではない。

 そもそも、彼女はサーヴァントですらない。

 

 暗殺の目標……寝転がり、腹部に令呪の輝きを見せる白猫――

 恐らく敵対するマスターの一匹を、石畳の色に擬態しながら観察するそれは「ジャクソンカメレオン」と呼ばれる、頭部に角を持つカメレオンの一種であった。

 

 

 かつて彼女は、三つの「地獄」を経験した。

 

 一つ目は、彼女が生まれた東アフリカの森。

 カメレオンは体色を変化させた擬態の能力を持ち、それを狩りに活かす。

 だが、同時に彼らは狩られる側でもある。

 樹上性のヘビ、猛禽類、大型のトカゲ……敵は決して少なくない。

 それどころか、己を産み落とした「母親」ですら味方ではない。別の幼体を餌と誤認し、捕食する光景は――彼女に底知れぬ恐怖を植え付けた。

 それ以来、常に危険に怯えながら、逃げ隠れ続けた。

 朝露を舐め、葉の裏に身を潜め、ただ陽が傾くのを待った。

 しかし、それも長くは続かない。

 彼女を捕らえたのは――人間だった。

 

 二つ目は、人間たちによって入れられたガラスケースの中。

 中東・ドバイ。

 超高層ビルと人工的オアシスが並ぶ欲望と技術の象徴のような都市。

 その中の、空調を完全に管理された動物園。

 まるで一個の芸術品であるかのように、彼女は展示されていた。

 

 檻の中は、自然と比べれば遥かに安全……と、彼女は思えなかった。

 ガラスに指を押し当てる子供。カメラのフラッシュ。

 研究者の好奇の視線。掃除のために手を突っ込む管理員。繁殖のためあてがわれた雄の個体。

 ……何もかもが、彼女にとってのストレスだった。

 彼らがいつ、自分に危害を加えるかわかったものではない。

 安全であり続ける保証はどこにもない。

 「もしかしたら」という疑念は、彼女を常に苦しめ続けた。

 

 ……そして、三つ目。

 2017年、人類は消滅した。

 

 カメレオンに危害を加える「かもしれない」人間たちはいなくなった。

 ――カメレオンに給餌する人間も、いなくなった。

 辛うじて、ガラスケースの天井には僅かな隙間が空いていた。

 周囲には自然が満ちている。人間の手入れを逃れ、汚らしく繁茂していく自然が。

 そこから生まれた羽虫が偶然「隙間」に来た時しか、食事の機会は無かったのだ。

 彼女はその瞬間を、何日も何日も動かずに待った。番いが餓死し、その死骸に虫が湧いた時だけは餌が増えたが、それも長くは続かない。

 飢えと乾きに、神経の先まで透明になるような気がしていた。

 

 いつになれば、この地獄は終わる?

 もしかしたら、これは自分が諦めるまで続く無間の地獄なのか?

 

 ……嫌だ。

 

 惨めでしかなかった自分の生涯。

 でも、諦めてしまったら――自分が耐えてきた意味はどうなってしまう?

 諦めることだけは、絶対に嫌だった。

 

2020.04.01 00:00 UTC

 

 朦朧とする意識の中、彼女は僅かに開いた隙間から「空」を見た。

 そこに映るのは、見たこともない色彩。

 それこそは、聖杯戦争の始まりの狼煙。

 

 カメレオンは、3年ぶりにガラスケースの前に何かが立っているのを見た。

 ――それこそは、真に「地獄」から来た者だと。知る由もなかった。

 

 助けてくれ。ここから出してくれ。

 カメレオンは、ガラスケースの前に立つ者にそう懇願する。

 

「断る。――つまらないだろう? こんな形で、誰かに助けられるだけなんて」

 

 ガラスケースを見下ろし、「それ」は嗤った。

「お前は欲した。願った。強く強く、強ォォォく、願った!

でなければ、俺なぞが喚ばれるものかよ。この異端の聖杯戦争において――他の誰でもなく、考えうる限り最悪のジョーカーを! お前は自ら選んだのだ!!」

 ガラスケースの前に立つそれは、芝居がかった振る舞いでそう言った。

「思い出せ。お前の“欲”を。お前が堕した“三つの地獄”。苦しみ、苦しみ……苦しみ抜いたその中で。お前は、何かを欲したはずだ。

……俺は、それを与えることができる」

 

 刹那――彼女の意識は覚醒する。

 森林の捕食者。傲慢な人間たち。自分を囲む、透明の檻。

 乾ききった細腕で体を起こす。

 「何を欲したか」など……自分は、昔からずっと知っていたはずだ。

 

(……「力」。何物にも害されず、何物にも支配されぬ力。こんな檻に縛られぬ……誰よりも強き、力を――!!)

 

 「無人」の動物園に、甲高い破砕音が響く。

「契約完了だ。マスター」

 メスのジャクソンカメレオンは、オスと違いその額の三本の角は発達せず、生えないことが多い。

 だが、今の彼女の頭部には強壮な三本の角が鎮座し、令呪が光り輝いていた。

 

 彼女は自らの「名」を自覚する。

 「ネゼミア」と。

 そして、自分の前に立つ者を改めて見た。

「……誰なんだ、お前は」

 それは、冠を被り角を持った「黒い蛇」だった。

「サーヴァント、バーサーカー。お前の相棒として、その欲望を見届ける者だ」

 

 

2020.04.01 12:05 UTC / 日本・島根県・出雲大社 / 視点:ネゼミア

 

 バーサーカーと共に、僕は他のサーヴァントを探していた。

 そして見つけた――無防備な白猫を。

 令呪があることから、それが聖杯戦争の参加者であり、マスターであることに疑いはない。

 元は脆弱な獣でしかなかった僕は、バーサーカーにより「魂を代価とする契約」とやらを行い……なんと、サーヴァントとすら渡り合えるというほどの力を手にした。

 バーサーカーとの模擬戦闘を行い、ひとまず戦い方については学んだが……僕の力は、まだまだこの戦いに召喚された「竜種」たちには及ばない。

 

 バーサーカーは「契約」を重ねればさらに強くなれるとは言うが、それは連続して行えないらしい。

 そのため、僕自身の擬態能力で姿を隠しマスターを暗殺する――まるでアサシンクラスのような戦い方を選んだのだが。

 ……無防備すぎる獲物を前にすると、逆に動けないということを僕は知った。

 しばらく待ったが、そいつのサーヴァントが戻ってくる気配はない。

 意を決し、僕は飛びかかった。

 

 そして、その瞬間になって気がつく。

 猫の前足に、小さな何かが抱えられていることを。

 

 ――ザリッ、という鈍い音。

 「小さな何か」から伸びたものが、僕を薙ぎ払った音だった。

 

 それは、蛇の如く長い「黒い体毛」。

 当時の僕は知る由もなかったが、猫の持っていた「人形」には呪いが込められており、それが僕に反応。

 そして、自動的に攻撃してきたのだ……!

「く……ッ!」

 石畳に叩きつけられ、なんとか受け身を取る。

 ……そんな僕を、真後ろから巨大な蛇の影が覆った。

 

 あれだけ警戒していたのに、全く気配に気が付けなかった。

 それもそのはず、あの「人形」は防衛を行うだけでなく「危険を知らせ、持ち主を呼び戻す」機能も持っていたのだ。

 アサシンが居なかったのは、奴が何かを探して「宝物殿」という場所に入り込んでおり、危険すぎてマスターを連れていけなかったというだけ。

 しかもバーサーカーはそれに気付いていたが「僕を成長させる」という名目であえて止めなかったらしい。

 結果、僕は「本物のアサシンによる気配遮断」の恐ろしさを存分に味わうことになったのである。

 

 

 超常の速度で振り下ろされる刃。

 だが、それを炎を纏った蛇の尾が弾く。

「……何を考えているんだか。マスターが死ねばサーヴァントは終わりでしょう。あなたの脳味噌、溶けてるのかしら?」

 そいつは、長い黒髪を蛇の首のようにうねらせていた。

「竜種のみの聖杯戦争」と聞いていたが……そのサーヴァントは、黒紫の服を着たヒトの姿をしていたのだ。

「ふむ、実はそうかもしれん。何せ俺はバーサーカーだからな……ああマスター、大した怪我がないようで何よりだよ。契約の効果がしっかり出ているな」

 何の躊躇もなく、僕のサーヴァントは流れるように自らの情報を開示していく。

 

 太陽が雲に覆われ影が落ちる中、二体のサーヴァントは火花を散らすように睨み合い――









酒呑童子がアサシンなら大体同じ死に方をした親御さん(諸説あり)だってアサシンよ
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