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2020.04.06 11:27 UTC / 南極→溶岩の海→原初の海 視点:セイバー
ルーラーがユルルングルへと向かった直後、まず起きたのは――ファラクの再起動だった。
「■■■■――■■■■ゥヴァアアアアアアアアアァァァァァァァ----ッ!!」
やすやすと「水牢」をブチ抜いて、大蛇は天高く吼える。一瞬で、外気は地獄めいた猛暑へと逆戻り。炎と魔力の奔流が、色付きの風となって舞い踊った。
「この感じは……!キャスターの野郎、ファラクの制御を外しやがったな!?」
『
「くっそ、しかもキャスターがどこ行ったのかも分からねえしよ……!」
あのまま水牢で押し潰せていれば万々歳だが、それで死ぬ程度ならこんな苦労はしていない。
……踵に結わえられていた『
「『
間一髪、地獄の瘴気じみたブレスを回避する。だが、その大口を開ける瞬間を待っていたんだよ!
「これでも、喰らいやがれぇぇぇぇぇッ!」
「竜体」が目標の頭部を見下ろせるまで飛んだ瞬間、「人間体」が指揮者めいて両腕を振り上げる。それに呼応し、水牢は――ファラクの大口へと、叩き込まれる。水流に巻き込まれた、大量の下級竜種と共に!
(いいぞセイバー!無限の飢えに苛まれるファラクの胃袋は、文字通りの底なしだ。ウンセギラの鱗を纏っていようと関係ない、まとめてボッシュートにしてやれ!)
バーサーカーからの念話はいつも通りのテンション……だが、その音質はあまり良くない。どうした?
(さすがにユルルングル側にリソースを割かざるを得なくてな、ルーラー側との同時進行は結構きついのよ。あと、ウィツィロポチトリが想像以上に強い。もうすぐ俺本体が出張ることになるから、しばらく手助けは出せん!悪いが、ファラク討伐はソロで任せたぜ!)
「応よ!言われなくても、そのつもりだぜ……ッ!!」
改めて、気合を入れ直し――同時に、「人間体」が力強く両手を握る。その瞬間、水牢は大蛇の体内で、爆弾のように炸裂した!
「■■■■ゥヴヴゥゥゥゥゥゥ……!!」
ファラクの腹部が、「蛇が巨大な獲物を呑み込んだとき」のように膨れては戻る。突き破るには至らないが、大きなダメージにはなったはず――そう考えたところで、念話が脳裏に響く。
(すまん、前言を撤回する!今の一撃で、ファラクを内側から解析可能になったんだが……キャスターのリミッター解除のせいで、急速な自壊が始まっている!このままだと、五分以内に奴が内包している“地獄”が――丸ごと全部、現世に溢れ出すぞ!!)
「はァァあああああああああああああッッ!?」
急展開にもほどがある。というか、キャスターが身を隠したのはそれが理由か!
(あとこれルーラーには秘密な!知ったら絶対お前の方に行くからアイツ!!)
「だろーな!……大体、その感じだとそもそも“倒したら駄目”なんだろ?奴がファラクを召喚したのと逆で、もう一度深淵に送り返す必要があるってことか!?」
(大正解!危機的状況だけあって、頭がフル回転していて実によろしい)
バーサーカーはいつもの調子……に見えて、声に「愉悦感」が足りていない。奴も結構カツカツなのだろう。さて、ファラクの化身への対抗策についてだが……
「一応、アイデアは一つある。だが、これで足りるか自信がねぇ」
(ほー、言ってみんしゃい)
◇
(……よし、大筋はそれで問題ない。細部を俺の言った通りに直せば、十分イケるはずだ。今度こそ通信はここまでだから頑張れよーッ!)
――いまいちシリアスになりきれないが、焦るよりはいいのかもしれない。実際そうしたとて、何もいいことはないのだから。
「さて、やってやりますか。……砲列、照準ッ!」
体勢を立て直さんとするファラクの真上に、『エアリアル・ドライブ』の陣形が一斉に舞う。
「攻:十、防:零。目標――『真下』!!全ッ弾、発射ァァァァァァァッッ!!!」
親指を下に振り抜くと同時に、四十の砲火がそれに続く。『
「続いて――送還せよ、『
水門が開き、大海は元あった場所へと還っていく。遥かなる深淵へと――ファラクを大渦に巻き込んで。
なんてこたぁない、呼べるのなら引っ込められるのも道理って話だ。
「おめぇが出てくンのにはまだ早いんだよ!大人しく、元いた場所に帰りやがれってんだ……!」
既に大渦の中央は、ファラクの尾を捕らえた。少しずつだが確実に、その巨体は「呑まれ」ているが、当然無抵抗で退散してくれはしない。砲撃が続く中、ファラクは大きく頭を振りかぶり、地面に叩きつける――いや、喰らいついた!
「アイツ、まさか……この大地ごと『
恐らく、それは可能なのだろう。何せ奴の胃袋は「底なし」なのだから。だが、ワシは焦らない。焦らず、「その時」を待ち続ける。バーサーカーが指定したタイミングは――
「ごあおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ――!」
「■■■■ルヴァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア――ッ!?」
大地を突き破り――大暴れするユルルングルの体躯が、ファラクの下顎を思い切り殴り上げた。
ルーラーからもらった通信機の向こうで、バーサーカーが「ウィツィロポチトリを煽り終えた」――その瞬間に!
「今だ!行けェェェェェェェェェ――ッ!!!」
過たず、エアリアル・ドライブの集中砲火をファラクの頭部に叩き込む。その口を全力で塞ぎ、そして……!
「――我、天の名の下に命ず!奈落の火よ、現世に留まる理を持たざる者よ!門の彼方へ……深き秩序の淵へ、疾く還り給え――ッ!!」
退散の呪文による最後の一押しが、ファラクを渦の底に沈める。そのまま、大海と大蛇は遥か遠くへと流れ去っていった。
……詠唱はバーサーカーの発案だが、色々と面倒になりかねない「神の名の下に」ではなく、どの宗派でも分かりやすく「上位」を示す「天」を使うあたりが無駄に細かい。
「ともかく、ファラクの脅威は――うおッ、なんだありゃ!?」
恐らく来るだろうキャスターの強襲に備え、防御の陣形を整えようとした途端、視界の端に激しい光が迸る。振り返ると、大きな水飛沫をあげて暴れまわるユルルングルの巨躯をぶち抜いて、太陽のごとき炎が噴き出ていた。
「どうやら向こうは決着したっぽいな。ルーラーの奴、あんな切り札を隠していたとは……ン?」
視線を戻そうとして――強烈な違和感が脳裏によぎる。
……「大きな水飛沫をあげて?」
『
「なッ……何だ!?ユルルングルの真下に、川が広がっている……!?」
じっくり観察して、それに気づく。巨大な虹蛇が横たわる大地をくり抜いた水路にも似た、中規模の河川に。しかも、それに「流れ」が生じていることから、ワシが呼び出した海水が溜まったものでもない。
何をどう考えても、それはキャスターの魔術による産物だ。しかし、そんなことをする意図が全く分からないッ……!!
「お前の手駒はもういないんだぞ!隠れてないでとっとと姿を現しやがれ、キャスター……!」
自身の周囲をエアリアル・ドライブ数十機で囲み、警戒しながらあたりを見渡す。……魔力反応、いまだなし。額に流れた汗を手の甲で拭い取った、その時――念話が来た。
(こちらバーサーカー!セイバー、お前まだ体は無事だな!?)
(どういう意味だそりゃ!?まだキャスターは姿を現してねえが、なぜか川が下に出てきて困惑してるところだよ!)
(そうか、それならいい。だが、猶予はほぼないな……実はさっき倒したウィツィロポチトリから、キャスターの未だ使っていない術について情報を得たんだよ。その中に一つ、とんでもないものがあった。――セイバー、お前『イアキュルス』と『ボイウナ』という名前に心当たりは?)
予習した記憶を探るが……イアキュルスは確か、叙事詩『ファルサリア』に記述のある「翼を持つ巨大な蛇」だ。その名前は「槍」を意味し、高い木に登って身を潜め、獲物が通りかかると背中から首に噛み付き、息の根を止めるという。
(オーケー、正解だ。この『
(ボイウナの術だ、ってか。で、ボイウナは……確かアマゾン川流域に伝わる蛇の女神だったか?悪い、それ以上覚えてねェ)
(……確かに『本来なら』、お前には関係ないことだからな。重要じゃないと思って記憶のリソースを割かなかったとしてもおかしくはないか。いいか、心して聞けよ?)
バーサーカーの声色には、謎の焦りがあった。「相手を即死させる」ような危険な能力ならば、見落としたり忘れるはずがない。ならば、なぜ?
(女神ボイウナの能力、それは――「その光る目で睨まれた人間の女性は、妊娠してしまう」というものだ)
(………………なん、……だと?)
瞬間、思考が完全にフリーズした――が、同時に「予習」時の記憶が蘇る。
「自分は雄だし、人間じゃない」。「そもそもサーヴァントは妊娠しないだろ」「マスターたちにも関係はないな」……当然と言えば当然の判断をした、そんな記憶が。
(だ、だが今のワシの「人間体」は……『
(ボイウナはアマゾン流域で最も強力で、川や湖を支配すると信じられてきた女神だ。その光る目は人を魅了し、性行為を伴わずに女性を身ごもらせる……そんな圧倒的霊力を持った存在なんだよ。そしてその伝承をもとにした術が、奴のリストにあった。発動条件は――自身と目標が、河川のそばにいること)
……アウト、だ。現在、ワシはユルルングルのちょうど真上――即ち川の真上を飛行している。
(奴の術が行うのは、光を触媒にした「竜の因子と相手女性の生殖細胞による、“疑似的な胎”の構築」だ。相手がエーテル体だろうと関係なく、霊的構造体を孕むことになる!)
な、何かもう怖すぎる……!一体ワシから何が生まれてくるんだよ!?あと仮に「解呪」したらお腹の子はどこに行くんだ!?
(そこは気にしても仕方ないからスルーしろ!それより問題は戦闘だ。妊婦になれば体重の急激な増加、体調の変化、精神的負荷といった足枷が一気に掛かる!一般論として、それに耐えつつ戦うのはだいぶ厳しいぞ……!)
――現在の、ワシの「人間体」の小ささを想像する。で、それが……こう……
(……マジでマジのアウトだろッ!!色んな意味でッッッ!!!)
(分かったならよろしい!何がとは言わんが本当にマズいから絶対にレジストしろよお前!?)
◇
さて、割と本気の危機が迫っている。バーサーカーはあえて具体的に言わなかったが、「妊娠による体の不調」よりも本質的な問題がもう一つあるのだ。
今のワシの肉体は、「自分のものであって自分のものではない」。元はと言えば、キャスターの「予測」を上回るため。続いて、ルーラーを守るため、姐さんの姿を「借り受けた」ものだ。
――コアトリクエの神話を、思い出す。彼女はコアテペック山で「羽毛の珠」を拾うことで偉大なる神、ウィツィロポチトリを身籠った。そんな神秘的受胎を、彼女の子らは「親殺しを敢行するほどの恥」――即ち不貞と判断した。実際のところどうだったとしても、他者からはそうとしか見えないからだ。
別段、それは「アステカ神話特有の価値観」ではない。
ヨーロッパにおいても、「夢魔の父親によって修道女でありながら妊娠し、不貞を告発されたマーリンの母親」、「黄金の雨となったゼウスと交わり、ペルセウスを妊娠したことで海に流されたダナエー」、「純潔が義務の巫女であったが、マルスによってロムルス・レムスを受胎し、投獄されたレア・シルウィア」と、有名な例は少なくない。
何より「結婚前にイエスを身籠った聖母マリア」も、ナザレのヨセフからすれば「不義の女」と見られてもおかしくなく、「申命記」に基づく石打ちの刑に処す権利があったのだという。
ともかく――不貞による妊娠「だと思われる」ことに対しては、非常に重い社会的制裁が下ることになる。DNA鑑定でもしなければ、真実など示しようがない。一方で、妊娠の事実そのものは体を見れば一目瞭然なのにだ。
故にこそ、「純潔」「貞淑」「清廉」は「善」とされ、信仰を帯び、力となる。
――その上で、今のワシが「ボイウナの術」を受けることは……「聖女マルタ」の名誉を、信仰を穢すことと同義だ。何せ、相手は異教の蛇の女神。キリスト教では「悪魔」と見なすような存在である以上、マリア様のようにはいかないだろう。
そうなれば、ワシにどんな「神罰」が下るか分かったものじゃない。魔術的に、ワシの力が大幅に削減されても文句は言えない。
そして、何より――今度こそ、ワシは二度と姐さんに顔向けできねえッ……!!