◆
2020.04.06 ■■:■■ UTC / 嵐の中 視点:アルヴェイル
いつの間にか、俺は猛吹雪の中を歩いていた。
それ以外、周りには何もない。誰もいない。
いつものように、吹雪を凌ぐため協力する群れも、味方も――敵すらもいない。
いつからここに、どうしてここにいるのかも分からない。だが、
「……何だ、あれ」
激しく吹き荒れる嵐の最中。
なぜかその隙間から、少しだけ「その光景」が見えた。
「あれは、もしかして……ルーラーなのか?それに……」
声は聞こえず、見えたのは数秒の景色だけ。だけど、なぜか俺は確信していた。
ユキネも、ルーラーも……「死んだ」ことを。
「……ッ、」
誰も彼もが、死んでいく。もう二度と出会えない。その声を聞くことができない。
それぞれが「願い」のため、命を散らしていったために。
「そこまでして……叶えたいことなのか?」
それは、俺の「願い」も――そんなように、思ってしまう。少し前まで、レゼフィルの命を奪ったダルグレインへの怒りに燃えていたはずなのに。その「熱」すらも、この吹雪は奪っていくようだった。
ふと脳裏によぎったのは、バーサーカーの言葉。
『実に俺好みの願いだ。相棒……もとい、ネゼミアやライダー達のも悪くなかったが、お前のそれは素晴らしい。どこまでも純粋で――皮肉なほどに、どこまでも愚かだ』
……彼の言葉に、間違いはないと思う。
自分の頭が良くないことなんて、よく分かっている。
どれだけランサーの「学校」で学んでも、俺は……俺が知る俺以上には、なれなかった。
セイバーなら。ランサーやパラニール、アーチャーにレゼフィルなら。
アサシンに、ユキネなら。
話したことはなかったけど、ライダーやシェリト、それにネゼミアなら。
そして、キャスターとダルグレインならば。
頭がいい彼らならばきっと、命を懸けるだけの意味がある、立派な願いを掲げていたのだろう。
ただ、俺は――「独り」が嫌だった。そして。
「――“彼ら”に、もう一度会いたかった。それだけだったんだ」
かつて、俺に「アルヴェイル」という名前をくれた人間たち。
それが、ほんの少しだとしても。温かな記憶と、思い出をくれた――人間たちに。
その「熱」があったから、俺は生きていられた。極寒の嵐の中で、凍りつかずにいられた。
……『名前とは、“個”を見分け、定義する上で最も単純、かつ効果的な手段』。ナーガの教師はそう言っていた。
結局、俺に難しいことはてんでわからない。
それでもあの時にこそ、きっと俺は――大勢いる群れの中で、「アルヴェイルという俺」になれた。
もしかしたら、こんなことは。その人間たちにとってすら「大したことではない」のかもしれない。
「でも……教わったんだ。何かをしてもらったら、“ありがとう”を言うんだって」
多分バーサーカーは、こんなものは願いとは呼べないから……「愚か」だと言ったのだろう。
でも、俺には「これしかなかった」。これ以上は思いつかなかった。
こんなちっぽけなことが、俺のすべてだった。
だから、俺は。
「――そっか。じゃあ、まだ終われないね」
不意に聞こえた知らない声に、顔を上げる。
吹雪を遮って、立っていたのは――金色の長い毛を揺らす、とても人に似た生物だった。
人間の顔のことは、俺にはよく分からない。
けれど、その声が。その「在り方」が――綺麗だった。
生まれつきそうだったのではなく……たくさん削れて、たくさん傷ついて、それでも「壊れなかった」、澄み渡るような美しい声。
なぜか、そんなように思えた。
「ま、参ったなぁ……そこまで真っ直ぐにそう思われるのは、ちょっと想定してなかったかも」
「……??」
彼女は少しだけ顔を逸らして呟いた後、小さく咳払いをしてから口を開いた。
「――アルヴェイル。私がここに来たのは、貴方を“助ける”ためではありません。貴方の意思を、確かめに来たのです」
その手には、金色の毛よりもさらに眩しく輝く「光」があった。猛吹雪の中でも、決して暖かさを失わない煌めきが。
「これは、貴方の友が託したものです。貴方が、ダルグレインに“勝つ”ために」
光は輝く「剣」となって、目の前の地面に突き刺さる。
でもなぜかそれは、すぐそこにあるのに……「とても遠いもの」に思えた。
「しかし――“何も考えず、無垢であるだけの者”に渡すことはできません。どう言い繕おうとも、これは“誰かを殺すための道具”なのですから」
緑の瞳が、まっすぐ俺を見る。俺の考えることを、すべて見通すような目が。
「もちろん、武器という文化の外で生きてきた貴方には、酷な質問だと分かっています」
一拍置いて、彼女は静かに告げた。
「だからこそ、答えて。貴方が――この剣を振るう意味を」
◇
セイバーに、もう戦う力はない。感覚でしか分からないが、俺を「庇った」からだ。
だから「勝つ」には、俺が戦うしかない。
……俺はさっきまで、ずっとダルグレインが「憎かった」。
あいつは、レゼフィルを殺した。それを許せなかったから。
「だから、貴方は戦うの? だから、ダルグレインを殺したいの?」
そうかもしれないと思いかけ――頭を横に振る。
……本当に、そうか?
それ以上に、ダルグレインと戦わなければいけない理由が、あったはずじゃないのか。
「……違う。それだけじゃない。そうかもしれないけど、もっと大事なことがあったんだ」
喉から溢れる、言葉ならざる「鳴き声」。それでも彼女には、ちゃんと伝わっているらしかった。彼女は口を開き、言葉を返す。
「それは――ダルグレインたちの爆発が、貴方の“群れ”を奪ったから?」
……思わず、息が詰まる。確かに俺は、ユキネからそう聞いていた。
魔術師の大規模な戦いで、「使い魔」としてダルグレインたちは戦わされた。俺が独りになったのは、そのせいなのだと。
「貴方の群れを、家族を奪ったのは、ダルグレインと言えなくもない。でも、本当に悪いのはその裏にいた人間たちだよね。それでも、貴方の願いは揺るがないの?」
その声は、吹雪よりも冷たく響いた。まるで、彼女の「これまで」を思い起こさせるように。
俺たちの大切なものを奪った人間たちに、それでも感謝を言うことができるのか――と。
「……っ」
頭の中で、いくつもの考えが渦を巻く。倒れそうになるほどの、頭の熱。
今までならば、何も考えられずに「止まってしまった」かもしれない。
でも、今はその熱が――冷え切った俺の体を、きっともう一度動かした。
「……貴女の言っていることは、確かに正しいのかもしれない」
震える声で、俺は答える。正面に立つ彼女は、何も言わない。
「でも、それは――全部が正しいわけじゃない。俺は、そう思いたいんだ……!」
俺の中から、言いたいことが溢れ出してくる。まるで、激しく流れる水のように。
「悪い人間だっていたのかもしれない。でも、だから人間みんながそうだってことにはならないだろう! 俺に名前をくれた人たちや、セイバーやレゼフィル、ユキネにパラニールが出会った、“善い”人たちだっていたんだ……!」
いや、きっとそれ以前の問題だ。
――良い人は、ずっといい人なのか。悪い人は、ずっと悪い人なのか。そうでなければならないのか。……いいや、誰もそんなことは決めていないはずだ。
「俺は、ダルグレインを完全な“悪い奴”とは言いたくない。だからって、まるっきり“善い奴”とも言い切れないが……俺は、あいつと一緒に学校で学んで、話して――
それはダルグレインからすれば、他の陣営の情報を集め、戦いを有利に進めるための作戦でしかなかったのかもしれない。
敵意がないことを表し、仲間として溶け込むための嘘でしかなかったのかもしれない。
――でも。あいつから教えてもらったことも、俺の中には同等にあるんだ。
他のみんなと同じくらい、あいつがいたからこそ……今の俺がいるんだ。
「実際、あいつがどう思っているかは分からない。でも、俺は……あの思い出を、嘘にしたくない。俺がかつて“彼ら”から受け取った熱と、同じように……!」
そうだ。だからこそ、俺は「知りたかった」んだ。
あいつが、何を思ったのかを。
「知ったとして、傷つくだけかもしれない。でも、俺は――前に進みたいんだ。あいつと真っすぐに向き合って、その上で!越えなければならないんだ……!!」
そう、叫んだとき――気がつくと、翼が「剣」に触れていた。無意識のうちに、前に踏み出していた。
『
「うわっ、何だ……!?」
吹雪の中、静かに響く誰かの声。そのたびに、「剣」の輝きは更に強さを増していく……!
「答えは見つかったようですね。どうか貴方の歩む道行きに、春の兆しがありますように」
眩しい光が「嵐」を吹き飛ばし、視界が白く染まる瞬間。
微笑みと共に、彼女は告げた。
「是は、世界を救う戦いである。――アルトリア・アヴァロン」
◆
2020.04.06 11:44 UTC / 南極・エレバス山中腹 天文台の廃墟前
固有結界が崩れ切る数秒前、ダルグレインは無数の考えを巡らせていた。
(ユキネの死体が消えたのは不可解だが……固有結界が解除され始めている以上、殺せたのは確かだ。問題はどこに出てくるかだが、そう遠くはねェ筈)
(「外」の様子は読めないが、膨大な魔力の動きから恐らくキャスターは「アルビオン」の奥義を発動させた。つまり、セイバーとルーラーの死は確定している)
(だが、バーサーカーだけは生きている可能性が高い。そして、アルヴェイルの令呪はまだ一画残っている。……つまり、再契約で復帰されるリスクは消えてねえ)
(アルヴェイルが逃げられる距離なんざ、たかが知れている。あの廃墟のどこに逃げようと、オレがどこに出ようと――バーサーカーと合流される前に、絶対に見つけ出して)
目の前の闇が晴れたその瞬間、
「……は、?」
すべての思考が、塵のように吹き飛ばされた。
――吹雪の天文台。目の前に立つ、「剣士」がひとり。
本来、その「翼」で剣は握れない。
故に、彼は。
(……この吹雪なら、流れ出た血はあっという間に凍り付く。かつて俺が、自分の身で知ったことだ)
アルヴェイルは、自らの腹部の傷に触れる。
溢れた血を翼へ絡め、そのまま剣の柄へ重ねる。
猛吹雪は流血を瞬く間に凍てつかせ、両翼と剣とを、無理やり一つに縫い固めた。
更に言えば、本来ペンギンの翼は「大上段」には上げられない。だが、
「く、うぅゥああああッ……!」
装着された「エアリアル・ドライブ」のジェット噴射が、それを無理矢理可能としていた。骨の折れる痛みも、何も厭わずに……!
――過去の聖杯戦争において、ある剣士と相対した槍兵は言った。
『時空を超えて“英霊の座”にまで招かれた者ならば、その黄金の宝剣を見違えはせぬ』と。
それこそは、もっとも名高き「聖剣」にして、祈りの結晶。
いかなる闇でも決してかき消せぬ、
鳥類の翼に、人の武器はあまりにも重い。それはまさに、歴史の重みだ。
だがそれでも、アルヴェイルは不格好に剣を構える。
……その姿を、笑える者は誰もいなかった。
「何の……何のつもりだ、テメェ……ッ!!」
故にこそ、ダルグレインは激昂する。
光の中に立つ影の形は――どうしようもなく、人間のそれそのものだった。
◆
2020.04.06 11:45 UTC / 南極 爆心地
「馬鹿な――馬鹿な。そんな馬鹿なことが、あってたまるかッ……!!」
時を同じくして、キャスターもまた激昂を重ねる。
『
それでもなお、泥中に生き延びていた宿敵を目の前にして「さらにその上で」、あってはならないモノを見てしまったがゆえに。
「ハッ……そうだろう、よ! あれこそは、ヒトの祈りの結晶……テメェが何としても消したかった仇敵! テメェにとっちゃ、世界の歪み……そのものだもんなぁ……!!」
「竜体」を失い、ほんの僅かな力のみを宿した「人間体」でありながら、セイバーは痛快に笑う。
「何故だ……!? 何故此方のマスターが、英霊や魔術師どころか! ヒトですらないマスターが!! 何故あの宝具を手にしている!? どんな反則行為を行った……!?」
空気すら沸き立つ竜の怒りに対し、少女は一切臆さずに吼えた。
「反則行為だぁ!? テメェが言えた義理かよ……地の底から“赤き竜”を呼び覚ましたのは! テメェ自身なんだぜ、キャスター! 忘れたとは言わせねえ……かの“騎士王”が、何の化身と呼ばれたかをッ!!」
「……ッ!」
「その上で言ってやる! ありゃあ、ワシのマスターが起こした――正真正銘の! “奇跡”ってヤツよ!!」
無論、セイバーの言は正しくない。
それは種も仕掛けも存在する、理論で説明できる事柄。
第六の異聞帯において、楽園の妖精が「聖剣作成」のため、その時代の人類の在り方を集積する「巡礼」を果たしたかのように――ユキネが「記憶の旅路」において、無自覚のうちに集積を行ったこと。
数万の想念を取り込み、一体となった大蛇が創り出した「神剣」の欠片をユキネが取り込み、共に「聖剣鋳造」に適する素材へと成ったこと。
セイバーの奮闘がルーラーの心を動かした結果、彼女が戦場に現れたこと。
パラニールとユキネがダルグレインを足止めする時間を稼ぎきった結果、「ユキネが命を落とす」タイミングが『
アサシンが講じた「スサノオ召喚の仕込み」が、キャスターが「第六異聞帯の霊墓アルビオンを再現した」ために「千子村正の灰」が依り代となり、偶然成立したということ。
あのスサノオが、ユキネとルーラーの想いを汲んで「聖剣を創りあげた」こと。
種を明かせば、そういった――彼が信じる「神」ではなく、多くの意志が繋ぎ紡いだ「結果」に過ぎない。
おそらくそういう「何か」があっただろうことを、当人も察している。
(だが、きっとそのすべてが繋がる確率はあまりにも低かった。キャスターも、「そんな事態を想定するわけがなかった」! だからこそ、そのすべての因果を繋ぎ止めたことが! マスターの起こした「奇跡」なんだッ!!)
セイバーの剣幕に、キャスターは気圧されかける。だが、
「……我が使命は、依然変わらず! 此の身に依りて起動せよ――『
『
(ゲルマンの蛇竜伝承において、リンドヴルムとは『空を翔ける火竜』であり『流星の如き光条』! ならば此の身そのものを、流星と定義すれば……消費は最低限に抑えられるッ!)
そして発動する――宝具の名を冠した、「限りなく突進に近い、単なる落下」。
しかし、今のセイバーであれば「単なる質量攻撃」で圧殺できる。そうして、サーヴァント由来の純粋な魔力を喰らえば回復できる。
その後『
「――皮算用は済んだかよ?」
「な、っ……!?」
落下しながら、キャスターは見た。
己に向け、高く掲げられた――巨大な切先と、それを構える巨竜を。
(タラスクの魔力が……回復している!? 令呪によるものか? だとしても、何故この瞬間まで気付けなかった……ッ!?)
感情の高ぶりは、キャスターに重大な二点を見逃させていた。
一つ目は、『
二つ目は――セイバーが、先刻までルーラーという「泥」の中に守られていたこと。
即ち、『
(そりゃ、ワシも完全に忘れてたさ。ルーラーの「生命の泥」に沈んだ者は
結果得たのは、アサシンのクラススキル【気配遮断:D】。
攻撃態勢に移れば解ける程度の、儚い隠密。
しかも、セイバーには剣を「構える」力しか残っていない。
だが、それさえあれば十分だった。
(……「後の先」だ。ワシはただ、落下の終着点に刃を置けばいい! 速度は既に、事足りているッ!!)
天に向けて秘された刃が、重力に引かれた竜を貫くには――!!
〇
刺突の刹那。
セイバーの脳裏によぎったのは、自身が召喚される直前の記憶。
英霊の座において、背後からかけられた女性の声。
(は? アンタ、ライダーじゃなくてセイバークラスで喚ばれるの!? ちょっと、得物はどうすんのよ!)
(現地調達ぅ? そんなみっともない真似、主が許しても私が許しません。ちょうどいいわ、これを持っていきなさい)
そうして投げ渡されたのは、「杖」だった。
巨竜は困惑し、畏敬に震え上がる。かつて「神の子」が聖女に授けた、聖遺物にも等しい代物に。
(あの人は、この杖を大事に飾るために授けたんじゃありません。誰かを守るため、救うためであれば、竜が使おうと文句なんて仰らないわ。ほら、さっさと行った! アンタのマスターが待ってるでしょうが!)
かくして、竜は現世へと蹴り出された。
杖を巨剣へと変え、正体と関連する記憶すべてを覆い隠して。
◇
(――ほんと、敵わねぇな。姐さんには)
そして記憶と共に、真なる光は蘇る。
かつてキャスターが塞いだ、アサシンの宝具による傷口を喰い破りながら。
無限の魔力で抑え込んだ致命的損傷を、一気に押し広げながら――!
「ご、ば……ッ!おのれッ――この……畜生めがぁぁぁああああッ――!!」
絶叫と呪詛の断末魔を、剣士は正面から受け止め、
「吠えてな、シャバ僧……! “雀一羽すら見捨てぬ”御方の前で! この剣に、恥じる忠義などあるものかよ!!」
そのすべてを、全霊で突き返した――!
「ブチ抜けェェェェェッ!! 『
◆
2020.04.06 11:44 UTC / 南極・エレバス山中腹 天文台の廃墟前
ダルグレインの眼前に広がる、闇を煌々と照らす光。
それは即ち、圧倒的な「力」だった。狼の再生魔術など、簡単に上回るほどの。
(……舐めるなよ、アルヴェイル。どうやってそれを手に入れたのかは、この際どうでもいい。確かにそれほどの火力なら、オレを殺しうるだろうが――結局のところ、当たらなけりゃあ意味はねェんだ)
先ほどユキネの血肉を口にしたためか、ダルグレインの体は暴力的なまでの魔力に満ちていた。
失われたはずの左前足すら、いつの間にか再生されつつある。まるで、神の子の血を受けて視力を取り戻した、聖ロンギヌスのように。
(一瞬ビビったが、所詮テメェは鳥類。騎士の王じゃあねぇ……地上でペンギンが剣を振る速度なんざ、たかが知れている! この距離なら、まだオレの方が速いッ!!)
それでも、剣の軌道までは完全に予測できるわけではない。
「少しかすった」だけで消し飛ぶ威力である以上、許されるのは「完璧」な回避のみ。
(剣が振られる直前に、一気に奴の真後ろまで駆け抜ける! そして、一撃で頭部を噛み千切る――それしかねェッ!!)
◇
アルヴェイルは、聖剣に光が満ちるまでの数秒間――剣を支えるために、全力で礼装に魔力を注いでいた。
アムリタのレプリカを取り込んだ彼でも、竜の炉心もなしに星の聖剣を撃ち放つなど、本来は不可能。
だが、今。
その黒い背中を、無数の祈りが押していた。
それらすべてが、ただ一度の斬撃を可能としていた。
(……俺には聞こえる、皆の想いが。皆の声が、この体を通じて)
渦を巻く数多の想念は、きっと綺麗なものばかりではない。
死にたくない。終わりたくない。失いたくない。
そういう、怨念に近いものも混じっていたのかもしれない。――しかし。
(つまり、俺は……独りじゃない。それほどに心強いことが、他にあるか!!)
土壇場で、完全に緊張を振り払い――剣士は、最後の勝負に打って出た。
◇
聖剣の膨大な魔力に呼応したのか、廃墟の端々から死んだはずの光が明滅する。
入口脇の誘導灯が瞬き、割れたコンソールから大きな火花が弾けたのを合図に、両者は動いた。
――だが、足元の雪が小さく跳ねた瞬間。
「……っ!?」
「な、何だァッ!?」
突如、強い横揺れが山体を震わせた。
粉雪が舞い上がり、雪面に罅が走る。
それは先刻、南極に降り注いだ『
その衝撃により、遅れて届いた地震波と氷震だった。
両者ともに体勢を崩すが――先に復帰したのは、ダルグレイン。
(思い出したぜ……このエレバス山は活火山! 術の衝撃で火口の溶岩湖が揺さぶられ、火山性地震を引き起こしたんだ!)
四本の足で、獣は強く雪を踏みしめる。獰猛に牙を剥きながら。
「アルヴェイル、テメェは“星の聖剣”を手にしたらしいが……この星は、テメェだけの味方じゃねぇッてこったァッ!」
「くっ……!」
ただでさえ歩行を苦手とし、慣れない剣まで携えたアルヴェイルは――未だ、その体勢を崩したまま。
(貰ったぜ……! 奴は今、剣を無理に振ることすら間に合わねぇッ!!)
勝利を確信した遠吠えが、山中に響く。もはや、彼を遮る者は
【
「――? なん、!?」
その足が、完全に動きを止める。
ダルグレインの視線に映ったのは、同じように驚愕に目を見張るアルヴェイル。彼の足もまた、完全に動作を静止していた。
(――じゃあ、誰が何をやった!? 『
「そりゃあ、“外部”でも“他者”でもないものね。当然でしょ?」
くぐもったような「声」は、心胆まで凍りついた狼の「内部」から響いた。
既に、この場にあるはずのない声が。
「その、声――なんで、レゼフィル……!?」
アルヴェイルには、この状況を理解できるはずもなかった。
「草薙の欠片」を取り込み、「神の子」となったユキネの血肉を喰らったことで、ダルグレインの再生能力は異常活性化していた。
そのために、彼に喰われたヨウムの頭部が――体内で一体化し、再生を遂げたなどと。
ゆえに、彼女は叫ぶ。
「構わないでッ! アンタは、アンタのために――前に、進みなさいッ!!」
言えなかった、別れの言葉も。
伝えたかった「声」も、共有したかった「音」も。その全部を、飲み込んで。
そして、狼は。
「く……ゥッ――あああアアアアアア――ッッ!!」
文字通り、進退窮まり――どうしようもなく、叫ぶ。
走らず地を這うことも、理屈の上では可能だったかもしれない。だが、それでは間に合うはずもない。
なぜなら、既に――刃は再び高く、振り上げられていた。
『束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流――受けるがいい!』
破壊された天文台の入り口。かつて人理修復を志した者たちの、最初の一歩。
誤作動した「テスト用シミュレーター」に遺された音声が、呼応するように詠う。
「『
言葉を発せぬ剣士に代わり、騎士の王は示す。最強の、聖剣の名を――!!
「――
共に戦う者は勇者でなくてはならない——承認
この戦いが誉れ高き戦いであること——承認
是は、生きるための戦いである ——承認
是は、己より強大な者との戦いである ——承認
是は、一対一の戦いである ——承認
是は、人道に背かぬ戦いである ——承認
是は、真実のための戦いである——承認
是は、精霊との戦いではない ——承認
是は、理想を示す戦いである——承認
是は、世界を救う戦いである ——承認