◆
2020.04.06 11:45 UTC / 南極 爆心地 視点:セイバー
山中から立ち上る、巨大な光の帯。言うまでもなくそれは、決着の合図だった。
「ついにやったんスね、マスター……あー、もう無理だ」
もはや立つ気力すらなく、情けなく荒野の上に倒れ伏す。
そして、同じ高さで視線がかち合った。
――全身が粉々に砕け、頭部だけがわずかに残ったキャスターの目。
その「残滓」も、少しずつ消えつつある。
「そういやお前さん、“リンドヴルム”の名とガワを借りて世界の裏側から召喚されたって聞いたぞ。死んだら……どうなるんだよ?」
「……此の身は生者にして、無名のものにして、世界に刻まれし英霊にあらず。死すれば……ただ、死すのみ。“復活”も、“次”も……ありはしない」
灰になりながらも、「竜の原型」は無感情に答える。さっきまでの激情が、まるで嘘のように。
「……なーんか意外だな、おい。お前なら、『愚かな人間どもがいる限り此の身は何度でも蘇る』とか、『いずれ第二第三の此の身が現れるだろう』とか言うと思ったがな」
気が抜けたせいか、妙に口も回る。漏れ出たのは、どこぞの悪魔めいた軽口。
「…………」
黙るなや、おい。互いに時間がねえってのに。
「……未来に希望を託し祈るなど、それこそあり得ない話だ。此の身も、マスターも……その理念のもとで戦ってきた。正直に言えば、無念ではあるが……だとしても、死んで終わるだけだ。本来……命とは、そういうものだろう」
「……はー、そうかよ。最後までお前は変わらねェな」
そう言いつつ、自分の発言に何か引っかかる。
(いや、まさかな……だが)
我ながらどうかと思いつつも、一つの考察が出来上がった。
キャスターが目指した、「ヒトの祈りを排した、竜が生物として成立する世界」。
それが奴の、「使命」と「責務」だったのだろう。
だが実は、少しはキャスターなりの――「私欲」もあったとしたら?
「お前、もしかして……“自分”が欲しかったんじゃねえのか?」
思ったまま、言葉が転げ落ちる。返事はないが、口は止まらなかった。
「他者のガワと名を借りなければ表に出てこられない、あやふやな“竜の原型”でも――『竜が当然である世界』ならば、生物として“実存する”ことができるはず……」
そう簡単には、ヒトも竜も「変われない」。
だが、「世界そのもの」が変わったならば?
「そうなれば、お前も“自分の姿”や、名前を手に入れて……“自分が何者だったのか”、知ることができるから……なんじゃ、ねえか?」
――数秒の沈黙が流れ、そして。
「……誰が、此方などに言うか――馬鹿め」
意地悪く笑ったような悪態を残し、灰は風に消えていった。
◆
2020.04.06 11:50 UTC / 南極・エレバス山中腹 視点:アルヴェイル
「――いや全く、素晴らしいものを見せてもらった。おめでとう、アルヴェイル」
パチパチと鳴る拍手の音と、朗らかな声で意識を取り戻す。
目の前には、怖いほどに笑顔のバーサーカーがいた。
……頭を振って、今の状況を思い出す。どうやら俺は気絶したまま、地面に刺した剣にもたれかかっていたらしい。
「魔力の使いすぎだな。むしろ、あれだけやって気絶で済んでよかったと言うべきか?」
そう言うと、バーサーカーは指先に小さな火を燃やし、それをこちらに向けて飛ばした。
「わっちちッ……おおっ」
炎が氷を溶かし、翼は剣から離れた。そのまま、雪の上にへたり込む。……あれ?
「バーサーカーが、俺に攻撃できたってことは……」
「クク、大正解だ。『
高ぶった熱を冷ますように、今度は「本物」の吹雪が吹き付ける。
バーサーカーの背後に広がる、凄まじい破壊の跡。建物どころか、背後の山すらも消し飛んだ光景。
俺とバーサーカー以外の「声」は、どこにも聞こえない。
そのすべてが、「俺が何をしたのか」を――鮮烈に、物語っていた。
「……そうか。そうなんだな」
「そうだとも。では――」
バーサーカーが指を鳴らすと、何もないところからセイバーが現れて……落ちた。グエッという小さな悲鳴。
「ンだ、一体――やっぱお前かよ。だろうと思ったぜ……」
どうにか顔を上げたセイバーに、バーサーカーは相変わらずの笑顔で続けた。
「聖杯戦争の勝利者に、相棒との別れのシーンもなしというのはいただけないだろう?何より――大聖杯を起動し、願いを叶えたいというのならば!儀式のルールに則り、最後の敵を倒さねばなぁ!!」
そう言って、バーサーカーは大きく腕を広げたかと思うと、
「さあ来いアルヴェイル!ちなみに俺はその剣で一回斬られただけで死ぬぞォォ――!!」
「な、何だって――!?」
思わず剣を掴もうとするが……ダメだ、全く動かない。地面にくっついているかのようだ。
「……まあ、でしょうな。今のマスターの魔力じゃ、その礼装は動きませんぜ」
大きなため息をつき、セイバーが口を開く。
「魔力ってのは命と同じで、空っぽまで使い切ったら死にかねない。だから、その前に止まるようにしてあるんスよ。マスターが無理して動かせねえように、安全装置を噛ませて」
「妥当だな。いまだ魔術のマすらも知らない者が、そういう加減をできるわけがない。さて、そうなると……どうすればいいか、分かるよな?」
バーサーカーは、俺とセイバーを交互に見た後――口を開こうとするセイバーを、止めた。
まるで、セイバーではなく「俺が答えを言うこと」こそが大事であるように。
そして、その動作こそがバーサーカーなりのヒントだったのだろう。
「……そういう、ことか」
「ほう、分かったかね?では答えてみたまえ、アルヴェイル君」
多分、「意地が悪い」とはまさにこういうことだ。セイバーがバーサーカーに向ける気持ちが、ようやく分かってきた。
「……セイバー・タラスク」
「何でしょう、マスター」
こちらを見据える、傷だらけの顔と大きな瞳。
文句の一つも言わず、過酷な戦いにずっと耐え抜いてくれた彼に対し、俺は。
「――お前の魔力を、全部くれ。もう一度だけ、この剣を振るうために」
顔はこわばり、「声」は震えていた。
「別れ」への恐怖へと、自ら飛び込むことに。なのに――
「了解しやした、マスター。……いいんですよ、マスター。“それ”で、いいんです」
小さく笑って、巨竜は俺の命令を受け入れる。令呪による強制もなしに。
「戦法として『勝つなら何でもやる、無慈悲なことも冷徹に行う』ってのが、有効なのは否定しません。しかし、たとえ“それを知らなかった”だけだとしても――」
セイバーは、どこか誇らしげに目を細めた。
「それでも、誰かを踏みつけるんじゃなく、向き合って前に進もうとする。そんな『光差す道を選ぼうとする』マスターと共に歩めたことを、ワシは光栄に思います」
その声を最後に、巨竜の姿がほどけていく。
それらは色のついた風となって、俺が持つ礼装へと流れ込んでいった。
「クク……実際のところ、セイバーの体にも限界が来ていたからな。その早めの決断、実は大正解だぜ」
少し笑みを抑えた、名残惜しそうな顔でバーサーカーは言う。
「さらに言えば、さっきまでアーチャーが吹き飛ばした大聖杯の様子を見に行ったんだが、それでいろんなことが分かってな。ライダーが大聖杯を“使って”しまったせいで、中身が少し減っていたんだよ……キャスターの魂は英霊カウントされない可能性があるせいで、七騎分に届きませんでしたとか洒落にならん。結局、セイバーも含めて計八騎分捧げる必要があったんだよな」
(ひっでぇ、何だその隠しトラップみてぇなの!?)
――急に、礼装からセイバーの声が響く。あれ、消えたのでは?
「忘れたか?その礼装をアルヴェイル用に改造したのは俺なんだぜ。『もしもセイバーが先に脱落した時』用に、こっそり仕込んでいた機能さ」
バーサーカーが、礼装をポンポン叩きながら言う。
(霊体化してる時の感覚に近いッスね……まあ、マスターをあの悪魔とタイマンさせるよりはよっぽどいいが)
「信用ねぇなぁ……ともかく!改めて、これから行うことについて説明するぞ」
その途端、虚空から何かが現れる。――「会議室」にあった、ホワイトボードだ。
「前提として、このままでは大聖杯でアルヴェイルの願いを叶えることはできない」
「えええええっ!?」
描かれた器の絵に、バーサーカーはバツ印を描き入れる。ど、どういうことなんだ?
「いやー、アルヴェイルは毎回ちゃんとリアクションしてくれて素晴らしいよ。話にも身が入るねぇ」
(こンの悪魔、最後の最後まで……)
礼装からの悪態もサラッと受け流し、話は続けられる。どうやら、キャスターは大聖杯に何か細工をしたらしい。
「六騎以上のサーヴァントの魂が入っている時にだけ、『一切の指示を受け付けなくなる』――そういう感じの、かなり強固な概念ロックだった。あれ、下手したらキャスター自身にも解けないんじゃないか?」
(……かー、なるほど。キャスターは『
その表情が想像できそうなくらい苦々しい声で、セイバーが礼装の中で言う。
「正解だ。通常の参加者とはゴールが違うからには、この手の嫌がらせは非常に有効と言える!……ライダーがそのロックを突破しかけたのは、たぶん想定外だったろうがな」
――恐るべし、ライダー。もういないのになんて存在感だ。
「じゃあどうするのか、という話だが――結論から言えば、やることに変わりはない」
バーサーカーが聖杯の隣に描き込んだのは、「蛇」と「剣を持ったペンギン」。それが何を意味するかは、さすがに俺でも分かる。
「まず、アルヴェイルが願いを宣言し、俺をエクスカリバーで斬る。その願いを保持したまま、俺が聖杯に呑まれることで、大聖杯をその通りに起動させてやる。この辺りは、別世界の聖杯戦争で『
「アンリ……?何だ、それ?」
「非常に特殊な英霊さ。『
(……「そういう性質の英霊」が、敗退して聖杯に取り込まれれば……あり得るのか?正直信じがたいが、今回の聖杯戦争という実例があるからな……)
そういえば、かつてランサーが戦いの前にそんなことを言っていたような気がする。穢れのない大聖杯がどうとか、と。
「サタンという俺もまた、世界の敵対者として“そうあれ”と望まれし悪魔。ならば俺は『それ以上の本物』を見せてやらないとなぁ!」
よく分からないが、とにかくすごい自信だ。
(……いや、それってお前が大聖杯を悪用し放題になるってことじゃねえの?)
冷ややかに、セイバーが疑問を投げかける。言われてみればそうだ。
「バッカお前、悪魔たる俺に叶えたい願いなんかあるわけないだろ。俺を動かすものは、いつだって他人の欲望だよ」
今更か?という呆れ顔で、バーサーカーは言い放つ。
「それ以上に、俺は人類の集合無意識――『アラヤの抑止力の化身』なんだぜ?ヒトの大半が“まだ続きたい”と望むなら、俺は余計なことをせずそちらに立つさ。『都合のいいバッドエンド』より、『都合のいいハッピーエンド』を望む奴の方が多いのは当然だろう。……これ以上、釈明が必要かね?」
(……いや、いい。これ以上疑ったところで、どうにかできるわけでもねェし)
「よろしい。さて、重要なのはここからだ。俺は以前、宝具『
紅い瞳が、真っ直ぐ俺に突き刺さる。
一切の笑みが消えた、炎のような視線が。
「『もう一度、あの人間たちに会いたい』……確かにその願いならば、結果的に人類を復活させることができるだろうさ。だが、それ以外に叶えたい願いは本当にないのか?」
「……それは」
「人類を元に戻したとして、南極をはじめ、地球はボロボロのままだ。それは直さなくていいのか?それに元に戻したところで、人類は同じ過ちを繰り返すだけじゃないのか?」
思わずたじろいだところへ――悪魔は、さらに踏み込んだ。
「そ、れ、に。……その願いで復活させられるのは、“人類だけ”ってことになるぜ?」
「……っ!!」
まるで、足元が歪んでいくような感覚。そして、
「レゼフィルやユキネたち、死んでいった友に。かつての群れに、会いたくはないのか?
何より、お前は――ダルグレインと、“向き合う”んじゃなかったのかい?今のところ、それは達成できたとは言えないぜ」
――悪魔との、「最後の戦い」が始まった。
◆
2020.04.06 11:55 UTC / 南極・エレバス山中腹
(……悪魔め。ワシが残されたのは、そういうことかよ)
礼装の中で、セイバーが静かに言う。
「理解が早くて助かる。さすがに俺も、アルヴェイルひとりに決断を迫るほどの外道じゃない。それに加えて」
バーサーカーが指を鳴らすと、アルヴェイルの周囲が歪み始める。
「寒かろうと思ってな、例の“会議室”を限定的に呼び出した。ここならば、時間の流れもゆっくりになっている」
現れたのは、コンクリート壁の中立地帯。
バーサーカーは扉を開き、別室へと去っていく。その姿が見えなくなる直前、彼は振り返り、
「先に言っておくが、『願いを二つにしてくれ』系はなしだ。あくまでも願いは一つ、一度きり――世界の運命が決まる瀬戸際だ。存分に話し合ってくれたまえ」
しっかりと釘を刺してから、扉の向こうへ消えていった。
◇
(さすがにそう都合よくはいかねェか……とはいえ、これは仕方ないっスわ。バーサーカーの意地悪ってわけじゃない)
「そうなのか……その手があったか!って思ったけど」
(割と古典的なヤツですけどね、この手の「願いを増やそう」ってインチキは)
ひとまず聖剣を床に置き、その隣でアルヴェイルたちは考え込む。ぼんやりと温かな光が、冷たい壁を照らしていた。
(本来、大聖杯は第三魔法に至るため、七騎分の霊基を燃やし尽くして、それでようやく一度きり、世界へ孔を穿つもの。……単純な話、分割したら火力が足りないってことです。一度きりだからこそ、世界を曲げるだけの「奇跡」たり得る)
「ううーん……」
(……正直、「妥協案」ならいくらか出せるんですわ。でも、それはマスターの望みじゃねぇはず。なので、ワシからは基本的に意見は言わんでおきます。アイデアへのコメントならしますので)
少し冷たいようだが、それはセイバーなりの気遣いだった。
――アルヴェイルは、他者の意見を自分よりも優れたものとして肯定しがちな傾向がある。
それは謙虚さと言えるかもしれないが、今は必要のないものだ。
(ワシの安易な口出しで、マスターの発想を濁らせたくはない……ワシとて、しこりが残るような結末にはしたくないが、何も思いつかんのだ……!!)
◇
「改めて、思ったけどさ。……『誰かを選ぶのは、誰かを選ばない』ことなんだな」
アルヴェイルが想起したのは、この「聖杯戦争」という儀式の縮図。
ランサーとの戦いの前に思い知らされた、「自分の願いを叶えることは、誰かの願いを叶えさせないことでもある」という事実。
そこから、ようやく辿り着いた理解。
(そうですね。だったら……それを踏まえた上で、どうします?)
セイバーに促され、アルヴェイルは少し考えてから口を開く。
「じゃあ……人間も、動物も、死んだみんなも、全部、元に戻す……とか?」
(一番分かりやすい案っスね。けど、それじゃまた同じ繰り返しだ。キャスターが手出しをしなくても、魔術師同士の争いと……それに起因する人類の消滅は起こったんスから)
「……そうだったな。バーサーカーは、確かにそう言ってた。いや、それよりも……」
アルヴェイルの表情が、暗く沈む。「とても嫌な想像をしてしまった」かのように。
「仮にだけどさ。もし『全部を元に』戻したら……今の“アルヴェイルという俺”は、どうなるんだ? 俺がこの戦いを通じて、学んだことや感じたことは……何もかも消えてしまうのか?」
――長い沈黙の中、アルヴェイルは察する。
セイバーの葛藤が、「答え」を残酷なほどに示していたことを。
その願いが、何の救いにもならないどころか――「今の自分」を殺す願いになりかねないことを。
「……ダメ、だ。それじゃ、ダメだ」
(……そうっスね。もうちょっと、違う案を考えてみやしょう)
◇
ペタペタと、ペンギンが床を歩き回る音だけが鳴る。
動いている方が何か思いつくかもしれないと始めたが、会議室を周回するのはこれで十周を超えてしまった。
時間の流れがおかしいためか、痛みや疲れ、空腹も感じない。だが、進展も同じように感じられなかった。
◇
「ぬーう……エクスカリバーはどう思う?」
(聖剣とはいえ話せるわけねぇでしょう……)
「そうかなあ。何かシールサーティーンがどうこう、って言ってた記憶があるんだが」
(……聖剣の機構か?システムメッセージの読み上げみてぇなもんかね)
『うーん、“他の人ならどう考えるか”を考えてみる、とか?』
「おお!それはありか、も……?」
『あっ』
◆
2020.04.06 ■■:■■ UTC / 会議室 視点:セイバー
極東には、「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあるという。実際、一人より二人、二人より三人のほうがいいってのは、基本的に事実だろう。
(だとしても、なあ……)
『じゃあ次。レゼフィルならどう考えると思う?』
「そうだなあ……レゼフィルの中で『一番』なのって、あいつの好きな人間だって前に聞いたんだよ。俺にはあまり参考にできない気がする」
『どれか一つ、一番を選べないから困っているんだもんね。よし、次は――』
当たり前のようにエクスカリバーが「三人目」になっている光景は、霊体化しているはずなのに頭痛を覚える代物だった。
(……妙に親しげなんだが、マスターとはどういう関係なんだ? 聖剣を手にする前に一体何があったンだ……?)
数分前、うっかり声を出してしまった聖剣はマスターの質問攻めに遭い、ついに開き直ったのか会議に参加し始めた。
どうやらワシらの聖杯戦争のことを「見ていた」らしく、参加者の情報もかなり把握している。
なぜなのかと問いただしたところ、「自分は超ざっくり言えばバーサーカーの同僚みたいなもので、彼を通じて星の内海から戦いを観測していた」「聖剣が鋳造されたことで、声だけは届けられるようになった」らしいが……
(より謎が深まっただけなんだが。アレの同僚って言葉を信じるなら、抑止力関係者なのか?)
ともかく、「敵じゃないなら構わない」というマスターの一声で会議は続くことに。
「ネゼミアは……誰よりも強くなりたかったって、いつかルーラーから聞いた記憶がある。上手く言えないが、これは参考にしちゃダメなやつだよなぁ」
『彼女は“求めるもの一つだけあればいい、それ以外は何もいらない”の典型だったからね』
「そうそう、そういう感じだ」
聖杯戦争参加者の考え方を参考にしてみようってことで、マスターが確認し終えたのはこれで五匹。
サーヴァントは精神構造が違い過ぎて参考にならないので、最後に残ったのは――
「あとはシェリトか。ライダーとは何度か戦ったけど、マスターの彼女とは全然関わらなかったからなあ。妙に怖かったし」
(分からんでもないっスね。縁召喚で「悪竜現象」を呼び出すマスターの内面、一体どうなっているのやら)
『……他人の隠した内面を詳らかにするべきではないとは思うけど、未知を恐れすぎるのもよくないか』
少し歯がゆそうな声をしつつも、聖剣は話し始めた。曰く――
シェリトはかつて、人間が持っていた宝石……そういった「輝き」に心を奪われたのだという。
それが人間たちにとって特別で、「奪われそうになれば相手を殺すこともいとわない」ほどのものだとも理解した。
ならば、なおさら自分もそれが欲しい。その果てに、あらゆる「輝き」を自分のものにしたいと願った。
『でも、当然それはうまくいかない。欲しいのに手に入れられない、という不満は欲望をどんどん肥大化させた。……人間なら、法律や社会性、倫理が欲望にブレーキをかける。でも、野生に生きる彼女には“痛い目を見るから避ける”という考えしか、なかったんだ』
聖剣は、まるで見てきたように語る。「似たような話」をよく知っているかのように。
(……つまり。悪いことだから盗まなかったんじゃなく、報復を避けるために盗まなかっただけ、ってことっスか)
人間的価値観に触れて肥大した、制御機構を持たない所有欲。
されどそれは人間社会の「倫理」を取り込まず、擦り減ることもなく、無尽蔵に巨大化し続けた。
(そして、その底なしの欲望が「悪竜現象」を喚んだ……と。キャスターの誘導もあったんでしょうがね)
ファヴニールという「圧倒的な力」があれば、報復を恐れる必要もない。
もしライダーがルーラーの宝具を手に入れ「不滅」になっていたならば、シェリトの欲望は真に「すべての輝き」を求め始めたかもしれない。
「よく分からないが、とにかく凄いな。……それだけ“俺たちとは違う”考えなら、学べるものがあるんじゃないか?」
まあ、それも……どうなんだ……?等と考えていると、聖剣がとんでもないことを言い始めた。
『じゃあ、私が見てきた彼女のデータをもとに作った「仮想思考モデル」に喋ってもらうのはどうかな?』
……アリかよそんなの。いや、助かるンだが……いいのか?それ。
「おおー」
マスター、絶対よくわかってないっスよね? 見えますよ頭の上の宇宙が。
(……「仮想思考モデル」とやらに喋らせるとして、まずはワシを通してからだ。その後、ワシからマスターに伝える)
過保護かもしれんが、どんな過激な発言が飛び出るか分かったものじゃない。
第一、「他者の意見」を直に聞けば高確率でマスターが参考にしちまうだろうが。
『もちろん。だから、念話じゃなくて私が「人間の言語」に翻訳して発声する。アルヴェイルには分からなくても、セイバーには伝わるでしょ。聖杯からの知識があるんだから』
(……この聖杯戦争が地球規模なせいで、「全世界の言語」に対応しちまってるからな。いつでも来て大丈夫だぜッ)
『うむ、その意気や良し。では……始めます』
――ピ……ヒョロロ、ロロピー、というけったいな音が流れ、聖剣が震え始めた直後。
『……そもそも、「全部を手に入れる」ことは前提条件でしょう? 一つしか選べない、とか言われても……無視してどれも欲しがればいいの』
その「少し根暗そう」な声に反した、ワイルドな欲望が会議室に溢れ出した。
『……例えば、自分が「なんでも出来る神様」になるとかね。ほら、解決した……終わり』
◇
神をも恐れぬ、とはまさにこのことか。いくらなんでもこれは――
(と、言いたいところだが……確かに、ワシらには出せない発想なんだよなァ)
想像でしかないが、おそらくライダーが「神」という概念をシェリトに教えたのだろう。
北欧の神話は、「絶大な力を持つ神々すら、ラグナロクという逃れられぬ終焉を迎える運命にある」という世界観だ。
最高神オーディンでさえ、ロキ達と共にファヴニールの父フレイズマルに捕らえられ、人質同然に賠償を迫られたこともある。
それを知ったならば、「自分も神になればいいじゃない」という発想が出るのは……むしろ自然じゃないか?
(そして当然マスターにも、この発想は出てこない……謙虚だからじゃなくて、知らないから。想像もつかないからだ)
提示されたのは、行き詰まりを打破しうる劇薬。
平時の倫理で言えば、到底受け入れるべきではない発想。
……だが、それを正論で断じたところで、この問題が解けるわけでもない。
『――どうするの?聞かなかったことにして、何も言わないって選択もあるよ』
◆
2020.04.06 11:56 UTC / 会議室→南極 視点:バーサーカー
「――クク。どうやら、覚悟は決まったようだな」
重く軋んだ音を奏で、開いた扉は地獄門めいていた。同時に、「中立地帯」たる会議室の壁は消失していく。
「ならば、その先で待つ俺は大魔王といったところか。よくぞここまで来た勇者よ、とか言ってみようかね?」
(……HPもMPも残り1しかねえ大魔王って何だよ)
「まったくだな。でもそうは見えないだろう、セイバー?」
代理マスターだったルーラーが退場した現在、俺は辛うじて「抑止力補正」で消滅せずにいるだけに過ぎない。宝具も発動できず、眼前の相手の心象を見通すことも不可能。
大した「演出」もできない以上、手より口を動かすしかないのだ。
(そうだってのによーやるわ……悪魔ってのは、最後まで見栄とハッタリをカマさねぇと死ぬのか?)
「その通り。あいにく、死なないゆえに馬鹿が治らないのよ」
――さて。お膳立ては全部済ませた。
大魔王の眼前に立つは、数多の軌跡と奇跡を束ね、星の聖剣を携えし者。
竜の魔術師が仕組んだ大いなる陰謀を食い止めた、この世界で唯一最後のマスター。
「……いいね。本当に、最高のシチュエーションだ」
我は「抑止力の化身」として、この事態を解決するために呼ばれた存在。
だが、「ただ順当に、事務的に、何の盛り上がりもなく世界を救う」など――そんなものは、
我は願いを叶える者。
同時に「妨げる者」であり、「試す者」であり、最後に立ちはだかる者。
主役になってはならない。
俺が勝っても意味はない。
俺が救っても価値はない。
対抗馬の計画が成就する寸前まで進み、最大の窮地に追い込まれた主役が、最大の輝きをもってすべてを覆す――
そんな光景を見るために、俺はここにいる。
主役の座を射止めた者が、我が「相棒」ではなかったのは少々残念だがね。
「さあ、願いを言え。どんな願いでも、一つだけ叶えさせてやろう!」
俺の呼びかけに応じ、勇者は一歩前へと踏み出す。
「……俺の、願いは」
刹那、周囲が無音に包まれる。
雪は止み、風は途切れ、山中の揺れも鎮まった。
まるで、森羅万象が「アルヴェイルの答え」を待っているかのように。
「――この世界を、『俺の願いが、すべて叶った世界』にしてくれ」
◆
――主観時間でしばらく前、会議室。
(……マスター。正直に言いますが、こいつはワシとしちゃ到底勧められる考えじゃありません)
「うん」
(だが、聞かなかったことにするのも違う。多分これは、マスターが自分の答えを出すために必要な「別の考え方」だ)
『……』
(シェリトなら、こう考えたでしょうな。……「一つしか選べないなら、選ばない。欲しいものがあるなら、全部欲しがればいい」と。もしくは、自分が「あらゆる願いを叶えられる存在になればいい」と)
セイバーの選択は、「自分なりに言い換えて、ほぼすべてを伝える」ことだった。
信仰者として、受け入れられない部分もある。
しかしその上で、「アルヴェイルの善性を信じる」。そう、結論付けた上で。
(ただ、発想の向きだけは使えるかもしれない。願いを二つに増やすんじゃなくて、選べないものを、選ばずに済む形を探すんス)
「選ばずに、済む形……」
(そこから先は、ワシは何も口出ししません。マスターが、自分の願いとして考えるんです)
そして、長い長い沈黙の後――
「……じゃあさ。『俺の願いが、全部叶った世界』なら……一つの願いってことになるかな?」
アルヴェイルは、一つの答えを出した。
今の自分が考えられる、「自分が求める最大限」を。
◆
「ク……クク。確かに、それならば『一つの願い』だ。いや、まずは確認からしようか」
抑えきれない笑みを噛み殺しながら、俺は口を開く。
「その願いは、お前にとって“都合のいい願い”だけを叶えるものじゃあない。本当に本当の、“全部”だ。お前が、余計なことを考えたり、願ったりしたらそれも“全部”叶ってしまうんだぜ?」
嗚呼、全くもって……「素晴らしく素敵で、本当に愚かな」願いだ。
以前、アルヴェイルが抱いた願いの「愚かさ」の比じゃない。
この俺ですら、「どんな世界になるのか」全く想像がつかない。
利口な者であれば、自分が引き起こす混乱と混沌を恐れ、「君子危うきに近寄らず」とばかりに賢しく諦めるだろうさ。
だが、この男は。
「つまりお前は、お前の“全部”に責任を持たねばならない。どこで想定外の矛盾や衝突が出てくるか、分かったものじゃない。それでも、お前は――」
「……それでもだ、バーサーカー」
震えながらも、勇者は答えた。
「それでも、何も望まないよりはずっといい。たとえ、待ち受けるのが深海のような闇だったとしても……俺は、前に進むって決めたんだ。それに」
「それに、何だね?」
「俺ってさ、頭が良くないだろ。難しいこと、たくさんは考えられない。だから、多分――余計なことまでは願えない。そこだけは、今の俺の自信だ」
アルヴェイルは、そう言い切る。……「強欲で謙虚」とは、こういうことなのかね?
「もう一つ確認だ。大聖杯の力なら、お前自身が“全知全能の神”になることだってできる。不都合が起きても、後からいくらでも修正できるし、都合よく調整もできるようになるぜ?」
などと、軽く「悪魔の誘惑」を飛ばしてみる。だが、
「それは、要らない。俺は俺の速度で、みんなと一緒に学んでいく方がずっといい」
間を置かず、あっさりと返されてしまった。……クク、どうやら「対策済み」だったようで。
だが、「セイバーが吹き込んだ」のではなさそうだ。これこそが、アルヴェイル自身の「言葉」なのだろう。
「ククク……これにて、願いの受理は完了した。――さあ来いッ!アルヴェイルッッ!!」
「――ああ、行くぞ!バーサーカーッ!!」
聖剣には、膨大な光が。礼装には、噴射のための魔力が集まっていく。そして――!
「『
雪原に木霊する、獣と竜と聖剣――三つの咆哮。
山を越え、海すらも駆け抜ける、終幕の斬撃。
かくて、悪魔はここに討ち滅ぼされん。
「……クァハハハハハ!全く……これ以上に、痛快なことがあるか!」
これより起こるのは、「新たな世界の創造」。
当人は否定したが、それを願ったアルヴェイルの肩書には「創造主」が相応しかろう!
神でも、人でも、王でも、英雄でも、竜でもない。
ただ己の速度で学びたいと願った一羽のペンギンが、世界を創り替える。
「神の敵対者」として、これは最高の冒涜に他ならない……!
「父と、子と、聖霊の御名において――祝福を宣す」
聖杯よ。神の子の血を受けし器を称するものよ。
今ここに、我は勝者の権利を代行し命ずる。
彼の者は言葉を持たず、願いを告げる術を持たぬ。
故に我は、その沈黙を言葉へと移し、その希求を宣言として捧ぐ。
『彼の願いが、ことごとく叶った世界』を。
その祝福も、その禍も、その代価も、余すところなく!
「主の御名において、すべてを成し遂げよ。――