Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第80話:生きるということ

 

   /     視点:ダルグレイン

 

「……ッ、くお……?」

 

 眩しい光を浴びて、目を開ける。

 だが、目の前には「光」しかなかった。後ろには「闇」があった。

 大地も、空も、海もない。形を持つものが、まだ何一つ定まっていない世界。

 そうとしか、言いようがなかった。

 

「何だここァ……いや、オレは確か……」

 

 脳裏にある、最後の記憶を呼び起こす。

 確かオレは、聖剣の光に呑まれて死んだはずだ。再生ができないほどに、燃え尽きて消えたはず――

 

「あ、起きたか」

 

 ――不愉快なほどに無邪気で、呑気な声。

 オレを殺した張本人が、光の中心にいた。地面も何もない場所に、当然のように立っている。

 

「……そういうことかよ。これがお前の願いだってか、アルヴェイル」

 

 恐らくここは、新たな世界を創世する「途中」の空間。あらゆるものが未分化のまま漂う、混沌の中。

 その中心に、オレたち二匹だけがいた。

 きっとアルヴェイルの野郎が、そう望んだのだろうさ。

 

「お、おい! どこ行くんだよ、ダルグレイン!?」

 

 光に背を向け、「反対」へと去ろうとして……一度だけ、足を止める。

 

「決まってるだろう。……テメェと話すことなんぞ何もない。人間の世界で、テメェの願いの中で――生きるつもりもない」

 

 オレは負けた。完膚なきまでに、抑止力にすら拒まれて。

 キャスターも、儀式も、大聖杯も、竜の世界も……何もかもが消えた。

 

「これ以上、できることは何もない……だったら、初めから生まれない方がまだマシだ」

「……っ」

 

 アルヴェイルの手には、聖剣も礼装もない。

 どうやら、オレを引き留める手段は何一つ持ち合わせていないようだ。

 オレは一歩、「闇」へと足を踏み出し――

 

「……悔しく、ないのかよ」

 

 背後からの声に、足が止まった。縫い留められたかのように。

 

「悔しくないのかよ。負けたままで、何もなせずに終わって……悔しくないのかって、聞いているんだよッ!!」

 

 ……やめろ。やめてくれ。

 どんな慰めも、哀れみも、オレにはきっと届かなかった。聞く耳も持たなかった。

 だが、それだけは。

 

「俺は、嫌だ。俺には、できない。……お前もそうじゃないのか、ダルグレイン!?」

 

 ああ。畜生。畜生――

 

「ああそうだよ、アルヴェイルッ!! 悔しくて仕方ねえさ……仇を討てなかった。何の爪痕も残せやしなかった! 憎くて仕方ねえ人間どもに! 何の復讐も果たせやしなかったッ!!」

 

 だが、もうどうすればいいか分からない。

 いくら改造された頭脳の良さを証明したところで、何の意味もありはしない。

 

「オレにはもう何も残ってねぇんだよ……テメェと違って、何も――」

「本当に、そうか?」

 

 ――両耳が跳ね、背筋が総毛立った。

 その声は、空間そのものを貫いたかのように思えた。

 

「……俺は、ずっとお前に聞きたいことがあったんだ。ランサーの学校でのことを」

 

 目の前にいるのは、本当にあの……あの、馬鹿のアルヴェイルなのかと疑うほどに。

 

「お前の目的を考えたら、あの学校での出来事も、停戦中のことも、全部“疑われないための嘘”だったのかもしれない。でも、俺には……お前が、あの“殺し合いじゃない時間”を、楽しんでいるように見えたんだ」

 

 更に声は、身を刺すように――いや、オレの「内側」を抉り出すかのように響く。

 

「お前は、どうだったんだ。あの時間は、お前の中に……何も残らなかったっていうのか」

「……そんな、馬鹿げた話が」

 

 そう言いかけて、口が止まる。

 認めるな、と吠えようとした。

 だが、脳裏には浮かんでしまう。……くだらないと切り捨てたはずの、無数の場面。

 そして、こう思ってしまった。

 

(――「くだらない」と言えることをするだけの「余裕」は、きっとあの時間にしか……なかったんじゃねえか?)

 

 

「……認めてやる。認めてやるよ、アルヴェイル」

 

 長い沈黙の後、オレは口を開く。

 アルヴェイルの外見は、何も変わっちゃいないが……それこそバーサーカーのように、「嘘を見抜く」ような超常的な力を、聖杯によって手に入れていないとは「言い切れない」。

 ゆえに、オレは――嘘の鎧を脱ぎ捨て、剥き出しの牙を晒すしかなかった。

 

「ああ、そうさ。……あの時間には、僅かだが安らぎがあった。常に気を張っちゃいたが、それでも……あの時だけは理性的に、“安全”だと判断できた。緊張を、少しでも下ろせていた」

 

 アルヴェイルは、何も言わない。

 嘴を固く結んで、オレがすべて言い終わるのを待っている。

 

「だが、それを認めたくなかった。テメェらは、いずれ殺す相手だったからだ。情が湧いて、牙が鈍ったなんぞ……キャスターのためにも、絶対にあっちゃならねえ。それに……」

「……それに?」

 

 言いたくはない。だが、隠すことに何の意味がある。この場で「嘘をつく」ことが、オレにとって何の「得」になる?

 そう思ってしまった途端、言葉が溢れて止まらなかった。

 

「学ぶことを、ただ役に立つからじゃなく、“楽しい”なんて感じられるのは……それだけの知能があるからだ。だがそれは、オレを製造し改造した、人間どもによって与えられたものだ。……オレが“楽しい”と感じることが、オレを改造した人間たちの成果を認めることのようで――耐えられなかった」

 

 アルヴェイルは、黙っている。

 オレが受けた非道に、オレの感情に、言いたいことが山のようにあるのに……

 オレが最後まで言い切るのを、堪えていた。

 オレの邪魔をしないために。オレが最後まで、溜め込んだものを吐き出し切れるように。

 

「だからこそオレは、人間たちが兵器として与えた知能を、人間を滅ぼすために使うことにした。それこそが、人間への復讐になるはずだった」

 

 キャスター以外の誰かにこれを言えば、何かが変わっただろうか。

 オレの中で、何かが変わったのだろうか。

 

「オレ達は、生き物として生まれなかった。兵器として作られ、『殺すこと』『任務を果たすこと』『使い潰されること』――それだけを価値として、与えられた」

 

 本当は、それを突き返したかった。

 人間が作った兵器が、人間を滅ぼす。

 それで、自分たちの「価値」を証明してやろうと思った。

 スッキリと復讐を果たし、ざまあみろと嗤ってやりたかった。

 

「だが、その憎い人間共はもう消えてしまっていた。だから……人間がいた世界そのものを消すことでしか、復讐を果たせなくなって……このザマだ」

 

 人間は嫌いだ。

 「すべての人間がオレ達に害をなしたわけじゃない」と、何度言われたとしても……許すことなど、絶対にできはしなかった。きっとそれは、すべてが終わった今でも変わらない。

 無為に喪われた、合計百十の同胞たち。オレたちの完成前に散った、それ以上の命――そのすべてに、報いねばならなかったから。

 

「それでも、走り続けるしかなかった。……あの女の声に、すべてを止められるまではな」

 

 ――【ここ」「では」「走れない】。

 それは入念に潰したはずだった、大逆転の一手。

 最後にオレの心を折ったのは、アルヴェイルと聖剣ではない。

 「人間を愛したヨウム」の、アンデッドじみた執念だった。

 

「……ああ、畜生。悔しい。悔しいさ。だが、もうどうすることもできねえ。復讐を成し遂げることができないオレに、これ以上生きる価値なんぞ――」

 

「――無いわけが、ないだろ」

 

 声が、もう一度オレを貫いた。

 

「あるに、決まってるだろ……ッ!! ダルグレインッッッ!!!」

 

 

「さっきの話で、ようやく分かったんだ。シェリトが求めたものだとか、皆が言っていた“お金”の話だとか……つまり、“価値”のことが」

 

 荒げた声を少し整えて、アルヴェイルは話し始める。

 

「なくなったら悲しいもの。奪われたら、怒ってしまうもの。そこにあるだけで嬉しくて、何度でも欲しいと思ってしまうもの……きっと、それが“価値”なんだ……!」

 

 素朴で、初歩的で、幼稚な理解。

 パラニールの「頭脳戦」とは比べ物にならないほどの、稚拙な語彙。 

 なのにオレは、何も言い返せなかった。

 

「シェリトが欲しがっていた“輝き”も、ユキネが貰った“愛”も、レゼフィルの“声”も、ネゼミアが求めた“強さ”も、パラニールが探していた“平穏”も……多分、そういうものだったんだと思う」

 

 一歩、アルヴェイルは前に踏み出す。

 

「だったら、お前にもあったはずだ!」

「……何が、だよ」

「価値、だよ。お前がこれまで得た、知識と力も! 怒って、憎んで、悲しんだ想いも!

復讐しなければと思ったほどに大切な、群れとの絆も! お前が聖杯戦争の中で得たことのすべてと、過ごした時間も、僅かだとしても……“楽しかった”という記憶も!!」

 

 ついに、アルヴェイルはオレの目の前まで踏み込んで。

 

「それらすべてが、きっと『他に代えられない』ほどの――お前だけが持っている、“価値”なんじゃないのかよッ!?」

 

 ――自分の価値を、誰かが狭めた価値観で定めるな。

 オレを貫く眼差しは、その言葉以上に雄弁に叫んでいた。

 

「復讐を捨てろ、とは言わない。それこそ、お前の“価値”を捨ててしまう。でも……“人間を直接傷つける”ことだけが、復讐じゃないはずだろ……!」

「……ッ」

「――生きてやること。人間が、お前を羨ましがって“死んでしまいそうになる”くらい……『よく生きてやる』んだよ。人間が『間違えた』と後悔してやるくらい、生きて……お前だけの、価値のあるものを作るんだ。それもまた、一つの復讐になるんじゃないのか!?」

 

 ……信じられない言葉に、耳を疑う。

 きっとこいつは、「復讐なんてやめろ」などと言うのだろうと思っていた。だが……

 

(――『Living Well Is the Best Revenge』)

 

 よく生きることこそ、最高の復讐。

 かつて人類について調べていたときに偶然知った、古いことわざが脳裏に浮かぶ。

 くだらないと一笑に付し、記憶の片隅に追いやったはずの言葉が。

 

「……俺は、ランサーの学校が楽しかった。みんなと一緒に、知らないことを知るのが、楽しかった。レゼフィルの声も、ユキネが話してくれたことも、パラニールやシェリト、ネゼミア、そしてお前が教えてくれたことも……セイバー達との思い出も、全部なくしたくなかった」

「……まさか、テメェは」

 

 てっきり、「すべてを元に戻した」のだと思っていた。そうすれば、悲しみの記憶も何もかも、なくなるのだから。

 

「……ああ。いいことも悪いことも、全部かきまぜたものが――今の俺の中身なんだ。俺は、前に進むために……何もかも、全部を求めた」

 

 かつて、キャスターが言っていた。

 心の傷は、体の傷よりも治りにくい。どころか、より体を蝕むものだと。

 形を持たぬ言葉の槍は、神霊相手でも致命の一撃になり得る。

 ゆえに、その傷を抉る策を考え続けるべきだと。

 なのに、コイツは。

 

「お前ならば……俺よりずっと頭のいいお前ならば。きっと、俺が想像できない“価値”を作れるはずなんだ。そんな復讐が、きっとできるはずなんだよ!!」

 

 なぜだ。どうしてなんだ。

 オレだって知っている。アルヴェイルが、どれだけ辛い過去を生き抜いてきたのかを。

 人間の争いのせいで……オレたちのせいで、どれほどの孤独を味わったのかを。

 なのにどうしてそんな、

 

「……綺麗ごと、を……」

「――綺麗で、いいだろ。綺麗なことの、何が悪いんだよ!!」

「……!!」

 

「嘘をついて、誰かを騙して、心に闇を抱えて生き続けるより……よく生きることの方が、ずっと大変で……!! ()()()()()()()()()()()()()()ッ!!!」

 

 ……ようやく理解できた気がする。

 なぜ、アルヴェイルが聖剣を手にできたのかを。

 

(どこまでも青く、馬鹿みてえに真っ直ぐで、清廉な理想主義者……「そういうこと」じゃねぇかよ)

 

 奴に、「私欲を捨てた」つもりなど毛頭ないのだろう。

 むしろ、自分の欲で動いているのだと――きっと、言い張るのだろう。

 

(……そんなわけが、ねえだろう。テメェは、人間の価値観を、そっくりそのまま学んだつもりなんだろうが……)

 

 ――人間が皆、テメェみたいな奴だったら。

 オレはきっと、ここにはいなかったよ。

 

 

 創世の場を包んだ、長い沈黙。それを破ったものは――

 

「……ダルグレイン? お前……」

 

 一つは、困惑したアルヴェイルの声。

 そしてその隣を過ぎ去って、「光」へと歩いていく狼の足音だった。

 

「オレは、完全に納得したわけじゃねえ。人間を許すことも、テメェらに詫びるつもりもねえ。負けたのは事実だが、オレたちが“間違っていたから”だとは、絶対に認めねぇ」

 

 少し遠くから、ダルグレインは振り返る。わずかに、かつてのように口角を上げて。

 

「だがあえて、テメェの口車に乗ってやる。テメェの青い綺麗ごとに、乗せられてやる。ただし、オレなりのやり方でな」

「……どうするつもりなんだ? どこに行くつもりなんだ?」

 

 思わず口をついて出たアルヴェイルの疑問に、狼は鼻を鳴らして答える。

 

「――パラニールたちのもとに。あれだけの群れを率いるには、一頭のリーダーじゃ足りねえだろ」

「……! あの、ランサーの……」

 

 壁は崩れ、学びの途中で動物たちは「楽園」を追われた。

 それでも、かろうじて竜の加護が残る森の中で、象は彼らを教え導く覚悟を決めていたが――

 

「テメェと同じで、あの野郎もところどころで甘いからな。奴が理想と教育を担うなら、オレが現実と危機管理を担う。その二枚看板で、烏合の衆を強大な群れに育て上げてやる。――人間どもが、己の愚かさを思い知り……歯噛みして羨むほどに……!!」

 

 その宣言と歩みに、以前の無気力はもはや残っていない。

 溢れんばかりの野望と、欲と――「生」に満ちていた。

 

「それと、アルヴェイル。……ランサーの散り際の言葉を、覚えているか?」

 

 振り返らず、ダルグレインは問う。少しの沈黙の後、アルヴェイルは、

 

「……覚えている。教え導かれた獣は、もう野生には還れない。導き、寄り添い、悩み続けろ。それが祈り、願った者の義務で……生きるということだって」

 

 まるで違わず、暗唱する。

 それこそが、彼らの願いを阻んだ者の責務だと言わんばかりに。

 

「……だったら。オレが“どうしようもなく間違えた”ならば、テメェが止めに来い。それこそが、抑止力に導かれ、聖剣を手にして――オレを生かしたテメェの、新たな責務だ」

 

 数度の瞬きと、深呼吸。……そして。

 

「分かった。……正直に言うなら、お前は強いから、必ず止められる自信はないけどさ。でも、絶対に行く。――お前を生かすって、決めたから」

「……ヘヘッ。そこァ、絶対に止めるって言ってほしかったですがねえ……なんてな」

 

 最後に、もう一度だけ「アルヴェイルがよく知っていた」笑いを浮かべて。

 狼は、光の中に消えていく。

 アルヴェイルは、その遠くなる背を――ずっと、見つめていた。

 

 

 彼は、海を見ていた。

 魂すら凍える極寒の地。

 純白の地獄に立ち――彼はただひたすらに、海を見ていた。

 その傍らには、黄金の聖剣。

 後ろには、彼を真似て海を見つめる小さな背中。

 

「……」

 

 多くの出会いがあった。

 別れがあった。

 哀しみがあった。

 流血があった。

 それでも――自分たちは「一歩先」に進んだのだと、そう信じた。

 

 幾多の「声」を思い出す。

 彼らと再び会うことは、ないのかもしれない。

 だが、肉体が滅びても……記憶の中に命は宿る。

 あのやかましい彼女が、証明してみせたように。

 

(……あ、)

 

 吹雪は、いつの間にか止んでいた。

 長い長い、夜が明ける。

 彼は目を閉じ、静寂に耳を澄ませる。

 

 ――遠くから、汽笛の音が高らかに響いていた。

 

 

 

Fate/Draco―蛇竜王戦線(完)

 

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