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2020.04.01 18:01 UTC / 日本・島根県・宍道湖 / 視点:シェリト
……私は、暑いのが大の苦手だ。
今はライダーが宝物庫から(渋々)出してくれた不思議な宝石の力で、暑さ寒さを感じることはない。
戦法上ライダーはとんでもない高さを平気で飛ぶので、仕方ないのだ。
それでもさっきのブレスは……見てるだけで焼けそうな気がした。
あれが自分に向いてないことを、感謝するばかり。
炎と言えば……バーサーカーの炎も違う方向性の恐ろしさを感じた。
あれは、一体何だったのだろう?
いや、居なくなった奴はいい。
今大事なのは、ブレスの直撃を受けたであろうアサシンだった。
……水流が彼女の体を防御したのは辛うじて見えたが、それでも塵一つ残らず消えるのを防ぐのが精一杯だろう。
彼女が首に付けていた輝く石や、綺麗な黒の服も燃えてしまっただろうか。
そうなら、かなり勿体無い。
――そう、思ったのだが。
「……フン、やはり簒奪した宝具が二つではこの程度か。湖の一つや二つも干上がらせられぬ炎では、大河の化身を滅ぼすには足りぬな……」
ライダーの言う通り、地上にいるアサシンは炎に包まれながらもまだ生きているようだった。恐らくは、そのマスターも。
……ライダーの宝具、
セイバーから宝具を奪う前は、宝具の域に至らない「威力が高いブレス」が限界だった。
そして、その真価を発揮するためには更に宝具を二つは簒奪しなければならないという……今でも十分に見えるが。
「加えてあの様子……【戦闘続行】らしきスキルが発動している。アサシンの真名はヤマタノオロチで確定とみていいが、だとすればその首の数だけ奴は命を持っているらしい……」
くっ、なんて頑丈な奴。
「……でも、動けないほどの大ダメージを受けているのは事実」
「そうとも。……『簒奪竜の呪欲牙』! その宝具、ファヴニールが貰い受けるッ!」
ライダーが急降下する。
アサシンが複数の命を持っていようと、この牙の前では関係ない。
あの綺麗な武器は、私たちのものだ……!
「ええ。残念だけど……くれてやるわ」
――アサシンの髪が絡みつき、牙はそこに突き刺さって止められる。
「何……!?」
アサシンの身体は動かない。
だが、彼女の瞳は爛々と光り輝いていた。
「存分に喰らうがいい。――神酒、
アサシンの宣言と共に眼前に現れたのは、木の桶と、それに並々と入った液体。
その宝具はライダーに「奪われ」、その開いた口に桶ごと吸い込まれていった。
甘いのに、どこか毒々しい……そんな匂いが鼻を刺激する。
――そう思った次の瞬間、ライダーの様子が急変する。
「な……ば、馬鹿なッ!? 体が動かぬ……ぐ、ぐうッ、意識が……!」
彼の翼は急激に力を失い、その巨体は湖に沈み始めた。
「ら、ライダー……!? どうしたの……!?」
慌てる私を前に、アサシンは落ち着いた様子で解説を始めた。
「……その宝具は『八塩折之酒』。私こと、八岐大蛇の死因となったもの。
アシナヅチ・テナヅチという二柱の神によって作られた、“神や竜種さえも酔わせ、昏倒させる酒”……れっきとした神造兵器。
あなたがどれだけ対魔力スキルを持っていても関係ない。最上位の幻想種すら耐えられない代物を、あなたに“奪わせてあげた”のよ」
「きさ、まァァァ……ッ!」
「ま、上手くいくかどうかは結構な賭けだったけど。いざという時のために剣は温存したのだし。
……察するに、例の“宝具を奪う宝具”も万能じゃない。少なくとも真名が分からなければ宝具の奪取はできないはず。でしょ?」
……ライダーはもはや、言い返すことすら怪しくなっていた。
それを見ながら、アサシンはゆっくりと立ち上がる。
改めて、あの武器を振るうために。
そして、危機の直面に際し――ようやく私の体の緊張が抜けた。
「令呪を以て、マスター・シェリトが命じる……!
ライダー、私の許可なく眠ってはならない! 目を覚ませ、ファヴニール……ッ!」
――黒き翼に、再び力が籠る。
「……ッ! 感謝するぞ、マスター……!!」
どうにか意識を復活させ、ライダーは大きく後方へと飛び下がる。
しかしその体は未だふらつき、調子は完全に戻っていないようだった。
「……へえ。まだやるのね」
アサシンが剣を構えると、再び巨大な水流が巻き上がる。それは空中に留まり……あたかも獲物を狙う蛇の如く、こちらを睨んでいるように見えた。
つまり、私たちは未だ危機的状況にあることに変わりはない。
何か、何かないのか……!
縋るような気持ちで周囲を見回す。
……すると、視界の端に映ったのは高く昇る「煙」だった。
それは赤と紫に揺らめいており、いかにも自然のものではなさそうだった。
アサシンも「煙」に気付き、動きを止める。
「……あれは、魔術的な狼煙? しかも、本来見えないはずの相当遠い場所から上がっている……?」
「――その通り。我々は一度、矛を収めるべきなのだ」
声に振り返ると、バーサーカーとそのマスターがいた。
……どこで調達したのか、黒と緑の混ざったうるさい乗り物に乗っている。確か「バイク」だったか。
「あの狼煙に関係して面白い情報がある。是非耳を傾けて欲しい、損はさせんぞ!」
「……この千載一遇の好機を逃してまで、聞く価値があることなんでしょうね?」
なんとなく、バーサーカーはこういう時真面目に返答しない印象だったが……今回は違った。
「どちらかというと、その好機を活かされる方が困ると言うべきだな。
――セイバーとアーチャー陣営が協力し、ランサー陣営を叩こうとしている。
そして、我々にもそれに協力して欲しいようだ」
「何だと……!?」
「……どんな風の吹き回し?」
バーサーカーは【悪魔の証明】というスキルを持つという。
それは、不規則なタイミングで「本来知り得ないはずの情報を獲得できる」というものらしい。
滅茶苦茶だが、バーサーカーがライダーを挑発したやり方を考えると本当なのかもしれない。
そうでもなければ(推定)アーチャーの口調や、ライダーとの因縁について知るはずがない。
……逆に言えば、定期的に関係ないものも含めて雑多な情報が頭に流れ込んできているということ。そんな状況で平然としていられるのは、流石バーサーカーと言うべきなのか。
それに、バーサーカーはあの「狼煙」の持つ意味について深い知識を持っていた。
まず第一に、あの煙は魔術によって発生したもので「聖杯戦争参加者」にしか見えないこと。
その代わり、本来あり得ない距離にまで届くようになっている……本質的には聖杯戦争の始まりを告げた、あの不思議な色の星に近い。
二つ目。狼煙は「それが発生した位置」を伝えていること。
バーサーカー曰く、それは「インド南部・ケーララ州」と呼ばれる場所。
……ライダーが発見した、ランサーの陣地と同じ地域だった。
三つ目。ランサーはキャスターの「陣地作成」のように宝具で自らの「国」を展開、世界に定着させている。
その中にいる限りランサーは強化され、常に有利な状態で戦うことができるだけでなく、「国」の中から従者である下位の幻想種……「ナーガ」の軍勢を大量に呼び出せる。
四つ目。ランサーの真名は「ヴァースキ」。
インドという国に伝わる蛇の「神」……ライダーのような「竜」ともまた違った、もしくはそれ以上の超常的な存在。
バーサーカーがそいつにまつわる逸話を解説してくれたが……スケールの大きさに頭が痛くなるほどだった。
曰く、大前提としてそいつは信じられないくらい長大であるということ。
「乳海攪拌」という、宇宙の海をかき混ぜる役割を果たしたほどに。
その際、ヴァースキはあまりの痛みと苦しみから「ハーラーハラ」なる猛毒を吐き、世界を滅ぼしかけた。それは数多の神々にも対処ができなかった。
だが「シヴァ」というインドで最も位の高い神の一柱がそれを飲み干したことで、世界は救われたのだという。
そしてその猛毒のせいで、シヴァの喉は青黒く染まったらしい。
……サーヴァントの宝具は、その英霊の在り方や逸話が昇華されたもの。
つまり、ランサー・ヴァースキは「乳海攪拌」と「世界を滅ぼせる毒」に由来する、あまりにも強大な宝具を持っている可能性が高いということだ。
「成程、理解したわ。確かに、それは私たち全員でかからなければ倒せない……セイバー達がそう考えるのも仕方ないわね」
アサシンが口を開く。
……察するに、本来なら彼女も「それ以外全員で挑むべき存在」なのだろうけど。
「ククク……まさか、そんな相手に既に一度挑んでいる奴が居るとはな。
なあ、ライダー。――欲しくはないか? 世界を滅ぼせる宝具」
「――ッ」
黙って話を聞き続けていたライダーも、流石に反応する。
「ここは俺たちも、セイバーとアーチャーに協力して戦おうじゃないか。奴らとの確執は一旦置いておくんだ。そうすれば――ヴァースキの宝具を奪う機会は確実に来る」
「……いや、待ちなさいよバーサーカー。私に何の利益があるの、それ」
「あるともさ、アサシン。既に宝具を奪われたセイバーがあちらにいるし、ライダーの能力は知れ渡っている。恐らくランサーにもな。
先ほどはライダーにああ言ったが、ライダーはそのせいで間違いなく戦いの中で最も警戒される対象になりうる。俺たちにとって、それはランサーの陣営を突き崩す最大の好機だ。
……奴の従者にして衛兵、ナーガたち。確かに数は多い。だが無尽蔵というわけでもない。
あくまでも奴らはパーターラに住まうものだ。知性のある一生物だ。神のために命を捧げると言っても、味方が大量に死ねば動揺するだろう。
……そして、俺たちサーヴァントには“魂食い”という手段がある」
バーサーカーは楽しそうに笑いながら続ける。
……魂食い。文字通り、相手を食らって魔力に変えること。
確かに……目の前で味方がそうされれば、流石にナーガたちの戦意にも影響しそう。
普通の聖杯戦争なら、「魔術」とか「神秘」とかは隠さなければならないものらしい。
「ふたつ脚」の社会では彼らが死ねばとても騒がれる。それはなんとなく知っている。
それにセイバー達のような「正義感のある」奴らならしないだろうし、する奴は敵と見るだろう。忌避される行為である、というのは理解できた。
「だが、聖杯戦争である以上ランサーとナーガたちはそもそもどうあっても倒さなければならない“敵”だ。それを喰らうことに何の抵抗感を覚える?
元より、牙は俺たちの最も身近な武器のはず。咎められる理由などありはしない」
……こちらの心を読んだかのように、バーサーカーは言う。
「俺としても、相棒をここできっちり強化しておきたくてな。先ほどの第二の契約で、ネゼミアも“魂食い”が可能になった。厳密には攻撃時に相手の魔力を吸収、ってところだが」
……成程。ライダーの左目に傷を与えられたのはそういうことだったのか。
「アサシン。お前もライダーとの戦いで消耗しているだろう? 少なくとも“首”の一つか二つは持ってかれている……それを回復させる機会は割と貴重だぜ?
――マスター・ユキネを護りたいんだろう? お前はお前の誓いと願いのため、敢えてその姿で戦うことを選んだんだろう?
だったら、それ相応の準備をしなければ結果は見えている。ここにいるのは利己的な連中ばかり。彼女を守ることができるのは、お前しかいないんだ」
バーサーカーは、アサシンに対してそう言い切った。
「……随分と好き勝手に言ってくれるわね。他人の心に土足で踏み込み過ぎるのは感心しないわ」
「全く以てその通りだ、俺も失礼だと思う。だが事実だろう? 俺は何よりも嘘と誤魔化しが嫌いなんだよ。俺は今まで一度も嘘をついたことがない」
「嘘だ」「嘘だな」「嘘ね」「嘘だろ」「嘘つけ」
全員の心が一致した瞬間だった。
「おお、なんと素晴らしい団結力。これならランサーにも勝てるかもしれないな!」
……まあ、それについてはともかく。
ただ、嘘と言うべきなのかは分からないが……バーサーカーの情報に、ランサーの「国」の内部について一切触れられていなかったのは気になった。
彼の情報収集能力には寧ろ穴のほうが多い。
「狼煙」が含んでいた情報も多かったようだし、「知らなかった」だけなのかもしれない。
――ライダーと共に「国」に突入した際、見えたのはまさに「平和」を体現したかのような草原。
そして、そこにいる動物たちを必死に避難させるナーガ達だった。
あの国は、恐らく単純に「ランサーの陣地」というだけではない。
多分、何かしら意味がある場所。
……バーサーカーは、それに一切言及しなかった。
勿論、これから戦うにあたってそれを知ることは邪魔になるからかもしれない。
そう納得したいのと裏腹に、私の心はずっとざわめいていたのだった。
【悪魔の証明】は帝都聖杯奇譚に出てくるキャスターのアレとは同名の違うスキルです