学園仮面ライダー ダークサイド 〜サマーナイトパーティー〜 作:大島海峡
二年前、彼の世界。滅びの世界。
雨の中、敗走を重ねていた少年がいた。
圧倒的な物量。太刀打ちできないほどの技術力。そもそもの生物としての格の違い。
それが、超級種レジェンドルガ。
ファンガイアという対抗馬が絶えて久しいこの世界は奴らの台頭を易々と許し、世界はその享楽を求めるがままに滅ぼされようとしていた。
その怪人たちが、その首魁たる三メートルをゆうに超える巨大な鎧の怪物が、生き残った彼を追い立てて行った。
その逃走劇の間に、割り込んだ影があった。
細やかな長躯。文学青年のごとき、優美で繊細な立ち姿。
止める間もなく彼は、怪物たちの行く手に立ち塞がった。
止める間もなく、怪物たちを殲滅した。
手にしたスタンプで、悪魔の如き姿に変わって。
誰だ、と誰何するその声は、すでに掠れている。その身と同様に。
変身を解いた彼は、燻る残火に背を向けつつ、緩慢に少年……化野九一を顧みた。
「
「仮面……」
仮面ライダーなる概念を基軸に、世界が複数に分たれているということを、認知さえしていなかったその頃、彼の在りようも、その圧倒的な戦闘力も、理解の外にあった。
「まぁそこんとこは置いといて、お前さんに用があってこの世界に来たわけだ」
荷物を脇にどけるようなジェスチャーをしつつ、彼は壁にもたれかかった九一の前に立った。
「……お前が誰で、何の用があるかは知らんが……無駄骨だな。俺はもうすでに限界だ」
そのままずり落ちるように、彼は蹲った。
「ライフエナジーを使い過ぎた。もはや、己の存在すら維持できない」
と、消えゆく自らの
ふーん、と適当な感じで、六鹿なる少年は相槌を打った。
「それってのは、要するにアレだろ。生命エネルギーみたいなもん」
「あぁ、そうだ……それとも、お前が吸わせてくれるのか?」
脅しのつもりだった。そう言えば、人間は怖気とともに、目の前の怪物から距離を取るだろうと。
「あぁ、良いよ」
だが返ったきたのは、それとは真逆の、あっけらかんとした快諾だった。
「元々有り余ってたぐらいだしな。ちょっとぐらいなら構やしない」
そう言って、袖を捲り上げて白い腕を突き出しながら、少年は笑った。あるいは元より、この世界から来た時には笑っていたのかもしれない。
唖然とする九一を前に、軽い調子である言葉を続けた。
それが、彼が
〜〜〜
倒れ伏したままの生徒たちを、苦労して校舎の内外に並べていく。
あるいはそちらの方が、気疲れが大きかったかもしれない。少なくともKと廿日にとっては。
その労いもかねて、キャンプファイアーと炊き出しをすることにした。幸いにして……かどうかはさておくとして、火種はそこかしこに在って事欠かない。それらに伴った夥しい戦闘と破壊の痕跡については……
(まぁ、メインシステムが復旧すれば戻るだろう)
そう、九一は割り切ることにした。
「怪物め……小癪な奴。もし眠ってさえいなければ、我が
「それほど坊っちゃまの威光を恐れたのでございましょう。今はどうか、お心やすく、英気を養い次に備えてくださいませ」
「当たり前だ。俺は静養においても、頂点に立つ男だ」
亡霊たちは消え、昏睡ないし夢遊状態にあった生徒や職員たちも、皆そろそろに意識を取り戻しつつあった。
それらも交えて、場はちょっとした夜会の趣を醸していた。
だが、その最前列に眠る火野映司は、未だ目覚める兆しがない。
「コレ、起きんの?」
誰しも口に上らせることを躊躇っていたことを、Kはマシュマロ片手に尋ねた。もちろん、それに明答も即答も、返せる者はこの場にいない。さらに畳み掛けるように、言った。
「てか、起きたとしてモノになるわけ?」
オーズのベルトこそ回収したものの、アンクとの出会いもなく、失意のうちに
「なるならないかは問題では無い。そういう尺度で推し量るな、K」
と九一は釘を刺す。
はいはい、となおざりにあしらいつつ、Kは残火でマシュマロを炙った。
そして少し離れた辺りで壁に寄りかかる天空寺タケルに、歩み寄った。
「お前には、色々と助けられた。居合わせてくれて、良かった」
飾りなく率直に礼を述べた九一に、一瞥を遣ったタケルは、
「学園との盟約に従ったまでだ」
と冷たく返す。
そんな彼に、九一は手を、そこに載せた握り飯を差し出した。
「……言っただろう。俺は」
「食事の必要がないか。だが、『人であれ怪物であれ、必要だろうとそうでなかろうと、食える時に食えないことほど、辛いモノはない』」
「なんだ、急に」
「俺の恩人の言葉だ……俺も、その辛さを知る一人ということだ。だから、せめてもの礼だ。食事という行為それ自体が嫌いだというのなら、無理強いはすまいが……こういう時でなければ、食えんだろう」
仮初とは言え、生身の肉体を得た、このようなタイミングで無ければ。
「……別に、食べることが嫌いなわけじゃない。その気になれば、いつだってこうして身体を借りることも出来た」
ぐっと眉根を寄せたまま、タケルは重い手つきでそれを受け取った。
絞られた眼差しが、海苔に巻かれたシンプルな塩むすびに注がれる。
「ただ、今でも俺の世界は生身じゃ生きられない人間たちばかりで、そんな中で、俺だけがおいしい思いをするわけにはいかないから」
そう己に言い聞かせるように呟きつつ、かすかに震える口を開いて、
嗚呼、という嘆きにも似た、湿った呼気と共に、天を仰ぎ、
「それでも――やっぱ、美味しいなぁ」
一筋の涙を流し、そう感嘆した。
刹那、その彼の身体から眼魂が排出された。
すでにして大破していたそれが、宙で粉々に砕けると同時に、タケルの肉体が、糸が切れた人形のように力を失った。
九一はそれに腕を差し入れて頭を打つのを回避しつつ、もう一方の手で握り飯をキャッチする。
「なに、死んだの?」
焦げ目のついたマシュマロを唇で伸ばしつつ、Kが問うのを、
「まーたキミはそういう……」
と廿日が白い目で流し見た。
「いや、戦闘でダメージを負っていた
そう大真面目に受け答えた九一は、眠りについたまま浅く呼吸する『天空寺タケル』に目線を落としつつ、
「大丈夫だ。許されないことなど、そうそうはない」
誰にともなく、そう呟いた。
~~~
かつて、化野九一が楔引六鹿に助けられたのち。
訳も分からないまま、ライダー学園なる謎の世界に連れてこられた九一は、その案内に従って、六鹿のアジトへとたどり着いた。
「いえー、カンパーイ」
彼の多趣味性、もとい気分屋な面を表すかのごとき、雑多なオブジェの数々。手狭にそれらに挟まれながらフラットな調子で、六鹿は自ら手渡したコーヒーの缶を、自身の分とで打ち鳴らす。
そのみぎりに、六鹿の袖がまくれ上がった。その肘の辺りに、痕が残っている。
霞を
彼の『命』を吸ったという、紛れもない九一の過ちと借りの証が。
「おお、コレ? ずいぶん吸ってくれちゃったみたいね。まだ頭がクラクラするわ。ってかこのままなんかな。まぁこれはこれでかっちょいいから良いんだけど」
「正気じゃない」
低く沈んだ声を、九一は絞り出した。
「良く知りもしない怪物を、自身の命を差し出してまで助けるなど」
その愚かさを、忌む。それに衝動的に乗じてしまい、独りのみ卑しくも生き延びてしまった己を恥じた。
「正気と狂気、正義と悪、境はどーこだ?」
まるで謎かけのように、六鹿は節をつけて謳う。
「理屈なんてないし、正しさなんてどうでも良い。良いモンだから良いことしかしちゃダメ。悪いヤツは悪いことしか許されないだとか、そんな物差しで測られて一括りにされるなんて、真っ平ごめんだね。俺は自分のやりたいようにやるだけさ」
だからさ、と。缶を掲げたままに、六鹿は屈託なく笑った。
「キューちゃんも、自分のやりたいことやんなよ、この学校でさ。許されないことなんて、あんまし無いよ。自分が思ってるほどにはね」
「キューちゃん……」
「
「いえ、クイチです」
「そうだっけ? まぁ何でも良いや。そっちの方がなんか馴染むし」
そう言ってから、プルトップを開けて一口。その眉根が思い切り中心に寄った。
「あー、ダメだこれ。色々試してんだけど、珈琲。カレーに合うヤツとか、中々ハマんのが無くてさぁ」
と嘆く。
「……なるほど」
漫然と頷き返しながらも、九一はわずかにそこまで頑なに引き締めていた表情を緩めた。静かに、しかして確かな誓いを立てた。
おそらくこの先、気分次第でコロコロと変わっていくだろうこの人の、『やりたいこと』を、その時々で、全霊で輔ける。そのために必要な場所を、何人にも侵させはしない。
それこそが、の『やりたいこと』となった瞬間だった。