今や過ぎた夏の数さえ   作:Rayu278

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 テレビのバラエティ番組で見る、芸能人を落とし穴に落とすドッキリ。底が四角い緩衝材でプールみたいになってる、アレ。その中でも仕掛け人が隣を歩いて誘導するタイプのヤツ。

 笑えない事だけど。あれの、仕掛け人目線のカメラがあったなら。きっとああいう感じなんだろうな──なんて、つまらない事を後から思った。

 唐突に。脈絡なく会話が途切れて、それから。

 私の視界の端で、ナツが"落ちた"のが見えた。

 状況を把握して、笑いが込み上げるよりも先に。「何もないとこで転んでやんの」とか言いながら手を差し伸べる事を、思い浮かべるよりも前に。

 ごっ。

 足元から。私の平静を砕くような。重い物が硬い地面に落ちたような。そんな音がして。



 音の先に。舗装されたトリニティの道路の上で、ヘイローの消えたナツが倒れていた。


【プロローグ】

「......脈拍は正常ですし、呼吸にも大きな乱れは見られませんでした。失神は恐らく貧血が原因だと思いますが、頭部を打ったようなので────」

 

 人の多い大通りのど真ん中での事だ。悲鳴を上げたうちの誰かが通報してくれたのだろう。

 

 唐突に眠りに落ちたナツの身体を揺さぶった。二度呼びかけても反応が無くて、語気を強めてもう三度呼びかけて。保健の授業でかじった人工呼吸とか心臓マッサージの方法が頭を過ぎったあたりで、救護騎士団が到着して。

 

 そのまま。私が状況を飲み込むのを待たずにあれよという間に事と時間だけが過ぎ去って。私は今、目を覚まさない当人の代わりに彼女の診察を聞いている。

 

 ……聞いている、というのは間違いだ。耳から入った声は、とっくに頭の中を通り過ぎていった。

 

 私の意識はベッドの上で横たわっているナツに向けられている。額と鼻にはガーゼが当てられているが、血は止まったみたい。

 その顔は、道端で倒れ込んだのを覗いた時と同じ。頭からだらだら血を垂らしてることに気づいてもいないみたいに目を瞑って。呑気に、眠っているみたいで。

 

「────杏山カズサさん?」

 

 直後。意識の外から音に肩を引かれる様な錯覚を受けて、思い切り身体を弾ませる。

 

「あっ......あぁ。すい、ません。ちょっと、なんていうか......気が、動転?してるみたいで」

 

 「無理もありません」と小さく頷いてくれた救護騎士団の人にもう一度すいませんを言ってから、またナツの方を見る。

 

 頭を打って。目を覚まさない、ナツの方を。

 

「……あの」

 

 胸騒ぎ。逸る鼓動。

 

「こいつが起きるまで、居させてもらうことってできます?……寮とかには、自分で連絡するんで」

 

「────」

 

 ()()()の沈黙。顔を見る。少し驚いたような、困り眉。

 

「……わ、かりました。確認してきますね」

 

 それって。

 

 部屋を後にする団員の人の背中に、そうやって言葉をぶつけようとして、飲み込んで。

 

 あんまり座り心地の良くないパイプ椅子に腰を下ろす。顔を夕陽に差されても、ぴくりと身動ぎもしないナツを眺めながら。

 

 そっと、カーテンに手を伸ばした。

 

 

 

────『大丈夫??』

────『今日は寮に帰らないって聞いたから、心配で!』

 

 空が暗く染まってきた辺りで、ようやく。アイリから届いていたモモトークに既読をつけて、ふと思い出した。

 

「……っ、そうだ。プレゼント……」

 

 1月29日の夜。慌てて病室をあっちこっち見回して、ナツの寝ているベッド脇の小机に置かれた鞄に目を遣って、ほっと一息。

 

 明日は、アイリの誕生日。

 

『ごめん。気付くの遅れた』────

『ナツが貧血でぶっ倒れてさ。付き添い』────

 

────スタンプ。最近その辺でよく見るちょっとキモいキャラクターが、びっくりした符号を出してるやつ。

────『ナツちゃん、大丈夫なの?』

 

 少しだけ、返事に迷って。

 

『今は、寝てる』────

 

 嘘は吐いていない。けれど。

 

『明日退院できるかは、まだわかんないってさ』────

 

 なんとなく、濁す。

 少しだけ。アイリからの返事も遅れて。

 

────『分かった!』

────『お大事に、って伝えておいて!』

 

 ……ふー。手で目を覆い、天井を仰ぐ。

 

 音が。ずっと、木霊している。

 

 短く。鈍い音。ナツが頭を打ち付けた、あの音が。

 空白。窓越しに籠って聞こえる、室外機の音が。

 

 『……わ、かりました。確認してきますね』

 

 それって。

 

 私が、いつまでここに居ていいか、測りかねるから。

 

 そういう意味。ですよね。

 

「……さっさと起きろよ、ばーか」

 

 吐き捨てる様に。未だに、身動ぎもしないナツに向けて。

 

 

 

────────────

────────

────

 

 

 

「────っあ」

 

 浮遊感を覚えて、パイプ椅子ががたんと音を立てた。自分で立てたその音に驚いて、一気に意識が覚醒する。

 

 やっべ、寝てた。今何時だ。

 

 カーテン越しに透かして見える淡い光が、少しだけ病室の床の色を鮮やかに見せる。

 

 顔を上げて。壁に掛かった時計を見ようとして。同時に、ポケットの中のスマホを引き抜こうとしたその道中で。

 

 人影。手が止まる。ベッドの上に、上体を起こした桃の髪。髪は解いているから、いつも見るシルエットとは違うものだけど。

 

「────!」

 

 音に驚いたか。起こしてしまったか。

 

 なら、正解だったな。

 

「────ナツっ!」

 

 明け方。時刻は午前4時を回る頃。

 

「……カズ、サ……?」

 

 いつも以上にぼけーっとした声で私を呼ぶナツは、状況が飲み込めていない様子。

 

 目尻が熱い。ろくにお色直しも出来てないから、顔はきっとぐっちゃぐちゃ。見るまでもない。

 それを隠すみたいに、椅子を蹴っ飛ばしてナツに抱き着くみたいに。

 

 心配かけさせやがって。さっさと起きろよ。誕生会だぞ、明日……もう、今日か。アイリへのプレゼントと、持ってくスイーツ。一緒に選んだじゃん。それ持って、馬鹿騒ぎしに、さ。いつもみたいに。いつも通りに。部活、行こうよ。

 

 止めどなく溢れる感情は言葉にならなくて。ぐずって、嗚咽が漏れて。

 

 そんな訳無いって。すぐ起きるって。信じていたのはホントだけど。

 

 やっぱ、怖かった。目覚めないかもしれないって。

 

「────アイリに気ぃ使わせてんじゃねー、ばぁかっ……!!」

 

 なんてったって、今日の主役だぞ。かろうじて捻り出せた悪態を、鼻水と一緒にナツの患者衣にこすり付けて。

 

「───?……ごめん」

 

 分かんないか。そりゃそうだ。でも償え。そうやって笑いかけようとして、ナツの顔を見て。

 

 心底、不思議そうな顔をしたナツが。

 

 

「────ごめん。“あいり”って、誰、だっけ……?」

 

 

「は?」

 

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