今や過ぎた夏の数さえ   作:Rayu278

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第一話「部室、お誕生日会」

 頭部外傷による、エピソード記憶の欠落。桃色の髪をした救護騎士団の先輩から真剣な顔で、そう言われて初めて私は。

 

 ⋯⋯それを聞いてもまだ。ナツの、タチの悪いイタズラである、という線を捨てきれずにいる。

 

 色んなことを説明してもらっている。一時的な物であるか否か、とか。パターンごとの対処の方針とか。記憶が戻った前例も、とか。

 

 それら全部が、ナツの倍ある私の耳にはまたも、一文字も届かない。

 

 私の隣で。私とは違って、真っ直ぐに看護婦さんを見つめて説明を聞くナツは。結構な頻度で「ほぉ」とか「ふむ」とか「おぉ」とか「ぅぃっ」とか、中身のない相槌を返している。

 

 いつも通りに緊張感がないように見えて。少しだけ眉をひそめ、肩を竦めて。こわばりが、抜けずにいるその姿は。

 

「⋯⋯」

 

 これが演技ならとんだ名女優だ。潔く騙されてやろう、と。思い出せるものを聞かれて、私を指差しながら「これがカズサ」とのたまったナツに睨みを効かせながら。

 

 私はまだ。安心していた。

 

 なんにせよ、目覚めてくれたのなら、と。

 

 

 

 

 

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 部室内に。ヨシミが借りて来た安っぽいスピーカーから、バースデーソングが相も変わらず響いている。三曲しかないプレイリストを順繰り回して。今流れている二曲目を聞くのはもう20回目くらい。

 

 机の上で湯気を出し切ったティーセットが、「HAPPY BIRTHDAY AIRI」の文字にお手製の、お世辞にも綺麗とは言えない100均製の装飾が施された風船を眺めている。

 

 クリームとかジャムとかがべっとりついた紙皿を纏めた袋は、今しがたヨシミとアイリが持って行った。主役だって言うのに、「だからってじっとしているのはもどかしい」とか言って、ヨシミを手伝って。

 

 もうちょっと片付け楽な奴、選べばよかったかな。そんなことを思いながら、私は。さっきみんなで食べたクッキーの食べかすを雑巾で拭って、机の縁に沿わせたちりとりで受け止める。

 

 歯の隙間に残ったココアの風味。中身の少ししっとりとした食感が、紅茶によく合う。

 

 これを買ったのは昨日。選んだのはナツ。

 

 その事を、私の後ろで「よぉーっ」とか声を上げて飾りを剝がしてく、当の本人は覚えていない。

 

 「どれ」が「何」かはわかる。けど、それについての「自分の思い出」が欠けている。今のナツは、ざっくり言うとそんな状態らしい。ここまで全部、救護騎士団の──セリナさんの受け売り。を、ナツから聞いたもの。受け売りの受け売り。

 

 私を見て、初めに「カズサ」と言ったのは。私という外見の生徒が「カズサ」である、という所は覚えているから。学区内の風景を見ればここが「トリニティ総合学園」である事は思い出せる。

 

 けれど。トリニティで過ごした日々は記憶にない。私と昨日何を話して買い物していたかは忘れてる。病室で目を覚ましたあの時。目の前に居ない「アイリ」の事は、思い出せなかった。

 

 ────事情は、先んじてモモトークで説明した。『放課後スイーツ部』のグループトークで。

 

『頭打って、起きたら記憶喪失だってさ』────

 

────『は?』ヨシミの返答。

────『???』アイリの返答。

 

────『よくわからんけど、そうみたい』ナツの返答。

 

 ……お前。

 

 私の横で首を傾げてスマホを叩くナツに、私はそっと目線を向けた。

 

「放課後、スイーツ部……?」

 

 そこかよ。確かに、本当に忘れてるんならそうだろうけどさ。

 

「……いや待って。“それも“?」

 

「なんじゃそりゃー、って感じ。面白そうとは思うけど、ねー」

 

 きゅっ。と、胸が締まるような、そんな思いがした。

 

『────ごめん。“あいり”って、誰、だっけ……?』

 

 ……アイリの、事も?

 

 私は黙って、再びスマホに目を落とした。指を滑らせて、言葉を紡いだ。

 

「セリナさん、何て言ってたっけ」

 

 そうやってナツに問いかけながら、私はスマホの画面を勢いよくスクロール。

 

 たぶん、この判断は正しかったと思う。“コレ“は、心の準備が無いと結構ショッキングだから。

 

「……この子、分かる?」

 

 ナツに見せたのは、写真。放課後スイーツ部4人で、遊園地に遊びに行った時のやつ。ナツとヨシミに押しに押されて、アイリの一声で買う事になった、死ぬほど似合ってないカラフルなカチューシャを着けた私と。押すだけ押して自分たちは王道のシンプルなのを着けた、ヨシミとナツと。

 

 私と同じ、奇抜なのを着けて。ポップコーンバケットを片手に、楽しげに笑った姿が映っている、アイリを指さしながら。

 

 恐る恐る、聞いてみた

 

 

「あー、この子がアイリかぁ」

 

 

 「……っ、」

 

 良かった。確認しておいて。

 

 「誰?」とか言われなくて良かった、という意味じゃない。

 

 だって、「コレ」でも。面と向かって言われたら、しんどいなんてもんじゃないだろうから。

 

 ここで初めて私は、事の重大さを認識した様な気がする。

 

 

 

 

 

────────────

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「……ねぇ、ナツ」

 

 ちりとりのゴミをゴミ箱へ放り込みながら。

 

「んー?」

 

 折り紙とかモールに包まれて、色鮮やかになってるナツの方は、見もしないで。

 

「楽しかった?」

 

 問いかける。何気ない、ふりをして。

 

 アイリは受け入れていた。様に見えた。ヨシミは怒っていた。そう感じた。

 

 私は。

 

「ん。楽しかったよ。すっごい」

 

 ……私は。

 

「皆、仲良いんだなーって思った」

 

「……っ」

 

 私は、“認めたくない“んだと思う。

 

「ナツも、だよ」

 

「……そうだった、みたいだねぇ」

 

 私の横に並び立って、どさーっと。ゴミを纏めて私が捨てた食べかすの上に投げ込んだナツは、ふと上を見上げて、そう言った。

 

 目線を追う。棚の上には、段ボール箱。「今回の」飾り付けに使わなかった、「前の奴」の残りが、はみ出ていて。

 

 厚紙に、カラフルな色紙で作られた「NATSU」の文字。使い回したハッピーバースデーの、残り。

 

 そんな、12月4日の痕跡を見つめるナツの。どこか寂しそうな顔を、見ていられなくて。

 

「……“だった”」

 

 背けた視界の端でナツが、「あっ」という顔をした。それが見えて私も、しまった。零れた。と顔を顰める。

 

 私達から見たナツは、何も。私達の事を、顔と名前しか覚えていない。それだけが変わってしまった、“ナツ”だけど。

 

 ナツからしてみれば、私達は。顔と名前と、知らない時間を一緒に過ごした「らしい」という事しか知らない、誰かでしかなくて。

 

「……ごめん」

 

 あぁ。言わせてしまった。

 

「やめてよ、なんで謝んの。悪いのはこっち。……早く、治ると良いね」

 

 出来る限り、からっと。気にしていないみたいな声で。

 

 ナツが頷くと同時に時計の針が傾く。

 

 二人分の足音が、廊下から聞こえてきた。

 

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