過ぎた物は仕方がない。これから先のことは分からない。
そうやって、自分の中で整理がついたような、つかないような。
諦めたくはないけれど。ナツはナツで、私達は私達。
安心していた。
なんにせよ、目覚めてくれたのなら、と。
思い出せなくたって、いつかは元通りになれる、と。
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夕暮れが夜に染まる冬空の下。電車内。遠く離れた遊園地の、観覧車の陰を横目に。右隣で身を寄せ合って眠るアイリとヨシミを起こさない様に、小さな声で。
「どう、だった?」
左隣でぼうっと窓の外を眺めるナツに、肘を押し付けながら。
「楽しかったよ。今度は、ものすっごく」
耳を模したカチューシャは前のと同じのを新しく買ったもの。それを両手で前後にぴこぴこと動かしながら、ナツはやっぱり楽しそうに笑って、表情通りの言葉を返した。
そっか、とだけ呟くと同時に、ぱん、と破裂音。ナツの向こうに見える遊園地の空に、満点の大輪がゆっくりと花開く。
半身を乗り出す様な姿勢のナツと一緒に、それを眺めながら。
「……まだ、ちゃんと実感は湧いてないんだけど、さ」
ぼそりと、ナツの独り言。窓に跳ね返って届く声に、そっと耳を傾ける。
「……私も。皆の、仲間で、良いんだよね」
「ったりまえじゃん」
「前の私とは違うとこもあると、思うけど」
「前の、って言うのやめな。ナツはナツだよ」
「……んへへ」
控えめに笑いながら、こっちに向き直るナツを見て。私も、姿勢を少しだけ正す。お互いに改まって、向かい合って。
「カズサ」
「うん」
「今日は、ありが──」
ぷつ。
────なんにせよ、目覚めてくれたのなら、と。
思い出せなくたって、いつかは元通りになれる、と。
このままいけば、きっと最後には丸く収まる、と。
誰も。このまま、上手くいくだなんて、言ってないのに────。
「……ナツ?」
スイッチを切られた蛍光灯みたいに、ヘイローが消えて。言葉が途絶えて、脱力した身体が私に凭れかかってくる。
「……ナ、ツ?」
もう一度、呼びかける。返事は無い。がたんごとん、一定のリズムに揺られている。私に身を預けたまま。
疲れただろう。朝からはしゃぎっぱなしだ。眠いのはわかる。けど。でも。
「冗談やめてよ、ナツ」
反応は、ない。ぴくりとも動かない。
どぐり。重く拍動する心臓が軋んで、痛みを訴えた。
「──ナツっ!!」
肩を掴んで、揺さぶる。力の入っていない身体を。気を失ったナツを。呼ぶ。叫ぶ。
また、貧血?そんな様子、なかったのに?
違う。これは。前のがどうだったかは分からないけれど。今回の、こればかりは。違う。嫌。そんなの、分かってしまいたくないのに。
「ねえ!!起きてよナツ!!お願いだから、起きてってば、ナツっ!!ナツ!!」
後ろから。私を抑えようとする手を振り払う。邪魔だ。止めんな。ナツが。ナツが起きないんだよ。私の友達が。起きないの。起こすの、手伝ってよ。なんで、どうして。さっきまで、あんなにも楽しそうに────
「カズサ!!」
耳元で吠えるみたいに私を呼ぶヨシミの声。きぃん、と耳鳴りが響いて、思考が一瞬真っ白になる。
はっと気づいて。周囲には、心配そうに。或いは訝しげにこちらを見つめる乗客たちと。ハイランダーの制服を着た車掌さんと。アイリと、ヨシミが。
「よし、み……な、ナツ。ナツ、が……」
「…………次で降りよう。それで、先生に、来てもらおう」
ぎゅっと、服の裾を握りしめるアイリが。苦しそうな顔で、そう言った。
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────『出来れば、三人一緒で迎えてあげて』
────『あんまり、思い詰めないようにね』
2月6日。トリニティ総合学園自治区、提携医療棟3階。窓の外では雪がしんしんと降っている。期せずして。あの遊園地に行った日の格好と限りなく近い衣装で、私達三人はナツの居る病室の前で、立ち止まる。
3011。引き戸に提がった掛札と睨めっこ。
後方から手首を握られる。小さな手。ヨシミだ。
「カズサ。深呼吸」
……まだ。震えて、た?此処に来るまで、幾度となく落ち着こうとしたはずなんだけど。
「……ごめん。ありがとう」
鼻から、吸う。お腹が膨らんでもまだ吸う。吸って吸って、4秒間。そうしたら、口から。お腹の底に溜まった空気から押し出していくように、はぁーーっと8秒間。
ネットでかじった、リラックスできる呼吸法。実感はしていないけど、気休め程度に。
「大丈夫だよ、カズサちゃん。……みんなで一緒に、向き合おう」
肩に手を添え、背中を撫でてくれるのはアイリの手。電車内で私を落ち着かせようとしてくれたこの手を、乱雑に振り払ったことはまだ。謝れていない。
生唾を飲み込んで。握った拳を、持ち上げて。
こん、こん。
手の甲。浮き出た骨を打ち付けて、音を響かせる。ひとつ間を置いて、「“どうぞ”」という声が聞こえた。掲げられた表札に名前を記された人物のものではない、穏やかな男性の声。
「失礼、します」
かららら。レールの上を走る扉の、軽やかな音が響いて。
「────」
その時の。布団をかけたまま上体を起こして、呆然とこっちを見つめるナツの顔は、きっと。
生涯、忘れられないと思う。
静寂。逡巡。切り口が、分からない。
「────ぇん、せ」
暫く声を出していなかったのだろうか。出だしの掠れたナツの声が、ベッド脇に立っている先生を呼ぶ。目は、私達三人から逸らさないままに。
私は。私達は、ナツの顔をじっと見つめている。目を離せずにいる。だから、その口の動きが。次に、何を言おうとしての物なのかが分かってしまって。
同じ事に先生も気づいたんだと思う。ナツに喋らせる前に、その言葉を遮る様に声を出したのはきっと、私達への優しさ。
「“ナツ。この子達は──”」
「────誰?」
思い浮かべた最悪は。質量の無い空想は。
どうあがいたって、現実よりも重たくはなれない。
吐き、気を。飲み込んで。立ち尽くす。私には、それが精一杯で。
普段よりもぼーっと、少しだけ訝しげに眉をひそめたナツの顔から。
目を、逸らした。