「原因は不明、と言う他ありません」
平然とそう言ってのけるのは、団長さんの傍に立った青い制服に白のエプロンを着用したお医者さん。会うのは二回目。私はこの人に良い印象を持っていない。
白い髪で隠れた側頭から天井に向けて伸びる黒い角──とは、関係ない。そんなのどうでも良い。私にだって、部活の皆には無い猫耳がある。そんな所をあげつらうつもりは無い。
ただ一点。目覚めないナツの事を、『死体』と呼びかけた。
冗談じゃない。椅子を蹴飛ばしてそう怒鳴り散らした私の前に、先生が割って入るのがあと1秒遅ければ。間違いなく外交問題に発展してたと思う。
……このデリカシーの無さがゲヘナの「普通」なら。さほど仲良いわけじゃないクラスメイトが「これだからゲヘナは」ってクロノスのニュースをみて笑う理由も、分からないでもない。
私がこの顔を見る度マビノギオンをぶっ放そうとしないのは。態度に難ありとは言え、一応は真剣にナツの事を診てくれているから。伊達に「救急医学部」を名乗っている訳じゃなくて、そういう知識とか技能とかには一家言あるって、先生の紹介があるから。
数か月前なら笑い話だったろうけれど。トリニティの救護騎士団とゲヘナの救急医学部は、今。シャーレの名の下に提携を結んでいる。
「脳波も正常ですし、MRIによる検査においても今回の事例の原因とみられるような損傷は見られませんでした。むしろ……綺麗、と言っても良いくらいです」
頭上に設置された大きなモニターに映し出される、白黒の脳の断面図。輪切りにされたナツの脳を指しながら、どの部位がどうこうという救急医学部部長のお話も程々に。次に口を開いたのは、対面に座るミネ団長だ。
「……セナさんの言う通り、脳への損傷は見当たりません。神経変性疾患────アルツハイマーの兆候も、同じく。二度目の失神から目覚めたナツさんの症状を見るに一過性健忘症と断ずるのも難しいでしょう。考えうる一般的な要因としては精神的な物が考えられますが────」
隣に座るヨシミと目を見合わせて、首を横に振る。この話は、最初の診察でも聞いたもの──正確には、ナツから又聞きした内容と一緒。トラウマとか、うつ病とか。過去の経験とか嫌な感情から逃れようとする、身体の防衛反応が原因という線。
「……無い、と思います」
勿論、断定はできない。専門家の二人でもそうなのに、大して知識もない私がきっぱり言い切れるわけがない。けれど──まだ、出会って一年も経っていない仲だけど。
記憶を無くす直前のナツは、アイリの誕生会に持ってくスイーツとプレゼントを選んでたナツ。“二度目の初めて”の遊園地を満喫して、心の底から楽しんでいたナツ。
仮に、私達にも言えないような薄暗い過去を抱えていたとしても、──それから逃れたいなんて、そんなタイミングじゃなかったはず。
「……後に残らない微細な衝撃が今回の件を引き起こした可能性も多分にあります。脳の活発化を促し、記憶の回復を狙う救護案に関しては、セリナとハナエにお任せしています。セナさんがゲヘナから催眠療法のスペシャリストを仲介して下さったので、其方の方にもお願いをしました」
後ろからがたっ、と音がした。右後ろに座るアイリが、「……先生?」と心配そうに声をかける。
「私達が懸念しているのは、今回の事象が“我々の専門外”であるという場合です」
話を続けるミネ団長はカルテから目を上げ、私と──ではなく、私の真後ろに座っているであろう先生と、目を合わせた。
「スイーツ部の皆さんは、百鬼夜行連合学園の“怪異”についてのお話を耳にしたことはありますか?」
“セナさん”が声を上げる。……さん付けで呼ぶのも癪だし心の中では呼び捨てにしよう。セナ。が、声を上げる。
「百鬼夜行といえば、お祭りじゃないの?」
ヨシミに同意。アイリも「うんうん」って言ってるから、多分一緒。……それが、何か?と言おうとして、遮られる様に。
「では、閉鎖された遊園地跡でひとりでに動き出す、アミューズメントドールの噂は?」
噂、って。
いまいち要領を得ない質問に、首を傾げてるのは私だけじゃないみたい。
「“……スイーツ部の皆なら、『エデン条約』の時のニュースで、同じような物を見ていないかな?”」
そんな中、割って入った先生の言葉を聞いて。私達三人は、思い返す。
エデン条約調印式を襲ったテロ事件。画面越しに見た、瓦礫。炎の海。口元を抑えて煙を吸わない様に、現場の状況を伝える逞しいリポーターの生徒。銃声。悲鳴。ティーパーティー。ゲヘナ風紀委員会。正義実現委員会。万魔殿。シスターフッド。救護騎士団。色んな制服があっちこっち駆け回る。その中に映った、青白い肌にガスマスクを着けた、黒いヴェールの──……
「──シスターフッドの幽霊みたいな奴の事?」
肯定の代わりに。先生は、ミネ団長へ説明を促す手振りをする。
「キヴォトスでは折に触れて、不可解な現象が各地で見られます。……ナツさんがその類の被害に遭った可能性も、十二分にある」
どこか実感を伴うようなミネ団長の語り口は。
「私達の活動内容と見解はティーパーティーにも話が通っています。じきに、古書館の方へも協力の要請が行くはずです」
まるで。“そうであったのなら”と。何かを、危惧しているかのような。
「……出来る限りの事はします。我々救護騎士団の理念と誇りの下に、ナツさんの記憶を取り戻すために最善を尽くすと約束しましょう。ただ──今回に限った話ではありませんが、確約は出来ません。出来る事なら、どれほど良いか」
目を閉じ、少し悔しそうな表情を見せるミネ団長に。私達は、何も言えずに。
最善を尽くしても。記憶が戻らなかったら。その末に、────みたび記憶を失うような事があれば……?
その時、私達は……?