今や過ぎた夏の数さえ   作:Rayu278

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第六話「百鬼夜行連合学院」

 ぴちち。小鳥がさえずる。ひんやりと肌寒い空気が頬を撫でて。

 

 畳に、木の柱。障子とかいう奴。向こうには瓦屋根。何が書いてあんだか全く分かんない、ミミズみたいな筆文字の掛け軸。

 

「……おまたせ。お茶が入ったよ」

 

 お盆の上には湯吞が二つ。覗いた水面は飴色じゃなく、濁った緑に柱が一つ。ぷかぷかと。

 

 トリニティとは全く違う、別の色の「優雅」と「豪勢」。

 

 百鬼夜行連合学院。

 

 ずず、とお茶を飲む目の前の人は。陶器みたいな白い素肌に、蒼い瞳の煌めきは宝石みたい。暖かそうな羽織は事前に学んでおいた、「百花繚乱」の一員である証。伝統的なお人形さんだと言われたら信じてしまいそうなお顔がゆっくりと此方を見据え、こてんと首を傾げた。

 

「……渋い顔して、どうかした?お茶、苦手だった?」

 

 心配そうに眉を顰める美人さん。ごめんなさい、雰囲気に合わせたくてやってみたけど。

 

「……足が、痺れて……」

 

 正座、きっつ。

 

 

 

 

 

 ……崩して大丈夫だよ、と言ってくれたので、遠慮なく片膝を立てて。飲み下したあっついお茶は、普段吞むお茶と比べて幾分か渋みが強いけれど、身体の芯から温まるみたいな味。結構好きだ。

 

「──杏山カズサ、ちゃん。トリニティ総合学園からの“短期留学”……という体で、来てくれたんだよね。……事情は、先生から聞いている」

 

 百鬼夜行連合学院への短期留学。それが、先生の用意してくれた「口実」。私は休学くらいする気でいたけど、先生が生徒会────ティーパーティーに掛け合ってくれたとかで、そういう扱いになっているみたい。

 

 先生は私の顧問として着いてきてくれる形となった。今はこっちの生徒会組織──「陰陽部」の方に向かってるところ。そして、私が紹介されたのは。

 

「ようこそ、百鬼夜行へ。あなたの事はこの私、百花繚乱紛争調停委員会・現委員長 御稜ナグサが受け持った」

 

 先生曰く、『怪異退治のスペシャリスト』──小脇に抱いた、年季の入った藍色の銃を細身の手で撫で上げるナグサさんが、薄く口角を持ち上げた。

 

 

 

 

 

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「──カズサさんはトリニティ総合学園からいらっしゃったんですのね!そちらのお紅茶はとお~っっっても美味しいと伺っております!こちらのお茶菓子にも合うでしょうか……よろしければ、巡回が終わったら身共と一緒に試してみませんか!!?」

 

「うおぉ~、すっごいごつい銃……!パトロール手伝ってくれるんだもんなぁ、折角なら撃ってるとこ見てみたい……って、アタシが言うのは不謹慎か。この後訓練もあるから、その時にでもちょっと見せてよ!」

 

 すっごい、迫られてる。肩幅広めの人に電車の席で左右座られた時みたいに、肩をすくめながら。お目目きらきらさせた百花繚乱のお二人に挟まれて、百鬼夜行の街道を歩く私。

 

「……二人とも、はしゃぎすぎ。留学生が困っちゃうでしょ」

 

 そう言ったのはナグサさんと一緒に前を歩いていた黒髪の人、キキョウさん。二又の尻尾をくねらせ、自身の足から腰にかけて巻きつけるようにしながら。手に持った本をぱたんと閉じて、こっちを睨む。ちょっとこわい。

 

「そうらよユはリ、レンれ。気持ひは分かるけど、もうちょっと落ひ着こう?……んもぐ」

 

「……レンゲ。あんたのせいだから」

 

 そんで、キキョウさんがナグサさんから目を離した一瞬の隙に、すぐそこの屋台で焼き鳥五本買って素知らぬ顔で戻って来たナグサさんと、屋台の店主さんの早業に感嘆。

 

その行為を「許してしまった」と嘆きつつ、矛先をレンゲさんへ向けるキキョウさん。「何で!?」と叫ぶレンゲさん。「ですわー!」と呼応するユカリさん。

 

 ……いや。いやいやいや。

 

「どういう状況、これ……?」

 

 

 

 

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「……そろそろ説明してくれません?」

 

 ベンチに腰掛け、お昼休憩。飽きもせずもう何本目かの焼き鳥を口へ運ぶナグサさんに、若干げんなりした表情を隠せないまま問いかける。

 

「なんでパトロール手伝う事になってるんですか。ナツの……友達の記憶喪失を直す手がかりを探しに来たって、先生から聞いてますよね」

 

 賑やかな街並み。吊られた提灯は昼故に燈こそ灯されていないものの、見渡す限り屋台の立ち並ぶ大通りを彩るには十分。あっちに綿あめを両手に駆け回る子供がいれば、ねじり鉢巻きの上からアニメキャラのお面を着けた二人組がこっちを通り抜ける。

 

 じゅううと鉄板が気持ちのいい音を奏でるその裏で、とんてんかんてんとどこからか響く金槌の音も味という物。焼きそばの脂っぽい匂いとりんご飴の甘ったるい匂いが同時に鼻を突く、お祭りという名の混沌を象徴する匂い。

 

 ただ、観光に来ただけなら。四方八方を異文化に囲まれたこの空間を、存分に楽しめたかもしれない。けど、今は。そんな事をしている場合じゃ──

 

「うん。でもそれは、“私だけ”」

 

 ずず。お茶を啜りながら、私の焦りを制する様に。ナグサさんはそう言った。

 

「先生に口止めをされたの。“百花繚乱の後輩にはこの事を伝えないでほしい”って。本題よりも先に。だから、あの子達にとってカズサちゃんは“百鬼夜行の文化や百花繚乱の歴史を学びに来たトリニティからの留学生”でしかないんだ」

 

 ……食べる手を止めて聞くのに集中した方がお行儀がいいかな、と少し考えて。

 

 ナグサさんがもぐもぐほっぺ膨らませて美味しそうに焼き鳥を食べながら喋る所をみて、先の一口で顔を覗かせた明太子にかぶりつく。

 

「なんで、って聞かれたら困っちゃうな。私もそこまでは知らないから」

 

 冬が寒いのはどこも一緒。ふぅ、と息づいたナグサさんの白い髪の隙間を、白い吐息がすり抜けてゆく。それはまるで、身体の一部が空に溶ける様。

 

「けど──なんとなく、言われた気がしたんだ。“ナグサなら分かるでしょ”って」

 

 自然体のまま、儚さを帯びた横顔。目を離せばその刹那に溶けて消えてしまう、新雪の化身みたいな人。

 

「うちの後輩達は、優しくて真っ直ぐだから。きっとカズサちゃんの友達の話を聞いたら共感して、奮起して、出来る限りの事をしようとする。お友達──ナツちゃんが、“可哀想だから”って」

 

 ナグサさんの言葉が、ヨシミに、アイリに感じた、言い表しようのない憤りのような何かを思い起こさせる。コートのポケットの中で握った手。片手だけの手袋。

 

 「可哀想」。アイリやヨシミは、そうは言わなかったけど。

 

「でも……きっとカズサちゃんは、ナツちゃんのことそんな風に思われたくない、って。先生の目にはそう見えたんじゃないかな。──哀れみって、時には暴言よりも強く人の心に突き刺さるものだから」

 

 そう言ったナグサさんは、何か。私には見えない、彼女の記憶の中だけにある何かに、思いを馳せるように、目を閉じた。

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