今や過ぎた夏の数さえ   作:Rayu278

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第七話「百花繚乱、読書猫」

 ぱら。ぱら。捲る音。紙の匂い。ついこの間も嗅いだばかりだけど、古書館のそれよりもなんというか。安心感のある感じがする。おばあちゃんの家みたいな。

 

 湯気を吐き切った緑の水面が静かに揺れる。反射する私の顔は、少しだけ眠そう。汚さない様に本を置いて、剥いたままの蜜柑をひと房口へ持ってく。甘酸っぱいのが舌の上で弾けた。パフェを彩るオレンジとは味わい方が違う。そんな感じがした。

 

 「留学」二日目。意外と快適。日記もどきのメモ帳、二ページ目の頭にはそう書いた。

 

 パトロールは日に二回。朝から昼までと、夜間の見回り。その合間、夕頃には百花繚乱式の訓練があって、そこも見学・及び体験をさせて貰える。実践以外、いわゆる座学も訓練の一環。

 

 初日の夕方は実戦訓練だった。私は不参加。レンゲさんは「カズサもおいでよ!」と言ってくれたけど、気乗りしなかったから。

 

 暴れるのはキライだなんて猫被るつもりはないけれど、それよりもしたい事があった。キキョウさんから借りた歴史書なんかを片手に、レンゲさんとナグサさんの殺陣みたいな華麗で激烈な戦闘を肴に。観戦に徹させてもらった。

 

 夜も、パトロール。提灯で足元を照らしながら宵闇に紛れる不良を取り締まったり、火事の啓発をしたり。木造だから、燃えたら一大事。煉瓦作りのトリニティには無い視点。「留学」としては、確かにとても有意義な活動だ。

 

「……ふー」

 

 けど。私の本命は「これ」。眠気でしぱしぱする目を擦って、机の上に積み上げられた糸綴じの本の山に向ける。

 

 座学。パトロール帰り、昼食後のぼーっとする頭に熱っつい緑茶をぶち込み、顔には冷水を撒いて。私が読んでいるのは。「歴史」「物語」「怪談」……れっきとした根拠のある記録から、個人の手遊びで書かれた作り話まで。

 

 『記憶』。単語を、探して。目を滑らせる。

 

 ……床板の軋む音。次いで、障子に映る影。

 

「熱心だね、留学生」

 

「あ……はは、どうも。すいません、手伝って貰っちゃって」

 

 目を通した分と同じだけの本の山を抱え、細い目でこっちを見下ろすキキョウさんは、百花繚乱の作戦参謀。本部にある書物に一番詳しいのは彼女だからと、ナグサさんの紹介を受けて、私の「座学」を手伝ってもらっている。

 

「百鬼夜行の物語・怪談噺……ウチにあるのはこの辺り。由来だとか発祥にも触れているのはこっち。……足りなければ言って。裏の納屋にもう少しあるはず」

 

 どうも、とりあえず大丈夫です。机の下で崩してた足を少し揃えて、背筋を伸ばした。

 

 桐生キキョウさん、一個上。雰囲気が少しピリついてる、というか。根っこの優しさは少し一緒に動いただけでも伝わるんだけど、肌感がトゲトゲしてるというか。正実の副委員長……ハスミさん。遠巻きに見るあの人と、印象が近い。喋った事は無いから、100偏見。

 

 苦手とまでは言わないけど気に障ったら居心地が悪くなりそうで、引け腰。下手な事言えない。

 

 そう。と言って。腰ぐらいの高さの小棚に腰を下ろし、片膝を曲げて抱く。脚に尻尾を絡めるのは癖なんだろうか。私には無いから分からないけれど。白い靴下越しに指を曲げ伸ばしする仕草。……自分にも覚えがあるから、すこしだけ親近感。

 

「物語が、好きなの?」

 

「へ。……あぁ、まぁ。はい」

 

 不意に尋ねかけられて。それが私宛の問いかけだって脳が反応するのに、少しだけ時間を要した。咄嗟に口をついて肯定したけど。

 

「……ふぅん。珍しい」

 

 じっとりと、目を細めるキキョウさん。視線が痛い。

 

「……珍しい、ですか、ね」

 

 嘘。別に、そこまで興味がある訳じゃ、ない。それを見透かされたみたいな感覚。

 

 別に関係ないけど、悪いことしてるみたいな感じがする。それを、咎められてる感じがする。

 

「そもそも、『留学生』なんてのがレアケースどころか、初めてだし」

 

 視界の端で、裾から取り出した青い紐を手繰っている。あやとりだ。慣れた手つきで、絡めて、緩めて。

 

「行くなら陰陽部じゃないの。そういうのは。どうしてウチに?」

 

 ……詰め、られてる?

 

「あーー……ッと」

 

 本に意識を持っていかれてる、みたいに。目線は落としたまま、上の空な返事。

 

「先生が噛んでて、特例で『留学』なんて措置を取ったのに。陰陽部も陰陽部でアレだけど、そこの無理は通さず、敢えて遠回りにこっちへ来た」

 

「……っ」

 

 びくり。

 

「耳が動いたね」

 

 分かってるようるさいな。我ながら分っかりやすい体。

 

「……別に、怒ってる訳じゃない。怒る様な事を隠してるなら別だけど。……ナグサ先輩がやけに気に掛けてるから、何かあると思っただけ」

 

 ふー、と息をついて。絡み合わせた紐を張り、形を作り上げたキキョウさんが。

 

「当ててあげる。『怪異』絡み、でしょ」

 

 細い十指の間に、『目』を模ったような線を描いて。此方を、見つめる。

 

……初日のお昼。パトロール中、昼食の時間。

 

 まぁ、先生の事だから。もしかしたらそこまで深く考えたりしてはいなかったのかもしれないけどね。焼き鳥串を唇に挟み、上下に動かすナグサさんが話をそう締めた所で、お三方が帰って来て。腰を上げ、ぐるりと大通りを回って百花繚乱の本部へ戻る道を歩き始めた時。

 

『『『おっ、覚えてろぉ~~っ!!』』』

 

 なんたら一座とかいうコミックで見る様な大層な通り名の一般的不良を追っ払って。……ああいうの、何処にでもいるんだな。とか考えながら。マビノギオンの火力に大興奮のレンゲさんを咎めるキキョウさんの夫婦漫才を横目に、ナグサさんが耳打ち。

 

『……さっき、話せなかったから──』

 

そうやって切り出した彼女の説明。

 

今回の「留学」スケジュールが、百花繚乱の活動体験のような形式を取る理由は。後輩たちへの体裁作りだけじゃない。

 

「──探りに来た、って所かな。噂・怪談の類を当たってる辺り」

 

 表情が薄い上、膝に埋めてて見えづらいけれど。少しだけ、さっきよりも得意げな顔をしてキキョウさんが続ける。

 

「何があったかは知らないけど。問題の元凶がこっちに居て、それをどうにかしに……って話じゃない。だとしたら、『怪異』を穿つナグサ先輩の訓練に興味を示さない理由に説明が着かないから」

 

 まぁアレは、技の質だとかって話じゃないけど。そう続けながら、くる。くる。指の中で、再びあやとりを手繰る。ひとつひとつ、紐解く様に。

 

「口が裂けた女に向けて唱える言葉。下半身の無い女から逃げ切る方法。……歴史を学ぶのは、過去の失敗から問題への対抗策を探る事。──あんたは、」

 

「キキョウせんぱい、カズサさ~ん!夜間のぱとろーるのお時間ですわ~っ!」

 

 そんな、王手をかけるみたいなキキョウさんの言葉を遮って。廊下の向こうから、ユカリさんの元気な声と、どたどたという足音が響く。

 

「? ……どうか、なさいました?」

 

 少し遅れて、ひょこりと顔を覗かせたユカリさんが。心配そうに私とキキョウさんを、交互に見つめて。

 

「……何でもない。先行ってて、ユカリ」

 

 耳を揺らしながら棚から降りたキキョウさんが。壁に立てかけていた銃を手に。

 

「行くよ。準備して、留学生」

 

 そうやって。さっきと同じ、少し得意げな顔で。

 

「あんたが見たい物。これから、見られるから」

 

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