今や過ぎた夏の数さえ   作:Rayu278

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第八話「百鬼夜行自治区、”恐いもの”」

「百鬼夜行の『怪異』は」

 

 からん、ころん。

 

「人々の恐怖が集積して折り重なり、形を成したもの」

 

 から  ん。   ころ。   ん

 

「醜悪な姿形で。不可解な幻惑で。不気味な雰囲気で」

 

 下駄が転がる様な奇妙な音を立てて。黒い傘には目の模様。それが、ぎょろりと此方を凝視する。

 

「人々の恐怖を煽り、増長させ、それを糧に強大になる」

 

 銃撃。切り込み隊長のライフルが花火の様に火を噴いて、傘の化物が勢いよく後方へ吹き飛んだ。

 

「……その穢れは。鉛の弾を受け付けず」

 

 ナグサさんの言葉の通り。宙に浮いてて、不気味な音を鳴らしてて、目の模様が動いてること以外は普通の和傘は、銃弾を受けても傷一つない。

 

「祓い得るは、ただ一丁。我が手に在りし──」

 

 退いて、レンゲ。と言うキキョウさんの指揮に従い、跳ね返る様に飛び退く。入れ違う様に前に進み出たナグサさんが、片手で構える蒼いライフルが。

 

「────この、「百蓮」のみ」

 

 白色の火花を散らし、光り輝く一閃で。『怪異』を貫いた。

 

「……ナグサ先輩。ホントにやめて、恥ずかしいなんてもんじゃないから」

 

「……格好よくなかった?」

 

 キキョウさんに叱られて、肩をすくめてしょんぼりするナグサさんを見上げる。

 

「お怪我はありませんか、カズサさんっ!?」

 

 ぴゃっ。と跳び上がって此方に駆け寄って来るユカリさんの手を借りて、ようやく立ち上がった、私は。

 

 ……恐い。恐、かった。腰を抜かした。まだ膝が笑ってる。

 

要素だけを切り抜けば、なんて事の無い肝試しの飾り物と一緒。撃ち抜かれて動かなくなった和傘は、ただの趣味が悪くて壊れた和傘だ。

 でも。冷え切った空気の中で。ソレだけが、浮いていて。梅色の炎はぬめりとへばりつくような、嫌なぬるさで肌を撫でてきて。からんころんと聞こえた音は、それからだけではなく。四方八方、どこからでも聞こえてくる。根源の無い、音。闇は深く、星は隠れ、月明かりが静かに消えて。まっすぐ、まっすぐにこちらを見つめる瞳孔が、揺らめいて。残像を残して、左右に揺れながら。あれは、あれは。歩いてきていた。わたしのほうへ。真っ直ぐ、迷わずに。理外の物。常を外れた不可解な存在。に。目を、つけられて。いた。もし。もしも、あれに。一人で。遭遇。して。いたら。捕ま。って。いた、と。し。たら。恐い。怖い。こわい。怖い。こわい。触れるな。近づくな。離れろ。はなれろはなれろはなれろはなれろ。私から離れろ。私から。どうすれば。どう。銃。じゅう。撃つ。撃てば、離れ────

 

 

 

 

「っ、!?」

 

 どん、っと背中に衝撃。意識の外から突き飛ばされて重心を捉え損ね、今しがた起き上がったばかりなのに今度は前にすっ転ぶ。

 

振り返ると、呆れた様に見えるキキョウさんが、片足を上げていた。

 

「……おかえり。アてられやすいのね、あんた」

 

 

 

 

 ……先生とナグサさんが計画した、私の「留学」スケジュール。先生が陰陽部の資料、記録を当たる間、私は百花繚乱にある文書を担当。怪異に対処する術を持った伝統ある治安維持組織と聞いて。もしかすると、ナツと同じ症例に対抗した記録なんかも残っているかもしれない、と睨んだ私の発案。

 

そして、もう一つ。これは、先生の考察。

 

『“ナツの症状が本当に怪異か、それに類する物の所為かが分からない”』

 

『“……これは少し、危険かもしれないけど”」

 

『“ナツが倒れる瞬間を二度見てるカズサなら”」

『“『怪異』の違和感とナツのそれが一緒か、分かるかもしれない”』

 

 蹴飛ばされて着いた土汚れ。借り物の青い羽織は正式な百花繚乱のそれとは違う、柄の無い無地の羽織。息が整う頃、それを、ぱんぱんと掌で払っていると。

 

「……どう、だった?」

 

 銃口から細く立ち昇る煙を、軌跡に残しながら。おずおずと、ナグサさんが尋ねかけてきた。

 

「……わかんないです、けど」

 

 ……身の毛もよだつ様な。内側から湧き出て全身にへばりつくような、気味の悪さ。混乱。混濁。脅迫的な、恐怖。続いていれば、昼に食べた蕎麦を全部吐き出して転げ回ってたかもしれない。

 

 わかんない、けど。でも

 

──やっぱ、“怖”かった。目覚めないかもしれないって──

 

 ……『違った』ような。

 

 そんなしこりが、胸に残って。

 

 

 

 

 

────────────

────────

────

 

 

 

 

 

 1度目は1月29日の夜、大通りのど真ん中。目覚めたのは翌日の明け方。

 

 2度目は2月1日の夕方、電車内。目覚めたのは翌日の昼。

 

 今日は2月9日。2度目の記憶喪失から、1週間が過ぎた。

 

 ナツの容態については、アイリから日に二度から三度、連絡を受け取っている。ヨシミも写った三人でピースした写真。漢字ノートに向かって真剣な表情のナツの写真。ハナエさんとセリナさんに支えられながら歩いている写真。腕を組んで椅子に座ったまま寝てるヨシミを笑うナツの写真。

 

 スクロールしてそれらを見返しながら。私は、待っている。

 

 通知音。肩が弾む。

 

 画面に浮かんだのは、登録してたスイーツショップの宣伝。はぁ、と溜め息。

 

 ……スクロール。美味しそうなケーキ。山盛りのフルーツが乗っかったパフェ。

 

 オレンジと。ブルーベリーと。イチゴと。ピーチと。

 

 通知音。

 

 モモトーク。

 

 「先生」の横に、(1)のマーク。

 

 返信。

 

 

「────」

 

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